【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「───そろそろ、マトモに喋れるようになったか。」
何時から意識がはっきりし始めたのかは零には解らない。気がつけば自分の部屋で、隣に喜鴉が居た。数時間前からの事を忘れているわけではない。彼女に支えられてヘリまで辿り着き、ローター音に揺られて帰ってきて、とぼとぼと歩いてこの部屋へ這いずりこんだ。───ただ、まるでその場に自分が居なかったかのような感覚なのだ。
「あぁ。落ち着いてきた。───すまない、心配かけて」
知らぬ間に陽は沈み、しかし部屋の照明は灯っていない。部屋に這入った零がベッドの端に座ってからと言うもの、彼女はずっと彼の隣にいた。開け放しの這入口から廊下の光が漏れているのが、唯一の光源である。
「いいよ、気にすんな。暗いだろう、私も今気づいたんだ、電気、点けてやるよ」
喜鴉は優しくそう言って彼の横を立とうとするが、彼がそれを止めた。
「いや、いい。暗いままで、いい」
彼女の顔を直視したくなかったのか、自分の顔を彼女に見られたくなかったのか。
「そうか。」
喜鴉は再び引き留めた彼の隣に座る。座っているベッドの端が緩やかに弾んだ。その揺れが収まると、再び暗い部屋は沈黙に包まれる。喜鴉は彼の横顔に顔を向けた。暗いせいで表情までは掴めない。そのまままた暫くの時が流れる。
「───なぁ」
彼は一切の動きを見せない。じいっと何もない一点を見つめているようにも見える。
「───何があったか、聞いてもいいか。」
喜鴉の声に応えるように、零はその日彼が見た全てを、独り言のようにとつとつと語った。
任務中に半アラガミ化した女の神機使いを見たこと。その介錯を正虎に任されたが、隊長の姿と重ねてしまってそれが出来なかったこと。そして洲に嘘を吐いた結果があの奇襲であるということ。ただ一つ、正虎にもしもの時の永音の処理を任された事以外の全てを。
喜鴉はそれを薄闇の中で最後まで何も言わず聴いていた。やがて、そうか、とだけ言ってまた黙りこむ。慰めるわけでも、同情をするわけでもなく、ただ本当に話を聞いた、それだけだった。
「隊長は───どうしてあの時」
やがて、零が自ら口を開く。それを受け取った彼女は熱せず
「後になって分かった話だが、洲が永音にその人の神機を回収しておくように依頼したらしい。あの状況で他人の神機を扱えるのは永音だけだった───あの場にゃ居なかったのにな、洲にはアンタがどうしたかが分かってたって事だろう」
とつとめて淡々と語った。
「そうか───ありがとう」
それを聞いた零はそう言って力なく微笑み、ベッドをゆっくりと立った。一人分の重さを失ったベッドはまたゆっくりと跳ねる。
「おい、どうした?どっか行くのか」
喜鴉の声に、僅かに力を取り戻したように聞こえる零の声が
「洲には礼を言わないとだし、正虎さんや隊長にも迷惑をかけた。ここでずっと腐ってるわけにもいかない。」
と廊下からの朧な光に落ちた。
「そっか。」
返辞を聞いた零は音も立てず廊下に向かって歩き出す。そして、彼が部屋を出ようとした時に、喜鴉が
「なぁ零」
と心持ち大きな声で呼び止めた。再び零の横顔が喜鴉に向く。
「───隠してること、いつか聞かせてくれよな」
───彼は嘘が下手だ。彼が何かを隠している事は喜鴉には薄々感づかれていた───もしかすれば、彼が彼女と彼自身のために自らの喜鴉に対する感情に無頓着を装っている事も───だとすれば、それは絵に描いたように皮肉なことだろう。
然し零は
「───喜鴉姉にもう迷惑はかけねえよ」
とだけ言って自身の部屋を後にした。最後まで彼女の顔を真っ直ぐに見ること無く。
薄暗い彼の部屋に、喜鴉一人が残されている。その空間は異様に寂しく、彼がこのままそこ───彼女の前───へと二度と帰ってこないのではないかと感じさせるほどだった。
