【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
偏食因子を携帯し、それをアラガミに撃ち込む事で”鎮静化”することしか出来なかった正規軍。それらとは一線を画していた、正しく人類の希望たり得たのが神機使いだ。
知っての通りさ、神機使いは体内に一定数のオラクル細胞と偏食因子を宿し、”神機”という”アラガミ”を使役してアラガミを”捕喰”する───毒を以て毒を制する事ができる唯一の存在だ。今も昔も変わることはない。
んで、体内にオラクル細胞を棲まわせるという性質上、適合するにゃ代謝の優れた若い人間であることが好ましいんだ。免疫力や体力の都合も考えりゃ、10代の半ばあたりが肉体的には最も良いと言われたりもするか。
だってのに、30を超えた俺らの適合率は極端に高かった。適合率だけで言えば、今のアナグラを探し回っても並ぶ物などそうは居ないだろう。モノに理由をつけたがるサカキの話じゃ、正規軍に居た頃に、アラガミとの戦闘や偏食因子マガジンを通して10年近く微量に偏食因子やオラクル細胞を吸入し続けた影響で、適合前から身体が限りなく神機使いのそれに近くなっていたせい───らしいが。平たく言やぁゴッドイーターチルドレンが高い適合率を示しやすいのとおんなじってこった。
高い適合率と10年間積み重ねた戦闘経験。俺らの存在は再編直後の極東支部ではエイジスの建設や防壁の強化といったスタートアップを大幅に早めることとなり、一年足らずで神機使いの模倣として讃えられるまでになった。
それも無理はねえ。殊に龍治の戦いぶりってのは言語すら絶するもんで、それを見た奴に強烈な印象を叩き込むんだ。隣りにいた俺でさえも例外でなく、或いは、だからこそより強烈に、だ。
叙述のしようも無いんだが、敢えてそれを喩えるならば───
───そうだな、「走り屋」って言った所か。
疾ぇのさ、そいつはもう、神機使いの眼にも追えないくらいにな。───これまた理屈屋の話だが、龍治の体質はオラクルの力を直接「動き」にすり替えちまう、って事に専ら特化していたらしい。それで、あんな馬鹿げた疾さで走れるんだと。
その疾さは、すばしっこい、って言うとまた違う。彼奴の動きにちょこまかした無駄というものは合切、在り得なかった。敵の姿を捉えたなら、きっと彼奴の目にはそこへ至る”路面”が映っていたんだろう。そして完璧なコースを完璧に抉って走り抜ける。瓦礫も廃ビルも───敵の体躯でさえも、それが”路面”になる。その”路面”を最速のコースで走り抜けるんだ。彼奴の軌跡は洗練された曲線を描いていて、そのサーキットで彼奴の前を走れる存在などはどこにも存在しなかった。
敵の捉え方、戦術の立て方が、まさに「走り屋」のそれなのさ。ハイウェイを200マイルで突っ走ってた時と何も変わっちゃいなかったんだろう。そこへいくと、俺や俺の神機ですら都合のいい踏み台か何かみたいなもんでな。
「正虎ァ! いつもの頼むぜ!」
なんて言いながら俺に向かってぶっ飛んでくる。何度彼奴を敵に向けてかっ飛ばしてやったかなんてのはもう覚えてねえ。コアの摘出もしねえで、やっこ共が起き上がるよりも疾く、バッサバッサとなぎ倒してって、まあ遣りたい様にやってんだってのがよく分かる走り方だった。
そうやってな。彼奴は一人でどこまでも行っちまう奴だったんだ。
