【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
結局その日は、剥製の部屋を飛び出して部屋に逃げ帰ったきりで、零は溜まった疲れに押し崩されて眠りに就いてしまった。疲れを患っていない平常の彼ならば、先に感じた深い深淵の一角、その全貌を暴かんと持ち前のよく切れる頭で思索に耽け、果ては薄ら白けるそらに船を漕ぐまでとなっていたであろう。
以降の訓練は、隊長の指導のもとでの実地演習の形ではなく、新兵として順当なアナグラの訓練室、VRシステムによる仮想任務の形である。数日ぶりのアナグラで零は廃墟の友人たちに、少し粉飾したここ数日の実地訓練などの様を冗談で済ませるような口ぶりで話したりしていた。
『零ンとこも大変だったんだなぁ、それもいいけどよ、聞いてくれよーーー』
それに返答するような友人たちの土産話に聞くふりをしつつ、零はすぐさっき自らの口から反芻した先日の記憶を苦々しく感じていた。隊長との訓練があの一回きりであったのは、無論それ以上の危険を実地で冒すリスクを伴わないという面で良いことなのであろうが、零にはそれが「もう一度」のチャンスを奪われたように思われたのだ。
ーーー言ってみれば、あの訓練は不意打ちだったようなものだ、まるで無識な新人を現場に放り出して自分は高みの見物、すんでの所でわざとらしく助けてやって「あと少しで死んでいた」などと”してやったり”な冷笑を見せて・・・・・いや、隊長はそんな器の小さい人間ではない。だが、どうしてもそのような思考がよぎってしまう、それ程に先日の事は零の記憶に強い屈辱として残っていたのだ、そしてそのような邪推をしてしまう自分に更に屈辱を感じるーーー
『オイ?零? れーーーい! 聞いてんのかぁ?』
「んっ?あ、あぁ、すまん、ちょっと疲れてるみたいでな」
『おいおい大丈夫かよ、ちゃんと休んだほうがいいぜオマエもよ?』
「そうだな、訓練の前にすこし休むことにする、サンキューなっ!」
そう言って零は彼らから逃げてきた。無垢な彼らにですら、自分の後ろめたい部分を見透かされているような気がしたからである。
友人たちとよく喋ったせいで喉が乾いた、とラボラトリの販売機で買った無難なジュースを飲み干し、その空き缶を両の手で弄びながら零は漠然とした物思いに耽っていた。苦い記憶に薄れていたが、昨晩の剥製のあった部屋のことだ。
やはり、どうにも朝からその事が気にかかっているのだ。人間の生の表皮を剥製にして保存するなど、いくらアラガミとの戦闘の真っ只中で血の気が多い現場であるにしても正気の沙汰とは思えない。ともすれば、正気の沙汰でない物が平然と、かつ立派にあつらえてある「あの部屋」には、その背後になんらか「狂気の沙汰」とでもいうべきものがあるような気がしてならないわけである。それが何者であるかを知りたがる好奇心の声と、いやそれは知るには危険すぎることではないかと諭す声が、先ほどまでの苦味の強い反芻をなんとかやり過ごした零の中で、せわしくせめぎ合い始めたーー
『おい。』
物思いに油断していた零の鼓膜に低く落ち着いた声が奇襲をかける。
「うおっ! あっ・・・は、はい?」と、不自然に身体を跳ねさせてしまった。放心していたのも今日だけで2度目である。つくづく悩みの種が多いと零は感じた。
『見ない顔だな・・・黒い腕輪・・・新人か・・・?』零の不自然さとは裏腹に、その色黒な表情は変化を一切見せない。
「あ、はいっ、3日前に1200つけで青龍分支部に配属になった、刹城零です!」と畏まった挨拶を返す。
『ほう、アンタがか・・・悪くない面構えだな。俺はソーマ・シックザール、フェンリル独立支援部隊、クレイドル所属だ。』
その名前には聞き覚えがあった。確かーーー
「死神・・・?」あろうことか、本人の前で口走ってしまった。
『死神?』ソーマはもともと厳つい顔を更にしかめた。
「あっ、す、すいません!そんな事は・・・」咄嗟に繕おうとするが焼け石に水のようなものだ。
『いや、いいんだ。今になってもその名前で呼ばれることがあるのかと思っただけだ。それよりアンタ、青龍所属だったな?』
「え、ええ・・・」
ーーー元第一部隊員、かつては死神の異名を持った、「最強の神機使いたち」の一角。それを怒らせるようなことを言ったのだ。隊長にまた説教されるかもしれないと萎縮する。
『すると今はVR訓練を受けに来たと言ったところか・・・・・しかし、青龍とはまた危険なところを選んだんだな。特別な理由でもあるのか?』
「理由は・・・特にはないです」
襲撃の標的にしたついでだ、とまではいくら口の軽い零であっても口が裂けても言えないところだ。
『ない・・・?理由もなく青龍に? ・・・そうか、理由なく・・・か、フン。お前はいい神機使いになる、どうもそんな気がする。訓練、頑張ってこいよ。 あぁ、あと虎のオッサンにはまたよろしくって伝えておいてくれ。』
「えっ、あっ、ハイありがとうございます!」予想していなかった激励の返事に少し困惑しつつ研究室に入っていく背中に礼を言う。「虎のおっさん、とは正虎の事か。発言力があるとは聞いていたが元第一部隊との関わりもあるのか」などと不思議に思う。
何気なしに時間を確認した所訓練の時間まで間がない。物思いにかなりの時間を要していたようだ。
零の初回のVR訓練は順調に終わった。新人としては優秀な出来だとの教官のお墨付きも頂き、順を追って説明を受ければ大したことは無いな、と自信をわずかに取り戻させた。ついでに第三世代神機のため、銃携帯への変形の指南もあったが、前衛的な性格の零の興味を強く刺激することは無かった。
訓練は数日に渡ってアナグラで繰り返され、その間零はまた天守閣、あの静寂の冷や水の中で寝泊まりする身となった。こうなってしまえば今度は青龍分支部の油臭い寝床が早くも恋しくなる。やはりこの部屋は少し寒いのだ。寒さゆえにか、決まって心が騒ぐ。
当然「あの部屋」のことだ。
数日来、夜中は決まってその心騒ぎに苦しめられ悶々とした彼は、騒ぐ心を落ち着かせんと己の中で「青龍に帰ったならば先ず最も親しい喜鴉姉にあの部屋について聞こう」と約束をしたのだった。