【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
アナグラでの活動もひと月を数え、零は青龍へ向かう護送車の中に居た。陽は傾き、窓から車内に鮮やかな橙色の縞模様を作る。
当初の予定より一週間ほど期間が伸びたのは、彼が身を預けていたブラッド隊やクレイドル隊の居心地の良さ故であろうか。
しかし、現クレイドル隊長、ブラッド隊長、そのどちらにも会うことは叶わなかった。不思議とそれらを本来の名前で呼ぼうとする者さえもアナグラには存在せず、ジュリウスがかつて虚空に洒落た「本当はこの世に存在しないのかも知れない」という言葉に妙な現実味を感じる。
にも関わらず、彼らの語りは自らの”リーダー”を、「凄い人」、「アナグラで一番強い」と言い放つ。法螺や喇叭を咥えた口ぶりにさえ聞こえそうなほどに、彼らの声色は得意気だった。それそのものこそが、彼らの”強さ”なのだろうか。現クレイドル隊員のリンドウとアリサ、ソーマ。それに第一部隊長のコウタは取り分けてクレイドル隊長の事をよく関知しているようだった。
アナグラのエントランス、中央のソファでそれを語るコウタの目は、出撃ゲートにかつての同期を描いて居たのだろうか。
「あの頃は俺もあいつも同じ新入りだったのに、なぁんか、気がつけばまるで遠い所に行っちまった気がするよ」
まるで故人の事を語るような言葉付き。
「あいつは純粋に強かった───どんな時でも、自分の正義と力を信じててさ。相手が俺でもリンドウさんでも、ここの支部長でも。力尽くでそれを貫いて。───強引ってわけじゃないんだ。むしろ優しいくらいだよ。うん、優しくて強かった。」
「ええ。病床で手を握ってくれた時、優しい暖かさを感じました」
それを語る彼らはどこか嬉しそうだった。
「そうだな。あいつはここの英雄だからな。アナグラにはどんな時にも、他の奴を引っ張っていく英雄が居るんだ。今じゃブラッドの隊長さんとかな。そいつは大事な事だ。そういう奴らは全体の士気を高める」
「それって、自分のこと言ってませんか?リンドウさん?」
「止せよ、俺が新人のときだって居たんだ。馬鹿みてえに強くて、他の神機使いたちを引っ張ってくやつが」
アリサの冷やかしを退けたリンドウの何気もない発言に、零を含んだ彼らの興味が注がれた。
「話したこと無かったか。───俺が新兵だった頃の第一部隊の隊長、いわゆる”初代隊長”って奴だ。その頃の神機使いって言やぁ、まだ戦闘実績が少なくて最低限のノウハウもない時代でな。そんな中で飛び抜けて強かったのがその人だ。”新入り”ってのは、当時の隊長が俺に付けてくれた呼び名だったんだよ」
歴戦の立役者である彼が慕った神機使い───
「その人は今何処に」
零だけでなく、その場に居た彼らの興味の的であっただろう。
「さぁな。まだ極東のどっかに居るんじゃねえか?いずれ会う時が来るかもな」
リンドウは零の顔を真っ直ぐに見て言った。その眼差しは、他の誰でもない、零に向かって強く注がれる。
───。
「へえー、リンドウさんより前にも隊長が居たんだなー。」
コウタがぼんやりとそう呟き、思い出したように
「そういや、零のところの隊長ってのはどんな人なんだ?」
と二人の間の空気を割って零に訊いた。零はリンドウの眼差しに釘付けになっていた視線をあっけらかんとコウタに向ける。
「うちの隊長・・・か?」
コウタの口調はリンドウやコウタの語りと同等の、”凄腕のエース”のお伽噺を期待するものだった。
「確かにそうですね。青龍といえばアナグラの東エリアの敵襲を一手に負う精鋭部隊と言うそうじゃないですか、その隊長ともなれば、やっぱりそれなりの人なんでしょう?」
アリサもその尻馬に乗る。
「隊長、か。───分からないな。隊長どころじゃない、あそこの事は何一つ分からないんだ」
零はそう答えざるを得なかった。隊長がどんな人か。それを最も知りたがっているのは、まさに彼だったのだろう。
その答えは、先までソファの裏手の階段で壁に寄りかかり閉口していたソーマが出した。
「人型のアラガミ。」
そうとだけ言って、ソファの背から横顔を零に向ける。
「それって、シオと同じってことか?」
コウタが僅かに熱っぽくソーマに投げかけた。
シオ。かつてアナグラに存在したアラガミの少女。洲の語りで触れていたのを零は思い出した。
「いぃや、厳密には違うな」
リンドウがそれを否定する。
「博士、ご高説してやってくれ」
その声にソーマが小さく舌打ちをし、数歩の階段を登ってテーブルの淵に立った。
「シオは進化途上で人間と同じ道を辿ったアラガミなのに対し、青龍の隊長は人体の構造を保ったまま体細胞をオラクル細胞に置き換えた存在だ。」
ソーマの説明を難しそうな顔をして聞いていたコウタが
「えーと、つまりどういう事?」
と苦い声を上げる。
「神が人になったのがシオ、人が神になったのが青龍の隊長殿───って事でいいんだったよな、博士?」
リンドウが洒落っぽく説明した。
「それでいい」
ソーマにも異議はない。
「なるほど・・・なんとなくわかった気がするよ」
分かっていなさそうなコウタがそう片付けると、リンドウが
「なんにせよ、あそこにゃちぃとばかり問題があるからな。お前さんも苦労するだろう」
と零に言った。零には彼が青龍の内情を知っている様子なのが不思議でならない。
「どうして青龍の事を知ってるんだ?」
リンドウはソファを立つ。
「さぁな。俺はちょっとサクヤの所に行ってくる、任務続きで子守の手伝いができなかったせいで角が生えたみたいにカンカンなんだ。この老体に青アザ拵えられる前には帰らにゃならねえ」
彼の問にリンドウは答えない。返答の代わりに、零のそばを通るときに彼に耳打ちした。
「───方角を見誤るなよ」
───斜陽に蒸れる護送車の中で、零はその言葉を反芻する。
彼と青龍の関わり───洲の話では、隊長のアラガミ化に少しながら関わっていたらしいが。零にはまだそれが分からなかった。
煮え切らぬ彼らの青龍に関する語りは、今まさに青龍へ舞い戻らんとしている零の意識を、一ヶ月前の喜鴉と洲の追憶、そして彼女へと向かわせる。
有瀬永音が何者であるのか。彼女を取り囲む者たちの、有瀬龍治に纏わる記憶の断片は、彼に何を語り、何を求めるのか。
零はまた、青龍の彼らの前に戻ろうとしている。溺れる者の前に差し出された、一枚のカルネアデスの板切れとして。