ライカちゃんとのデートから数日後。最初はキスをしてしまったことから距離感を計りかねて戸惑っていたが、もうそれも収まり、普段通りに戻って教室で昼休みを過ごしていると。
黒板側のドアがガラッと開けられ、メガネをかけたストレートヘアの女生徒が入ってきた。……あ、あのアホ毛って。
「にっ、2年の中空地ですッ! 教務科より伝令! せっせっ静聴ォー!」
やっぱり中空地 美咲さんだ。通信科の生徒で、今俺が受けてるクエストの通信役。
中空地さんが発した大声で、昼休みとあってザワついていた教室が静まり、視線が教卓へと集まる。
「4対4戦の班決め申請率が、ひく、ひく、低いので急ぎ……」
声が震えて続かない。
クラス中から教卓へ集まっていく視線に中空地さんは、
「申請するように、以上!」
申請用紙の束を文字通り教卓に叩きつけて、教室からよろよろと出て行ってしまった。あの人、人見知りが激しくて、人と直接話すのが苦手らしいからなぁ。通信機越しなら問題ないそうなんだけど。
申請用紙が全員に配られ、間宮さんの机を中心に間宮さんとライカちゃん、佐々木と俺の4人でかたまって申請用紙に目を落としていた。
「カルテット――って何?」
そうつぶやいたのは、間宮さん。佐々木が親切に説明する。
「1年は全員参加の4対4の実践テストですよ」
もっと詳しく説明すると、実戦を想定した訓練で、協力や連携して目的達成を目指して動くことができるのか、グループ力とグループの役割を果たせるのかを試されるテストのことだ。
「まあ、1年は全員参加っていっても、俺は参加しないんだけどね」
「そうなの?」
首をかしげる間宮さんに飴ちゃんを渡しながら言う。
「今丁度、4人組でクエスト受けてる最中で、そのクエストの作戦決行日がそのテストの日に近いからね。クエストをテスト代わりに、って免除されてるんだ」
……正直、君たち以外のクラスメイトとほとんど話さないボッチくんだからよかった。一応、こっちから話そうともするけど、なぜか皆に敬遠されちゃうんだよな。
「へー、そうなんだ。ありがと」
飴の袋を破いて口の中に放り込み、幸せそうな表情を浮かべる間宮さん。佐々木はそんな間宮さんを相変わらずヤバい顔で見つめていた。
「なあ、お前って少し前にもクエスト受けてどっか行ってなかったか?」
「あれは緊急で呼び出しくらったんだよ。今のが前から受けてたクエスト」
新しい飴の袋を開けて、ライカちゃんにもあげる。
そして、佐々木にもあげようとしたところで、
「そういえば、2年生の先輩から麻倉くんに任せるよう推薦されたんですよね」
「あ、う、うん……」
うなずきながら佐々木の手に飴を乗せる。佐々木、まさか……。
「へー、すげぇじゃねえか、レオン。いったい誰に推薦されたんだよ?」
「えっと……」
ライカちゃんの食いつきがいい。多分下手に話題を逸らせない。佐々木のほうに視線を送って見ると――。
「ふふっ」
微笑んでいた。そして、まばたき信号を送ってくる。
『シュ・ク・ジ・ツ・ア・カ・リ・チャ・ン・ト・アッ・テ・イ・マ・シ・タ・ネ』
『チ・ガ・ウ・チ・ガ・ウ・ヨ・キ・ミ・ノ・カ・ン・チ・ガ・イ』
『アッ・テ・イ・タ・ン・デ・ス・ヨ・ネ』
だ、ダメだ。誤解が解けない。というか、聞く気がない。ここは正直に言うしかないのか。間宮さんが誤解するかもしてないと予想できていても。
「に、2年のアリア先輩に推薦されたんだ」
「……え?」
間宮さん、無表情、怖いです。
「それは、またまぁ……」
ライカちゃんも困ったように黙らないで! フォローをください!
周りにフォローを求めるなか、佐々木は両手を合わせ、黒い笑顔でニッコリ言ってくる。
「まあっ、アリア先輩に推薦されたんですか? あのアリア先輩から推薦されるなんて、麻倉くんは信頼されているんですね」
「ワザとだよな!? おまえワザと言ってるよな、佐々木!」
「さあ? いったいなんのことでしょう?」
「ぐっ……」
目が、怖い。ものすごく怖い。おそらく佐々木の中では祝日に自分だけが皆からハブられたと思っているんだろう。そして、ライカちゃん×麒麟さんという構図を思い浮かべて、俺×間宮さんを思い浮かべ、結果、間宮さんから俺を遠ざけようとしてる……んだと思う。
――ガリッ。
飴が砕ける音。
「信頼……?」
暗くつぶやいたのは間宮さん。
「戦妹のあたしでさえ、まだ事件現場に1回も連れて行ってもらえないのに……」
「そ、それは……」
「推薦されるなんて、麻倉くんはアリア先輩に信頼されてるんだね。戦妹のあたしよりも……」
ガリガリ飴を砕く音が……。こ、怖いぞ、間宮さん! まるで間宮さんのことで暴走する佐々木みたいだ。
フォローを、フォローを入れないと……。
「アリア先輩が俺を推薦してきたのは、俺が同じ2つ名持ちでSランクだからであって……。信頼じゃなくて、信用だと思うよ」
「……信用?」
「そう、信用。アリア先輩と間宮さんみたいな絆で繋がったりしてる関係とかじゃなくて、あくまで仕事上の書類とか実績で評価した即席要員みたいな関係なんだよ」
「絆……? ――ふへ!? そ、そんな、あたしとアリア先輩が結ばれてるなんて……」
……気分よく照れているところ悪いけど、畳み掛けさせてもらう。
「それにね、間宮さんを実戦に連れて行かないのも、アリア先輩がそれだけ間宮さんを大切に想って育てているともとれるんだから、そこまで気にしなくてもいいと思うんだ」
「大切に想ってる……?」
「武偵の仕事は常に危険が付きまとうだろ? ――だから、アリア先輩が間宮さんを育て上げる前に死なれたり重傷を負ったりしないよう、まずはしっかり訓練させているんだと思う」
「そうなんだ。アリア先輩はあたしのことを考えてくれてるんだ……」
ふぅ……。何とか誘導できたようだ。間宮さんが機嫌を直してくれた。
「……麻倉くん」
「さ、佐々木……さん」
ま、まだもうひとつ問題が残ってた……。
