超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
圧倒的物量。圧倒的戦力差であってもなお、ヌルズは五百万というアゴウの壁を超えることが出来なかった。崩落した地盤、崩壊した地面に飲み込まれて落ちていく度に本能に従って集合しようとする。だが、それが叶わずに右往左往している隙に長刀が、突撃砲が、支援火器が、フォートクラブが蹂躙していく。殲滅していった。
シャイニングソウルの一振りでヌルズ達が木の葉の如く舞い上がり、吹き飛ぶ。剣風が容赦なく肉片にしていく。
目的地は唯一つ。かの作戦「桜花」において届かなかったヌルズの巣窟。その最深部への到達だ。撃ち込まれた特異点断裂弾頭によって後続の部隊は続かない。黒い闇が渦巻い崖から登ろうとしているヌルズを吸い込んでいく。徐々に収縮されていく闇の先に何があるのかは分からない。
今まで見たことのない巨体のヌルズが彼らの前へと歩み出る。高層ビルほどの見上げる巨躯を前に足を止めたその瞬間――
《邪魔だ、チェストォォォッ!!》
シャイニングソウルの召喚した『御剣・武御雷』によって一刀の下、真っ二つにされて倒れていく。その下敷きになって無数のヌルズ達が死んでいった。シャイニングソウルはひた駆ける。その背中を追ってトライデントが続く。
ランス01が突撃砲で突破口を開き、ランス02が突貫するランス03の死角から襲い掛かるヌルズを撃つ。
眼下に見える無数の絶望。それを飛び越えながらアルシュベイトはノイズを聞いていた。機人となった今ではもはや忘れてしまったそれは、魂の記憶――人が言う思い出だ。
『アルシュベイト、お前は本当に物好きな男だな』
先代、アゴウ国王の守護女神と月を見上げなから交わした盃。絶望というものを知らなかった頃の記憶。
『よりにもよって女神であるこの私と、何を思って共にする』
『国を想う。その一心において俺はお前を凌駕するぞ』
『ほざくか、人間め。女神である私と比肩どころか、超越していると』
『この愛に人も神も関係ない』
ヌルズ達の鮮血が身体に浴びせられる。背中の突撃砲を展開してキャノン型ヌルズを制圧していく。
『ハハハ、そうか。うむ。そうだな。お前が国を想うからこそ私は戦えているのだな』
『そして、我らアゴウの民は貴方が守るからこそ笑えるのだ』
《退けぇいッ!》
正面に立ち塞がるファイター型ヌルズに鋼拳を打ち込んで吹き飛ばす。骨を砕き、肉を穿ち、血をまき散らして大きく吹っ飛んで踏み潰されていった。
絶望の巣窟を前にして五百万の軍勢は既に半数以上が戦死している。しかし、それでもこの足を止めるわけにはいかない。
《行け、トライデント》
《何のつもりだ》
《最高戦力が揃って行っては撃ち漏らしが気になる。殿は任せろ》
《食い残すなよ、獣共》
《貴様らもな》
“黒の獣”分隊は巣窟付近に陣取り、他の部隊との連携してヌルズ達を迎え撃つ。
《俺達の出撃から何分が経過した》
《十五分です》
《そうか》
淡々とした口調で話していた仲間がキャノン型ヌルズの砲撃を受けてバランスを崩し、ヘヴィ型ヌルズに踏み潰された。あまりに呆気なく死んだ仲間から目を背けてひたすらに射撃で敵の動きを牽制する。
――電子音が無人の城壁に静かに鼓動した。
《……ここ、は》
バルド・ギアが全システムのチェックを済ませて、一部の機能にアラートが出ているが、まだ十分に動ける。周囲を見渡して、ここがアゴウであることを確認するが、誰もいないということが気になった。
昇降機で城壁上に出て周囲を見渡す。青空が迎え入れて、そしてヌルズ達に挑む機人達の姿を確認した。振り返れば、エヌラスに肩を貸してユノスダスを目指しているであろうネプテューヌ達の姿。
そこで、選択肢が脳裏に浮かぶ。
《…………》
どちらを選ぶべきかしばらく悩んで、バルド・ギアは自分らしいなと思った。
絶望に挑むか。それとも、背を向けるか。
シャイニングソウルとトライデントがヌルズ巣窟へと突入する。
“黒の獣”分隊が次々とはい出てくる姿に射撃で歓迎した。砲撃も榴弾砲もミサイルも次々と撃ち込んでいく。フォートクラブもまた、遮蔽物代わりに前進しては何匹かのヌルズを撃破していった。だが、それでも絶望は止まらない。だがしかし、それでもアゴウは止まらない。
そこへ、突然上空から無数のマイクロミサイルが撃ち込まれた。何事かと目を見張っていた彼らが聞いたのは、飛行音。爆音。
――……ィィィィィ。
飛行ユニットから推進剤を噴射しながら飛来する人型機械。次々と空爆でヌルズ達を蹂躙していく。
――ィィィイイイイイ――!