聾を患ったのではないかと思うほどに冷たく静かな部屋の中で、彼が去っていった灯りの方へ喜鴉が呟いた。
「───零は優しいもんな」
喜鴉が再び俯いても、独り言はたどたどしく続く。彼女はまた独り遺されている。
「いつだってそうだ───優しさってやつはいつだって」
いつだって。
いつだって、それを振りまく奴に限って、守っちゃくれないんだ。
くそったれ。
───
自らの部屋を後にした零は、ひとまず洲に礼を言う為に昇降機の地下を指す。礼であれば言い易い。相手が隊長や正虎でなく洲であればなおさらの事だった。
向かった先のモニタリングルームに果たして洲の姿はあった。扉を開いて中へ這入ると、やはり来ましたか、と彼が椅子の上でぐるりと回って零の方へ身体を向けた。
「相変わらず、何でもお見通しなんだな」
微笑みで冗談めかしているが、明らかに零の声は沈んだままだ。
「いえいえ」
洲は敢えて彼のその冗談っぽい口調に乗ってやってはにかんだ。
「喜鴉から聞いた。さっきは有難う、洲が気付いてなかったら───俺はあの時、やられてたんだろう。あんたのエスパーみてえな洞察には恐れ入ったよ」
零がそう言うと、洲は微かに笑いを含みながら、
「何年間オペレーターやってると思ってるんですか。それに、最近の正虎さんへの態度を見てれば分かりますよ」
と当然のように言った。
「態度・・・?」
零が沈んだままの声で聞き返す。零の目が微かに泳いだ。それを見て洲はまた笑う。
「差し当たって、つい最近に永音さんの手綱を任された、って所でしょう?そんな時に神機使いの介錯なんて、出来るはずもない」
零が驚いたように間抜けな声で
「そんなことまで」
と言った。それを聞いてさらにまた悪戯っぽく笑う。しかし、その笑顔は
「零さんの責任ではありませんよ、どちらかと言うと───」
と言いかけて明確に翳った。
「正虎さん、ですかね。」
「あの人の───?」
陰が差した顔に零が真剣な面持ちで訊き返す。
「そもそも、零さんは実力こそ不相応とはいえ、青龍ではまだ新兵の扱いなんです。通常の判断ならばそんな人に神機使いの介錯なんて重大な仕事は任せない。仮に任せたとしても、後で自らが確認を取るはずです───アナグラきってのベテラン神機使いのあの人であれば尚更」
「俺を信頼してたって事じゃないのか、それなのに俺がそれを裏切ったから───」
「いいえ。」
零の言葉を遮って洲が強く断言した。
「仮に貴方の事を心から信頼していたとしても、任務遂行中においては信頼関係と実際の責任問題は別問題です。その事をあの人に限って理解していないわけがない。恐らく───」
洲の言葉が詰まる。
「恐らく?」
零は食い入ったように洲の顔を見つめた───
「───いえ、憶測は不可ませんね」
しかし洲は言葉を噤んだ。再びはにかんで
「しかし、任務遂行上での瑕疵があの人にあるのは間違いありませんね、実際に甚大とも言える被害が出ていますから。温情を受けたとて懲罰房は免れないでしょう。零さんは───まぁ、永音さんからの譴責くらいでしょう」
と言い逸らかす。
「譴責───って」
零は困惑したように言った。零の中では、あの時自分が引き金を引けていればと思っている。同時に、正虎に対する言いようのない心苦しさを感じ、その場に俯いてしまう。
「なんであれば、副支部長であるこの私が支部長の代わりに譴責してあげましょうか?ふふっ、僕だって叱る時は叱るんですよ」
洲は大げさな手振りで彼をからかうように喋った。零にはそれがどうにも疎ましく、
「いや、いい。それじゃあ今からその譴責を受けに行くことにする」
と苦笑いを添えて答え、隠れるように彼に背を向けた。
「おや、残念ですね。でもそれがいいでしょう、しっかり叱られてきてください」
洲は背中にそう笑って彼を見送る。
扉が閉まって、洲はもう一度繰り返した。
「そう、それが好い。」