【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「何のために戦うのか」───前線で生贄になる人間に、その問題は必ず付き纏ってくる───お前がまさに思っているようにな。
今の神機使いだってそうなのは違いねえんだが、アラガミに対する決定打を人類が持ち得なかった頃の、対アラガミ小銃で玉砕バンザイ、と人海戦術を張ってた益荒男集いの正規軍には殊更だ。俺も龍治にそれを訊いてみたことがある。
「やりたくてやってる、それだけの理由だ。他に何か要るのか?」
龍治は決まってそう言った。そこに嘘の影は見えなかったが、それが俺にはどうにも度し難くてな───彼奴には妻子、産まれて間もない筈の喜鴉とそれを抱える美月の存在があったんだが、其奴等の事には触れないのさ。触れるまでも無かったか、或いは触れたがらなかったか。
「喜鴉は美月の愛情に触れられていればそれでいい。俺の仕事はアイツらが生きる世界を守ることくらいだ」
壊滅した都市の塵芥を遠く望む龍治に並んで敢えて訊いてみれば、龍治はらしくもなくそんな事を言ったりもしたが。その言葉に、いつもの「強さ」は無かった。
ところが、妻子ですら自らの直感の前に無価値に等しいような───そんな放埒病の彼奴が殊更、一方ならずに信頼して世話焼いてたのが洲でな。
「俺なんかよりもずっと立派なやつなのに、こんな馬鹿を慕ってくれて───」
なんてな。洲のいる離れがアラガミの脅威に曝されたときなんかは、命令を蹴ってでもイの一番に駆け付けてよ、全く、後で俺が上官にどれだけ媚び諂ったと思ってやがるんだかな。ろくすっぽ効きゃしねえ豆鉄砲だけ担いで単騎で敵中に飛び込んだ所で、出来ることなんぞちょっとした余興みてえな賑やかしくらいだろうに───それでも、さ。どんなに出鱈目法外な勝負に出たって、次に会うときには、にへらっと笑ってやがるのが彼奴だった。「あいつはまたどうせ、勝って帰ってくる」なんて、行き過ぎた信頼を置いちまうくらいにはな。
勘違いするんじゃねえぞ、いくらそんな彼奴だからって、当時の装備でアラガミを仕留められたわけじゃない。無理なことは畢竟無理なことだ。俺や彼奴がいくら気張り込んだ所で、それが奴さんと比して戦力も決定打も欠乏し放題なやわっちい正規軍を救済するデウス・エクス・マキナになってくれるわけでもねえ。傷だらけの後進を背負い込んで遠くの陰に今に食われそうになっている人間を見つけて、何もしないのも彼奴だった。
「やめておけ」
その声はしかと、冷酷にもいよいよと訪れた彼らの散華の時を受け入れているようで───
「何故だ!?戦える武器を持って奴らを見捨てるってのか!」
「───あれはもう駄目だ」
だが焦る怒号を纏って振り返った先の眼には、そんな言葉通りの諦観の色などは毛ほどもなかった。その眼は決してたじろがず、我を置き忘れた俺にではなく、まさに今吹き荒ぶ散華に突き刺す様に向けられていた。彼奴の瞳には確かに、確たる反抗の意志があったのさ。それでいて、彼奴は動かなかった。そういう事が一度ならず、幾度となく、在った。
本能的に、か、彼奴は「勝てる戦い」ってのを知っているんだ。彼奴が動く時───それは「勝てる時」だけだった、って事だ。その判断の速さと正確さってったらまさしく無辺でな。正規軍の進退窮まる戦場じゃ、命令に従わぬ者から散り、俺を含め従った者だけが確実に五体満足で旭日を拝めた位だ。
そんな消耗戦が9年ばかし続いた頃。
「───神機使いになろうと思う」
龍治の聡明な判断力と抜きん出た勇敢さが周囲の士気の柱になって随分と経った時分、フェンリルが極東の支部を再編するという情報が俺らの耳にも流れてきた。なんでも、そのための新たな神機使いを希求しているってな。
「はい?今なんと仰いました?」
当時のフェンリルと正規軍って言えば、それはもう呉越の仲とでも言うべきか、不倶戴天の怨敵とでも言うべきか、兎角に不和の骨頂此処に在れってな具合でな。
「神機使いになる」
だもんで、龍治が何の前置きもなく「神機使いになる」だなんて言い出した時ゃあもう、彼奴を慕ってた後輩どもが石像見てえに一斉に凍りついてな。お前にもそん時の奴等の顔を見せてやりたかったぐらいさ。
