東京武偵高校の入学式が終わり、教師からの連絡や教科書の配布も終わって、昼で学校が終わったのだが……。
とうとう恐れていた時間が訪れた。
「そういや知ってるか? 今朝、第二グラウンドで爆弾事件があったんだって」
きっかけはライカちゃんのそんな言葉だった。
放課後。クラスメイトが次々と帰っていくなか、教室の窓側の席に俺と、ライカちゃんと間宮さんが集まっている。
「たまたまその事件現場の近くにいてさ。被害者の武偵が間一髪殺されるところを、アリア先輩が屋上から飛び降りて、パラグライダーを使って、その被害者の武偵救出してたぞ」
さらにライカちゃんが詳しく説明していく。
何でも被害者は俺たちと同じ武偵で、犯人は武偵殺しの模倣犯である線が有力。
被害者は何とも珍しいチャリジャックされてて、国道を一定の速度で、後ろから銃を向けられた状態で走り続けていたらしい。
事件発生の情報を掴んだアリア先輩は、ビルの屋上から飛び降りて、パラグライダーを使って滑降。
被害者が乗ってるジャックされた爆弾自転車とすれ違いざまに、被害者だけを抱えて救出。
爆弾は爆発したけど、その爆発による被害者はなし。
ちなみに、爆弾などについては全て遠隔操作で行なわれていたそうで、犯人は逮捕できなかったらしい。
「へー、すごいねぇ」
「パラグライダー!?」
感心する俺に対して、間宮さんは話しに驚いてる。まあ、普通パラグライダーなんかで助けられないよな。俺は……常識のなんて通用しないこと、通用しない人間になってる自覚があるからそこまで驚かないけど。
――む?
教室のドアが開く。視線だけ動かして見ると……佐々木だった。
小さな包みを手に、間宮さんを確認して目を輝かせてる。
――っ。ま、間宮さんっ! 急いでアリア先輩の話をやめるんだ! 誰かが死ぬことになるぞ!
「あかりさん、エステーラの限定シュガーリーフパイが手に入……」
「そっか!」
包みを前に出しながら声をかけようとした佐々木の言葉が、間宮さんの大声でかき消され、
「アリア先輩、使ってくれたんだ!」
という言葉でピタッ、と佐々木の動きが急停止する。あちゃ~……。
「アリア……先輩?」
間宮さんの口から出た言葉に、信じられない、信じたくないと佐々木が小さなつぶやいた。
「あっ、志乃ちゃん」
やっと佐々木の存在に気づいた間宮さんが顔向けるが。そこでライカちゃんの親切心が災いする。
「今朝、第二グラウンドで爆弾事件があってさ。たまたま現場の近くにいてさー」
「アリア先輩がね、被害者をパラグライダーで救出したんだって!」
ライカちゃん、そのあとに続けた間宮さん。今までいなかった佐々木に、自分たちが盛り上がっていた話題の内容について説明してあげようと思ったんだろうが……。
アリア先輩のために、間宮さんが一生懸命縫ったパラグライダーを使ってくれたんだとか。
机の上に立って興奮しながら説明して、アリア先輩かっこいい! とか。
間宮さんがアリア先輩を褒めちぎるたびに、佐々木の瞳が濁っていくことに気づいてくれ!
「…………」
いや、こっちを睨むなよ。俺のせいじゃないんだから。
俺の想いが伝わったのか睨むのを止めて、一拍開けてからいつものように明るく振る舞う佐々木。
「よかったですね。じゃあ、もう帰りましょう。一緒にこれを食べながら」
「おおっ、リーフパイ!」
ライカちゃんっ! 食べ物に目がないのはかわいらしいけど、少しは気づいてくれ! 佐々木さん、かなりギリギリだから!
「あっ、今日ダメなの」
間宮っ!?
「アリア先輩の外泊用に荷造りしなきゃいけないの」
「…………」
佐々木が放心してる!? 間宮さんっ、うれしいのはわかるけど、キャアキャア騒ぐのやめようぜ!
