超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――とあるお屋敷。お世辞にも良いとは言えない国内の治安からは離れた一軒の屋敷には二人のメイドと一人の主が住んでいた。
富裕層に数えられる程の順風満帆な生活に、苦言を呈することもない。身内の存在以外。
メイドの朝は早い。主人が起きるよりも先に、太陽が登るよりも先に、鶏が鳴くより先に目を覚まして給仕服に袖を通す。エプロンドレスを結び、鏡で寝癖を整えて髪を結い上げる。
流れるような銀の髪。長く伸びたしなやかな鋼線のごとき細い髪を束ねて、ツインテールに。
たった三人が暮らすにはあまりに広大な敷地と館ではあるが、このメイドに掛かれば半日も掛からずに掃除から始まり、炊事洗濯と全ての家事が済んでしまう。
カーテンを開ければまだ日が昇ることはない薄暗い外の冷えた空気が感じられた。
「……」
不意に、自分の手を見つめる。
人間の姿としてはあるまじき、球体関節。それは彼女が人間ではない何よりの証拠だった。
自動人形。ガイノイド。国内において、人間に代わる労働力として運用される等身大人形。
その中身は無数の歯車と螺子。それと少々の魔術。土人形、ゴーレムと大差ない。だが、彼女とその妹であるメイドは国内でも数えられる程の性能であり、主は最高傑作と自負していた。事実、驚くほど彼女の身体は“生前”以上の能力を秘めている。
倫理に背く禁忌の秘術を用いられた姉妹は、人間と変わらない。その中に秘めている思いも、考えも、何もかもが。
機械的な挙動ではなく、有機的な不自然な動作も挙動も仕草も。非効率的な行動を起こすこともある。非合理性こそが人間たらしめる不完全性である証拠。
不完全な人間が手掛けた以上、そこに完璧という物は存在しない。歪んだ完璧という虚像と虚構を、歪んだ認識で固めているだけだ。だからこそ、彼女達の主は完璧と呼ばず、最高傑作と呼んでいる。
今日も一日慌ただしくも忙しい。だが、飽きない日々の始まりを告げるのは、いつだって――。
「おっはよーーーうスピカ姉ーーー!! 元気ですかー元気ですねー寝起きドッキリカルネちゃんボンバー!!」
「ふふ、
勢いよく扉を開け放ちながらポーズを決めて乱入してくる、似ても似つかないポニーテールヘアのミニスカメイド、カルネのモーニングコールだ。
腰の入った上段回し蹴りがロングスカートを翻しながら首筋に叩き込まれて、一瞬だが曲がってはいけない方向に首が折れ曲がる。白目を剥いて短い悲鳴と共に床に倒れ伏せるカルネはピクリとも動かなかった。
紐パン丸出しで倒れていた愚妹を背後に、踵を鳴らしてスピカが床を叩く。
「愚妹、起床!」
「ハッ!? 今何時スピカ姉! 六時前!?」
「控えめに言ってお死にになっては?」
「うーん、寝ぼけ頭に姉の罵倒が突き刺さる」
「寝ぼけていないで早く支度をなさい、カルネ」
淡々とした口ぶりで業務へと取り掛かるスピカの後を犬の尻尾のように髪を揺らしながらついてくるカルネが身体を伸ばし、首元の違和感に眉をひそめていた。
「んー、今日のスピカ姉のキックは八十点ってところかな」
「減点分は殺意で補うとします」
「やぁっぱご主人さまの拳と蹴りに勝る物はないですね! 今日はどんな風に起こそうかなー!」
――控えめに言って、このカルネというメイドは頭のネジが変な方向にぶっ飛んでいる。端的に言ってしまえば、ご主人さま限定でドM。悪く言えば、バカ。
隣であれこれと一人で盛り上がる妹の話を右から左へ聞き流す。
「よし、今日は全裸ドッキリで。オフトゥンに潜り込んで起こそうと思うけど、どうかなスピカ姉! 天才じゃない私! 天才美少女カルネちゃんの時代来てない!?」
「話の続きは来世でお願い申し上げます、黙れ愚妹」
「スピカ姉、脱がない?」
「しばき殺されたいのですか」
「どうせならご主人さまにしばかれたい!」
朝から悪い方向にエンジン全開。止めても止めてもV8、アクセルべた踏み