「双璧」なんて言われて、一人で花道をまっしぐらに突き抜けて、隣りで一緒くたに敬拝される奴の事なんざお構いなしさ。他の奴らから見たんなら俺も龍治も仲良く「初代第一部隊様」なんてモンなんだろうが。正規軍の時も、それより前でも、だ。神機使いになっても、それは同じことだった。隣りに居るってだけ、たったソレだけのことだってのに───ソイツとの間にままならぬ垣根がある、ってな、それが見えるのは隣りに立たされた者だけだ。どうやったって届かないのさ。どれだけビンビンに気を張って、ガチガチに歯を食い縛った所で、彼奴はヘラっとしたまま、飄々としてその遥か上を飛び去っていく。そんな彼奴を見て、決まって周りのやつは同じ目を俺に向ける訳だ。「動の龍治、静の正虎」なんてな。俺と彼奴じゃ全く実力が釣り合っちゃ居ねえってのに、ただ彼奴の隣りにいるだけで自然と英雄って枠に押し込まれちまうのさ。
「オウ、今日も大成功だったな」
そんな俺の気も知らず、龍治は明け暮れいつもにへらっと笑ってやがった。腹の底から信頼してるぜ相棒、ってな顔さ。長刀の神機を棒きれのようにクルクルと回す、黄昏に褪せた落日に被さって希望を照らすような、そんな無垢な笑顔に腹が立つような気さえ起こったことも在る。
「ああ、───相変わらず、向う所に敵在らずって様体だな」
「そういうお前さんもな。俺とお前さんのこの快進撃よ、エイジス計画ってのも随分と進んで、支部長様もご満悦なこったろう。双璧サマサマって奴だな?」
調子者の龍治は、よくそういうことを言ったものだ。
「また、それか。俺らがそれを言ってどうする」
そんでいつも、俺の返辞を待っていたようにまた笑い出すのさ。
だが、その時には彼奴も感じていたんだろう。他のどの神機使いよりも貢献していたエイジス計画からの音沙汰がぶつと途絶えたのは、俺らが配属されてから2、3年が経った頃だった。要求する物資は変わらずに、な。故の皮肉だった。
「確かに、どうにもキナ臭い話だ」
俺の声に、龍治は座礁した母艦の甲板を足で軽く鳴らして洋上に浮かぶ人工島を遠く眺めながら、ああ、ってだけ応えた。英雄と持て囃される栄耀の中に窶しても、天与の利根が鈍することは無かったようでな。後で聞いた話じゃ、彼奴なりにヨハネスの腹を読もうと色々動いていたらしい。どんな風に動いていたかは俺ですら預かり知らぬ所だ。サカキやツバキですら把握しちゃいないだろう。
「ヨハネスの野郎、その腹が読めやしねえ」
龍治の声は途端に憂苦になった。
「美月が気にかかるか」
───有瀬美月。娘の喜鴉も10歳を数え、不在を守るくらいの事はできるだろうと、彼奴の妻が俺たちを追って神機使いに志願した───それを俺が知ったのは、何時になく不機嫌な彼奴に何事かを質した時だった。それ以降、龍治は時たま美月のことを気にかけては暗い顔をしていたんだ。
「そりゃあ、ヨハネスが何を為出かそうとしてるかが解らない以上、アナグラが必ず安全な場所とも言い切れねえからな」
「ハハハ、その言い方じゃ、まるでヨハネスが謀略でも図ってそうだ」
龍治の口調にはそういった向きがあった。俺ら神機使いが悪い方へ利用されているような、そういう向きだ。エイジス計画からの消息が潰え、不透明な資材の回収依頼のみが生き続けている───であれば、計画の舵取りを訝るのは自然な事だ。照り返す斜陽にぽつりと浮かぶ人工島を、龍治の鋭い眼差しが陰を孕んで捉えていた。
「───カルネアデスの板」
ふと、龍治がそんなことを呟いた。
「カルネ───すまん、もう一度言ってくれ」
「カルネアデスの舟板だよ、こないだ支部長が俺にその話をしてきやがったんだ」
「何だそれは」
俺がそう尋ねると、龍治は乱雑にハッ、と笑い、
「知らねえのかよ」
と言った。どうにもその口調が、何かが気に食わぬようなものでな。彼奴には珍しく、だ。当然、
「その話がどうしたってんだ?」
つって聞いてみたくなった。