「それに今、あたしおかしNGなんだ――」
「え……」
「先輩と一緒にお風呂に入った後で、体重コントロールを命じられたから」
「お風呂……」
ショックを受けてる佐々木には気づかず、間宮さんは「じゃねー」と見るからに楽しそうにひとりで帰ってしまった。
間宮さんがいなくなると、ふらりと力なく佐々木がよろける。
――っと。
慌てて席から立ち上がって支える。
「おっと」
同時に落としかけたお菓子は、ライカちゃんが片手でキャッチ。ライカちゃん……。お菓子よりもお友達を支えようぜ……。
「大丈夫、佐々木さん?」
いや、そこでキッ! と睨むなよ……。俺、悪くないんだから。
「……ありがとうございます」
「ど、どういたしまして」
佐々木はなんとか、かろうじで体裁を保って微笑む。
このまま落ち着いてくれればいいけど……。
「アイツ今朝からアリアさんの話ばっか。よっぽど好きなんだなー」
ちょっと、ライカちゃん!? 今それを言いますか!?
「お、落ち着こう、佐々木さん」
「…………」
無言で拳を握ってる。怖い、怖いよこの子……。
「んぁ、
ライカちゃんもお菓子を勝手に食べるな、佐々木の異変にも少しは気づけっ。いや、気づいてて無視してるのか?
「……は、はい……。気分が……、ちょっと……」
佐々木は無理矢理微笑を作ってつぶやき、教室から出て行った。
佐々木がいなくなった教室で、やっと俺の緊張が解ける。
「ふぉら、レオン。おまえの」
「あ、ありがとう」
へー、リーフパイって名前の通り葉っぱの形をしてるんだー。袋に入ってたお菓子の数は全部で4つ。俺の分まで買って着てくれたんだ、ちょっと意外……。
さてと、もうほとんど生徒も残ってないし、
「じゃあ、一緒に帰ろうか、ライカちゃん」
「――っ! 一緒にか……?」
「え? 嫌だった?」
「そ、そういうわけじゃねぇんけど……」
ライカちゃんは視線を逸らしながら頭をガリガリかく。
もしかして恥ずかしいとか? でも、俺としてはひとりで帰るのはつまらないというか、友達と一緒に帰りたい。今までボッチだったんだから、特に帰りに誰かと帰るというシチュに憧れてるから。
「じゃあ、帰ろうよ」
「わかっ……」
ライカちゃんが渋々了承しようとした瞬間。
俺のケータイに着信が入る。
鳴り響いた着信音は、ドラクエのボス戦。人によっては個別に着信音を設定してるけど、この音楽で登録してる人は限られる。
おそらく今日の朝、新しく登録したあの方だ。
「おい、ケータイ鳴ってるぞ。出なくてもいいのか?」
「あ、うん……。ちょっとごめん」
ケータイを開いて画面を見る。やっぱり、佐々木だ。
出なかった場合が怖いので、渋々電話をとる。
「も、もしもし?」
『今から言う場所に着てください』
「は?」
一方的に場所を伝えてくる佐々木。
『いいですね? 待ってますから』
と、そこで電話は一方的に切られた。
「…………」
無言で、切られた電話を見つめて考える。
やっぱり今の佐々木はヤバイと。正気だったなら俺の予定ぐらいは尋ねたはずだと。
そして、指示を無視した場合、正気を失っている彼女が、俺に対して何を仕出かすか予想できないと。
「ごめん、ライカちゃん。今日は帰れなくなった」
「事件か?」
「……事件。事件といえば事件になりそうかな?」
傷害事件とか、下手をすれば監禁。もしかしたら強姦罪まで犯しちゃうかもしれない。あ、いや、女の子だから強姦は適応されないんだっけ? ……まあ、いいか。
「そうか、気をつけろよ、レオン。あと、あたしにも何かできることがあれば何でも言えよ」
ニッと笑みを見せてくれるライカちゃん。
「ライカちゃん……。ありがとう」
「――っ。べ、別にお前のためとかじゃねぇんだからな! あたしは武偵憲章に従ってるだけで……」
「それでもうれしいよ。ありがとう、ライカちゃん」
「う……」
「じゃあ、俺、行くから。また明日」
「……ああ、またな」
教室から出て、佐々木さんの指定した場所へと走っていく。
◆
指定された場所は武偵高校近くのコンビニ。
今いる場所は佐々木の家の自室。
はい、コンビニで回収されて、うむを言う暇もなく、そのまま佐々木家に連れて来られました。
俺を連れて来た佐々木はというと……。
「何よっ! アリア先輩アリア先輩って!」
部屋のドアを力いっぱい閉めて、椅子を蹴り倒し、高級そうなソファに何度も蹴りを入れて、
「あかりちゃんは! 私の! お友だち! なのに!!」
と、さらにウサギの人形を叩きつけてます。
パンと強く叩きつけられたウサギの人形の腕から綿が……。
怖い。怖いよ……、佐々木さん。
「ふーっ、ふーっ」
ストレスを少しは発散できたのか、ゆっくりと息を落ち着けていく佐々木。
怖くて声がかけられない……。
佐々木が最後に、ふーっと大きく息を吐く。
なんとか落ち着いたみたいだ。――って!? ぞ、ゾンビみたいに歩き始めた!?