「と、とりあえず落ち着いて話そうよ、佐々木さん。この前の休みの件だけど、俺は間宮さんとは何もなかったから……」
「信じられません」
「いや、少しは信じてくれよ。本当に何もなかったんだから。正直に話すと、元々は俺とライカちゃんが2人でデート……」
「――ちょっ!? れ、レオンッ!」
「? 言ったらダメだった?」
「とっ、当然だろ! 絶対に誰にも言うなよ!」
「……言えないことをしたと?」
「ちょっ!? それ勘違いだから! 刀をしまおうか、佐々木さん!」
「くっ……」
刀を抜こうとしてくる佐々木の手を抑える。……そんな憎しみに満ちた目で、睨まないでください。
「聞いてくれ、佐々木さん。元々俺とライカちゃんが2人でいて。そこに麒麟さんと、麒麟さんに依頼された間宮さんが2人で俺とライカちゃんを尾行していたんだ。途中で尾行が解除されて、ライカちゃんと麒麟さんの戦姉妹勝負が始めちゃって、結果的に最後は4人で行動することになっただけで、佐々木をのけ者にして遊んでいたとか、間宮さんと俺が2人っきりで遊んでいたとかはないんだよッ」
「……本当でしょうね?」
「本当だ」
「ウソだったら……」
「大丈夫。ウソじゃない」
「…………」
「…………」
見詰め合って、先に佐々木から視線を逸らして、刀を持つ手から力を抜いてくれた。
ふぅ……。
椅子に座りなおす。
前から思うけど、佐々木は間宮さんのこととなると周りが見えなくなりすぎるよ……。
「おまえらってほんと何気に仲いいよなぁ」
じゅぅぅっとジュースを飲みながらしみじみつぶやくライカちゃん。
……仲がいい?
佐々木と顔を見合わせる。
「まあ、えっと……友達、でしょうかね?」
「友達、と思っていいのか?」
正直話すと、ライカちゃんは幼なじみだとして。自信をもって友達と呼べる人って数人ぐらいしかいないんだよな……。ずっと秘境に篭って修行ばかりしてたし。
「佐々木さんと友達かぁ」
「……嫌、なんですか?」
「いや、全然。ちょっと感情の起伏が激しいところがあるけど、佐々木と友達になれるのならうれしいよ。俺って今まで修行や仕事ばっかりで友達あんまりいないし」
「そ、そうですか……」
えーと……どうするんだっけ?
佐々木に握手を求めるように手を差し出す。
「?」
疑問符を浮かべ、恐る恐るだけど俺の手を取る。
そして、しっかり繋いで、
「改めてこれからよろしく、佐々木さん」
「…………」
? 手を繋いだまま固まってる?
「佐々木さん?」
「あ……。は、はい、よろしくお願いします」
ちょっと頬を赤くして頭を下げてくる。えーと……、これじゃお見合いとかそういうのに見えないかな?
「…………」
「…………」
とりあえず挨拶を終えてみたけど、佐々木が手を離さない。じっと繋いだ手を見つめて固まってる。
んー、まあ、別にいいか。
「――それで、間宮さん。4対4のテストだけど、メンバーはどうするの?」
「メンバー? うーん……、4人でひとチームだから、あたし達3人とインターンの麒麟ちゃんを入れて4人のチームで申請できればいいなぁって思ってるけど……」
「それいいですね!」
「麒麟のヤツもか。まあ、4人必要だし」
「じゃあ決まりだね! えへへ」
佐々木とライカちゃんの了承を得て、間宮さんが申請用紙に4人分の名前と所属科、そしてランクを記入していった。
……そろそろ、手を離してくれないかなぁ。机の下でも繋ぎっぱなしはさすがにマズいと思うんだ。
◆
週を空けて、日本列島に台風が近づき始めた結果、強めの雨が降りだしてきた今日この頃。
俺は黙々と狩りをしていた。
狩りの獲物は、武装している数十名の暴力団員。
数週間前に受けたクエストの作戦を決行している最中だからだ。
作戦立案担当の理子さんの情報と、通信科の中空地さんの誘導に従い、車両科の武藤さんが用意した護送車両で移動しながら、俺がひとりで強襲をかけて暴力団員を次々に無効化し、捕縛・逮捕しながら護送車に詰め込んでいく。
護送車両の助手席に乗り、少し離れた位置からモニターしている理子さんから、通信を受ける。
『さっすが、2つ名持ちのSランクだね、レオレオ! 作戦決行から数時間もしないうちにほとんど捕まえちゃうんだもん。しかも、たったひとりで』
「ありがとうございます、理子さん。でも、ここまで作戦が上手くいってるのは理子さんの詳細な情報や、中空地さんの通信技術、この豪雨の中でも問題なく運転することができてる武藤さんのおかげですよ」
「あはははは! Sランクの武偵にそう言ってもらえるとうれしいよ!」
隣で運転してくれている武藤さんがカラカラと笑う。俺よりも少し背が高い美人さんで、シャープな顔立ちをしてる。
『私は通信で誘導しているだけなので。でも、ありがとうございます、麻倉くん』
「うん」
あー、中空地さんがはっきり喋ってる。通信機越しはクールな武偵さんに思えてしまうのが不思議だ。
事実、皆Aランク相当かそれ以上の武偵で、サポート向きな人たちだから、強襲専門の俺と相性がいい。
『次の関係者がいる場所は世田谷だよぉー。誘導よろしくー』
『了解しました。武藤さん、ルート案内を開始します』
「了解! 昼までに全員検挙しちゃおう!」
「じゃあ、最後まで油断なく、頑張っていきましょうか」
あと10人ぐらいかなぁ。
あと、週初めにあったライカちゃんたちの4対4は、この作戦の準備や会議やらで見ていない。
なんとか勝ったという結果や、それまでの成り行き(鳥取県出身の武偵お嬢さまとケンカしたとか、妥当お嬢さまチームで土日に合宿した)とかは間宮さんからのメールで教えてもらっていたから知ってるけど。ちなみに、ライカちゃんからはあんまりメールは来ない。佐々木からはよくメールは届くけど、だいたい9割がたが間宮さん関係の自慢やアリア先輩など間宮さんに近づく人の愚痴だ。……まあ、間宮さんのメールも7割がたアリア先輩の自慢メールで、残りの3割が日記のような内容だけどさ