「やれやれ───ったく、カルネアデスの板ってのはもともと、古代ギリシャの逸話なんだ。嵐の中で一隻の船が難破して、乗ってた野郎がまとめて海に投げ出されたって所から始まってな。そん中の一人の男が、壊れた船の板切れに掴まった。お陰で辛うじて溺れずに済んでるって時に、もう一人の人間がその板に掴まろうとしたんだよっ───と」
龍治は目の前にその光景を想起するように、近くにあった母艦の欠片を甲板から遠くへ放り投げた。
放物線の先で黄金色の飛沫を上げたソレは、するすると斜陽の中で沈んでいく。
「それで、どうなる」
「その板は小さすぎた。二人が掴まれば沈んじまう。」
暗い湾の底に沈みゆく鉄の塊を凝視しながら龍治が続ける。
「男は、その人間を押し返して溺れさせた。そして、自分一人が、助かった───そんな、胸糞の悪い話だ」
「そうか───それを支部長が」
人類の中から選ばれた神機使いと、その家族だけが入ることを許される極東支部。その頂点に立つ人間が、そんな話を前線で命を賭す神機使いにすることが、どうにも軽率なものに感じられた。
「全く、いい趣味してやがる。舟板を防壁に見立ててんのか、あのエイジスとやらに見立ててんのかは知らねえけどよ。フツー、このご時世で、んな話するかよってな。そりゃ信頼できなくもなるぜ」
「戒める意味でそう言ったのかも知れん」
当時の俺にはどうにもヨハネスが何かを企てるような人間には見えなくてな。───龍治の直感が間違っていた事なんざまず無かったってのによ。
「だとしたらまあ良いんだが───どの道、美月が神機使いになるってのには納得がいかねえぜ」
やれやれと言った具合で息を吐いた龍治だったが、ヨハネスの意図如何に拘らず、どうやら美月が自らと同じ道を志すことが気に食わない様子に見えた。
「大丈夫だろう、美月の所属は医療班というじゃないか、それなら神機使いと言えど、危険な前線に出ることはそうそう無いはずだ」
そう言って顔を海面の方へ伏せたままの背中を宥めようとしたが、龍治の憂慮の在処はそこに据えられていた訳じゃなかったようでな。龍治の立つ甲板の際まで来てみると、彼奴の横顔は母艦が崩落した先の海面を物憂げに見遣っていた。
「それは良いんだが───そうじゃねえだろ」
「なら何が嫌なんだ」
暗い海面にはそこを覗き込む俺と龍治の顔がうっすらと映ってた。
「───っこいしょ、俺はさ、正規軍だろうが神機使いだろうが、俺が戦うからアイツらは戦わずに済むんだと思ってたんだろうな」
龍治は神機を杖にその場で座り込んだ。
「フェンリルに入ってから、アイツらは防壁の中で、ソレまでよりもっと安全に過ごせるようになったと思ったんだよ。それが件の板切れの話と一緒だとしても、だ」
その声はやはり珍しく、どうにも沈んだ様子でな、こっちまで調子が狂って、俺はただ聴くだけのデクの棒になっちまってた。
「俺が神機使いになって戦えば、アイツらは平穏無事なんだってな。───美月が神機使いになるんだったら。アイツが戦うんだったら、俺はこの10年ちょっとを、何のために戦ってたんだ。増して、もしも美月に何かがあったら───」
───。
───俺がデクの棒になってから、何度か風が吹いた。
「───ってな。そんなくだらねえ理由だ、ま、だとしても、俺はやりてえ事を遣るだけか! さってと、帰るとすっかねぇ」
そうして、龍治は喧騒と静寂を破って立ち上がり、鼻歌を交えて回収地点へと歩き始めた。
「ああ」
今になって顧みれば、彼奴の直感は、「何かがある」事を察知していたのかもな。自らのソレの正確さと、示された漠然とした展望に怯えていたんだろうか───
そん時の俺じゃ、まるで予想がつかなかったさ。
そん時の俺じゃ、何もしてやれなかった。何も解ってなかった。
───まさか、あんな事になるなんて───な。