※この作品はR-18です。

【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero-   作:あとろふ

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第十一回

零がアナグラから戻ってまた暫くの時が経っただろう。陽は短くなり、窓を開け放しで眠っていた零は一晩中露出していた腕がひんやりと冷え切っているのを感じる。

寒さに起きた身体を起こし、風を閉ざしに窓へ出ると、外の景色は澄んだ朝靄に包まれ、遠近感を奪われた居住区の家々が一つの絵画のように一面に並んでいるのが見えた。彼の部屋からはうず高い防壁に遮られて見えないが、此処、東部防壁の更に北東には、彼がアナグラに居たときに何度か訪れた聖域の高く鋭い冠が聳える。この窓から青白い朝靄の中に遠くぼんやりとそれが見えたならば、それは人類の安寧と平和を象徴する美しい絵画になったのだろう。零はそのような事を考え、しかしまた同時に”聖域”の土産話に見せた彼女の暗い表情を思い出していた。

彼女の身体がアラガミである事を失念し、軽率にも「聖域がこのまま拡がれば」「あの景色を見せてやりたい」などと口走った事は、些か配慮に欠けていただろう。それを看取したのは、彼女が哀しい顔でそう、とだけ呟いた後になってだった。

零は彼女に対する距離を置きあぐんでいる。自然と互いに避け合う形になった二人の間隔は、零以上に、彼女にとって孤独なものであろう。その関係にさせたのが彼女自身であるにも関わらず───そうして彼がいやが上に離れると、決まって何処か物憂げ目をするのだ。彼女の態度は常に矛盾していた───

「今日はアナグラに行くんだったな。」

彼はそう念じて目の前の絵画を閉じた。

 

彼がその日正虎と今一度アナグラを訪れることになっていたのは、情報管理局長、アイザック・フェルドマンへの調査報告だと知らされていた。アナグラの役員階層、会議室とされる一室で幾多の巨大なモニタリング機材を背に立つフェルドマンは、その長身とさながら悪賊であるかのような人相で、初めてその姿を見せるものに強い威圧感を与える。最も、それは零の隣に立つ小さな黒いケースを持った大男にも一層聞かせてやりたいことなのだが。その風貌では、まるで中身を教えようとしないそのケースに、非合法な良からぬものでも入ってそうに思えるぞ、と零は冗談っぽく心のなかで笑った。

「フェンリル独立防衛部隊青龍、飯田正虎以下二名、調査結果の報告に上がりました」

風貌に似合わず改まった正虎の声にフェルドマンは返事代わりと小さく頷き、零の方へ目を向け

「君が刹城君か、彼から聞いている。まだ訓練兵だと言うが───ふっ、神機使いというのはみな若いな」

と言った。

「それが問題なのか?」

零には”本部組織の局長”という役職が何を表すか解らない。ただ、情報管理局、といえば、リヴィがかつて所属していた組織だったような気がする───零は初対面の彼女を思い出していた。

「私も若い力には往々、驚かされてきたが。───彼が適任である、と言えるか?飯田君」

アナグラの新奇な顔ぶれに慣れているのか、フェルドマンは零の不躾を咎めぬままに正虎に問うた。

”適任”とは何を表すのか、零には二人の会話の中身が読めないが、その婉曲的な言い回しがどうにもきな臭いと感じる。最も、そのきな臭さこそリヴィが彼に向けた敵意の目に関しているであろう。

「私は既に50を過ぎました。いずれ退役する身、有瀬永音監視の任も、この身体でいつまで全うできるか───という具合いでしてね。彼より他に無いと」

「隊長の───監視だと」

零がその言葉に突っかかった。如何にも隊長を”危険因子”として扱うような口ぶりである。

「騒ぐな、その説明の為に連れてきた。まずはこちらの用事を片付けさせてもらう。差し出口は無用だがよく聞いておけ」

と正虎は彼を譴責し、再びフェルドマンへ顔を向けた。対峙するフェルドマンは至って沈着である。

「報告を聞こう」

「まずアラガミの特異行動の件、報告域が西部に移行したことにより、有瀬永音の影響である可能性は希薄になりました。回収したコアの分析を進めさせていますが、こちらも原因の特定には至っていません。 追って監視対象の様子ですが、体内及び周囲の偏食場に深刻な影響は確認されていません。ただ、意識の安定性については依然不安定かと思われます」

その報告を聞いてフェルドマンが怪訝な顔を見せる。

「意識の不安定性、依然と言うが今までの報告には挙がっていない。監視者である君が監視対象に情を移すのは好ましくないが───物理的対処を避ける案が見つかった、と言う所か?」

「確実とは言えませんが───彼が」

正虎がそう答え、フェルドマンの鋭い意識が自らに向うのを零は感じた。

「刹城君か。彼を君の後任にする理由と関係がありそうだな」

「有瀬永音も、彼には我々と違った対応を見せています。バックアップには好ましい。加えて、彼は第三世代神機使いです、有事の際には───これでより安全に」

正虎は手に持っていた黒いケースを腰の前に開いた。零にもその中身が見えるように。その中身は───

「なんだこれ───銃弾・・・?」

先の丸い中空円筒状の金属と、燐光を放つ液体の瓶が数対。正虎が零に説明する。

「実弾と偏食因子カプセルだ。これが何を意味するか───」

零には見慣れた強襲型神機の口径───

「解るな?」

 

───。

 

「俺に、隊長を殺せって言うのか」

───フェルドマンへの”調査報告”はその報告を最後に粛々と済まされ、零と正虎は役員階層の廊下に出た。零はジャケットのポケットに押し隠した拳を握り、正虎に憤りの目を向けている。しかし対する正虎はさも涼し気な顔で壁に寄り掛かっている。

「ああ」

───正虎は至極当然に答える。零の顔すら見ず俯いている。

「出来るわけねぇだろ───今まではアンタがその役目だったってわけかよ」

「そうだ」

───やはり零とは対照的に冷静な受け答え。零の声色が更に強まる。

「アンタおかしいんじゃねえのか、仲間を殺せって任務を平気で請け負ってるなんて」

「仕方のないことだ」

───仕方のないこと。最も、彼の言葉に不可解な点は無かった。しかし、零にそれを受け入れることなど出来ない。かつて非暴力の象徴とさえ見た彼女の小さく崇高な肉体に、自らの手で穢れた傷を穿つ事など、零には到底敵わなかっただろう。零が弱々しく、しかし怒りのこもったままの声で漏らす。

「仕方のないことでも、俺は隊長に自分の神機を向けたくはねえよ、そうじゃねえのか」

「そうだな」

───彼の言葉は、冷徹そのもの、非情の権化のようであった。その口調に、零は更に一層強く食いかかる。

「そうだな、だと?だったら殺す準備だきゃあ今までバッチリ整えてたアンタは何だってんだ」

「それとこれとは、別の問題だ」

───ため息がちに彼が吐く。怒りに冷静さを欠いた零はそれでも食いかかるのを止めない。

「何が別だ、いつか殺す時のための爪を研ぎながら、その手で守ってきたとでもいうつもりかよ!」

いよいよ零の声が荒らぎ、対峙する大男に突っかかろうとする。それに応じて正虎は俯けていた首を上げた。

「爪を研いでその手で守る、か。いい喩えだな───」

そうして彼の目を厳しく睨み、

「全くその通りだ。お前は少し頭を冷やせ」

とだけ突き放すように言い残して廊下を去った。ひとり熱を残された零は、その煮えたぎる精神が溢れかえろうとするのに任せ、

「その通り、って・・・クソッ!!」

と正虎が寄りかかっていた壁、胸元があったところに拳を強く突いた。

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