「はぁ……カルネ、いいですか?」
「なに、スピカ姉? 改まって」
「一度貴方は自分の立場というものを考え直すべきです。いい? ここはどこですか」
「ご主人様の別荘、兼、魔術工房兼作業場ことアトリエ!」
「貴方のお仕事は」
「もちろん。敬愛するご主人さまの身の回りの世話! 掃除洗濯炊事に雑務に公務に仕事の補佐に上から下まで舐め回すように世話をすること!」
「便器でも舐めて掃除してなさい」
「――いや、ご主人さまのなら或いは……!」
「申し訳有りませんが、お死にあそばせ?」
「そんなに懇切丁寧に逝去を願われたの初めてだよスピカ姉。あれ? でもなんか前にも聞いた気がする」
つい三日前とかにも言った気がする。頭を踏みながら。だがカルネがいちいちそんなことを細かく覚えているはずがない。なにせ頭のネジが何本あっても足りないようなポンコツだ。
主の趣味と意向によって、屋敷の陽当りはよくない。そのため、館内の廊下は昼夜問わずほのかに薄暗い。理由はそちらのほうが集中できるからだ。吸血鬼の館と巷では噂にされているが、決してそのようなことはない。
コツ、コツと規則正しい足音が廊下に響く。冷えた空気が人工皮膚から微弱に感じられた。造り物の身体となってからは、こうした気温の変化などにも強くなったのはありがたい。だが、暖炉の温もりやコタツの魔力も半減したというのは小さな悩みだ。
この仕事場は、主が作業をするために用意した場所。時計を確認すると、予定していた作業時間は過ぎている。
主がアトリエに籠もる時は、決まってアクセサリーの製作や旋盤加工品を手掛ける時だ。その集中力を乱そうものなら、街一つが地図から消える。消したこともある、過去に三回ほど。
そのため作業予定時刻を予め設けておき、時間が過ぎるまで一切他人との接触を禁じるようにしている。
厨房に立ち、スピカは髪を結い上げて三角巾で留める。例え人形と言えど食事を取り扱う以上は衛生面も気を遣う。出された食事は何であれ文句一つ言わず平らげる主人ではあるが、舌は肥えている。味はともかく量を用意してくれれば問題ないのだが、台所を預かる身。
口ではなんだかんだと言うが、美味いに越したことはない。そして同時に、主の口に最も相応しい食事が誰のものであるのかも。
それに口を挟める立場ではないということは、重々承知している。
自分はメイドで、主に仕える立場だ。ネジと歯車が詰め込まれた身体であっても、この造り物の身体を動かしている、この感情は――決して造り物などではない。
造物として主に刷り込まれたものでもなければ、そう願われたわけでもない。
ただ、自然と。いつの間にか、自分でも気が付かないほど。
スピカは主に思いを馳せていた。
ただ、ストンと納得してしまったのだ。
主のためになら、この身もこの命も投げ出すことに何一つ躊躇いがない自分がいる。
材料を一通り確認して、作れるだけ作っておくことにした。どうせ今日でここも立ち去る。また暫くの間は使うことがないだろう。
スピカが調理をしている間、カルネはというと掃除に勤しんでいた。
水に濡らしたモップに雑巾。完全手作業、誠心誠意と真心込めて尽くします――なんて。前時代的な労働は時間の無駄。今やハイテクの時代。
「そーれ、お掃除ロボットことトイ・リアニメーターくん達頑張れー! スイッチオーン、バキュームオーン! マシーン・ゴー!!」
完全自動化、お仕事ロボットを整備点検。大量に起動させたカルネが満面の笑みで発進させた。
国内では高級品の自動機械として販売されている清掃用ドローンが廊下に解き放たれ、床の汚れを認識するとブラシ付き掃除機で埃一つ残さず吸引していく。横一文字に整列して廊下を清掃する様を眺めてカルネは手持ち無沙汰にしていた。
「スピカ姉! 清掃ドローン使ったら私仕事無いんだけど!?」
「お手元が狂いやがりましてあっつあつのフライパンですわよ喰らいやがりませ」
「あっつぁいったぁい!!」
パコォァン!!