《やれやれ、まったく。見ていられないな、っと!》
やがて緩やかに着地すると、ユノスダスのサーバーに移転させていた武器を次々とコンテナに詰めて降ろす。
《好きに使ってくれ。弾薬も自由に》
《感謝する、バルド・ギア》
《無尽蔵の絶望を相手にするなら、これぐらいお安いご用さ》
彼らがアゴウ城壁に群がる無数の反応を捉え、振り返るとフォートクラブが猛烈な勢いで爆進してきている。多種多様なフォートクラブの軍勢は十や二十ではない。それに何事かと目を向けられたバルド・ギアが呆れた様子で首を横に振る。
《元々フォートクラブ生産工場は君達アゴウの所有物だ。生産プログラムの設計は確かにボクだけどね。なら、返しておくよ。もうインタースカイは“無い”からね》
そして、バルド・ギアは指揮権を黒の獣分隊長に譲るなり予備の飛行ユニットを展開してヌルズの巣窟へと突入した。
その背中にアゴウ国民達からの声が投げられる。
――このお人好し!
ヌルズの巣窟は、肉の壁と肉の床で構成されていた。それが全て蠢くヌルズだと知っている。突入作戦の参加はこれで二度目となるアルシュベイトにしてみれば悪夢のような光景でしかない。
巣への侵入者を確認したヌルズ達が殺到する。それを長刀で薙ぎ払い、着地した。
《うぇ、まるでハラワタの中みてぇだ》
ランス03が気持ち悪そうに呻きながら二刀流でファイター型を一刀両断する。射撃の腕は殊更に下手くそだが剣の腕だけはアルシュベイトも認めていた。
《アルシュベイト隊長、この最深部にヌルズの親玉が?》
ランス02がセミオート射撃でミッド型ヌルズの急所を撃ち抜く。射撃の腕は目を見張るものがあるものの、近接格闘に若干の難がある。
脈動する肉の壁と肉の床を歩きながらシャイニングソウルは時折伸びてくる触手を切り払う。
《かつての桜花作戦において、連中の巣窟を徹底的に調べあげた》
大勢の犠牲が出た。しかし、そのデータは今後ヌルズと戦う者達にとって一筋の希望であった。
無尽蔵に生成されるヌルズ達だが、何の事はない。それを生み出す中枢を破壊してしまえばいいだけのこと。巣のデータがトライデントに送信される。
《一箇所だけ、他と違う場所があるな? そこが最深部だ》
巨大な空洞がいくつもの道に分かれているが、最終的に辿り着く場所は一箇所。その前には幾つもの隔壁のようなものがあった。音響兵器でマッピングされたデータは過去の物であるが、今日まで敵の侵入を許すことのなかったヌルズがそうそう生態系を変えるとは思えない。
つまり、奴らは進化していないということだ。
そこへ飛行ユニットをつけたバルド・ギアが着地する。途中で何匹かのヌルズを撃破しながら。
《バルド・ギア――貴様が何をしに来た》
《友達を助けるのに理由はいるかい?》
ランス01の問いに、さも当然のようにバルド・ギアは言いながらライフルを取り出す。
《皆目いらぬ。なら行こうか、我が鋼鉄の戦友よ》
《ああ、行こうか。アルシュベイト》
五人はヌルズ達の巣窟を進む。その内部でも世界の崩壊に巻き込まれたのか、時折落とし穴のように虫喰い穴が開いていた。ミニオン型が多数見受けられたが、ここではキャノン型のヌルズは居ないらしい。
やがて、大きく広がる空間に出た。マップを確認する。まだまだ先は長い。
《やけに静かだな……》
《……》
シャイニングソウルが見つけたのは、かつての突入作戦の名残であろう朽ち果てた日本刀。そして、白骨化した屍体だった。
最深部までの道のりはそれほどの苦難は無かった――だが、徐々にヌルズ達の数が増えてきている。彼らの前で産み落とされる姿も見受けられた。事実、巣窟から這い出たヌルズは無数のフォートクラブによって一匹残らず轢殺されている。アゴウの軍事力が一時的にとはいえヌルズの生産能力を上回った瞬間であった。しかし、それも長くは続かない。
