【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
彼には正虎が懲罰房から出所するまでの間の出撃停止が命じられた。隊長の意向が携帯端末の画面を通じて伝えられたのだ。教導可能な人間が居ないとの理由であったが、アナグラで一ヶ月近くの実戦経験を積んだ零に降りる命としてはそれも些か不自然であっただろう。それこそ喜鴉が担当する特務のような危険度の低い任務であれば、今ならば一人でも熟せなくもない───自らの技量に関するそういった自信が彼には少なからず在った。
「制式のパーツ、って奴も悪くはねえんだがなあ───」
そうして後味の冴えないままに遣る先のない無聊を託っていた零は、神機整備兵としての顔をした洲に提案されたパーツの換装を吟味している。神機の換装はそれなりの期間を要する───少数精鋭の防衛部隊、その性質上、予定された休日のない青龍の人間にとって換装を含む本格的な神機の整備は滅多と出来ることでもない、折角だから───と彼に推された次第だ。
神機使いに一対一対応で支給される神機は、アラガミの体組織を利用して自分好みの姿や性能に出来る。そもそも神機自体が一個体のアラガミである以上、それに不思議はない。零の気を引いたのは、利用するアラガミの種族や部位によって所有する神機使いにも相応の能力が伴うという事であった。
「マルドゥーク───」
ターミナルの上で空虚に彷徨っていた零の視点は、赤蝕狼の文字の上でぴたと釘打たれた。彼奴の高い感応能力が自らにも伴えば、とでも考えたのであろうか。丁度、ブラッドとの任務で拿捕した体組織が彼の所有物としてアナグラに保存されていた、というのも都合が良い事であっただろう。
「ふーん、それじゃマルドゥークの爪をハンマーの頭に、腕の甲殻はすげえ分厚くて硬かったな、コイツを俺のタワーシールドに引っ付ければ頑丈になりそうだ、蓄熱器官なんかは銃身のヒートシンクに使えるだろう、っと───ええと、配合率───?接合方式───?なんだそりゃ、まあ分かんねえことは全部あっちに任せておけばいいか、神機使いみんなが理解してることでもなさそうだ」
───
「さて、と。」
以てそのままの流れで換装の手続きを済ませた零は再び退屈の渦に飲まれる。昨今の彼は殊更退屈を嫌っていた───もっともそれが退屈の中で苛まれる直近の彼の失態の数々の反芻に因っていることは想像に難くない。退屈を嫌うこと自体が追考すれば思考からの敗走として疑いないものなのだが、それ故にまた彼は退屈の中に生じる瞑想のような自問から逃れようとするのだ。そうやって蒲団へ身体を捩じ込んでも、微かに留まって剥がれようとしないポニーテールの残り香がまた彼の意識を今より過去へと巻き込んでくる。自室という周囲から隔離され孤立した空間の中に居てさえも、彼を囲う世界が直視せよと言わんばかりに覆いかぶさってくる妄想が彼を襲っていた。
「あぁ───」
諦めて蒲団から顔を覗かせて明るい外を見遣る。
四角い窓にあつらえられた昼下がりの防壁の街は、彼の退屈に呼応して無機的な平和さを醸している。決してそうではない筈の光が零の眼を強く焼き、惰眠へ隠れることを赦さない。
「何か、何かしないとな」
彼の中の漠然とした使命感は、幾度踏んづけられても尚、麦の芽のように細く光沢を放って存在していた。彼の理性がその根っこにあるロジックを暴こうと蒲団の上で躍起になっている。艶々しい光沢が本能に等しい物だとして、ならばこんな濁ってぼやけた瞑想の中で答えに至ることはない───
───
『どういう事だと聞いている』
───
『だったら貴方には出来た?』
───
『きっと、変わらなかったと思うけど』
───。
「変わらなかった───」
口実でもいいので、と自分がやるべき何かを記憶からまさぐっていた零の脳裏に、混乱した意識の中の正虎と隊長のやり取りが蘇る。平時の正虎とは程遠い、砂を噛むように歪まされた頬と───いつも通りな彼女の冷静で軽蔑的な横顔。
そこにきっと何かが在る、冷血かつ無感情に見える正虎であったとしても───ともすれば必要以上に介入をしたくなるのが零の性というものであった。
「謝りに行ったほうがいいよな」
その性をしかと認めて依然、彼の理性は合理的な名分を旗に建てる。そして誰も見ては居ない行動に至極当然な仕草を繕って部屋を発つのだった。
───
「任務でもねえのに借りていくのもな」
出撃用のジープを横目に支部の前にたった彼は、そう大した距離でもない、とアナグラまで行脚をすることにした。正虎の気まずい心情を詮索に行くのだという、すれた目的意識が、乗り物を借りていくにはきまりの悪さを覚えさせたのだろう。
相変わらず居住区の人間は薄汚くほつれ破れた服を着たり、髪を砂埃に絡ませていたりしたが、それも居住区で育った零には見慣れた光景である。今でこそ白と黒を基調とした清潔なエナメル質の戦闘服を羽織っているが、数か月前までは彼の眼にセピアカラーに褪せて見える者どもの一部として存在していたのだ。
青龍の近くでは壮年の女性や老年の夫婦、果ては駆け回る少年たちにまで「ゴッドイーターさん」と声を掛けられた。
「あなた、青龍のゴッドイーターなの」
「ああ、そうだが」
彼らは零が青龍のゴッドイーターであるかどうかを気にする向きにあった。
「そう。お仕事お疲れ様、お茶でもどう?労わさせてくれないかしら」
「いや、遠慮しておくよ、ありがとう」
相変わらず褐色に褪せた人々であるが、彼の居た南部居住区の人間とは異なり神機使いに親しみを感じている者が多いのが、彼にはどうも不可解に感じられた。かつての彼を含む居住区の人間というのはおおよそ、神機使いやフェンリルに不満を抱いているケースが多かったのである。自身が神機使いとしてフェンリルの人間になって初めて、その不満がひとえにフェンリル側の情報伝達の瑕疵による物だと理解したのだが。
「あら、つれないね。正虎さんなら誘われてくれるのに」
喫茶や遊戯の誘いを断ると、彼らは決まって正虎の名を引き合いに出す。零が与り知るところの正虎がそれらに付き合ってやるとは到底思えないが、「あい分かった」と返答する彼の姿のみを想像しても零にはそれが少し可笑しいものに感じられた。
そうやって彼らの機嫌を損ねつつも、一人また一人と話しかけられる度に頬が緩む感覚をまんざらでもなく感じていた零だったが、居住区の人々の好意的な視線はやはりアナグラに近づくに連れて薄れていく。アナグラの建物が目の前に大きくはだかる頃、遂には談話の誘いが舌打ちに置き換えられるまでとなった。
「やっぱ、普通はこうなんだよなあ」
肩身の狭い場所へと再び入り込んだ窮屈さにやれやれといった悪態を小さく吐きながら、零は見慣れた平和なアナグラへと這入り、懲罰房の在る所へと向かっていった。