【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
アイツは、まあ一言で言うんならバカな奴だったな。最初っからさ、初めて俺の前に出てきたあの時からずっと、一直線でバカな奴だ。
今となっちゃ小っ恥ずかしい物だが、20年と少し───アラガミがこの星を覆い尽くすよりも前、俺は政治運動家ってタチの事をやっててな。政治って付くからって講義会や選挙運動のような高尚な事をしていたわけじゃない。メガホンと弾圧、要は相反する思想の奴らと毎日工事用ヘルメットとバットで紛争まがいの祭騒ぎをしていたのさ。場合によっちゃ思想関係なく、はばかる奴らを見境なく、な。当時はそれこそ正義は我にあり、ってな具合でな。今となっちゃあ言いたいことだけ言い散らかして、いざという時は武力行使、そんなもんで何が正義だって話なんだが。
その頃のこの辺りって言やあ日本って国家の神奈川っていう行政区分の一部だったんだが、まあ、俺が言えた義理じゃないにせよ、お世辞にも公安の行き届いている様体じゃあなくてな。夜中になりゃあそんじょそこらの大通りから車だのバイクだの───ああ、昔の乗り物でな、タイヤが2つしかないヤツのことだが───それらがガソリン駆動の闘牛みてえな音を撒き散らして暴れまわってるのが聞こえたりしてよ。その中の一人が、有瀬龍治だったのさ。
近くのハイウェイからサイレンと怒号が聞こえたとしたら、まずレーシングバイクのアイツが200マイル近く出してかっ飛ばしてる時だった。聞いてみりゃなんでもアイツの実家は父親が地方議会の議員だって言うじゃねえか。だってのに夜な夜なハイウェイでドラッグレーサーってのもな───政治運動家の主導者、小山の大将気取りだった俺にはどうにも癪に障ったもんさ。片や両親がパートタイムの在日カナディアン、んなしみったれた生活してた俺だ、富豪、それも怨敵政治家の息子がそうと来りゃ腹の虫も疼き出すってもんだ。
そんな訳合いで、俺は会ったこともないアイツのことをどっかで毛嫌いしてたんだがな。突然現れたアラガミに世界が喰い荒らされて、龍治の事も忘れかけてたある時だ、突然、アイツは俺の目の前に現れた。
「手を組もう」
ってな。
───とんだ笑い話だ。どうして俺がこんな奴と、って思うのも無茶じゃない。
アラガミが地面から這い出して来て、世界中の何もかも───目の敵にしていた権力も行政も、まっ平らに踏み潰してくれたおかげで───まあ言い方は悪いが。俺は仲間を集めて自治団体を作ることが出来た。それこそ小山のような狭い地域だったが、自分の国を持った大将みてえな馬鹿馬鹿しい優越感なんかを感じていたもんでな、余計に、さ。
だが、巨大になりすぎた組織は末端までの統制力を失う。それは世の常、俺の国も例外じゃあなかった。素手の単騎で俺の前に出てきやがった龍治の話じゃ、俺の名を引提げた跳ねっ返りが支給された自動小銃を撒き散らしたりなんかもしたらしい。一番のお笑いごとは、アラガミが出て来る前からウチの阿呆どもが龍治の処と引切り無しにドンパチ騒ぎを起こすせいで、俺らまでが引っくるめて「暴走族だ」なんて思われてた事だったがな。まあ暴力上等の組織だったもんで、同じ穴の狸が仲良く喧嘩してやがる、なんて思われるのも仕方のねえことだ。そんで、よりもによってその話を初めて俺の耳まで持ってきたのが当時じゃその「暴走族としての」ウチと並ぶ勢力を持っていたらしい組織の親玉だった、なんてのもまたなんとも皮肉な話だな。当然そんな奴がノコノコと上がり込んでくりゃ、下っ端どもは我先にと喰らいついたんだろう。俺が見た時には真っ白だっただろう革のコートを火事場の燃え残りみたく穴だらけにしていやがった。まったくもって、人の上に立ちたがる癖に足元を見ようとしない俺の怠慢だったってオチだ。
