「うう~~~~」
もう何度目かになるライカちゃんの唸り声。
俺はシャワールームの前、脱衣所の壁に背中を預けて廊下に座り、シャワーの音を聞きながら、ライカちゃんがシャワーから上がるのを待っていた。
あのあと拳や銃弾を貰いそうになった俺は何とかライカちゃんを落ち着かせ、シャワーを浴びるように誘導したわけだが、なかなかシャワー室から出てきてくれない。
さっきからずっとシャワーの音やうなり声、「不覚にも感じちまうなんて」とか「なんで抵抗しないんだよ、あたし」なんて言葉が聞えてきている。
「あークソッ!」
ライカちゃんの言葉と共にシャワーが止まった。入り口が開く音が聞えて、ライカちゃんが出てきた。
――黒のTバックにタオルを首に掛けた状態で。
「えっと……ライカちゃん?」
「~~~~っ!? なっ、なんでまだいやがるんだよ!?」
真っ赤になって、慌てて脱衣所へ引っ込むライカちゃん。あー、やっぱり見せるためじゃなかったのか。
着替えを持っていくのを忘れて、俺がいる事も忘れていつも通り出てきたわけか。
「壁のほう向いてるよ」
「……覗くなよ」
「我慢ぐらいできるさ」
「うっ……」
タタタッと廊下を走っていって部屋に入っていくライカちゃん。
部屋のドアは窓がないので、俺もそちらのほうへ移動する。
ライカちゃんが俺がドアの前に移動していると、気配に気づいたようでドア越しに声をかけてきた。
「……帰ったんじゃなかったのかよ?」
あはははは……。まだちょっと不機嫌みたいだ。
「今日はライカちゃんと初デートの予定だからね」
「――っ! ま、マジであたしとデートするつもりなのかよ?」
「なんどもそう言ってるじゃないか。それとも俺とデートは嫌だった?」
「そ、それは……。別に、嫌じゃねぇけど……」
「ならいいじゃないか。お金はこっちが全部持つから、ライカちゃんの好きなところに連れて行くよ」
「全部おごり!? ほんとにいいのか!?」
あははは……、すごく食いつきがいいな。
「ああ。さっきのお詫びになるかわからないけどね」
「――うっ」
「……さっきはゴメン」
「え?」
「正直やりすぎたよ。ゴメン」
キスはライカちゃんが求めたものだけど、胸とかアレとかを触るのはいくらなんでもやりすぎだった。
「べ、別にいい……」
「? ライカちゃん?」
「あっ、あたしもさっきは……。も、元々あたしが言い出したことなんだし……。あー、とにかく許すから、もうこの話は忘れろッ!」
惚れ惚れするぐらいカラッとしてるなぁ。
「ありがと、ライカちゃん。でも……」
「でも……、なんだよ?」
「さっきのが俺のファーストキスだったから。ちょっと忘れられそうにないかな」
「~~っ!? そ、それを言うんだったら、あ、あたしだって……!」
あははは、きっとドアの向こう側でライカちゃんが顔を真っ赤にしてるだろうな。すごくみたいけど、このドアが邪魔だなぁ。
◆
とりあえず。ライカちゃんの着替えが終わってもう一度部屋に入れてもらえた。
ライカちゃんの格好はいつもの防弾制服じゃなくて、私服。黒と白の縞模様のTシャツにキャミソール。ショートパンツに黒のジャケットというボーイッシュなスタイル。いつもまとめてる髪も下ろしてストレートにしていた。
「すごく似合ってるよ、ライカちゃん」
「あっ、ありがとよ」
少しだけ赤くなって照れているライカちゃんだけど……。
正直、私服のスカート姿も見てみたかった。清楚系の服も似合いそうだよなぁ
「なあ、あたしの行きたいところなら、どこでもいいのか?」
「もちろん。ライカちゃんの行きたいところならどこでも。――じゃあ、デートに行こうか、ライカちゃん」
「……う、わかったよ」
鞄を胸に掛けてヤレヤレだと立ち上がるライカちゃん。
玄関に向って、靴を履いて……。
「あれ? なんで帽子とサングラス?」
「……ちょっと他人に見られたくねぇんだよ」
「……え?」
それって……。