またまた冗談でしょう、だの、何を考えているんですか、だの。そいつらが一斉に問い質しても、気分屋の彼奴の事だ。
「やりたくなった」
の一言しか返さねえもんだからよ、その場はいよいよもって大騒ぎさ。正規軍一個大隊の命運を左右するような稀代の指揮官───幾百の士気を紡ぎ上げ一本の強固な束と成す英雄が、何の前触れもなく怨敵フェンリルの肩を持つ、と言えばどんな騒ぎになるかくらい土百姓の息子だってホイと答えられるってもんだ。なまじ普段から突拍子もねえ事を真面目な顔でケロッと言ってのける龍治なだけに、それが戦の肴に充てられる余興の一節じゃねえ事はすぐさま解る。
「あとの指揮は───そうだな、お前に任せておく」
二言目には近くに居た、驚くあまりに団栗眼をおっ広げてた若造に指揮を丸投げ、そそくさと騒動を去っちまった。相も変わらず無責任な男さ、全くな。
まあ、俺は一言目もなくそれについて行ったんだがよ。
しかしまあ、その場に居た誰よりも長く彼奴を見てきて、生半可な事では彼奴の判断に疑問を抱かなくなった俺でも、龍治の決心の意図を訊かずには居られなかった。
「正規軍に居たってアラガミは倒せない。海外じゃ神機使いは専らアラガミを蹴散らしてるって話じゃねえか、だったらここにいる意味はねえだろ」
記憶に新しいうずたかい防壁、埃っぽい陽の光を受けて瓦礫の砂漠に孤立するフェンリルの牙城にそそくさと足を向ける龍治は、いつも通り当然の如くそう答えた。
龍治の中に、アラガミに対する恨み敵愾心だの、人類を守る使命感だのはこれっぽっちも存在してなかった。彼奴の中には、漠然として、それでいて明確な「やりたい」って意識っきゃあ無かったのさ。「やりたい」と思った彼奴の前には、俺や正規軍の後輩どもは無論、美月や喜鴉の介在すら許さない。
妻子を愛していなかった、ってわけじゃあ無さそうだった。
───喜鴉のやつ、久しぶりに顔を拝みに行ってやったら、もう一人で歩けるようになってやがったぜ
───喜鴉は美月に似て料理が下手っくそでよ、パパが帰ってくるからご飯は私が作ってあげる、なんて言ったらしい。将来は美月に似て良い嫁さんになりそうだ。まあ、どうなったかは察してくれ
───聴いてくれよ。こないだの結婚記念日に招集のせいでこっちに蜻蛉返りしちまったことで美月がカンカンでよ、お前に訊くことじゃ無いかも知れねえけど、女ってプレゼントとかでそういうの許してくれるもんなのか?
ってな調子でな。馬鹿なりに一丁前に旦那と父親のハード・ワークは熟してるようだったな。嬉しそうにしている彼奴に、小さな家族写真を見せてもらった事があるんだが、正規軍じゃ毎度新属をビビらせる強面の彼奴がいたく美人な嫁と娘に挟まれてんのが可笑しくってな。
「お前何笑ってやがる」
って怒られちまった。
───っと、話が逸れたか。
そんなこんなで、彼奴の家族愛は人並みのもんだったんだが、それすらも「やりたい」って意志の前には矮小なものだったって訳だ。最も、そんな底知れずの馬鹿正直な所が多分に、彼奴の底知れずの魅力の所以なんだろうが。
そんでもって、俺と龍治の二人で晴れて神機使いに見事適合したんだが───再編直後のアナグラがどんなもんだったか、それを知ってる神機使いってのは今はあまり居ないな。
どういう意味かって───そりゃお前、「酷かった」って意味の他に何かがあるか?何をするにも人手が全くと言っていいほど足りちゃいねえ。すました顔でデスクに腰掛けた新支部長様は「海上に人類が永久の安寧を得られるシェルターの島を建てる」なんて気取ってやがったが───永久の安寧のシェルターもクソもねえ。小じんまりとアナグラを囲んでる防壁の維持すらままなってねえのに何を馬鹿抜かしてやがんだってな。
お前はもう洲や喜鴉から聞いてるかも知れねえが、俺と龍治は当時の極東じゃかなり秀でた適合率を持ってたんだ。10年近くに渡る正規軍での経験も在って、アラガミの習性や種別の対策法もお任せあれってな物でな。
「正規軍で9年間戦っていた」
って龍治の言葉で、俺らの適合率に爛々と輝くヨハネスの眼が更に輝きを増したのを覚えている。
すぐさまに二人だけの部隊に配属された俺らは、一も二も無く安寧のための───「エイジス」建設の資材確保と敵性分子排除に投入された。
───そうさ。それが「双璧」の始まりだ。