【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
俺が、この手で、隊長を───
重要な任務の最中であるにも関わらず、その事が零の脳内を埋め尽くしていた。久方ぶりの青龍勢力総動員任務である。
旧市街地区で特異行動下のアラガミ群と交戦中のアナグラの一部隊が、アラガミ崇拝を信条とするカルト教団の集団と遭遇したとの報告があった。戦域は避難誘導すべき教団員と特異行動下のアラガミ、そして神機使いたちの三つ巴となっているとの事だ。既に教団員の多くはアラガミによって捕喰され、三人居た神機使いもそのうちの一人の反応をロストしたらしく、事態は急迫を極めている。
「零クンと正虎さんはF地点周辺を哨戒して!私たちは反対側を見てくる!」
作戦開始とともに隊長が慌ただしく威令する。
「了解だ!零、行くぞ!」
「───ああ。」
零はあれ以来、一層正虎に対して不信感を抱いている。───彼の判断は決して間違っている物ではない。隊長がもしも人の自我を失ってアラガミ化した場合、その被害は十中八九、大きく青龍に及ぶ。その事を最も憂うのは隊長自身なのだろう。零にも分かっていた。ただ、そのを本心から受け入れることが出来ないだけだ───撃鉄は起こされている。しかし引き金を引く覚悟がどうしても出来ない。
「そうら来た、一匹目だ!」
うかうかと正虎の後を追っていると、彼の真正面の物陰から中型種が飛び出してきた。コンゴウ種か。体色は青白い。零はバレットモジュールを過熱性のものに合わせ、正虎の第一撃を見計らう。
「よッ・・・セイッッ!!」
期待通り、敵の太い腕は正虎の展開した盾に受け止められ、勢いを受けた巨大な刃が奴さんの腹に突き刺さる。
「撃つぞ!!」
「応!!」
敵は大きく仰け反り、正虎は飛び退く。このタイミングを待っていたと言わんばかりに腹部から後ろ足を目掛けて零の放った弾幕が暴風雨の様に狙った位置へと突き刺さり、豪炎の中敵は沈黙した。
「───相変わらず、随分動けるな。新兵ってのも名ばかりか」
骸を抉り小走りの哨戒を再開した正虎が零をちらと振り向いて放つ。アナグラから帰ってきてからと言うもの、彼らからの評価は以前よりずんと好ましくなっていた。
「餌として死ぬ気はないからな」
零もその後を追う。敵の数はそれが一目で件の特異行動によるものだと解るほどに多い。青龍で見たものよりも更に苛烈であった。この任務が終われば、コアやアラガミの行動パターンの解析如何で原因の究明は急を告げるであろう。危険な任務であるにも関わらず、零はそう楽観した。彼には既にそれだけの裁量が備わっていた。
「こちら正虎!永音、そっちはどうだ」
「こっちには救出対象は居なさそう!アラガミを掃討したらそっちに向うね!」
乱戦、一騎打ちを交えながら一体ずつ着実に仕留めていく。やがて、アラガミの咆哮や断末魔が止んだ静寂の中に、数人───いや、数十人の怯える声が微かに聞こえてきた。
「この声───あっちか!」
零が先行する。恐らく走った先の路地を曲がった先───
「居たぞ!恐らく教団員───」
と、零の足取りと言葉が詰まった。
「こ───こいつは───なんだよ」
零の声が途端に小さくなり、震え出す。曲がり角の先の光景に、零の先までの勢いは全く殺がれてしまった。
「おい、どうした───っと。こいつは───」
凍りついて色覚を失っていく零の目に鮮烈に映る紅と錆色。
微かに耳を突くギチギチといった不快音。
細く立ち上る煤のような黒煙。
『───あッ・・・助け・・・に・・・』
弱く枯れた女の声が零の胸を叩きつけた。
神機使い───瀕死の神機使いだった。引き裂けそうなほど大きく見開いた血走り目を例に向けている。
「こいつは酷い───腕輪がメシメシ鳴いてやがるな。こりゃあ助からないだろう」
正虎が彼の後ろで冷徹に言い放った。事前に報告のあった、反応のロストした神機使いであろう。腕輪から無数の錆色の触手が吹き出し、既に身体の大部分を覆っている。戦闘経験こそ積めど、零にはまだその経験はなかった。
『助け・・・』
「チッ───そんで、あっちは例の教団員か。俺は誘導に入る。そいつは───お前が介錯してやんな」
苦々しく舌を打った正虎は彼を置いて逃げるように教団員の誘導に行ってしまった。
介錯。アラガミ化が迫った神機使いを、完全にアラガミ化する前に絶命させる処置。───限りなくヒトでなくなった”それ”と二人きりにされた零は、身動きが取れなくなった。背筋からうなじへと刃物のような悪寒が突き刺さり、背中から身体を裂かれているような錯覚。無線の奥で正虎が誘導開始を吼えている。
『お願い・・・助け・・・』
零の方へガタガタと向けられた掌にまで、まるで血管のように触手が及んでいる───その禍々しい掌は既に彼の精神に爪を立て、音を立てて彼を蝕んでゆく───
「やめてくれ───やめてくれ。」
零はえずきそうな声を上げる。しかし女は命乞いを止めない。そして、”その言葉”で零の決断を下そうという意識の残滓は無残に打ち砕かれた───
『アラガミに・・・なりたく・・・ない・・・』
憂いとは裏腹、皮肉なまでに軽い神機の先が照準を捉えている。
撃鉄は起こされた。後は引き金を引くだけ───
その覚悟が───
───。
「───こちら零。反応のロストしていた神機使いがアラガミ化しようとしていた物を発見、こちらで介錯した」
「介錯───?零さんが、ですか───あっと、こちら洲。了解しました。アナグラに伝えておきます。」
───嘘だ。
引き金は引けなかった。引ける筈も無かった。
零は最悪の決断をした。彼に最後の希望を押し付けようと必死の姿に、”彼女”の未来を見てしまった。足元に、女の神機が横たわっている───
『あッ・・・あッ・・・こっち・・・こっち・・・い゛ッ・・・』
女はそう呻いて零の前から姿を消した。どこかへと呼ばれたように一直線に去っていった。見ていたくないその背中を、零はただじっと見つめていることしか出来なかった。