手を組もう───ボロボロの面構えでそう切り出した龍治の提案は、対アラガミ専門部隊、通称「正規軍」に入軍しようって話だった。
「なぜそんな誘いのためにわざわざここまで来た」
それが俺の用意できる当然の返辞だっただろう。龍治の動機は
「主導者たる自分たちが抵抗の意志を見せることが必要だ」
という物───ぼろい廃墟で貧相な事務机に肘を突いて、豪勢に国王気取りだった俺にはその提案は不合理な物だ。
「主導者である俺やお前が戦地に赴くのは質に非ずという物だ、どうしても行きたいならお前の組織から引っ張り抜けばいい」
俺は、ウチと拮抗する勢力を持っているのなら組織員からの支持も厚いのだろう、ってった体でしか考える事が出来なかったんだ。それだけに龍治の
「俺に付いて来る奴らは皆、好きでそうしてる奴らだ。好き勝手で馬鹿な俺の所に集まって、去りたくなったら去ると豪語して、馬鹿みてえにバイク乗り回して酒を呷って、そうやって嬉しがってる奴らだ。だから俺に命令は出来ない。俺に出来るのは、先駆けてやりたい事をやる事ってだけなんだ」
なんて言葉は全く理解ができなかった。顔を合わせる価値もない、とすら考えて顔を背けたほどだ。
「馬鹿馬鹿しい。そんな覚悟で今の状況をどうこうしようなどと、そんな大仰な事が出来る訳がない」
理解が出来なかった───ってよりは、理解を突っ撥ねていたんだろうな。
だが、
「さぁな?分かんねえぜ、やってみるまでは、な。アンタも同じ走り屋だろ───走ってみるまで、分かんねえだろうよ」
挑発的で的外れな言葉に乗っけられてもう一度見た、その時の龍治の眼で、俺は龍治の力───到底理屈では理解し得ない、理解を拒絶していた何かを理解した気にさせられた。それまで見てきた、あらゆるスピーチ原稿に誂えられた公約を騙る政治屋のそれよりも強固な中軸を、あらゆる兄弟の契を交わした知己の同志のそれよりも対等な姿勢を、龍治の瞳がその一瞬で表したのさ。言葉で言っても伝わらないだろうが、彼奴の眼や表情には、そういった力がある───長く公約文書に縛られ佶屈になった俺は、まるでその窮屈な盤上から最果てのない上空に投げ出されたような気さえ覚えさせられた。
やってみる迄判らない───そんな子供騙しみたいな言葉にあれだけの説得力を持たせられる人間など、大凡この世で彼奴くらいのものだろう。
当時の俺はこう思った。
こいつならば、”支持する”に値する。
ってな。無根拠だと笑いたくもなるだろうが、無性に此奴と走ってみたくなったんだ。
「フッ、走ってみるまで───か。好いだろう。こちらもその手筈を整えておく。本日を以てお前の処とウチは友好関係に在ると宣言させてもらおう。直ぐにでも此処の阿呆どもにも伝えておく。今日の所は安心して帰るといい。それと、だ。ウチはお前さんの処と違って走り屋なんかじゃねえぞ。そこを間違えるんならこの話は無かった事にさせてもらう」
そう言うと、龍治は
「んだよ、同業者じゃ無かったってか。まっ、どっちにしても、そう来ねえとな」
つって大袈裟にヘラヘラ笑って帰っていった。彼奴は本当に不思議な人間でな。会って高々数分だったってのに、そんだけの短い会話だったってのに、彼奴が去っていった後の玉座が、いたく心寂しいものに感じられた。ここでは自分の何かが欠落してしまっている、と感じた。まるで、それこそ、風を切って疾走るバイクを留めた時のような、風を失ったような、そんな寂しさだった。
それからと言うものさ。俺が彼奴の持つその不思議な力にずるずると呑込まれていったのは。後先も考えない彼奴と足を揃えて走る喜びに魅入られていったのは、な。