ていうか、鳥取出身のお嬢さまって覚えがあるんだけど……。違うよな? あの子じゃないよな? あの子だったらかなり、気まずいんだけど……。
――っと、車両が停止した。
『麻倉くん』
「わかってる。じゃあ、捕まえてくるよ」
『はい。気をつけて』
『がんばれー、レオレオ』
「ここで待ってるよ!」
理子さんの情報と中空地さんの誘導で、建物へと移動し、暴力団員を捕縛・逮捕して、武藤さんが待っている護送車両へ放り込む。
あー、あと、4人かぁ。
◆
無事に暴力団員を全員逮捕して警察に届け、クエストが完了したと報告に武偵高へと向っていたわけだが、ここで悪い知らせが舞い込んできた。
なんでも朝、武偵高の生徒がたくさん乗っているバスが武偵殺しの爆弾魔にハイジャックされたんだと。
爆弾は無事に解除することができて、その事件で数名の負傷者はいても死傷者はひとりも出なかったそうだけど……。
事件解決に努めていた遠山先輩と狙撃科のレキ先輩、アリア先輩のうち、アリア先輩が銃弾を額に受けて負傷、病院に担ぎ込まれたそうだ。
クエストの作戦開始直前だった俺らには、あえて知らされなかった情報だったらしい。
ていうか、Sランク武偵のアリア先輩が負傷ねえ。一度も怪我したことのないっていってたのに、相手がそれほど強かったってことなのか?
まあ、一応遠山先輩を介しての知り合いでもあるんだし、同じ武偵高の仲間だから、お見舞いに行くか。あー、間宮さんは大丈夫かな? メール打っておくか。
メールを打っている間に、護送車両はそのまま車両科の施設へ。
バスジャック事件は一応終わっているんだから、俺らはこのまま教務科に行って報告をしなきゃいけないんだけど……。
何でも武藤さんのお兄さんもバスジャックに巻き込まれた危険があるらしい。
カラカラとして元気いっぱいの武藤さんが珍しく焦っていた。
まあ、身内が事件に巻き込まれればそうなるか。
「教務科への報告は俺らがやっておくから、武藤さんはお兄さんのところに行ってあげなよ」
「だ、だけど……。……どっ、どうせあのバカ兄貴ならどんな怪我をしてようと死にはしないだろうし、死傷者も重傷者もそこまでいなかったらしいし……。べ、別にあたしは兄貴なんて……」
いや、お兄さんを心配してるのバレバレだからね。さっきから車両科の倉庫においてある車をずっとチラチラと見てるし。本当はあの車使ってすぐにでもかけつけてあげたいんだろ? あと重傷者はともかく、死傷者はいないって情報だったじゃないか。
「今日の報告は作戦の無事終了とメンバーの無事を知らせるものだから、教務科への報告なんて俺ひとりでも充分だからさ。行ってあげなよ、武藤さん」
「け、けど……。ほんとにいいの?」
「いいよ。教務科には俺から説明しておくから」
「……ゴメンッ!」
バッと俺に頭を下げてくる武藤さん。
「どうせなら謝られるんじゃなくて、お礼を言われたいんだけどね」
笑ってお兄さんのところに行くように促すと、
「ありがと!」
顔を上げて笑顔でお礼を言ってきた。そのまま武藤さんは車庫へと駆け出していく。車に乗り込む際にもう一度こっちを振り返った。
武藤さんは片腕を上げ、
「ほんとにありがと、レオン!」
そう言って車に乗り込み、エンジンを回して武偵高から病院へと向った。
……なんていうか……。
『これ、レオレオが純な女の子だったら、恋愛フラグが立ってるところだよね』
耳につけてる通信機から理子さんの声が流れてきた。ていうか、どこから見てたんですか?
「……そうですよね。なんていうか、カッコイイっていうかカラッとしてる姉御肌の女性というか……」
ヤンキー漫画とかに出てきそうな、カッコイイ系の女子って感じだ。
『あれれー? レオレオ、もしかしてもうすでにフラグ立っちゃってたりぃー?』
「――ちょっ!? からかわないでくださいよ、理子さん! た、確かに少しドキッとしたのは認めますけど……」
『なになに? あの子もレオレオのハーレムメンバーに入れるつもりなのー?』
「いやいや、ハーレムなんて作る気はないですって」
『そうなの?』
「だ、だって、そこまで器用になれそうにないですし……」
『まったく、レオレオは。――あなたに足りないものはね、主人公精神。恋愛シミュレーションをやりなさい。ああゆうゲームの主人公は、女の子みんなを幸せにするでしょ。そうゆう気持ちを学ぶべきよ』
「……あのすみません。そのネタを実行した場合、生徒会メンバーでもない俺は、最後に高確率で血の雨が降ったりすることになる、修羅場主人公になってしまうと思うんですが……」
『そうなった時はなったときだよ! 理子がエロゲもギャルゲも貸してあげるから、ハーレムを学習してみよ!』
クッ、この人は……。他人事だと思って……。
他人事? ……あ、そうだ。
『でないと理子リンルートを攻略した上でハーレムエンドなんて、夢のまた夢なんだからねー』
「――なら、円満なハーレムエンドに俺が進むために、まずは理子さんと一緒に恋愛しながらハーレムを学ばせてもらってもいいですか?」
『……レオレオ、理子を最初に攻略するつもりなのぉ? 理子の攻略難易度は高いんだよー? それわかってるのぉ?』
「でも攻略できれば、理子さんが手に入るんでしょう?」
『理子のこと、欲しいのレオレオ』
通信越しだけど、妖艶な笑みを理子さんが浮かべているだろうと感じる。
ここで戸惑ったりしたら、一気に主導権を持っていかれる。これは俺と理子さんの駆け引きなんだッ。
「理子さんみたいな人が恋人になってくれたら、毎日が楽しくなるだろうと思っていますね」
『ふふっ、それは奇遇だね。理子もレオレオみたいな天然ジゴロくんと恋人になったら、色々楽しそうだなぁーって、思ってたよ』
…………。とりあえず天然ジゴロの件はおいておくといて……。
「それは……本当ですか?」
『もちろん♪』
「…………」
「……レオレオ?」
ど、どうしよう……。お互いが恋人に従ってるということは、両想いになってしまうのか?