しっかり熱したフライパンを両手で構えてフルスイング。頭部に横殴りで叩きつけるとカルネが床に倒れて悶えている。それをゴミと認識したのか子供程の背丈の清掃ドローンが群がって廊下から追い出そうと内蔵しているブラシを執拗にぶつけていた。
「スピカ姉ひどい! もっと強くして! できればこう、殺意込めて! 愛情込めて!」
「そこまで言うならかしこまりやがりました」
ロングスカートへ手を伸ばし、裾を持ち上げて太ももに括り付けたホルスターからハンドガンを引き抜くと、ピタリとカルネの額に照星を突きつける。
満面の笑みの姉と、引きつった笑みを浮かべる青い顔の妹。
「……どんとしゅーとみー?」
「ごーとぅーへる、ですわ。頭の風通し良くしてぶちこみやがるぞ愚妹?」
「えー、でもそんなちゃっちい穴じゃご主人さまの入らない」
スピカが発砲した。
カルネが避けた。――あろうことか、額から三センチも離れていない距離の銃口からの弾丸を。
正真正銘、殺意を込めて舌打ちすると最小限、頭を横にずらして回避したカルネめがけて立て続けに連射する。
テーブルの上に並べていた調理器具、包丁やナイフ、まな板で弾丸を防ぎながら踊るようにして距離を取ってカルネは笑っていた。指の隙間に銀のナイフを六本。獣の爪のように見立てて自身に迫る銃弾を弾き落としている。
流れ弾で吹き飛んだ包丁を蹴り出してカルネが反撃に移った。それをスピカは掴み取り、逆に投げ返す。
「やーんもー、スピカ姉ってば朝から激しいんだからー!」
「うっっっさい愚妹! 死ね! 死んで詫びろ! 生まれてきてごめんなさいしろ!」
「一回生まれて死んで生き返ってるのでごめんなさいのタイミング逃しました! えっへん!」
「挟めないような胸で威張るな!」
「スピカ姉こそ挟めるからってその言い草はカルネちゃん泣いちゃう! でもご主人様の前では鳴いちゃうの! 女の子だから! 女の子だから!」
とても厨房から響いてはならない音がけたたましく廊下に響いていた。清掃ドローンの良いところは、異常が起きても自分達の業務に没頭することだ。悪いところは、そのトラブルを止める機能がついていないことぐらいである。なので、被害が拡大する一方で業務がかさんでも文句一つ言わずに割れた皿の破片を清掃していた。
キッチンから響く銃声、金属音、ガラスの割れる音に破片が床に散らばる音。もはや不細工な不協和音の目覚まし時計でもそうそう鳴らすような事はないだろう騒音に近所からの苦情は飛んでこない。
唯一、この屋敷の主を除いては。
――その姿に気がついたのは、二人が包丁とハンドガンで火花を散らして鍔迫り合いに持ち込んだ時だった。
厨房の入り口、ドアの縁に身体を預けて腕を組みながら眠そうな目で二人の決着を待っていた。
服のあちこちが汚れているのは、作業が終わって仮眠していたからだ。道具や塗料をアトリエ一帯に乱雑に散らかして寝転がるのはよくあること。
そのため、大抵の場合は仮眠から覚めたら食事の前に入浴するはずなのだが――。
「…………」
「…………」
厨房の大惨事を前にして、寝ぼけ眼であくびをこぼしていた。
伸ばしっぱなしの髪を掻きながら、この屋敷の主人であり、二人の雇い主である男性。
エヌラスが、口を開いた。
「飯にするか、風呂の用意をするか、地獄を見るか好きなのを選んでくれていいぞ?」
「今すぐ食事のご用意を致します!」
「お風呂沸かしてきまぁすご主人様ぁ!」
「その前に片付けろやダメイド共がぁああああっ!!!」
地獄を見た。
厨房が消し飛び、二人が廊下に飛び出して逃げ出す。追ってくるエヌラスの手には二挺拳銃。
いかに国内最高峰の傑作と言えども、犯罪国家九龍アマルガムの次期国王候補が扱う魔術の前には一溜まりもない。
喰らえば即死、喰らわずとも屋敷の損害だけで遊んで暮らせる。
スピカが必死に走る横で、カルネが緊張感の欠片もない笑みを浮かべていた。
「なぁに笑っていやがりますか愚妹!」
「私、追うのも好きだけど追われるのも好きかもしんない! 新発見、新しい私!」
ノーモーションの足払いを食らってカルネが派手に転倒する。それに足を引っ掛けてエヌラスがもつれ込んでいた。
助かった――! そう思った矢先、スピカの足元に違和感が走る。
蜘蛛の糸が、足首を掴んでいた。
「へっぼぁっ!?」
顔面からいった。廊下に顔から倒れて、無造作な衝撃に身動きが取れなくなる。次に顔を上げたスピカが見たのは、カルネの足首を掴んで仁王立ちしているエヌラスの姿だった。
にっこりと、満面の笑みを浮かべて。ついでにこめかみに青筋も見える。
「メイド長が聞いて呆れる。なに朝から乳繰り合ってんだ、妹と」
「これには深い事情がございまして」
「言ってみろ」
「朝からカルネがウザかったのです」
「カルネ、
「ご主人様からの折檻ですかヤッター!!」
「今作ってる石棺行きだ」
「やぁだぁあああああぁぁぁぁビャアアアア!! スピカ姉ぇえええぇえぇえええ!!!」
ガチ泣きするカルネの懇願むなしく、一日棺の中に容赦なくぶちこまれた。
犯罪国家として名高い、九龍アマルガムのそんないつもの主従の一日――。