【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「青龍部隊、刹城零。本日より極東本支部への異動───」
じゃねえな、と零は小さく呟いた。どうにもこういった堅苦しい言葉には慣れないようだ。言葉に詰まった彼は苦い顔で対する狐顔の色を伺う。
「まあ、楽にすると良い。」
狐顔は細い目で優しく彼を見て緊張を解くよう促した。
「話は君のところの副支部長から聞いているよ。エントランスにブラッドの皆を待たせている。彼らを待たせるのも良くないだろう。」
「副支部長?」
隊長が支部長を兼任している事は知っていたが、副支部長なる存在が青龍にいた事については零は知らなかった。
「ああ、アナグラにはそういった役職は無いからね、私の言う副支部長というのは、オペレーターの洲くんの事だよ。」
「洲が───」
見かける度に書類を両手に抱えて忙しそうにしているのを、オペレーターと神機整備の二足の草鞋のせいだと思っていたが、三足目があったとは───
そうでした、など思い出した風にブラッドの話を持ち出した時の彼を零は白々しく思った。
「さあ、君の新しい仲間が待っているよ、急いだほうが良いんじゃないのかい?」
考え込んでいる零に博士が催促する。
「ん、ああ、そうさせて貰う。」
意識が逸れていたせいでひょいと出た物言いにやってしまったと思いながら、零はまるで目の前の視線から隠れるように部屋を抜けだした。
エントランスでは、零と同じ黒い光沢の腕輪を携えた神機使いが集まって睦まじく談笑している───中でも白い帽子をかぶいた小柄な青年と、獣の耳の様な奇っ怪な髪型の少女は、あまりにも活気に溢れていて自分の肌には些か合わなさそうだ、などと零は憂いた。
零が溜息がちに顔を伏せて腕輪の甲に額を打ち付けると、「あっ」と一際大きい甲高い声が響いた。
「あの人じゃない?ほら私達と同じ腕輪ー!」
よりにもよってか、と思って零が視線を戻すと、やはり獣耳の女だ。嬉しそうにこっちに向けて自分の腕輪を掲げている。その声に釣られて他の神機使いも零の方を見た。
「マジ?───マジじゃん!」
青年もまた耳に痛いくらいの声を上げた。零は呼ばれたように渋々その輪に入る。
「あーっ、と。暫くの間アナグラで任務に当たる、青龍部隊の刹城零だ。ブラッドの面々にはこれから世話になることも多いと思うが」
「青龍部隊だってよ、知ってるか?ナナ」
「ううん、知らない。」
青年と獣耳の二人が零の言葉に割り込んで話し始めた。やはり気が合わ無さそうだ。
「お前ら、少し黙れ。初対面でそんなにがっつくな」
それを見て背の高い長髪の男が彼らをなだめた。ちぇっ、と白帽子の青年は不服そうに口を噤む。
「悪かった、節操のない奴でな。俺はギルバート・マクレイン。ギルでいい。青龍部隊、だったか───まあ、同じ第三世代だ、よろしくな」
長髪の男、ギルバートはそういって零に微笑みかけた。零もようやく表情を緩め、ああ、よろしく、と返す。
「俺はロミオ!言っとっけど俺のほうが先輩だからな!んで、こっちが後輩のナナだ!」
ロミオと名乗った青年がギルの後に続く。
「先輩、勝手に進めないでよー。」
獣耳の女はナナというらしい。
───その後も白髪の大人しそうなシエル、どことなく高貴な空気を醸すジュリウス、寡黙な赤い頭巾のリヴィと挨拶が続いた。好意的な挨拶を受ける度に、零は「ああ、よろしく」としか返せず、どことなく温度差を感じる。その温度差はひとえに、青龍で同じ様に紹介を受けた時の空気との温度差だろう。
一通り紹介が終ったような空気になって、零は隊長、あるいはリーダーといったように呼ばれている人が居ないことに気がついた。
「そういや、ここの隊長ってのは誰なんだ?」
零が尋ねると、ジュリウスが