でも、また勘違いということもあるかもしれないし……。
ここは確かめるためにも……。
「――理子さん」
『んー? どうかした?』
「はっ、ハーレムエンドを目指すので……。けっ、結婚してくれませんか?」
『ふふっ。――いいよ』
「……へ?」
理子さん、今なんて……?
『聞えなかったの? 理子は「いい」って言ってるんだよ。レオレオと結婚してあげても』
いつもとは違った、理子さんから発せられた真剣な声音。
「ほっ、本気なんですか!?」
『レオレオは、理子のこと、お遊びだったの?』
「あ、遊びなんて……! そんなことは……」
『――幼なじみちゃんが好きだからダメ? さっきも言った通り、いいんだよ? ハーレムエンドでも。レオレオには養えるだけの能力もあるんだしね』
「そ、それは……! も、もちろんライカちゃんは女の子としても好き、だけど……。理子さんとの関係は遊びでもないですし……。――というか、そ、そもそもまだ誰とも付き合ってもいないというか……」
『ふふふ……かわいいなぁ、レオレオは』
「り、理子さん……」
『大丈夫だよ、レオレオ。ハーレムなんて作ってから考えよ。この理子りんがついてるんだからさぁ』
「…………」
お、俺はいったいどうすれば……。
『――あの……』
「――中空地さんッ! ちょうどよかった! 俺はいったいどうすれば……」
『とりあえず、落ち着いてください。それと、早く教務科に報告をしてください』
「そっ、そうでした! り、理子さんと一緒にハーレム作っていいのか、聞かないと!」
『はい。そのついででもいいので事件の報告をお願いします。――では。これで通信を終了します』
「はい。すみませんでした」
『――なっ!? ちょっと待て! まさか本気で聞きにいくつもりか!?』
「安心してください理子さん! 相手は人生の先輩で教師ですから、きっといい答えを聞かせてくれるはずです!」
『頑張ってください、麻倉くん』
『なっ、中空地!? おまえ何を……』
『すみません。私も急いで病院へ向いたいので、通信を切ります』
『――ちょっ!? レオン……ッ!』
――ブッ、と通信が切れた。
◆
事件の報告後、理子さんとのハーレム計画について蘭豹先生と綴先生に聞いたところ……。
俺と理子さんに限り、クエスト達成でもらえる単位をなしにされて、後日、生徒指導室に呼ばれることになりました。
あと、理子さんが電話にもメールにも出てくれなくなりました……。
唯一送られてきたメールは、『レオレオのバカ』。
……と、とりあえず落ち込んでる暇はない。
アリア先輩のお見舞いに、びょ、病院に向おう。
◆
病院へついたのは、日がほとんど沈みかけた頃だった。
ついさっきまでは病院のロビーにまでいたという怪我人の武偵たちや、心配して駆けつけた武偵も今ではほとんどが帰宅し、残っているのは重症患者のみとなっている。
ちなみに武藤さんのお兄さんについては、ほぼ無傷だったらしく、一緒にもう寮に帰ったというメールをもらいました。
俺は受付にいるナースさんに生徒手帳を見せて、アリア先輩の病室を聞き、お見舞いに向かうことに。
白い廊下を通って、アリア先輩の名前が書かれたプレートを探していくと、発見。ひとり部屋の大きい部屋だった。VIP専用って感じの。
コンコンとドアをノックする。
「アリア先輩。麻倉です。起きていられますか?」
そう控えめに声をかけてみるも、反応はなし。
病人相手、しかもアリア先輩に失礼で迷惑だと思いつつ、気配を探ってみると、部屋の中に気配はなかった。
「んー……。トイレにでも行ってるのかな?」
本気を出せば病院中の気配を察知できるが、それをしたらSランク武偵のアリア先輩が何事かと驚いてしまうかもしれない。
「なら、待つしかないか……」
しかし、かといって女の子の病室の中で待つことは出来ないし、どこか廊下のベンチにでも座って待っているか。
そうと決まればと、廊下を歩いていくと……。
少しだけ開いた病室の扉から、女の子の声が聞えてきた。
思わず隙間からなかを覗き込んでしまう。
両目に包帯を巻いている、茶髪をセミロングにカットした女の子が泣いているのが見えてしまった。
「…………。……お節介だって、わかってるんだけどねぇ……」
男として、女の子が泣いているとどうしてもかまってあげたくなるんだよな。
コンコンと病室のドアをノックする。
「――っ。……はい」
「失礼するよ」
ノックの音で涙を拭って返事をする女の子。俺は返事返してもらってから病室へ入った。
「あの……? どちらさまでしょうか?」
そ、そういえば思わず入っちゃったけど、な、何も考えてなかった!
え、えーと……、そう! とりあえず自己紹介しないと!
