【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「お兄ちゃん、お客?さん?」
護送車から降り立った零を真っ先に黄昏時のエントランスで迎えたのは、身長1m程の幼児であった。
不可解に思いつつも零は彼の目線まで腰を落とし、
「いや、俺はここのゴッドイーターだ。───君は?」
と至って幼気ないそれを怖がらせぬように答える。
ダークブラウンの細い髪に軽服といった至極子供らしい姿のその子は
「ぼくは優治だよ、お兄ちゃん、ほんとうにここのゴッドイーター?」
と嫌味のない疑いを彼に向けた。無骨な作りで常に薄暗い青龍支部のエントランスには、おおよそ似つかわしくない。
しかし、その名を聞いてそんな彼が夕暮れにこんな所に居ることにも合点がいった。───優治。その名前は隊長からも聞いていたのだ。彼女の動揺の”似つかわしくなさ”を頭の上に並べてみれば、疑問は潮解する。
「隊長の息子さん、か。」
なるほどといった具合の彼の声に、優治は
「うん!ぼくのママはここのシムチョウさんで、タイチョウさんだよ!」
と舌足らずに、だが誇らしげに応じた。ほほえましい姿に、平時は笑顔を見せることの少ない零も
「あぁ。シブチョウ、な。俺は零、ここの新人ゴッドイーターなのさ」
とはにかんで温かい声で答える。
「しんじん・・・?」
「優治!!」
ぽかんとした顔の後ろから、いつになく高く張った声の隊長が小走りでやって来た。
「ああ。隊長。久しぶり」
零は中腰の姿勢を正し彼女に呼びかけたが、寸時たりとも目線は交差しない。
「もう、勝手に出歩かないでってば。心配するじゃない───外には出てないよね───ここの外は危ないんだから───ほら、ご飯冷めちゃうよ」
彼女は零に一切の返辞もなく、零に背を向け真っ直ぐに身体を向けてきた優治の前にしゃがみ込んで彼の肩に両手を置きながらあれやこれやと叱咤する。
優治の大丈夫だよ、という声を認めてやっと、彼女はちらりと零の方を向いた。
一瞬だけ零と交わった彼女の目線は慮外に鋭く、すぐさま目を戻した先の幼い笑顔に
「この人に変なことされてない?」
といぶかしい確認をする。然しもの彼もこの不条理には納得がゆくはずもない。
「おいおい、仮にも隊員にそりゃあねえだろ、何ンにもしてねえよ」
しかし彼女の精神には掠りもしない。
「しつこいなあ、大丈夫だよお。」
愛息のその声を以てようやくその凄味が中和され、そう、とだけ言った彼女は彼の頭にポンと手を置き、再び立ち上がり零の方を向いた。愛撫を擽ったそうに受けた優治は両手をふわふわと上げて、彼女の指先を捕まえる。
「俺の容疑は晴れたか?」
「ええ、ごめんなさい、ちょっと───」
言葉に詰まった彼女は、しばしの硬直の後、指先の感触を握り返しながら沈んだ表情を振り払って自らの腰元に微笑んだ。
「いや、いいんだ───さっきこっちに戻ってきた、用件はそれだけだ───メシ、冷めちまうぜ」
「あ、うん。ありがとう。───それじゃあ」
ママ、ママとごねながら白手袋の指を引っ張る優治に、小さく可愛らしい声でうん、と言って彼女は来たところへ戻っていった。
「ゴッドイーターの、しんじんなんだって」
「うん───新人さん」
「しんじんさんって?」
「えーと、最近ここに来た人」
「じゃあ、たいいんさんになるんだね」
「そう───隊員さん」
───
「母親、か。」
とりとめのない会話で手を繋いで去っていく姿に、零は心当たりを見つけることが出来ない。
彼には両親との記憶が存在しないのだ。彼の祖母曰く、二人共がアナグラの住民であり、アナグラで知り合って結婚したそうだが、彼がそれを知ったのはつい最近の事である。最も、彼には今更取り立ててどうしようという気もない。