「あっ、いや! べ、別にレオンとデートしてるところじゃなくて……! あっ、あたしの行きたい場所が、ちょっと恥ずかしいっていうか……」
「ああ、それで変装ってわけね。……はあ、安心したよ」
ポッと息をつく。
「――それじゃあ、改めて行こうか?」
「あ、ああ……」
玄関を出て手を差し出す。
「てっ、手を繋ぐのか!?」
「まあ、デートだし」
「うっ、わ、わかったよ……」
控えめに伸ばされる手。あちらが触れる前にライカちゃんの手をとって、指を組んで繋ぐ。
「――っ」
おそらく普通に手を繋ぐんだと思っていたんだろう。恋人繋ぎにされて、ライカちゃんの顔がサングラスで隠れていても真っ赤になってることがわかる。
このままじゃ手を無理矢理にでも離してしまいそうだな。
手に力を少しだけ入れて、もう一度しっかりと組みなおして、言う。
「じゃあ、行こうか、ライカちゃん」
「……ぅ」
まずは恥ずかしそうに黙ってしまっているライカちゃんの手を引きながら、俺のほうから歩き始める。
「あ……」
手を引っ張られるかたちで歩き出すライカちゃん。
もう一度、笑顔で「行こう」と言うと、自分から歩き始めてくれた。
あー、ほんとうにかわいいなぁ。
◆
マンションを出てから、ライカちゃんの要望通り電車に乗って向った場所は、秋葉原だった。
「へえー、ここが日本一の電気街でオタクの聖地って呼ばれるところなのかぁ」
感心しながら街を眺める。背の高い商業ビルがいくつも並び、巨大なアニメのポスターや、壁に取り付けられてる液晶テレビからアニメが流れ、いくつものアニメソングがそこら中から聞えてくる。
「レオンは来るの初めてだったのか?」
「まあね。一度は来てみたいと思ってたんだけど、忙しくて。ライカちゃんと一緒に来れてよかったよ」
「そりゃあ、どうも……」
照れてる? ――おっ!
「本当にメイドさんが立ってる! コスプレして買い物してる人も多いなぁ、お祭りみたいににぎやかな場所だな、ここは」
「コラ、あんましさわぐんじゃねーよ。一緒にいるあたしが恥ずかしいだろっ」
ケータイで街の様子を撮ろうと思っていたら、後ろからライカちゃんに手を引かれて止められる。あははは、興奮しすぎたな。
「ゴメンゴメン。でも本当に珍しいところだよなー」
メイドさんが道で客引きしてたり、お祭りでもないのにコスプレイヤーが堂々と街を歩いていたり、ポスターでチャンバラしてるコスプレイヤーがいたりって本当にもの珍しい。
「そういえば。ライカちゃんはこれからどこに行くつもりなんだい?」
場所は秋葉原って教えてもらっていたけど、明確な目的地を聞いていなかった。
「――うっ」
あれ? 聞いちゃマズいところ?
ギュッと、ライカちゃんから少しだけ強く指に力が込められたのを感じる。
「……知っても、笑わないか?」
不安げに問いかけられる。……この子はいったいどこへ俺を連れて行くつもりなんだろう? もしかして重大な秘密だったりするのか? 正直BLゲー大好きだとか、俺らの進行方向の少し先に見えてる怪しげなSMグッズとか売ってそうな店とかに連れ込まれたりしたら……笑わないとは思うけど、驚かない自信はない。
けど――。
「ライカちゃんがどんな趣味をしていようとも、俺は笑わないよ」
「――っ。ほ、ほんとにか? 本当に笑わないんだな?」
「約束するよ。笑わないし、バカにもしない」
「そっ、そうか……」
少し安心したような表情を浮かべるライカちゃん。覚悟を決めて俺の手を引いて移動を開始し始める。
そして、連れて来られた場所は……。
「フィギュア? 人形売り場?」
本当にここで合っている? そう視線を向けるとライカちゃんは恥ずかしそうに、小さくうなずいた。どうやら合っているらしい。
へー、そうなんだー。
「――あらあら。こんにちは」
ディスプレイに飾ってある商品を眺めていると、突然後ろから店員さんから声をかけられた。
「わっ!?」
突然掛けられた声に、ライカちゃんがビクッと驚いて声をあげる。