「お、俺は麻倉 レオン。レオンっていうんだけど……。えっと……き、君が泣いてるのが偶然見えたから……。そ、それで、その……」
包帯をしている女の子は俺の気持ちを察してくれたみたいで、笑顔を作って向けてくれた。
「ありがとうございます。私を慰めようとしてくれたんですよね?」
「うっ……。そ、それはそうだったんだが……。これじゃあ、どっちが慰められているんだか……」
ちょっと……。いやかなり、自分が情けなくなってしまう。
「ふふっ……。でもありがとうございます。ちょっとだけ元気が出ました」
「そうだったら、いいんだけど……」
「あっ、私は間宮 ののかっていいます」
「間宮 ののかさんね。よろしく」
「はい。…………。あの……」
「ん?」
「私とお話しませんか?」
「お話?」
「え、えっと……。ひ、ひとりで病室にいるのも不安なので……。よかったらでいいんですけど……」
少し恥ずかしそうにつぶやく間宮さん……ではあの子とかぶるので、『ののか』さん。……不安か。泣いていたし、うん。
ベッドの横に置いてある丸椅子に座る。
椅子に座る音に反応して顔をこっちに向けた、ののかさん。
「もちろん、いいよ。丁度暇だったしね」
「ありがとうございます」
う……、ののかさんの笑顔には破壊力があるなぁ。
◆
ののかさんと話し始めてすでに1時間ほど。気づいたら周囲はもう暗くなっていて、面会時間も終わろうとしていた。
俺とののかさんがしている会話は他愛もない話だ。ちょっと家が貧乏なのでスーパー特売日とか狙って行ったりしてる話を聞いたり、少しおっちょこちょいだけど、やさしくて頼りになるお姉さんの話を聞いたりしていた。
そして、もちろん俺も自分のことも話したりするけど……。
「えー!? アニメの主人公を参考にしてギアナ高地に修行しに行ったんですか!?」
「うん。あの頃は本当に若かったんだ……」
「大丈夫だったんですか?」
「あははは、それが全く。一応サバイバル技術を詰め込んで、サバイバルグッズも持って行ったんだけど1日ともたなかったよ。あの頃は本当に大自然舐めてたね。目的だった修行も全然できなくて、生き残るだけで必死だったよ」
「当然ですよ。なんでそんな危ないことしたんですか?」
「それは……強く、なりたかったから……」
「……強く、ですか?」
「……うん。昔はね、俺ってものすごーく弱かったんだよ。それこそ幼なじみの女の子に瞬殺されるぐらい。泣き虫でもあったからね。幼なじみの子が転校しちゃったあと、次に会ったときは、すっごく強くなって見返してやろうって、修行を開始したんだけどさ」
そうだ。俺のはじまりはそれだった。ライカちゃんを見返してやりたい、驚かせてやりたいってはじめた修行だった。
「えっと……それでアニメの修行を参考にしたんですか?」
呆れてる。完璧にののかちゃんから呆れられてるッ。
「……いや、ほら、憧れってない? こんな人になりたいとか、こういう人みたいに強くなれればいいのになぁ……とか。昔の俺はアニメや漫画にのめり込む中ニ病だったっていうかね……。……あの、ガンダムって知ってる?」
「ガンダムですか? ……あ。ギアナ高地で修行ってまさか……。G……。――ぷっ」
あはははは、と口元に手を当てて笑い出すののかちゃん。し、知ってたんだね。さすがアニメ大国。女の子でも知っていたか。
――って。
「そんなに笑わないでくれよ、ののかちゃん」
「ご、ごめんなさい。で、でも……。ぷっ、あはははは……」
とうとう抑えられなくなったと、声をあげて笑い出すののかちゃん。
「うー……。仕方なかったんだよ、あの頃は。丁度俺が強くなるのに悩んでたときに放送されてさ。主人公の修行シーン見て、これはっ! って昔の俺は思ってしまったんだ……」
「でも、だからって本当にギアナ高地で修行するなんて……。レオンさんは男の子なんですね」
クスクスと笑ってる。明るく、少し元気になってくれたのはいいけど、恥ずかしいよ……。ちなみに名前で呼び合うぐらいまで仲良くなっていた。
「――それで、強くなれましたか?」
「……まあね。昔よりは比べ物にならないぐらい強くなれたと思うよ。実際に何度も死に掛けたし、走馬灯なんて見慣れてしまうぐらい修行したからね。――今じゃ、俺は2つ名持ちの強襲科Sランク武偵さ」
「2つ名持ってるSランクの武偵さんなんですか!?」
驚いてるののかちゃん。そういえばお姉さんが武偵だったけ。
「うん。Sランクにまでなって2つ名ももらえたんだけどね……。その、だけど2つ名がまたなんとも……」
ののかちゃんも、なんとなく予想して俺があとに続ける言葉を待ってるみたい。……言ったら笑われるだろうけど、言う。
「『キング・オブ・ハート』なんだよ……」
「…………。……ぷっ」
「もう、あんまり笑わないでくれよ! 俺だって2つ名を思い出すたびに中ニ病だった頃を思い出して悶絶してしまうんだから! 日本人のお偉いさんが元ネタ知ってたからって、本当に俺の2つ名としてつけなくてもいいのにさぁ!」
「ご、ゴメンなさい、でも……」
「うう……。しかも俺って主人公と性格とか色々似てないこともあって、2つ名の前に『マイルドな』って付けられて呼ばれたりするんだよ……」
「マイルドな、キング・オブ・ハート……。ふふふっ」