先を急ごうと一枚目の隔壁を切り裂いた彼らの前に現れたのは、無数のヌルズ達。暗闇の中にただ赤い瞳だけが光っていた。
《押し通るッ!》
長刀を投げ放ったシャイニングソウルが空いた両手に突撃支援火器を二挺召喚する。発射される小型炸薬弾頭によって何匹も吹き飛んで肉片と化していった。極力弾薬を節約していたランス02もここぞとばかりに掃射していく。突然の奇襲に慌てふためいていたヌルズ達が動き出す。
バルド・ギアとランス03が先陣を切り、次の隔壁を破壊した。だが、その先に、更にその先。まだ奥がある。無数のヌルズ達が所狭しと敷き詰められている。絶望的な光景出会っても尚、五人は諦めなかった。
巣に侵入者を確認したその時から戦力を集中的に温存させていたヌルズ達が一気呵成の反撃に出る。背水の陣となったただただ本能的に生きるだけの醜悪な生態系は目の前の敵を蹂躙する存在となった。
だが――そこに魂がないのならば、ただの一匹たりとてシャイニングソウルに届かない。
地面が揺れ、突如として群れの中心に穴が空いた。
《ここでも崩壊は始まっているのか!》
《となれば、連中は帰巣本能ってやつのせいで此処で固まっちまってるみてぇだな! 本丸は近いぜ、大将!》
《神撃・陽炎!》
大型シールドを召喚して、通路を圧殺する小型ベアリング弾――だが、その足元が崩れ落ちる。シャイニングソウルが落下しそうになると、遮二無二ランス02とランス03は飛び込んだ。
《お前達――!?》
《こんなところでくたばんな、アルシュベイト国王!》
《そうです。貴方は私達アゴウの希望!》
手を掴み、腰部ブースターを吹かすと二人で持ち上げる。だが、下は深遠の闇。上昇することはこれ以上叶わない。ならば、と二人はシャイニングソウルの足を両手で持ち上げる。
《俺達は、犠牲じゃねぇ! そうだろう!》
《我々は未来への礎です! アルシュベイト様!》
《――スマヌ!》
二人を踏み台にして、シャイニングソウルが飛翔する。その眼前でランス01がファイター型の拳を受けて大きく損傷しながらも反撃に出ていた。バルド・ギアもその物量を相手取るので精一杯である。
膝を付き、それでも機首を持ち上げたランス01の身体から黒煙が上がった。
《――アル、シュベイト、隊長……貴方は、“今”死ぬべきではない》
《……ランス01》
《貴方は“今日”死ぬのです――今朝の運勢占いは、貴方が一位でしたよ……》
《……ならば、それほど死ぬに良い日はあるまい。そうだろう》
《武運長久を、祈ります――――願います……我らの、アゴウ――国王……》
倒れゆく身体の手を取り、固い握手を交わして、シャイニングソウルは突き立てられた長刀を掴みとる。
――最強の三叉槍の、呆気無い最後だった。
《――ォォォォオオオオオッ!!!》
吼える。ひた吼える。その咆哮が本能的に絶望を恐怖させる。
声を張り上げた。俺は此処だと。お前達の敵はここに居るぞと。
無尽蔵の絶望を前に、無限の輝望が吼えた。
『アルシュベイト、退け! 作戦は失敗だ!』
『何を言う馬鹿が! お前を置いていけるか!』
『ならお前は愛に生きろ! お前の愛する国のために、生き延びるんだ!』
――届かなかった。
届かなかった希望を、届けに来た。絶望に。
《アルシュベイトッ!》
眼前には無数のヌルズ。あの日と同じ絶望と悪夢の光景。だが違う。あの日と違うのは、己の肉体が人ではないことだ。
拳の一撃が紫電を纏う。正拳突きが風圧でファイター型ヌルズを殴り飛ばして血風を吹き荒らした。
《俺は、来たぞ絶望! 貴様らに届けに来たぞ! 希望を! これが我らアゴウの英雄譚!》
その足取りは恐れを知らぬ不退転の神撃。阻むものは血煙となって斬り祓われる。魂の熱量が込められた一刀はへヴィ型ヌルズを真っ二つにした。
《“あいとゆうきのおとぎばなし”だ! 我らに救いはないかも知れぬ、だがそれがどうした!