恐る恐る後ろを振り返ったライカちゃん。店員のお姉さんを確認するとサングラスを外してシャツに掛け、「こ、こんにちは……」と少し戸惑いながらも挨拶を交わした。どうやら知り合いらしい。
店員のお姉さんは慣れた様子で、
「ちょうど新しい子達をお迎えしたところなんですよ」
と、顔で人形を飾っている棚を見せてライカちゃんに紹介してきた。
棚に飾ってある人形達を見て、ライカちゃんの瞳が輝く。
手を離してあげると、ライカちゃんは人形が飾られている棚へと一目散に駆け寄った。
「あ、あの、触ってもいいですか!」
「どうぞ。ライカさんはとても優しく扱ってくださるから」
店員さんの許しを得て、ライカちゃんは飾っている人形を優しく抱きかかえ、胸に抱きしめて幸せそうな笑みを浮かべる。
あー、本当にどんな趣味を隠してるのかと思って恐れていたけど、案外普通でよかったよ。むしろ微笑ましい。
店員のお姉さんと楽しく人形の話で盛り上がってるライカちゃん。かなり内容が濃そうで話についていけない。
そういえば、間宮さんと初めてみる、理子さんみたいなゴスロリ防弾制服着たロリっ子はなんでここにいるんだろう? マンションを出たときからついてきてたけど。
んー、間宮さんはアリア先輩みたいな幼児体型好きの百合っ子みたいだし、ゴスロリ防弾制服着たロリっ子とデート中で、たまたまデート先がかぶったと思ってたけど。実は尾行されてたのか?
声かけてみようかな? ――と、間宮さんとロリっ子さんが隠れてる棚に向おうとしてると……。
「――こちらの子はお迎えしやすい価格ですよ。どうぞ」
「いいんですか~? おーい、レオン~! 今日はなんでもおごってくれるんだろぉ~? この子、買ってもらってもいいかぁ~?」
手ごろな価格の人形を紹介してもらったライカちゃんが、その人形を手に俺を呼んできた。
間宮さんたちは後回しだな。幸せそうな顔で人形を抱えてるライカちゃんが優先だ。
「その子でいいの?」
「この子が、いいんだよぉ~」
「あははは、わかったよ。――店員さん、この子を……」
「はい、お迎えしていただけるんですね」
「はい」
「ありがとうございます」
笑顔の店員さんと、その笑顔よりも笑顔を浮べてるライカちゃん。
「ありがと、レオン」
「うん。どういたしまして」
「えへへへ~」
人形を胸に抱いているライカちゃんの頭を撫でる。んー、俺としては人形よりもライカちゃんがかわいいね。
――っと、後ろから気配が近づいてきた。ロリっ子さん?
ライカちゃんの視線の先にワザと人王立ちして……。
「――うぉあぇ!?」
ライカちゃんを驚かした。
ライカちゃんは驚きのあまり、人形を真上に放り投げて後ろに倒れそうになってしまう。
「おっと」
とりあえず、ライカちゃんを受け止める。
受け止められたライカちゃんはロリっ子さんにビシッと指を指して、
「き……麒麟ッ!?」
どうやら知り合いらしい。麒麟って名前なのか。
ライカちゃんが驚いている間に、今度は落ちてくる人形を確保する。
「――あっ!」
人形を俺が掴んですぐ、そんな声と共に間宮さんの両手が空を切った。……えっと、ゴメン、間宮さん。キミも人形をキャッチしようとしてたんだよね? 身長の関係で一歩手前で俺が取ることになってゴメン。ずっこけさせてゴメンよ。
「あかりもッ!?」
床にずっこけてる間宮さんを指差すライカちゃん。間宮さんの存在にも気づいたらしい。
真っ赤になって動揺していた。
「なななな、なんでお前らが……」
「あ! いや! その!」
間宮さんは戸惑いながらも起き上がり、服についたホコリやゴミを叩いたあと、ライカちゃんに近づき、励ますように声をかけた。
「いいと思う! こういうの! ライカ、かわいいよ、ライカ! 大丈夫だよ。この子もすごくかわいいと思うよ」
「あかり……」
友達の言葉に思わず涙を浮べて感激するライカちゃん。
いい話っぽいが……。
「やっぱり尾行してたんだ、間宮さん。えっと……麒麟さんも」
