【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「予備動力起動───異常なし。これよりオラクル細胞不活性化地域に入ります」
ヘリに揺られて数十分と経ったろうか、バリバリと吼えるローター音に耳をやられ、機内通信の声が随分平坦に聞こえる。軍用ヘリ独特のゴムや金属の混じったような匂いと不安定で大振りな揺れに、零は喉が焼けるような感覚を否応なく味わわされていた。
「もうすぐ見えてくる」
零に向かい合って座っていたジュリウスが独り言のように言って外を見遣る。無論この騒音の中でそれが零に聞こえるわけもないが、それまでヘリの中で一切の動作を見せなかった彼のその仕草は、目的地が近いことを十分に語っていたであろう。
何度も往来しているだろうに───わざわざ黄色にくすんだ狭々しい窓から暁光を拝むような顔をして眼下を眺める彼の顔を、頭痛を訴える双眸からぼうっと見ながら、零は段々と肩に掛けた神機の自重が増していることを意識の淵で実感していた。使い物にならないのに、持ってこなければ良かった、と。
「酔ってしまったようだな。今、いい空気を送ってやる」
こんな事ならば断っておくんだった───にわかにそう思って扉を操作しているジュリウスを見る零の後悔は、機内に招かれた透明な風とともに彼が得意気に披露した光景に呆気もなく吹き飛ばされた。
「これが───」
聖域。
その言葉があてがわれている理由は、今まさに零の眼が捉えている通りだろう。雄大、新緑、大自然───そんな表現が野暮にすら見えるものだ。彼はその瞬間、星の開闢を目にしたのだ。
ヘリから乗り出した顔を撫でた透明な風は零の鼻や喉を通り抜けるが、一切の味も匂いも存在しない。それまでの零は匂いの無い空気などはこの世界に存在しないものだと思っていた。あるいは、空気とは常に砂や油、腐った木材鉄材を含有しているものだと思っていた。
大地とは常に鉄屑や得体の知れない残骸を枕にするものだと思っていた。植物とは常に透明無機質なプラントの中で陳列されているものだと思っていた。
しかし今日、零は彼らの在るが儘の姿を見た。
「いい眺めだろう」
ゆっくりと降下していくヘリの中、横でジュリウスがそう言うと、零も先までの倦怠感を忘れ
「ああ、とびきりの眺めだ」
と答える。
ヘリが草の床に降り立つと、そこにはよれた老人が立っていた。
「今日も来たのかね、いっその事ここに暮らしてしまえばいいのに」
背の曲がった老人の嫌味のないその声に、
「考えておこう───爺さん、馬鈴薯の様子はどうだ」
と柔らかそうな草地に降り立ちながらのジュリウスが答える。
「それは昨日も聞いたぞ、この歳だって覚えとる」
「フッ、そうだったな。───ああ、紹介しよう、今日からしばらくブラッド隊で活動する零だ」
その穏やかな会話を肉体を持たぬ第三者のように聞いていた零は突然自らに向けられた矛先に戸惑いながら
「あ、ああ。刹城零と言う、よろしく」
とだけ、ヘリから降りずに言った。それが老人には無愛想に聞こえたのだろう。にわかにそれだけか、といったような顔つきで寸刻零の顔を覗き込んでいたが、ふん、と何かを解したように頷き、
「お前さんも、大した人だな。ロミオやナナのような元気な子を連れて来たと思ったら、リヴィやこの子のような子が付いて来る事もある」
と讃えた。ジュリウスは恥じるでもなく
「恐縮です」
とだけ言う。寡黙だが無愛想とは程遠い、一見関わりにくいようであって、その佇まいは自然と人を寄せ付ける。前隊長の名は伊達でもないなと零に感じさせる物だ。
そんな彼らから視線を奥へ遣り、ヘリから降り立って柔らかい緑地の上を数歩。初めて目にする一面の緑は些か過激な色合いにすら見えた。ふと視線を空の淵に遣って見回してみる。大地に湛えられた冠のような蒼白色の鋭い群峰が、この安寧な新世界を大事に抱えているのが遠くに映った。先日ターミナルで見た資料によると、この聖域は旧螺旋の樹を発生地点とする極めて漸近的な終末捕喰によって芽吹いた土地であり、その為、生命再分配後とされる内部ではオラクル細胞の機能が不必要とされ、活動を停止する───のだそうだ。
この世界こそが、アラガミが居なくなった世界───あるいはアラガミが発生するより前、人類史の幕が上がるより以前の世界の姿である、といったことだろう。以て零はその姿を、窮地に立たされた人類の目指す所、奪い返すべき故郷として強く認識するに至った。
畑の側では、ジュリウスは作物の世話をしながら零に彼自身の農学に対する思想を語っていた。啓蒙ともとれそうな程に、彼の口は能く精神を連ね、ある一種の演説ともとれる程の雄弁ぶりを見せたが、零はそれを厭わず、却って、寡黙な彼を緑と土色の絨毯の上では遊説家にまで掻き立てる、聖域のその重要性に共感を見せた。
そうして談話に花を咲かせていると、自然と談柄はブラッド内部の事や彼の身の上話へと落ちていく。零の借問好きな性格がそれを加速させていた───。
「ジュリウスはいつからゴッドイーターに」
「初めて腕輪を付けたのはもういつの事かも思い出せないな。今の神機に適合したのは4年くらい前だったか」
「神機が変わったのか?」
「ああ、感応種が発生したのがその頃だった。俺は生まれ持ってあらゆる偏食因子を受け入れる体質だったせいか、対感応種専門部隊、今のブラッドの最初の隊員として試験的に調整された偏食因子を投与されて今の神機に適合したんだ」
ブラッド、今の第三世代神機の最初の適合者ともなれば、適合の過程も実験的、非道徳的なものなのだな、と零は畑に肥料を撒くジュリウスの汚れた作業着の背中を僅かに気の毒に思った。
「随分と大変な所に居たんだな」
当たり障りのない彼の言葉で会話が途切れそうになると、ジュリウスが
「そうでもないさ、今となっては。あそこ───フライアに居たおかげで、孤児になるはずだった俺はこうしてゴッドイーターになって人類の為に戦えている」
と作業を休めずに優しい物腰で彼の同情を拭う。その姿は、貧困の家庭を持つ母が鉄屑拾いに従事するような、そんな退廃的な芸術性を感じさせる。
「フライア───」
「フェンリル極致化技術開発局、本部直轄の移動式要塞、兼研究所みたいなものだ。第三世代神機、神機兵の開発が主な功績───さて、今日はこのあたりにしておくか」
零が呟いた上から、ジュリウスが被せるようにそう答えて零の方へ向いた。
「あ、ああ。大して手伝えなくてすまない」
「気にするな、俺が好きでやっていることだ。付き合ってくれてありがとう」
緑と蒼白色の世界を背景に、変わりなく爽やかな所作。零の横を通り過ぎながら畑の側の小屋へと向かう。
「ああ、それで───」
零が振り向き追いかけようとする。
「うん?どうした、なにかあったか?」
ジュリウスは仕事を終えて満足げな表情で零の方を向いたが、
「いや───やっぱり何でもない、忘れてくれ」
最後の借問は聖域の眺望の前に伏せられる。
「───そうか。」
「ああ。アナグラに帰ろうか」
零はジュリウスの5歩ほど後ろについて小屋へと向かった。