「~~っ」
思わずののかちゃんのベッドに顔を埋める。腕を枕にして顔を見られないようにうつむく。
「ふふっ、ゴメンなさい。笑いすぎちゃいましたね」
「うう……」
慰めるように頭を撫でられる。これじゃあ、どちらが年上かわからない。
「最近、女の子に振り回されてる気がするよ……」
「日本で再会したっていうレオンさんの幼なじみさんですか? レオンさんの彼女さんだったり……」
「いや、幼なじみちゃんは彼女とかじゃないんだけどね……。それに、俺を1番振り回してるのは2年生の先輩」
「2年生の先輩さんですか?」
「そう。俺をハーレムもののゲームや漫画の主人公にしたいそうなんだよ。さっきも冗談というか、本気なのか聞こうとして『結婚しよう』って言ったら、『いいよ』って言ってくるし……」
「それはまた……。大胆な先輩ですね」
「大胆だよねー。ハーレムエンドを迎えさせようとしてくるんだから……」
「レオンさんはハーレム、嫌なんですか?」
「――うへっ!? い、いきなり何を言ってるのさ!?」
「いえ、男の子ってそういうの憧れるものだって……聞いていたので。レオンさんは違うのかなって」
「そ、それは……。お、俺もハーレムが嫌いなわけじゃないよ。嫌いじゃないけど、自信がないっていうか……。好きになってくれた女の子を幸せにできるかなって、考えたら……不安で……」
「――じゃあ、私がレオンさんのハーレムメンバーに立候補しましょうか?」
「へっ!?」
「私と2年生の先輩と合わせて2人ですから、ハーレムになるんじゃないですか?」
「えっと、2人同時に付き合うなら、それは二股っていうんじゃないかな?」
「? 二股って隠しながら交際することですから、全員が知り合ってたらハーレムって言うんじゃないですか?」
「じゃあ、小規模だけどハーレム誕生? ――って、だ、ダメだよ! ののかちゃん! 知り合って間もない俺なんて、もっと自分を大事にしようよ!」
ののかちゃんはすっごくかわいいんだし、こんな会ったばかりのヤツなんかとは……。
「――ふふ」
「……ののかちゃん?」
「ゴメンなさい。冗談です」
笑顔で言ってくる。
「……へ? 冗談?」
「レオンさんがどうするのかなと思って」
「な、なんだ……。冗談、なのかぁ。――けど心臓に悪いよ、ののかちゃん」
力なくベッドに顔を埋める。
「ゴメンなさい、レオンさん」
また頭を撫でられる。年下に翻弄される俺って……。
◆
ののかさんとの話しに夢中になってしまい、面会時間が終わり、結局アリア先輩のお見舞いにいけなかった俺は翌日、またお見舞いにきたんだけど……。
「へ? もう退院したんですか?」
「はい。神埼さんなら今朝退院されていかれました」
アリア先輩は退院していた。
……え? そんなに軽い怪我だったのか? 昨日の今日だよな?
俺と同じ不思議肉体構造だったりするのかな?
アリア先輩がいないのなら、俺は……。
今度は海外の、ヨーロッパの武偵局に所属してる俺の唯一の男友達から、事件解決のためにって応援要請が着てるから、飛行機に乗ってヨーロッパに向う準備をしないといけないけど……。
「ののかちゃんに会ってからでも遅くないよな」
それに今の寮に帰っても、遠山先輩がアリア先輩の足手まといになったって落ち込んでて居辛いし……。
俺はののかちゃんの病室へと向うことにした。
エレベーターに乗って上の階へ。廊下を歩いて、ののかちゃんの病室のドアをノックして声をかける。
「ののかちゃん。レオンだけど。開けても大丈夫?」
…………。声が返ってこない。
気配は……、確かにするのに。
「あれ? ののかちゃーん?」
もう一度呼んでみるけど、声が帰ってこない。寝てる感じは、しない。起きてるようだけど、反応がない。
これが無視されてるだったら、俺が悲しいだけだけど……。違ったら、マズイ。
「入るからねー?」
ドアを開ける。ののかちゃんは昨日と同じようにベッドに座っていた。
あれ?
おかしいようなところはないように見える。近づいて椅子に座る。
「ののかちゃーん?」
すぐ隣で声をかけても反応がない。前を向いたままだ。
肩に触れて――。
「――っ!? だ、誰かいるんですか?」
肩に触れた瞬間、怯えたように体をビクッと跳ねさせた。
「……え? まさか耳が聞えてないの?」
「……誰も、いないの?」
……聞えて、ないみたいだ。
目も耳も不自由になってるののかちゃんを驚かさないように、やさしく手に触れて、指で掌をつついてモールス信号を送る。
「俺だよ、麻倉 レオン」
「……? えっとなんですか?」
「…………」
そういえば、ののかちゃんは武偵じゃないんだから、モールス信号なんてわからないよねー。……バカだな、俺。
掌にひらがなをゆっくりと書いていく。
「じ? ゆ? ん? ……レオンさん、なんですか?」
『うん』
「す、すみません。私……耳が……」
『昨日。聞えていたようだった』
「それは……私は……」
言い辛そうに胸の前に手を持ってくるののかちゃん。
『何か、特殊な病気?』
「それが……病気じゃなくて……。毒、なんです……」
『毒?』
「はい。……2年前に、家が襲われて……。そのとき、時限式で発動する毒を注入されてしまったんです……」
時限式の毒?