「び、尾行!?」
俺の言葉に反応して、ライカちゃんが間宮さんたちを見る。
「あ、麻倉くん……気づいてたの?」
「まあね。ライカちゃんのマンションから出てくる前から、マンションの玄関付近から間宮さんの気配と覚えのない気配を感じてたからね。電車でも隣の車両に乗ってこっちを覗いてたようだし。この街についてからはずっと後ろをつけてたよね?」
「そ、そんなところまで!? ていうか、最初から気づいてたの!?」
驚く間宮さん。これでもSランクだからねー。普段の生活でも危険がいっぱいで、気配には人一倍敏感なんだよ。
「ちょっと待てレオン! おまえ、2人が尾行してたの気づいててあたしに黙ってたのか!?」
俺に掴みかかってくるライカちゃん。
「――武偵が監視に気づかないのは、自分の落ち度ですわよ」
そんな言葉を告げて俺を助けてくれたのは、意外にも麒麟さんだった。
麒麟さんの蔑むような視線とポーズに、ライカちゃんの怒りの矛先が変わる。
「――ッ。てめぇ……!」
怒り心頭の様子で麒麟さんを睨むライカちゃん。ライカちゃんから放たれる殺気に、店員さんが青ざめる。
一方、そんな殺気を浴びせられている麒麟さんは優位な態度を崩さない。
「
「…………。言いふらしたら、殺す」
「秘匿しますわ、その代わり――」
一旦、言葉を溜めて麒麟さんは言う。
「戦姉妹試験勝負――して下さいますわよね?」
「……そうきやがったか」
……ゴメン、俺にはどういう状況かよくわからい。
麒麟さんの要求で、いきなりライカちゃんが戦姉妹試験勝負をすることになって、勝負の方法が確実に麒麟さんが体格的にも、ライカちゃんの能力的にも不利な
「レオン、あかり、立ち会ってくれ」
「わかったよ」
「……う、うん」
とりあえず、デートは中断らしい。……残念だ。
◆
ところ変わって、屋上。
ライカちゃんが徒手格闘するために髪の毛を縛り、麒麟さんと立ち会う。
審判、進行役は間宮さん。俺は判定役になってライカちゃんの荷物持ち。
「じゃあ――時間無制限、武偵柔術ルールで投極打、全部あり。銃、ナイフ以外の道具使用はあり。ギブアップするか、背中が地面についたほうが負けだよ」
間宮さんがルールを読み上げ、2人が本格的に戦闘態勢へ移行する。
「アタシが勝ったら二度と近づくな」
「殿方とお姉さまが2人で出かけたことは予定外でしたけど、今日戦う事は予定済みでしたのよ」
手を鳴らしながら凄むライカちゃんに対して、麒麟さんが独特の構えをとった。
体を半身にして左腕と左足を相手に向ける構え……。
ライカちゃんもその構えに覚えがあったようだ。
「――
「前の戦姉から教わりましたの」
ライカちゃんを肯定する麒麟さん。構えは立派だけど、体格差がありすぎる。
おまけに麒麟さんは見るからにひ弱そうだし、ライカちゃんは素人というわけでもないから武術が効かない可能性もある。そもそもウエイトやリーチの関係でダメージも与えられずにやられてしまう可能性が高い。……まあ、技術に優れていたり俺のような不思議肉体をもっていれば別だけど……。
ライカちゃんも自分の優位を確信してか、余裕の笑みを浮かべて、
「いいんだぜ、銃とナイフ以外なら何使ってもよォ!」
真っ向から麒麟さんへと向って駆け出した。
まずは様子見と蹴りを放つライカちゃん。麒麟さんは膝で受け止めて……。
フリルがあしらわれた改造ゴスロリ防弾制服のスカートが捲れて、中身が見えそうになり、思わずライカちゃんが追撃を止めて立ち止まってしまった。
そんなライカちゃんに、追い討ちを掛けるように麒麟さんがつぶやく。
「これ、私なりに備えをしてきましたの」
スカートを両手で摘まみ、
「お好きなんでしょう? こういうの」
妖艶な笑みを浮かべてライカちゃんに向ってつぶやいた。
言われたライカちゃんはというと、顔を真っ赤にしていた。……言われてない間宮さんまで赤くなってる。間宮さんってやっぱり百合なのか? ……ちなみに俺は幼児体型にいまいち性欲が湧かないので、気にならない。精々はしたないなぁと思うぐらいだ。
