【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
隊長の言葉通り、正虎は懲罰房に拘束されているようであった。アナグラの査問委員会での通達が、後に副支部長である洲の口を経て零へとその結果を告げたのである。彼らが当該する神機使いに手を下さなかったこととは本来関係する由もない案件であったにも関わらず、同僚を失った神機使いたちの弾劾が正虎の拘置期間を遠く伸ばしていた。
零が目を覚ますと、彼の隣には見慣れた艶々しい髪が眠っていた。口の中はまだ泥と煙の味がする。
「あぁ?喜鴉姉!? なんで───っ、たぁー、頭痛ェ」
彼がそう言って身体を起こすと、持ち上げられた布団の陰に彼女が眠い目を擦る仕草が見えた。差し込む曙光が脳天を鈍く打つ感覚が彼の目を細めさせている。
「んん?なんだ零、もう起きたのか」
「ええ?昨日って俺慥か───」
しかしどうやってこのベッドへと這入ったのかは覚えていない。彼の記憶はラウンジの暖色光と酒の香りの中で独り滲んで、そこから先がどうにも朝の光を受ける意識の中に整然としないのだ。
「ああー、覚えてねえんだな。」
零の隣で胴を起こした喜鴉は、白いスカーフを取り出して背中まで伸びる長く美しい髪を後ろ手にいつものポニーテールへと整えながら、やれやれといった面持ちで彼に吐いた。
「俺、なんか変なことしたか・・・?」
零が気不味そうに尋ねる。平時の彼以上にその表情は暗い。
「どうだろうな?二人揃って見ての通りの着込みっぷりだが?」
髪を整え終わった彼女は呆れたように彼に向かって胸を張る所作を取る。二人とも、昨夜に暗い部屋で別れたままの身なりであった。
「あ、ああ。良かった。何もしてない、んだな?」
たどたどしいその声に喜鴉は彼から目を逸らし、首を軽く左右に揺らしてハァと息をついた。しばし無言の後、
「───あれ?そうしたらなんで喜鴉はここで寝てたんだ・・・?───もしかして、ずっと俺の部屋に?」
と零が彼女に訊ねる。彼女はびくと彼の方へ首を向けて、えっ、と声を上げ、
「いや───ほら、待ってたんだよ、帰ってくるの───ずっと」
驚いた顔は、どうやら哀しげにゆっくりと俯いた。彼女は視線の先で掛け布団を強く握っている。
───
薄闇の中彼が去ってから何時間経ったのだろうか、音も光も薄く、まるで動きを見せない中では、まるでその空間そのものが今際の際に立っているような気持ちさえ喜鴉に沸き立たせる。
そうして、ようやっとの想いで彼女が迎えた零は、酷く酒にあてられていたのだった。彼女がどうした、と駆け寄ると、零は
「五月蝿い」
と乱暴に彼女の肩を突き飛ばした。壁へ背を突いた彼女は、零がそのままよれよれと歩いてベッドに伏せるまでの間に何ひとつの動きを取れなかった。
彼女は触れられてもいない自らの頬に手を這わせる。最も危惧する過去の足音が、未来から近づいているのを彼女は否応なく感じ、
「駄目だよ」
と弱い声を上げる。しかし彼女の身体は彼に怯え、壁に背を突いてなお後退しようと床を擦る足はまるで彼女の言うことを聞かなかった。やがて、ベッドに伏した彼が吼える様に
「クソがッ!!」
と怒鳴る。
「俺は───救うんだ、お前も、隊長も、青龍の全員を」
喜鴉はまだ身動きが取れない。後退を諦めその場でひしゃげそうになる両の脚を、なんとか震い立たせて首を横に振りながら
「違う───」
と呟いた。到底彼に届きそうもない弱く震えた声である。
「迷ってたらいけないんだ───こんな事くらいで───分かんなくなってたらいけないんだ」
「違う!!!」
そうして、遂に彼女の声は金切り声のような悲鳴となって閑散とした部屋の床に木霊した。
「それじゃ───親父と一緒だ───だから言ったんだ、零にだけはそうなって欲しくなかったから───」
彼女は俯きながら吼えている。両手は未だ自らの片頬を覆っていた。
「だったら───」
零はベッドの上で俯せたまま自嘲的な穏やかさの声を漏らす。
「だったら、教えてくれよ。俺はどうしたら善い。」
「えっ───?」
おそるおそる彼女は零へ目を向ける。視線が交わらないことに、彼女はどこか安心感を覚えた。
「もしもの時は俺が隊長を殺してやらないといけないんだ。でも俺にはそれが出来なかった。隊長がそうならないように何かしてやればいいなら、だったら俺はどうすれば善い。どうして隊長が俺に慰められたがる。そんなわけねえだろ。隊長は何がしたいんだ。俺を突き放したと思ったら、今度はまた突き放すって脅しだけ垂れて生殺しかよ。俺が青龍にいる理由なんてどこにもねえじゃねえかよ。だからってアナグラに逃げろっていうのか。何かを変えたいって馬鹿みてえなこと言って、神機使いになったって、変わった事って言ったら精々賑やかしか足手まといくらいのもんだ」
「───ごめん、私───」
栓を切ったように噴出した零の荒みきった精神に、喜鴉は何一つとしてかける言葉を見いだせなかった。
「そんなのが聞きたいんじゃねえよ、どうすりゃ善いって訊いてんだ、アンタの親父ほど俺は強くもねえ、ここの事も知らねえ。右も左も分からねえ雛鳥の俺に揃いも揃って隊長を隊長をと、そうやって生贄みたく突き出されて、俺に何をして欲しいってんだよ」
零はそれでも残酷なまでに彼女に問い詰める。彼にはまるで自分が青龍に居ることが必要な犠牲のようにされている邪推があったのだ。
───彼女は、ついにその答えを彼の前に見つけることは出来なかった。
───
「なぁ、零」
その事を物哀しく彷彿していた喜鴉が、零に昨晩のような声をかける。
「ん?どうした」
零の声は、再び彼女の知る優しい彼の姿を取り戻していた───取り戻していた、というよりは、再びそれに覆われてしまった、と彼女は感じている。
「いや───」
その声が、さらにどこか彼女を寂しくさせた。眠りについてなお魘される彼の手を握っていた記憶は、彼女の中で何処か独善的な苦さを醸す。
「───やっぱ俺、昨日なんか悪いことしたか・・・?」
「そういうわけじゃないんだ、ただ───」
身なりを整え終わり彼のもとから去っていく彼女は
「ただ───なんだよ?」
と追いかける声に
「悩んでることがあったら、頼って欲しいんだ。零が思ってるほど、零は大丈夫じゃないからさ」
と、這入口で振り向いて返した。零はその声に頑なに
「喜鴉姉には迷惑かけねえって」
と言う。どの口が言うのか、と思いながら喜鴉は相槌をうつように笑って、
「私じゃなくてもいいからさ」
と嘘を吐いて廊下に消えていった。