「その毒は特殊な毒らしくて……。本人以外には解毒も、できなくて……。どんどん5感が失われていく毒らしいんです……」
声に出して話したことで、不安が襲ってきたのか涙を流し始めるののかちゃん。
……泣いて当たり前だ。5感が失われていく毒で、解毒も不可能なんて毒を盛られたら、武偵でも取り乱す。一般人のののかちゃんなら絶望して自殺しようとしていたっておかしくない。
「私のお姉ちゃんと友達が、今、犯人を捕まえようとしてるんですけど……」
……仮に逮捕できたとしても、犯人が解毒法を吐くまで時間がかかってしまう可能性がある。毒がののかちゃんを侵し終わるまでに捕まえられるとも限らない。
それに、ののかちゃんはお姉さんのことも心配しているんだと思う。大好きなお姉さんらしいし。自分から目と耳、他の5感まで奪おうとしている相手となんて、戦って欲しくないんだろうと思う。
…………。
……この場合、お節介にはならないよな? 以前……勝手に治してお節介野郎って罵られたが……。
……いや。この場合、お節介野郎になってもいいか。
「すみません、レオンさんに話す事じゃないとわかってるんですけど……」
『ののか』
「?」
『少しだけ。俺のこと。信じてくれないか』
「信じる、ですか?」
『うん。昨日あったばかりの男なんて、信じられないと思うけど。ののかちゃんの毒によっては完全に解毒はできないかもしれないけど。侵攻を遅くすることはできると思うんだ』
「え?」
『ののかちゃんは。超能力を使う武偵。超偵っているのが知ってる?』
ののかちゃんは首を横に振った。
「いいえ……。レオンさんはその超偵さんなんですか?」
『うん。いつの間にか、修行してたらなってたんだ。主に気を操ったりする能力なんだけど。応用すれば相手に自分の気を流し込んだりして病気とか治したり、怪我の治りを加速させたりできるんだ』
「気を流し込むって……。レオンさんは大丈夫なんですか?」
『大丈夫だよ。俺は普通の人より気の量がすごく多いし。ちょっと俺が疲れるだけだから。ダメ元で、試してみないか?』
「…………。……お願いして、いいですか?」
『もちろん。とりあえず横になってくれるかな?』
「……はい」
ベッドの頭を倒して横になるののかちゃん。俺は椅子から立ち上がり、心を静めて気を高めながら溜め込んでいく。
どんどん……、どんどん溜め込んでいく。
過酷な環境での修行と自然と一体化してある日到ってしまった境地。
高めた気が、淡い緑色のオーラとなって視覚で見えるようになり、様々なモノに直接干渉できるようになる。
俺はこの状態をスーパーモードと呼んでいる。
ちなみにこのスーパーモード状態だと、髪の色や眼の色が淡い翠色に変わり、淡い輝きをおび、ミサイルを撃たれても地雷を踏んでも平気で、短距離なら空中を走れたりする。
さらにこのスーパーモードには原作のアニメ通りさらに先があるんだが、それは今は置いておく。
充分に気が高まったところで、ののかちゃんと手を繋ぐ。
「――っ。あ、温かい?」
少し驚いたような表情を浮かべるののかちゃん。
でも、ののかちゃんはすぐに体から力を抜いて、
「お願いします」
と俺を信じて体を許してくれた。
「はじめるよ」
聴こえないとわかっていても言ってから、気を送り込み始める。
「――っん……」
ののかちゃんの全身に送り込んだ気を巡らせて、ののかちゃんを蝕んでいる毒を探す。
すると、首から頭辺りに不穏な気の巡りが……。
そういえば5感が失われていく毒だと言っていた。ということは、脳を侵す毒のことなのか?
……まあ、とりあえず。毒が集中している場所がわかった。
ののかちゃんのほうへ身を乗り出し、頬に両手で触れる。
「はぁ……、はぁ……、レオン、さん……。私、体が熱くて……」
「大丈夫だよ、いま治してあげるから」
「レオンさん……?」
顔を近づけて……。
「――っ」
額を、重ねる。
「? ……か、レオンさん?」
集中力を極限まで高めて、ののかちゃんに気を送り込む。
蝕んでいる毒を死滅させるように、ののかちゃんの肉体を自分の気を送りこんで強化する。
「くっ、レオン、さん……。わ、私……はぁ……はぁ……」
あんまりエッチな声をださないでくれないかな、ののかちゃん! ただでさえののかちゃんの息が口に当たって集中できないのに。ますます集中できなくなるじゃないか!
「はぁはぁ……。んんっ、ふ、不思議です……。レオンさんに触れられてるだけで、体が温かくなって、気持ちよくなって……安心、してしまいます……」
それは俺の気によって肉体が活性化してるからだよ。
「あんっ……。あ、ぅっ……」
くっ……、集中……集中……。
気を送り込む、気を送り込む。
脳から毒の気配が消えても安心せずに、ののかちゃんの体に気を送り込み続け、送り込んだ気でののかちゃんの気の流れを調整する。
乱れていた気脈を沈めて、最適のものへと整える。
そして、余分な気を吸いとり、補助輪を外して慣らしながら走らせるように、ののかちゃんの体をモニターしながら、干渉をやめていく。
額を離してスーパーモードを解除し、大きく息を吐いて呼吸を整える。治療を開始して大体1時間ぐらいが経った頃だろうか。
「こ、これで……毒は、解毒されたはず……。――聞えてるかな、ののかちゃん?」
「――っ!? は、はい! 聞えます! 耳が聴こえます!」
耳に手を当てて信じられないと喜んでるののかちゃん。
「よかった……。目も見えてくるはずだから、包帯を外すよ? ゆっくり、慣らしながら目を開けてね?」
「は、はい……」
ハサミがなかったので、指でチョキをつくり包帯をカット。こういうときにも超人肉体は役に立つ。
ゆっくりと、ののかちゃんが目を開けていく。恐る恐る、開けていき――。
「――あ……」
ポロッと涙を溢した。
「……見える。目が、しっかりと見えます……ッ!」
ボロボロと涙を流し始めるののかちゃん。
「毒は完全に解毒できたと思うから、もう、大丈夫だ。――よく、がんばったね、ののかちゃん」
「ありがとうございます……! ほんとに、ありがとうございます……!」
すがるように抱きついてきて、何度もお礼を言ってくれるののかちゃん。
俺は安心させて労うように、ののかちゃんの頭をよしよしとやさしく頭を撫でる。
「うん、どういたしまして。ののかちゃんみたいな美少女はやっぱり笑顔じゃないとね。成功してよかったよ。一応、まだ安静にしておいてね」