「す、すきっ、すきっ……」
「――なんですか? お姉さま?」
動揺しているところに、麒麟さんに顔を近づけられて見上げられたライカちゃんは、さらに動揺して、
「……~~隙だらけだ、お前は――!」」
腕をとって1本背負いを麒麟さんにかけた。
あー、体重崩しも含めて色々甘い。いくらなんでも動揺しすぎだよ、ライカちゃん。
「いきなさい! ジョナサン3号!」
背負い投げをされている途中に、麒麟さんが試合中も離さずに持っていたキリンのぬいぐるみを地面に向って投げた。
キリンのぬいぐるみは錘が入っていたのか、ゴトンと大きな音で地面に着地する。
「――っ」
ライカちゃんがただのぬいぐるみではない、と警戒した瞬間の隙を狙って、キリンさんが背負い投げから脱出。
ひらりっと宙を舞い、キリンのぬいぐるみの頭へと片足で着地した。
そして、その上でくるりと1回点してライカちゃんを見ると……。
「麒麟は、背高のっぽですの、お姉さま」
微笑んで、ライカちゃんの唇の端にキスをしながら足を掛け、ライカちゃんをそのまま押し倒した。
バタンと、抵抗もしないで倒れてしまうライカちゃん。
「えと、1本。島麒麟の勝ち」
間宮さんは呆れながらも勝者の名前を呼んだ。
「負けちゃったね、ライカちゃん」
「えっ!?」
いや、そう何度も見なくても背中が地面に付いてるから。ていうか、これが決着なのか……。
◆
屋上での勝負を終えて、俺ら4人はファミレスと移動していた。
「戦姉っ、戦姉っ」
勝負に勝った麒麟さんは、さっきからずっとライカちゃんの腕に抱きついたまま、ニコニコ笑顔を浮べている。
ライカちゃんも麒麟さんにされるがままになり、視線を合わせないよう疲れた様子でどこかを見ていた。
ちなみに現在座っている席関係は、ライカちゃんと麒麟さん、俺と間宮さんと並んで座っていて、俺の前にライカちゃんがくる席順だ。
紅茶を手に間宮さんがライカちゃんに言う。
「初めて見ちゃったよ。ライカが徒手格闘で負けるの」
「…………」
無視してジュースを飲むライカちゃんに、間宮さんは意地悪な笑みを浮かべて、ある指摘をしてきた。
「でも、倒された時、ちょっとヘンだったぞー?」
「――ッ!」
ギクッとライカちゃんがジュースを噴く。
濡れた口元を手で拭きながら、
「…………。~~るっせーな!」
と視線を逸らすライカちゃん、間宮さんはその態度に確信を得て笑みを浮かべた。
「へへへっ、やっぱりね」
「え!? ど、どういうことですの?」
間宮さんの笑みに、何かを感じた麒麟さんが訊ねる。
間宮さんは得意げに、本来のライカちゃんなら、最後の麒麟さんの足技をかわして投げに入っていたと説明。
ライカちゃんの様子から、それが本当だとわかる。
実力で勝ったと思っていた麒麟さんが、ライカちゃんがワザと負けたと知って落ち込み……。あの、間宮さんが落ち込ませたんですよね? ライカちゃんに丸投げしようとしてますけど……。
見るからに落ち込んでいる麒麟さんを見かねて、ライカちゃんが大声で言う。
「い……『いい』って思ったんだよ! あのときは!」
「……?」
「お前を戦妹いしてやってもいいかっ……て」
「だからしょぼくれんな」
「キャッ!」
強引に麒麟さんの頭を撫でるライカちゃん。
そんな姿を微笑ましく思ったのか、間宮さんも麒麟さんに言う。
「ライカにそう思わせたのは麒麟ちゃんだよ」
「えっ」
「すごく頑張り屋さんだし、かわいいし」
「間宮さま……!」
「麒麟ちゃん。ライカをよろしくね」
「はいですの!」
「――バ! バカ! 余計な事言うなよ!」
間宮さんと麒麟さんのやり取りに、ライカちゃんは真っ赤になった。
……あー……。『徒手格闘でライカちゃんが負けるのを初めて見た』って言った時点でもしかしたらと思っていたけど、完全に俺のこと忘れてるよね?
