【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
日暮れに熱気を取り残された保管室で洲が漏らした通り、零が戻ってきた頃から青龍では舞い込む任務の多くを本部発行のものが占めるようになった。その特務の多くは特異行動の原因を探るためのコアの回収であり、アナグラの脅威とならない遠方のアラガミであることも少なくはない。
零はと言うと、喜鴉1人では危険と判断された特務への随伴に加え、小康状態となった襲撃からの正虎との東部防壁防衛任務に従事していた。青龍では専ら新兵である彼だが、アナグラでの積極的な戦闘経験により、また彼自身が幸運にも内在させていた神機使いとしての優れた才覚により、戦力は彼らの中でも十分に立ち回れるものになっていた。
アナグラでの任務を管制していない筈の洲が、零の戦闘記録を逐一確認し、彼の熟達を把捉していたのだろう。
───喜鴉と正虎の”戦い方”は、彼の目には対照的であるように映る。或いはそれらが相補的な物にも取れるが───そうして目に落とし込んでみると喜鴉には漠然とした”不足”が見えた。その不足とは、およそかつての正虎の隣、そこに深く空いた空洞を埋めるに当っての絶望的なまでの才分と場数の不足であろう。そこに喜鴉ではなく零自身を置いてみてもやはり絶望的なものだった。彼らを横に据えたとて、正虎の動きには随所に”隣”の欠乏を感じさせるものがある。彼らと戦場を共にする度に、その漠然とした見えざる孔の存在が零の意識に強く伸し掛かっていった。
「逞しくなったな」
そのとき零は喜鴉と廃寺地区での特務に出ていた。彼女の右脚が薄ら赤い口を開け、雪道の真白色に紅い斑点を打っている。二人では危険だと神機を担ごうとする隊長たちを気の強い彼女が言い伏せたのだった。今思えば───。彼が同行していなければこんなものでは済まなかった、と彼女は気丈に振る舞う。
彼女の動きには”模索”とも取れる迷いがあった。慣れない複数人での特務故か、志す存在への焦り故か、それは彼には分からないが。
「喜鴉姉はいつもこんなのを1人でやってるのか」
「いいや、こんなにキツイのはこっちに来て以来初めてだ」
零は彼女を肩に掛けて回収地点へと向う。そうしてみると、かつて大きく見上げていた彼女の姿は、零よりも一回り小さくなっていた。10歳そこいらの少女の身体は今や女性的な膨らみと括れを具え、それが零にはどうにも恥ずかしく目の遣り場を据えあぐねる。
「零に背を抜かれるなんてな。あんなに小さかったのに」
喜鴉も同じこと考えていたのだろう。それが零にはまた余計に気不味く、平時どおりのああ、という声も通らない───
「───永音の話」
引っ張られていた足を留め、喜鴉が呟いた。
「隊長が、っと───」
上半身を後ろに傾けられ、よろけた零は咄嗟に後ろにあった喜鴉の顔を直視する事になる。やはりそれが恥ずかしいので一寸目を背けてみるが、立ち止まったままでそれはどうも不自然だ。視界を遮る靄の中にうっすらと漂う雪が二人の周りを静寂の衣で包んでいる。再びゆっくりと喜鴉の顔に目を向けてみると、喜鴉は零の方を向いては居なかった。彼女の視線は自身を引きずる零の足元だ。
「どうした」
「別に、零が無理しなくていいからな」
「何だ、あん時ゃ随分と息巻いてただろうに」
意外にも表面に晒された彼女の曖昧な態度に、零はしばし当惑する。
「いやほら、さ。アンタにゃ関係のない事だろうし、無理に零がどうこうしてやる事でもないかなって」
喜鴉は零にかたい笑顔を見せる。寒さのせいではない。
「関係はあるさ、これからも青龍でやってくんだ、それに、俺に出来ることはやりたい───ほら、歩けるか」
零はその笑顔を見て再び回収地点の方角へ向き直り、彼女を引っ張って歩き始めた。
「そっか。───零は昔から優しいもんな」
がさがさと足を引きずりながらのその声は少し寂しく聞こえる。
───零にはとっくに判っていた。喜鴉がその気を孕んでいる事くらいの事は。彼女にとって───他でもない、有瀬龍治を父親に持ち、彼の晩年を目の当たりにした彼女こそにとって、それは目前に迫ってみれば受け入れ難い事なのだろう。
だからこそ、零は無感覚を装う他になかった。
自らが喜鴉に持つそれに対しても、無感覚になる他ない。彼自身が、彼が為そうとしている事を殊に赦しにくい性分であるからだ。故に、目を向けてしまうとやっと形を成し始めた意志が音を立てて瓦解してしまいそうに感じる。そうすれば、また「存在理由」に追い回されるのだ。
「───なぁ零」
喜鴉の声はやはり寂しい。しかし先程とは異種の寂しさだ。
「なんだ」
「本当にさ、無理はしないでくれよな」
「なんだって、そんなに」
喜鴉は再び足を突っかけるが、零は構わず歩く。
「───親父みたいな事は」
零は心のどこかで、前にも同じようなことを聞いた気がした。
「俺は喜鴉姉の親父じゃない」
そして、似たような言葉を返した記憶がある。
「解ってる。でも、万が一にでも───もう失いたくないんだ」
「───そうか」
零は喉元で、何度も「大丈夫だ」という言葉を押さえ込んだ。本当に有瀬龍治と同じ轍を踏まない確証などはどこにもない。隊長の事も、有瀬龍治の事も、知らないが故に恐ろしかった。心のなかでは、きっと自分もまた同じようなことになるのだろう、確証が無いことは同じ筈なのに、嫌でもその念がどうしようもなくぶくぶくと膨れていた。
零は足を止めない。止めれば最後、その場から動けなくなる。あるかどうかも分からない光を信じてただ歩くしか無い。
───
「はぁ、やっと着いたか。とんだハイキングだったな。寒さもグラスゴー辺りまで吹っ飛んだぜ───っと、こちら零、たった今回収地点に無事到着した。これより帰投する」
「管制室より、了解しました。喜鴉さんも無事のようで安心しましたよ。そちらは悪天候で寒かったでしょう。明日は任務の予定もありません。御二人はゆっくり休んでください」
力が抜けた洲の声で、彼ら自信も安堵に包まれた。彼らの帰還を受け入れるようにそれまで視界を覆っていた靄が切れ、遠くに彼らの帰るべき円い防壁と、彼らを拾いに急ぐヘリが見える。
「足、平気か」
「ああ。まだ秋口だってのにな。ここの寒さのお陰で出血もあまりないみたいだ」
二人の間の長い沈黙は、その話を暗黙に封じることで解かれた。