「すまない、隊長は今は遠征に行っているんだ。偏食因子や駐屯物資を携行した長期間任務で、俺達はサバイバル任務と呼んでいる。帰ってきてもまたすぐに別の任務に出撃するだろう、もしかしたら会えないかもしれない。」
と返した。
「あの任務好きの馬鹿には困ったもんだな」
ギルがそう付け加える。
「そうか、ここの隊長には血の力の発現を促進する力があると聞いていたんだが、残念だ」
零が残念そうにそう述べると、ロミオが思い出したように口を開いた。
「あれ?そういや零って俺らと同じ第三世代なんだろ?なんでブラッドじゃなくてその・・・・青龍?部隊って所に入ろうって思ったんだよ?」
零が適合するまで、第三世代神機使いといえばブラッドを除いて他には居なかっただろう。それは自然な疑問である。
「それに青龍部隊って───俺ら、そんな名前の部隊聞いたことないぜ?」
その発言に対して、今まで挨拶以外に声を出さなかったリヴィが答える。
「青龍部隊。正式名はフェンリル極東支部青龍分支部駐屯、フェンリル独立防衛部隊、青龍。」
「知っている、のか・・・?」
零はにわかに驚いた顔を向けた。驚いたのは零だけではないらしく、どうやらリヴィと零以外は青龍のことを知らなかったようだ。
「ああ、私が前に所属していた所では頻繁に名前を聞いていた。」
「本部の情報管理局で・・・?どういった関係があったのですか」
シエルがリヴィに問う。
「すまない、機密性が高い案件なんだ、管理局員ではなくなった現在でも口外は出来ない。」
リヴィは申し訳無さそうな顔を見せた。
「本部・・・情報管理局・・・?」
零はそれを不審に感じた。数人で切り盛りしている、これ程に知名度の低い部隊の名前がフェンリル本部直轄の情報管理局で頻繁に挙がるという事は誰の目にも不自然だろう。
「君もいずれ情報管理局と関わるようになるだろう、君が青龍の人間である限り、恐らく避けられない。」
リヴィは零にそう言った。その眼が零にはどうも彼を警戒しているようにも感じ取れる。
しかし何故だ、元情報管理局員の彼女が青龍の人間を警戒するとなれば、それは青龍に本部が懸念するような何かが在るということ───
「どうもキナ臭え話だ。やめにしねえか、これからしばらくは俺らの仲間なんだ」
ギルが不穏な空気を断つようにそう言うと、リヴィは零に向けた鋭い目を逸らした。
「ん?───っと、そうだな、すまない。今日からよろしく頼む。そういや、今日は何か任務は発行されてるのか?みんなが良ければ同行したいんだが」
零のその言葉にジュリウスが返答する。
「ちょうど今から聖域に行こうと思っていた所だ。任務じゃないが、俺たちは聖域で作物を育てている。」
「えー、昨日も行ったじゃん。俺はパスー。ジュリウスほんと農作業好きだよなー。」
ロミオがその場でぐったりと座り込んだ。
「ふっ、そうだったな。なら丁度いい。元隊長として、新人とは親睦を深めておきたいと思っていたんだ。零、一緒に来れるか」
ジュリウスは穏やかに微笑んで零に訊いた。
「ああ。大丈夫だ。」
零がそう答えると
「マージーかーよー!!言っとくけど聖域での農作業ってメッチャキッツいんだからな!?あそこでは俺らも普通の人間とおんなじ体力になっちゃうし、なんかもう歩くだけで重労働だよーー。」
と座ったままのロミオが喚いた。
「ロミオ先輩、あのお爺さんが見てるとサボれないもんねー?」
とナナが楽しげに茶化す。
「普通の人間と同じ───オラクル細胞が活動停止するんだったか。そいつは大変そうだな」
ロミオとナナが二人の空間でああだこうだ言っている横で零は冗談っぽくそう言った。
「決まりだな。今日は零と二人で行ってくる。」
ジュリウスがにわかに嬉しそうに、じゃあ後でな、とその場を後にすると、その流れでひとまず解散となった。