話の流れ的に放置されるだろうと予想していたけどさ。
少しだけ寂しいなぁ。
「あっ、そういえば麻倉くんはなんでライカちゃんと一緒にいたの?」
「ここでそれを訊くかな、間宮さん……」
「うっ……」
どうやら本人も聞くタイミングが悪いことはわかっているらしい。
「まあいいけどね。――今日はライカちゃんと2人でデートしてたんだよ」
「――っ! レオンッ!」
「殿方とデートしていたってほんとうですの!? お姉さま!」
「う……。そ、それは……」
間髪入れない麒麟さんからの問いかけに、ライカちゃんが顔を真っ赤にして言いよどむ。
「やっぱりそうだったんだね、ライカ」
「あっ、あかりまで……。ていうか、やっぱりってなんだよッ!」
「だってライカと麻倉くん、マンションからここまでずっと手を繋いでたし」
「そ、それは、こ、こいつが……」
「んー? でもライカ、嫌がってなかったよね?」
「う……」
すごい、間宮さんの怒涛の責めにライカちゃんがなす統べなく追い詰められてる……。
「そうですわ、お姉さまッ! 間宮様からこの方は幼なじみだと聞いてましたけど、本当にそれだけなんですか!」
「き、麒麟ッ。おま……何言って……」
「マンションからここまでずっと尾行させてもらってましたけど、ただの幼なじみには見えませんでしたよ! 恋人なんて、この麒麟が認めませんからね! デレるのは私だけにしてくださいまし!」
「誰もデレてねーよっ! ツンデレでもねえ! そもそもおまえにはかんけーねえだろうがっ!」
「麒麟はお姉さまの戦妹です!」
うわー、ヒートアップしてる。ていうか、麒麟さんも百合なのか。間宮さんも佐々木さんも、ライカちゃんも少しは百合の気がありそうだし……。百合率多いなぁー、俺の回りって。
コーヒーを飲む。
「ねえねえ、麻倉くん」
ライカちゃんたちに気づかれないよう、小声で話しかけてくる間宮さん。
「ん。どうしたんだい、間宮さん」
「本当のところはどうだったの? ライカと恋人になったの?」
「まあ、お互い告白とかしてないし、恋人でないのは確かかな」
「でも、今日はデートしてたんだよね?」
「そうだよ。――せっかく取り付けたライカちゃんとのデートだったんだけどねぇ」
「ご、ゴメンなさい……」
ちょっと意地悪の顔をすると、小さくなって落ち込んでしまう間宮さん。この子は表情の変化や感情の起伏が顔に出やすいから、からかいたくなるんだよね。
間宮さんの頭に手を置く。
「別に怒ってないよ」
「え?」
「ライカちゃんとデートは、またしてもらえばいいんだしね」
それに……と続けて。
「周りから見れば、かわいい女の子を3人とデートしてリア充に見えるだろうし」
「リア充? か、かわいいって……」
「ふんっ、お姉さまは渡しませんわ!」
「さ、3人ってあ、あたしも入るのか?」
三者三様の反応。
間宮さん、『かわいい』なんて言われ慣れてなかった? 佐々木さんに。まあ、本当にかわいらしいけどさ。
麒麟さんは男嫌いみたいで、あと言われなれてるっぽい。体格からもライカちゃんを手玉にとってたやり方といい、特殊捜査研究科(ハニートラップ専門)の生徒かもしれない。
ライカちゃんは……自覚しようね。俺、何度もかわいいって言ってるわけだし。
まあ、とりあえず間宮さんを弄っておくか。
頭を撫でて、両手で頬っぺたを触る。
「おー、プニプニだね」
「ちょ、やめへよ、あさくわくん」
両手を振り上げて怒ったぞー、と表現してるみたいだけど、全然怖くない。むしろかわいらしい。
「ふふふ、間宮さんの頬っぺたは、ライカちゃんとまた違ったよさがあるねー」
「らいふぁのと?」
「うん、ライカちゃんはスベスベでハリがあって気持ちいいけど、間宮さんは吸いつく感じでモチ肌っていうのかな?」
「きもひいいっ!?」
おお、伸びる伸びる。
「ちっ、違うからなッ! ヘンな想像するなよ、あかり! レオンもヘンなこと言うんじゃねえよ!」
「あははは、ゴメンゴメン」
間宮さんのほっぺから手を離して、また頭を撫でる。
「ったく……」
ゴメンね、ライカちゃん。