此処に在る! 俺達の生き様が! 俺達の魂が! 貴様らに消せぬ“いのちの詩”を聞けェ!》
空気が震える。無数のヌルズ達を前にして尚も退かぬシャイニングソウルに――その瞬間、初めて彼らに感情が芽生えた。ただ本能の赴くままに存在していたヌルズ達が抱いた原初の感情。
“恐怖”だった。今まで自分たちが脅かしていた生命の熱い鼓動が、絶望を脅かしていた。
《チェェェストォオオオオオッ!!》
振り上げた二天一流の長刀が巻き起こす剣圧で最後の隔壁が切り裂かれる。だが、その最深部に覗くのは無数のヌルズ。果てしなく遠い、那由多の果てに見えるヌルズの親玉。
絶望の根源は、ちっぽけな箱だった。とてもちいさな、パンドラの箱。口を開けた宝石箱の中にあるのは、見たこともない宝石。禍々しくも神々しい、悍ましくも輝かしい虹色に輝くねじれた双角錐。その神気が放たれて、浴びせられてシャイニングソウルが踏ん張る。だがしかし、それでもまだ進む。道を阻む全てを斬り裂き、撃ち抜き、まだ走る。
《オオオオオオオオオォォォォッ!!!》
まだ走る。絶望の根源へ。ひた走る。絶望の根源へ。突き進む。最後の絶望へ。無限の輝望が――その魔力に押されて、最後の大広間へ踏み入り、ヌルズ達によって押し留められる。
――届か、ないのか……!?
そんな刹那の諦観を振り払う。殴り飛ばす。長刀を使い、自らを縛る魔力の風を切り裂く。
バルド・ギアの狙撃銃が宝石箱の縁を掠めた。その僅かなズレが、大広間を覆う魔力に綻びを生んだ。
《行ってくれ、アルシュベイト。これが最後だ》
《感謝する、鋼鉄の友よ!》
《またいつか――あの空の下で逢おう》
既に足は半壊し、片腕だけでヌルズ達に囲まれていた。それに恐れはない。
最後に見た光景が、何よりも希望に満ちていたから――バルド・ギアはヘヴィ型ヌルズに圧殺された。
アルシュベイトが走る。腰部ブースターを触手が掠め、燃料が漏れる。バランスを崩して地面を滑り、立ち上がる。もはや変神するだけの力は残されていない。自ら腰部ブースターを切り離すと両手に持って叩きつける。ヌルズ達が押し潰され、やがてブースターが壊れた。そして再び走りだす。宝石箱――なんとちっぽけな、なんてちっぽけな絶望だったのか。吐き出される無尽蔵の魔力を前にして、ヌルズの死骸に長刀を突き刺して盾代わりにして走る。
その目が見たのは――突き立てられた日本刀。刃は欠け、綻び、今にも砕けそうな小さな刀。人間が持つべきその柄頭に巻きつけられていたのは、赤黒く滲んだ鉢巻だった。
覚えている。嗚呼、覚えているとも――俺が愛した女だ。
ずっと待っていた。ずっと此処に居たのだ。絶望の只中に一人、此処で待っていた。
――アルシュベイト――
名前を呼ばれた気さえする。
《――――》
死骸を振り捨て、日本刀を掴み取る。胸が震えた。
《今ここに、契りを結ぼうッ! 俺が愛したアゴウの守護女神よ! 俺は、お前と未来永劫添い遂げようッ! 無窮の愛を、寵愛を誓うッ! 共に、愛そう。アゴウを!》
宝石が煌めく。それは、間違いなく魔力の砲撃であった。自動防御の魔砲である。機人にとって最大の天敵である魔法だった。
それに機人が呑まれては跡形も無い――はずだった。
《足りぬ! まったくもって、足りぬッ! 貴様に足りぬもの――そう、それは愛だッ!!!》
左肩の装甲が消失している。だが、構わぬ。
《この俺の腕一本、最愛の
走る、走る、走る。宝石箱から無数の魔砲が放たれる。だがそのどれもがまったくもって足りていない。
《この俺に、唯一つ使える魔法があるのなら――! それは、愛の魔法だァァァ――ッ!》
跳躍する。足元が瓦解する。世界の滅びを超えて、無尽蔵の絶望を超えて放つ一撃。
《人類を
――アゴウの希望が、絶望を打ち砕く。諸共に滅び行く運命であっても、その刹那。
無尽蔵の絶望は、無限の輝望に敗北した。