「さしずめ、母は強し、って奴かい。おっかねえ、玉が縮こまりすぎてケツに埋まっちまう所だったぜ」
零には母親を自らの目で見た経験がないために、別段彼女の応対に気を止めることもなく、ニヒリスチックな一人芝居の冗句を洒落て鼻を鳴らしただけであった。
───。
ひと月来の無沙汰を埋める洲の報告が告ぐらくは、零が居合わせた西方からの件の襲撃、その一週間ほど前より以て、青龍戦域での同ケースの観測数はゼロであるとの事であった。それに対応するように、あれ以来、アナグラ西部で同頻度ともとれるアラガミの特異行動が報告されているらしい。陽が沈めど暫くの熱気を蓄えた地下室、神機保管所の端で零と洲が話し込んでいる。
「原因となる要素がアナグラを中心に移動している、という事か」
「ええ。レーダー探知域内に異常が見当たったとの報告もありませんし、かつての赤い雨や螺旋の樹暴走時のアラガミの大移動と似通った事態が起こっているのかも知れませんね───御存知の通りこの件の調査はクレイドルに一任していたのですが。現在アナグラが本部の情報管理局の監視下にある以上、以降はアナグラでの全面的な調査が開始されることになるでしょう。」
「何れにせよ、うちの管轄じゃあ無くなったってこったな」
その言葉の間が悪かったのか、洲ははぁとため息をつき
「そういう訳にも行かないんです。本部が干渉するのであれば、本部直属部隊が彼らの手足として最も望ましい。零さん、青龍部隊の正式名、ご存知ですか」
と零に問うた。その口調は”知らないのか”と言いたげである。
「正式名───何処かで見たことがあるが、長ったらしくて覚えてないな」
「『フェンリル極東支部・青龍分支部駐屯・フェンリル独立防衛部隊・青龍』ですよ。うちは支部としてこそ極東管轄ですが、部隊自体は本部の直轄なんです。───これからはこの案件に関して防衛以外の任務が増えるでしょうね」
結句、長たらしいものであった。
「なんだってそんな面倒な管理方式を」
「この間話したのと同じ理由です。───永音さんですよ。再編以来何度も終末捕喰が発生しかけているこの土地です、人型のアラガミを防壁内で飼う事は到底看過できる由もありませんから。青龍支部の一義は極東支部東部防壁の防衛ですが、同時に彼女の管理でもあるんです。ですから、極東支部と本部に同時に属する形を取っているんですよ」
「はぁ。随分と面倒な事情だ。そんなで、折角こっちの襲撃が減ったと思ったら、特火点張りの雪隠詰めから今度は一気に最前線のソルジャーってお達しかい。」
「本部の声が掛けやすい部隊がうちしか居ませんからね。仕方のない話ですよ。」
「やっと正虎の兄貴さんと実地戦闘に出れるって気だってのになぁ~ったく」
零が凭れた壁を後頭部で叩きながら分かりやすく皮肉ったれた繰言を吐く。
「あはは───それであれば、お嬢と同行すればいいかと」
お嬢───喜鴉の事だ。愚痴っぽい冗句に愛想良い笑い声を添えながら手元の紙資料をぺらぺらと捲る彼に、零は興味で首を起こした。
「喜鴉姉か?またどうして」
「喜鴉さんの主な任務が本部通達の特務だからですよ。今件は雑務であれ彼女1人に任せるのは少々気掛かりですので。───お願いできますか」
それは零にとっては願ってもない話であった。喜鴉とペアであれば、幼馴染という事もあり、彼としても非常に立ち回りやすいからである。
「そりゃいい話だ。是非ともそうさせてくれ」
洲も彼が食い付くと踏んでいたのであろう。
「助かります。では今後しばらくはそのように任務を手配させていただきますね」
と彼に微笑んだ。