ふらふらと、何かを求めて歩いていった先には少し大きめの箱が。佐々木はそれの蓋をカパッと空けると、表情が一変。何とも幸せそうな顔を浮べた。
さらに佐々木はそのまま箱に抱きついて、匂いを嗅いだり、顔をすりすりさせたりしてる。
え? 何が入ってるの?
覗きこもうとしたとき、佐々木が箱の中からある人形を取り出し、両手で抱えて胸に抱きしめた。
「ああ、あかりちゃん!」
え? あ、あかりちゃん人形……?
間宮さんをデフォルメしたあかりちゃん人形を抱きしめ、佐々木はそのままベッドに向う。
ベッドに飛び乗ると布団を全身にかぶってトリップし始めた。
聞いちゃいけない声が聞え始める。
そして、同時に俺の視界に箱の中身が……。あかりちゃん好感度グラフノート? あかりちゃんアルバム1? プリクラの巻、学校の巻、私服の巻……。え? コレ全部、間宮さん関係?
視線だけ動かして佐々木を見る。
「うんうん、そうよね。リーフパイおいしいよね」
まだ布団のなかに篭ってトリップしてるようだ。
「…………」
あ、急に静かになった。
もしかして寝落ちしたか? それなら帰れるんだけど……。
ベッドに近づいて、指でツンツンしてみる。
「佐々木さーん? 大丈夫ー?」
もしも寝ていた場合、起こさないように小声で訊ねてみたけど、返ってきた反応は大きかった。ビクッと布団が震えて、恐る恐る、亀のように外をうかがうようにゆっくりと顔を出してきた。
「あわ……、あわわわわ……」
表情が完全に崩れて、顔が真っ赤。まるで頭から湯気が出てるみたいだ。声もろくに出せていない。
「み、みみみ見てたんですか!?」
「まあ、ね……」
頬を掻きながら視線を外す。
「~~っ!」
見られたことが恥ずかしかったらしく、布団のなかに引っ込んでしまった。
「大丈夫か?」
「うう……、一生の不覚です……。まさか……、あんな姿をあなたに見られるなんて……」
「どちらかと言ったら、俺が部屋に連れ込まれて見せつけられたんだけどな」
「うううぅ……」
自分の失態と恥ずかしいシーンを見られたからってそんなに唸るなよ……。
「それに、もう俺は佐々木……志乃さんのそういうところ見てるんだし、今さらだろ?」
「……え?」
「もしかしてもう忘れたのか? 中庭で俺に切りかかったことと、そのあとからの志乃さんの行動」
「…………」
わんわん泣いたり、社会的にマズイ写真撮ったて脅したり、間宮さんの素晴らしさを朝まで伝えてきたりって、お腹いっぱいやってたよな、おまえ。
「…………」
無言で小さくなってる佐々木。
「えっと……本当に大丈夫か?」
「こ、このことはあかりちゃんには……」
「わかってる。言わないよ。人の秘密を喋る趣味もないし」
「あ、ありがとうございます」
「うん。まあ、とりあえず布団から出ようか?」
「……はい」
恐る恐る布団から出てきた。何とかアリア先輩への怒りを納めて、落ち着いたみたいだ。
できればこのまま帰りたいけど、まだ連れてこられた理由を聞いてない。
「じゃあ、何で俺を連れて来たのか教えてくれないかな?」
「そうでした!」
バッと顔を上げた佐々木が、瞳を濁らせながら訊ねてきた。
「神埼・H・アリア! あかりちゃんを惑わす泥棒猫について教えてください!」
