【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
その日を境に、零はブラッドの彼らと任務を共にするようになった。彼らの戦いは実践には素人同然の零の目にも非常に熟達しているように見えただろう。彼と敵を囲う空間の中を、彼らと彼らが纏う剣撃・銃撃が互いの隙間を埋めるように飛び回る、その光景は決して静止せず、同じ景色にも同じ画を描かず、それでいて一つの芸術作品のように一個の額縁の中に完結しているものであった。
だがそれは同時に輪郭を持たず、外部であった零を自然と内部へ浸潤させるように誘うものでもあり、精神に縫い付けていた「存在理由」という葛藤の枷から幽体離脱でもしたかのような居心地の良さを零に感じさせた。戦闘に必要な技術は、導かれたように、あるいは最初から持っていたかのように自然と彼の躯体を自由に弾ませる。───その感覚は、彼が警報に馬鞭を打たれ駆け付けた時の青龍との初めての出撃とはまた違っていた。青龍の戦闘は、各個人が個人として輪郭を持って存在し、それぞれの不可侵的戦域を持っている。彼らは熟練した経験によってその不文律の国境を直感的に視認し、自分が落とし込まれるべき所に収まっている。ジグソーパズルのようなものだ。そこに行くと戦力の領土をほぼ持たぬ零は、川の浅瀬の水が石の間を縫って流れるように、恐縮して後ろ指を指されぬようにとやり過ごすしか無い。そうして「存在理由」の無さを憂う結果に至る。
ブラッド隊はそうではなかった。彼ら個人は一人として存在しつつも領域を持たず、冷たい不文律も存在しない、自然と彼はブラッドという額縁の中に無条件に存在を赦される。その居心地の良さに、当初の目的、青龍に帰るという気すら削がれる様な気がした。
彼らは皆第三世代として、それぞれやはり”血の力”を持っている。それらには個別に特性を表す固有名が割り振られる、と、贖罪の街での任務終わりのジュリウスが訓えた。たとえば彼の力、戦域内の神機使いの身体能力を増幅する力は”統率”と呼ばれているらしい。”血の力”の発現や能力はその人の持つ意志に左右される───忌むべき過去を持つ人間であればそれを振り切る意志の力が、その過去に克とうとする事により───存在意義に悩むものは、それを見つけることにより相応の力が───そういった具合だと。
おまえはどんな意思を持っているのか掴めないな、とジュリウスは日光を鈍く照り返す殺風景なビルの廃墟を背に笑った。
存在理由───零の意識の中でジュリウスの声が輪郭を失い、忘れかけていたそれを苦々しく反芻する。隊長、永音の為だけに自分は存在するのだろうか、しかしそれを否定してはなぜ自分は青龍に居るのか、と。不思議と、隣に立つ崩壊した教会に、この姿を見よ、と強く咎められているような気が襲った。
「隊長は───」
埃っぽく瓦解している教会の砕けたステンドグラスを横目に見ながら零が独り言を漏らす。ちりぢりと反射して目を灼く日差しが意識を溶かしていた。
「隊長?」
自らの意識に深く潜行しすぎたせいで目前にジュリウスがいた事を失念していた。
「あ、いや、───そうだ、ブラッドの隊長はどうやって”喚起”の力を持ったんだろうな、と思ったんだ」
これで誤魔化せたか。零の声には後ろめたさがにわかに透けて見えている。
「あぁ。隊長は・・・ふっ、分からないな。最も信頼しているが、あいつの事はよく分かっていない、不思議な奴だ」
「分からない、のか?」
やっとの事で現実の水面に顔を出して日光に眩んだ目を向けた零が問うと
「気がつけばブラッドの中心に居た。俺が螺旋の樹に呑まれそうになった時も、あいつの声が最初に聞こえた。何を考えてるのかは分からないが、きっと純粋に優しい奴なんだろう、それが”血の力”にも関わっているのかもな。あいつの底抜けの優しさを見てると───本当はこの世に存在しない人間なんじゃないか───なんて思う時もある」
と、遠くのビルに目を遣っては球状に開けられた孔をぼんやりと見つめながらジュリウスが答えた。その表情は零の目には哀しく映った。
「底抜けの優しさ、か───。」
彼と視線を並べた。とたんに零は───
「なんつうか、怖いな」
「怖い・・・?」
「いや、忘れてくれ。俺はアンタたちの隊長のことは知らないんだ」
ジュリウスが隊長を想って見つめたビルの孔に、自分の姿が映されているような気がして、零は逃げるようにジュリウスに視線を戻した。ジュリウスが神妙な目で零の眼を見つめている。それすらも───
「あ!居た居たー!! 資源の回収、終わったよー!」
ナナの明るい声がした。振り向くとロミオと一緒に手を振っている姿が見える。
「帰ろうか」
「ああ。」
笑顔を作って遠くの二人に返事の手を挙げた。
アナグラに帰ると、いつもブラッドの仲間たちとの温かい談話が待っている。大所帯であるブラッドがひとたび這入れば、エントランスであれ、彼らが今いるラウンジであれ、世界の負っている傷を忘れて賑やかで平和な空気に包まれる、それが零には純粋に享受出来ないものでもあった。
「なあ、さっき零と何の話してたんだ?」
「”血の力”の事さ」
「ふ~ん。あ、もしかして、なかなか覚醒しなくて悩んでるとか!」
「馬ァ鹿、お前じゃねえんだよ」
ジュリウスとロミオの会話にギルが突っ込みを入れる。
「ハハハ、まあそんな所だ」
心の奥でこの平和がなにやら後ろめたくはないかと感じながら零は明るく答えた。
「マジかよ・・・」
突っ込みを挫かれたギルが驚いた顔をする。ロミオは嬉しそうな顔でギルの顔を見たあと
「心配すんなって!血の力なんてすぐだよ、すぐ!イザとなったらこのロミオ先輩を頼ってくれればいいからな!」
と零に向かって胸を張ったが、
「お前が一番遅かったじゃねえか」
というギルの声に背中を丸めて
「ギル~、それは言うなよ~。」
としょぼくれた。非戦闘時の彼らを包む時間は恐怖を知らずに流れている。彼らが誰よりも恐怖を知る人間だからだろう。それこそが人類の希望の象徴なのかもしれない。そのように零は片付けた。
「隊長が居たらすぐに覚醒しそうなのにねー。また任務に行ってるのかなー。」
ナナが伸びをしながらそうぼやく。
「ジュリウスからも聞いたが、随分凄い神機使いみたいだな」
零の世辞に、ナナは嬉しそうに
「うん!きっとアナグラで一番強いゴッドイーターだよ!」
と言った。
「アナグラで一番・・・か。そりゃ随分なもんだな」
ナナの嬉しい声は聞いている人間の気分も軽くさせる、例えそれが零のような人間であっても、それは変わらなかった。