零がエントランスの階段を降りて、ミッションカウンターの向かいのソファに息をついて腰を掛けしばらく経った頃、横から嬉しそうにナナがやってきた。なにやら手に白い布袋を持っている。
「ねぇねぇ、さっきは知らないって言ったんだけどさー、青龍ってもしかして、龍治、って人がいる所?」
と声をかけた。
「龍治を知っているのか?」
零は驚いてナナの興味深げな眼を食い入る様に見つめた。
「あーいや、知ってるって程じゃないんだけどね───私のお母さん、ゴッドイーターだったの、それで、たまーに、龍治って人の名前と、青龍って名前を聞いたなーって。」
先程まで沈着していた零の、存外の食いつきに驚いたのか、ナナは少し引きがちにそう答えた。
「そうか、母親か。───そうだ、龍治は青龍の人間だ。」
「やっぱり!凄い人だったんでしょ、私も合ってみたいな、今度青龍に付いて行っていい?」
ナナは再び零の方に身を乗り出した。立っていると疲れるだろうに、座ればいいものを、いや、元気が過ぎるこの娘には余計な世話か、などと思いながら零は
「いや、龍治はもう居ない。俺が青龍に入った頃にはもう居なかった。だから俺も龍治のことはよく分からないんだ、悪いな」
と言う。
「そっかー、残念。あっ、そうだ、これ!」
ナナは思い出したように袋から細長いパンを取り出した。ホットドッグのように何かが挟まっているが、見た具合だと葉野菜ではなさそうだ。受け取ってみると、串に刺さった煮物のようなものが挟まっている。
「あぁ、ありがとう───これ、おでん・・・これ・・・なんだこれ?」
訊くまでも無かっただろう。これは何かと10人に問えば、おおよそ間違いなく10人が口をそろえて「おでんがパンに挟まったもの」と形容する見た目だ。問題はそんな直接的なものではない。
「ナナ特製のおでんパンだよ!お近づきのしるしに!良かったら食べて!」
ナナはつとめて当然のように、嬉しそうにしている。やがて零の隣に人一人分の空間を開けて座って、袋からもう一つ同じものを取り出し、躊躇なく頭から齧りついた。
「うん!やっぱ美味しい!」
その横顔を零は怪訝そうに見て、右手に持っている”おでんパン”なるものに視線を落とした。受け取った以上、頂かなければ失礼だろう。しかし、どのように食べればいいのか。ナナはそのまま齧りついたが、このおでんにはパン本体よりも長い串が真一文字に通っている。串も食べられるのか。それにしてもおでんとパンを同時に食べるという文化は恐らくどの時代、どの地域にも無いだろう。いやしかし、食べてみれば殊の外いい食合せなのかも知れない。
零は減るものでもなし、と、ナナを倣って頭から齧りついた。想像していた通りの味と食感で、慮外に美味しいというわけでも不味いというわけでもなく、強いていうならばおでんの汁気がパンの喉通りを良くしていて軽食に丁度いいものになっていた、という感想が浮かぶ程度のものだった。
「どう?美味しい?」
零が一口目に踏み切った頃にはナナはもうそれを平らげていたらしく、零に嬉しそうに味の品評を乞う。零は一口目を頬張ったままあっけらかんとナナの方を見ていたが、しばらくして自分が味を訊かれているのだと理解して、数回頷いた。
「良かった!おかわりもあるからね!」
ナナは嬉しそうに袋を持ち上げて零の方に見せてきた。彼女の底抜けの明るさを先は小煩く感じていた零だったが、気が付くと自然とその無垢な活気が身体を僅かに軽くしていた。なるほどギルやリヴィのように寡黙な面子だけでは華がないものなのだなと感じる。
零がパンを半分ほど食べた頃合いに、階段の上からジュリウスがやってきた。
「それを食べ終わったら聖域に行こう。」
口の中のパンを急いで飲み込んで、零は
「分かった」
と返答した。