「ああ、アリア先輩の情報が目的だったのかー」
てっきり、闇討ちに協力しろみたいなこと言われるかと思ったよ。
……ていうか、それだったんなら、
「諜報科の生徒に頼んだほうがよかったんじゃないのか?」
「そ、それは……。諜報科に知り合いなんていないので……」
小さくなってつぶやく佐々木。あんまり触れて欲しくなさそうだ。まあ、友達いないって言ってたから、予想はつく。触れないで置こう。
「そうなんだ。じゃあ、俺の知ってる情報を教えるよ」
「お願いします」
どこからそのメモ帳取り出したの? ねえ。黒い背表紙に赤字で『泥棒猫抹殺ノート』って書いてあってすっごく怖いんだけど。
ま、まあ、とりあえずは知っている情報を伝えていく。
・神埼・H・アリア。現在16歳。強襲科のSランク武偵で、2つ名持ち。
・2つ名は『
・バーリ・トゥード使い。
・14歳からロンドン武偵局に所属、欧州各地で活躍。99回連続で事件を解決。しかも全て一発逮捕。
「――あとは、1年の3学期より東京武偵高校に転校ぐらいかな」
「……凄まじい経歴ですね(これを直接抹殺は無理そうだわ……)」
「そうだね。さすがにSランク武偵と呼ばれるだけはあるよ(これだけ言えば、アリア先輩を闇討ちとかしないよな?)」
「他に……、弱点のようなものはありませんか?」
「弱点ねぇ……」
正直言うと、知ってる。アリア先輩大好きの妹さんから自慢話と一緒にものすごい弱点を教えてもらってる。……しかし、それを教えたら佐々木がマジでアリア先輩を殺しそうなので、やめておく。俺も恨まれたくないのだ。
「彼女とはほとんど会話したこともないし、親しくもないから知らないな」
「そうですか……」
「うん」
また考えるポーズをとり始めた佐々木。えーと……。
――コンコン。
部屋のドアがノックされる。
『志乃さま、お食事はどうなさいますか?』
メイドさんか。ていうか、もう6時過ぎてるじゃないか。
「そうですね……。麻倉くんもご一緒しますか?」
「んー……、正直志乃さん家のご飯は惜しいんだけどねぇ……」
「何か用事が? わ、私が半ば強引に連れてきたのはご迷惑でしたか?」
「まあ、正直言うと、連れて来るときに用件ぐらい教えて欲しかったけどね。別に怒ってないよ。それに、用事も大した用事じゃないから」
「す、すみません……」
いや、そんな急にお淑やかなお嬢さまに戻られて落ち込まれると、こちらがいたたまれなくなるんだけど……。
しゅんと落ち込んでる佐々木の頭をひと撫でする。うわぁ、サラサラだなぁ。
「?」
俺のほうを見上げた彼女に言う。
「まあ、気にするな。――あと、今日のところはこれでおいとまするよ」
「……はい。ありがとうございました」
出口へと向うけど、なんだかまだ落ち込んでいらっしゃるようだ。
うう……。こ、これは……地雷だとわかっていても……。
「し、志乃さん」
「はい?」
「電話は……時間とか依頼しだいでアレだけど……。メールなら、したくなったらいつでもしていいから」
「…………。――はいっ、ありがとうございます」
「じゃ、じゃあ」
「はい」
ニッコリと笑顔で見送ってくれる。……普段は完璧なお嬢さまなのに、間宮さん関連になると凶暴になってヤンデレ化するのが、本当に悔やまれる人だ。