【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「こちら正虎、救出対象を一時的に教会跡に誘導した、周囲の安全が確保できるまでここで待機する」
無線の声。零が急ぎ足で向うと、瓦礫から舞う砂塵が鼻奥を突く薄暗い教会内には正虎の他に既に喜鴉が到着していた。かつて教会の権威を誇ったステンドグラスがあったであろう窓から、直接に日光が差し込んで砂埃を視覚化している。
「おう零、お手柄だなァ。今永音があたりの安全確認と他に教団員が残ってないかを見て回ってるぜ。───つってもまあ、助けたところで壁ン中には入れないから、サテライト拠点にでも送るんだろうけどな」
合流した零に喜鴉が事も無げに零に話しかけた。それもその筈だ。隊長と行動を共にしていた喜鴉は零と正虎が何を見たのかを知らない。
「ああ。」
零はなるだけ気丈を繕って返辞を演るが、気分がすぐれないのは幼馴染である彼女の目にすぐさまに見通された。
「どうした?顔色が優れないな───」
「すいません、緊急事態です!そちらに向う強大な敵性反応をレーダーが探知しました!!交戦準備願います!!」
彼女が零の顔色を覗き込もうとした瞬刻、全体無線で洲が吼えた。刹那、目の粗い金属同士を強く擦りあった様なアラガミの咆哮が遠くから彼らの意識を裂く。
「クソッ!どういう事だ!さっき迄は反応すら無かったじゃねえか!───チッ、ああ邪魔だクソがッ!!」
正虎が声のした方に神機を構えようとするが、彼含む三人の周りでは教団員たちが声の方へ傅いて聞いたこともない念仏を唱え始めたり、慌てふためいて転げ回り始めたりでどうにも思った姿勢が取れない。こうも身動きが取れないのではさっきの神機使いがロストしたのも頷ける───
さっきの神機使い───
まさか。零は自らの中で最悪の結果が符合するのを感じた。さっきの神機使いは何かに呼ばれたように彼の前を去った。それはまさに、アラガミの特異行動そのものではないか。だとすれば、その状況に陥ったアラガミは神機使いや一般人を明確に狙って───
ここに、来る?
この狭い教会の室内、10人を超える教団員が犇めいているこの室内に───
目の前の光景が地獄の底と化す予見───
「ここは不味い!!離れよう!!」
零は咄嗟に叫んだ。だが───
『ギィェェェエエッッ!!!』
遅かった。教会の割れたステンドグラスから差し込む光に巨大な影が落とされる。
「畜生、よりにもよってそこから出やがったか!!」
正虎の罵声に煽られたように、影はそのままヒトの群れへ飛び降り、神機の捕喰口のような2つの巨大な鋏で辺りの教団員に襲いかかった。
次々と食い荒らされる教団員。目の前で地獄の蓋が開いたようだった。黒紫の巨躯に神の後光を見て跪いた一人の腹から上はちり紙の一枚のように毟り取られ、逃げ惑って這いずる一人の腰は卵の殻のように容易く踏み潰される。神機を翳して応戦しようにも、それでは彼らの神機が守るべき人達をも無に帰してしまう。
「ここじゃどうしようもない!!撤退を!!」
零のその大声が悪魔の騎士を刺激する。黒い仮面の奥の紫の眼光が彼を見据えた。
一歩ずつ、大きな歩幅で彼の元へずしりずしりとにじり寄ってくる。2つある出口は無事であった教団員たちが寄せ合っていて通れそうもない。
仮面の上に掲げられた巨大な剣が大きく揺らめくのを床に落ちた影が語る。こんな所でそれを一太刀薙がれれば───
「畜生───!!!」
零は衝撃に備えその場にしゃがみこんで巨大な盾を展開した。それに遮られた視界の向こうから正虎と喜鴉の怒号が聴こえる───
防ぎきれないか───
───。
衝撃は訪れなかった。代わりに彼らの耳を
『ギシャァアアッッ!』
というアラガミの断末魔が殴りつける。
何が起こった?
盾を閉じて視線を上げる───
巨大な蠍の上に、外の光を後光に立つ姿───
両手に神機を携えている───
「隊・・・長・・・?」
彼女だった。いつもの神機とは別に、もう一つの神機をアラガミの頭に穿っている。彼女がそれを引き抜くと、敵は4つの足を同時に折って地面にひしゃげた。極度の緊張から解放された零は、その場に尻もちをついてへたれる。息は荒げ、精神は自らが誤った判断の恐ろしさを目の前の無残を以て見せつけられて酷く動揺していた。
「その神機───それ───」
その神機が何であるかは、いつもの神機の捕喰口を展開する彼女を後ろから差す外の光に眩む零の目でも直ぐにわかった。
「さっきの女の神機───零、これはどういう事だ」
彼と同じくその神機を見た正虎が零に厳しく問う。零はその顔を見ることが出来ない。
「すまない───介錯・・・できなかった、俺には───」
辺りは未だ生き残った教団員の悲鳴の渦。彼の弱い声は簡単に掻き消された。
「どういう事だと聞いている」
正虎が零に詰め寄ろうとする。
しかし、その進路はコアを奪われ霧散し始めるアラガミの死体から飛び降りた隊長に遮られた。
「周囲の安全確保は終わったよ。この人達───まぁあんまり残ってないけど、ひとまず護送ヘリに詰めちゃって、帰ろうか」
隊長は不気味なほどに平静に言った。零は思わず彼女を見上げるが、その声は正虎に対して投げられていた。
「この状況が見えないのか、介錯されなかった神機使いがこんなのに成り果ててこのザマなんだぞ」
正虎の声には熱が籠っている。当然だろう。同情に甘えた零の判断の誤りで、一瞬で10人近い命が食い荒らされたのだ。しかし隊長は
「だったら貴方には出来た?───きっと、変わらなかったと思うけど」
と軽蔑するように言い放つ。正虎はそれに狼狽し口を噤んだ。それをおずおずと見つめる零の横では、彼の激しい呼吸に跳ねる肩に喜鴉が手を置いている。
「どうした、零、何があった、おいってば!」
「介錯───」
零の精神は酷く混乱していた。呼気は乱れ、瞬き一つしない。人形のようであるが、手先がしきりに震えている。
「介錯・・・?おい、零!」
恐らくその声は零には届いていない。視線の先にあるモノしか見えていない、あるいはそれすらも見えていないとも取れる。
───
長い沈黙の後、永音がぶつぶつと独り言を吐く零の見開いた目の前に顔を持ってきた。
「零クン、立てる?───今から帰るよ」
それまで彼を殊に突き放していた態度とはあべこべに、その声はどこか優しかった。
「違う、俺は───これは、違う───」
零はそれでもまだ混乱している。
「あぁー、ダメか。───喜鴉チャン、悪いけど、零クン一人で歩けそうにないから、運んであげてくれない?誘導は私達でやるから、先に戻ってて」
永音はそう喜鴉に言い付けて、先よりだんまりの正虎を引き連れて混乱下にある教団員の誘導に去っていった。