――っと……。
ふらっと、力が抜ける。
「――レオンさんっ!?」
ベッドに倒れそうになる俺だったけど、ののかちゃんが受け止めてくれた。
「大丈夫ですか!? い、いまナースコールを……」
「あははは……。俺は大丈夫だよ、ののかちゃん。ちょっとだけ疲れただけだから。やすめばすぐに回復するよ」
「ウソ、じゃないですよね?」
「うん。だから悪いんだけど、休ませてもらうね」
睡魔が襲い掛かる。やっぱり気を送り込み続けながら、他人の気を全部コントロールしつつ、解毒のコンボは俺でも無茶だったみたいだ……。
「おやすみなさい、レオンさん」
「うん、おやすみ」
少しだけ、やすむ……。
◆
私が寝ている病院のベッドに、倒れるようにうつ伏せになって寝息をたて始めた麻倉 レオンさん。
昨日病室でひとりで泣いていた私を心配して声をかけてくれた人で、私のお姉ちゃんと同い年の武偵さん。
そして、夾竹桃の毒に侵され、視力と……聴力まで失ってしまった私を治してくれた恩人さん。
今は私を治療した代わりに、疲労で眠ってしまっている。
「ありがとうございました、レオンさん」
改めてお礼を言う。
毒によって5感を奪われていく恐怖から助けてくれたこと、本当に感謝しています。
ありがとうございました。
――と。
何度言っても感謝の気持ちを表せないだろうけど……、お礼を言わずにはいられなかった。
「すぅ……すぅ……。どう、いたしましてぇ……」
「ふふっ、寝てても聞えてるのかな?」
……とりあえず、毛布をかけてあげよう。
…………。
……それからしばらく。
日が沈みかけた夕方に、レオンさんが目覚めた。
ゆっくりと顔を上げて目を擦りながら、辺りを確認している。
ここ、どこだ? とキョロキョロしてるレオンさん。そんな姿をかわいく思ってしまい笑みを浮かべてしまう。
「――レオンさん」
「……ん? あれ? ののかちゃん?」
まだ少し寝ぼけてるみたい。声をかけると首をかしげた。視線は私の目元……。ああ、
「――覚えてないんですか? レオンさんが私を治してくれたんですよ」
言って、レオンさんが「そうだった」と思い出す。
「それで、ののかちゃん。体調のほうは大丈夫?」
「はい。むしろ前より元気になったぐらいです。本当に、ありがとうございました」
嘘じゃない。本当に、前よりも体の調子がよくなっていた。毒で視力や聴力を奪われていたと思えないほどに、見えなくなっていた目も今でははっきりと見えている。
「それはよかった」
そう言って、安堵の息を吐いているレオンさんの姿も。
正直にいうと、想像していたレオンさんの姿と実際の姿はだいぶ違っていた。
ギアナ高地やジャングルとかに篭って修行したり、『キング・オブ・ハート』なんて2つ名をつけられる武偵さんだから、喋り方は丁寧でやさしくても筋肉質で背がすごく高い人なのかな? と思っていたら、そんなことはなかった。
身長は私よりもやや高め。体格も普通。外見や雰囲気からの印象は大人しい青年のようだった。
……金髪に黒が混ざってるみたいな髪色。確か、ハーフだって言ってたっけ。眼の色も少し違うんだ。
「? どうかした?」
「――っ。い、いえ……」
思わず顔を見つめてしまってた。うう……恥ずかしい……。
――って、それよりも、な、何かしゃべらないと……。
「え、えっと……、あの……」
「ん。なんだい?」
「~~っ。…………。……な、なんでも、ないです」
向けられた笑顔に黙ってしまう。ま、まともにしゃべれない……。顔がどんどん熱くなってる。
いつもは男の子相手でもちゃんとしゃべれるのに……。
私が俯いていると、レオンさんから話しかけてきた。
「そういえば、そうだったね」
「え?」
レオンさんの言葉の意味がわからなくて、恐る恐る顔を向けると、手を差し出してきてくれた。
そして、ニッコリ笑うと、
「改めてよろしくね、間宮 ののかちゃん」
――ああ、そうだった。
「はい、よろしくお願いします、麻倉 レオンさん」
レオンさんの手を取って握る。
――視力が戻ってから、はじめてだったんだ。
――改めて、よろしくお願いします、レオンさん。
私たちは、笑顔で握手を交わした。
…………。
……あっ。
だんだん、今の状況を理解していく。
私、レオンさんと、手を繋いでる……?
れ、レオンさんと……。
「~~~~っ!」
顔が一瞬で燃えるように熱くなる。胸がドキドキと高鳴る。
「大丈夫?」
「――っ!」
ま、マズい……。こ、声を聞いただけで、ドキって……。
レオンさんから手を離して、顔を覆い俯く。
真っ赤になった顔を見られたくないッ。
だけど、その行動がダメだった。
「大丈夫?」
「~~っ!?」
耳元で聞えるレオンさんの声に、過剰に反応してしまう。昨日は声だけでやりとりをかわしていたからか、思い出して、胸がドキドキしてしまう。
な、なんとか、落ち着かないと……。
「は、はい。だ、大丈夫です……。ありがとうございます、レオンさん」
「それならいいけど……。具合が悪いならいいなよ?」
「はい」
……その後、少しだけ会話をしたあと、レオンさんは帰ってしまった。
何でも明日から仕事で、海外のほうへ出張に行かなければいけないらしい。
お姉ちゃんと同い年らしいけど、さすが2つ名持ちのSランクの武偵というのか。大きな仕事を任されたり、応援で呼び出されたりってことはよくあることらしい。
……正直いうと、私のためにも、過去の因縁を乗り越えるためにも、夾竹桃に立ち向かって行ったお姉ちゃんと、その友達で仲間の人たちを助けてもらいたかったけど……。
言うことが……頼むことができなかった。
頼むことができなかった理由を説明するなら、毒を解毒してもらって姉まで助けてもらうのはあまりにも厚かましいお願いだったし、何よりも私は、お姉ちゃんたちを信じているから。
きっとお姉ちゃんたちが夾竹桃を逮捕してくれると、信じているから。私は何も言わずに、教えないでレオンさんを見送った。
…………。
……そういえばレオンさんのアドレス、貰ったんだった。
また体に何か異常が起きたら連絡するようにって教えられたアドレス。
……登録しておかないと。
お姉ちゃんたちに、毒を解毒してもらったっていうメールは……。
作戦の邪魔になるかもしれないから、終わってから送ろうと思う。