「うう~、お姉さま! あの男のどこがいいんですか! 間宮様の頭を撫で回しながら、ニヤニヤして、きっとロリコンですわよ! 目を覚ましてくださいませ!」
「あー、クソッ。あんまし抱きつくんじゃねえよ! 胸押し付けんなッ」
「あの、麒麟ちゃん? あたし、麻倉くんと同い年なんだよ? ロリコンって……」
ライカちゃんとのデートは流れちゃったけど、こうやって皆で集まって日常的な会話するのもなかなかいいな。
◆
結局、レオンとの……男との人生はじめてのデートもアカリと麒麟の乱入によって途中で終わり、麒麟とも結局戦姉妹契約を結んでしまうことになり、そのまま夕方まで4人で遊ぶことになってマンションに帰宅したわけだが……。
「やあ、さっきぶりだね」
インターホンが鳴らされて部屋のドアを開けると、帰宅したはずのレオンが立っていた。
「レオン?」
戸惑う私に、レオンは後ろでに箱を差し出してきた。かわいらしい包装紙で綺麗にラッピングされてる箱。
「えっと……?」
何かわからないけど、受け取ってしまう。
そして箱を改めてよく見て……。
「これって!?」
思わずレオンの顔をみてしまう。まさか……。
「途中で終わったけど、今日はなんでも買ってあげる約束だったからね。あの店員のお姉さんに頼んで売ってもらったんだ。一応、初デートの記念ってことで」
「初デートの……。だけど、え? でも、レオンはあたしをマンションまで送って……。もう一度秋葉に戻って買いに行ってくれたのか?」
「まあ、そうなるかな。――それで、プレゼントは喜んでもらえたかな?」
「――っ」
や、やばい……。レオンの笑顔に、不覚にもトキめいちまった……。うう……か、顔が熱い……。
「……あ、ありがと」
何とかつぶやけた言葉。レオンはそんな一言でも、うれしそうな笑みを浮かべてくれた。
「どういたしまして」
…………。……な、なんかあたしだけ負けたような気に……。麒麟のヤツにも手玉に取られてたし……。
ど、どうせ1回してるんだし……。い、いいよな?
生唾を飲んで、覚悟を決める。レオンに顔を近づけ、キスを……する。
「――っ。ライカ、ちゃん……?」
突然キスをされたレオンは唇に手を当てて驚いてる。や、やっと赤くなりやがったか。
「これの……お、お礼だ……」
うー、人形のお礼だからって大胆だったか? で、でももう何回もキスしてたし……。
「ふふっ、すごくうれしいよ」
「――っ。そ、そうか……」
ちょっと……いや、かなり照れる。うう……。
「ああ、あともうひとつ渡すものがあったんだった」
「渡すもの?」
人形の入った箱を玄関の床に置くと、レオンは大き目の紙袋を渡してきた。
なんだ、服?
「開けていいか?」
「もちろん」
紙袋を開けてみると……。
「白のワンピース!? そ、それになんでメイド服なんて……!?」
紙袋のなかに入っていたのは、あたしが着ても似合わないだろう、白いワンピースとひらひらしてるメイド服だった。靴までそれぞれある。
思わずレオンの顔を見る。
レオンはというと笑みを浮かべてて、
「たまにはライカちゃんにそういうの着て見せて欲しいかなって」
「きっ、着て見せろって!?」
「ダメかな?」
「あ、あたしなんかには似合わないぞ、こんなの!」
「んー? 俺は似合うと思うんだけど……。じゃあ、今度似合わないかどうか見せてくれないかな?」
「なっ!?」
「似合わなかったら、『なんでもいうこと聞いてあげる』からさ」
「……くっ。……と、とりあえず受け取っておいてやる。あ、ありがとよ……」
「うん。じゃあ、そろそろ帰るよ」
「ああ、じゃあな」
「――あっ、忘れてた」
レオンが帰って行こうとしてすぐ、思い出したようにまたこちらを振り返った。
「なんだ? 忘れ物か?」
「うん」
うなずいたレオンは突然顔を近づけてきて――キスをしてきた。
あたしとレオンの唇がまた重なり、ゆっくりと唇を離される。
「~~っ!? な、ななな……」
「服のお礼はまだ貰ってなかったから。じゃあ、またね」
それだけ言って、レオンは今度こそ帰って行った。
「……ちくしょう」
また、トキめいちまったじゃねえか……。