超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
到着したのは、小さな教会前の噴水がある広場。血の霧が漂う場所では、ブラッドソウルですら顔をしかめる程の濃密な魔力が満ちていた。赤い視界の中に突如人影が落ちてくる。
それは、服の裾などが擦り切れたスピカとカルネの二人。手傷を負っているのは、聖騎士を相手にしていたからではない。
「スピカ、カルネ! 大丈夫!?」
「その声は、ご主人様お気に入りの女神様方!」
「面ァ貸せやテンメェ!」
「照れ隠しヴァイオレンス!」
スピカが地面に叩きつけられるも、何事もなかったように立ち上がった。
「痛いですわ」
「痛くしてんだよ」
カルネは膝を着いて乱れた呼吸を整えている。
「何が起きてるの?」
「わかんねっす!」
「おい馬鹿野郎。頭蓋骨ぶちまけたくなかったら正直に話せ」
「うひぃ、ご主人様ぁ!? 変神してるとホント容赦ないですね!?」
眉間に突きつけられる深紅の自動式拳銃に涙目のカルネが自分が思いつく限りの要素を簡潔にまとめた。
「血の化け物が出ました! 反抗勢力達を余裕でブッチッパッ! スピカと二人で相手してたら驚きのサプライズで現れたのは――!」
「ほう、まだ生きていたか……エヌラス」
「じゃじゃーん、ドラグレイスでーす!」
ガゴォンッ!
深紅の自動式拳銃で頭を殴られて、カルネが沈んだ。
「先に謝る。空気読めない最高傑作のポンコツですまない」
「お前の周りはいつもそんなのばかりだな……」
「失礼ね。私は空気読むわよ」
「変身前で言え、そういうの」
パープルハートにツッコミつつも、エヌラスは咳払いを挟んでドラグレイスと向き合う。
「で、だ。お前何でここにいる、ドラグレイス」
「決まっているだろう。キンジ塔を喚び出す為だ」
「それが、どうして俺の国で絶賛テロ祭りになるんだよ」
「どちらにせよ。世界の滅亡を前にしなければこの“塔争”に決着はつかん――最後の一人が大いなる“C”へ挑戦するか、否かでな」
「お前はどっちだ、ドラグレイス。挑むか、やり直すか」
「貴様と同じだ、エヌラス。挑むとも」
「そうかよ。じゃあ――」
「ならば――」
偃月刀と大剣を突きつけて、二人の間に流れる緊張感が高まる。そして、どちらともなく駆け出して火花を散らした。血の霧が鬱蒼と視界を覆う中で剣戟が重ねられる。その剣圧に押されても、剣風に振り払われても一向に晴れる気配のない霧に、ブラックハートが大剣を担いだ。この霧が魔力の気配の源であるのは疑いようがない。ならばと。
「でぇやぁぁぁ!」
勢い良く振りぬき、風を起こす。が、まるで手応えがない。
「なによこれ……エヌラス、聞こえてたら返事しなさい!」
霧の奥まで火花を散らす二人が離れていき、姿が遠ざかっていく。それを追おうとして、弾き出されたのはブラッドソウルだった。
「この視界の中では射撃も通りませんし」
「メッチャ戦いにくかったです」
それならば、なるほどと納得する。この濃密な魔力の中では探知能力も死ぬ。ドラグレイスが操っているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。当人ですら鬱陶しそうにしていた。
「なぜかは知らんがな、この霧は俺がこの国に踏み入ってからというものまとわりついて鬱陶しいことこの上ない。だからこそ利用してやろうと思ったのだ」
「なら、血の化け物の騒動はテメェが犯人ってことで間違いないさそうだなぁ! ブッころがしてやる!」
「……なんのことだ?」
「すっとぼけてんじゃねぇぞスットコドッコイ! 人の妹の姿まで真似やがって、趣味悪いにも程があるだろうが」
地面に突き立てた偃月刀から陽炎が揺らめく。抑え込んでいる怒りを溜め込んでいるのが分かった。しかし、ドラグレイスは首を傾げている。
「……何の話だ。俺が血の化け物を率いる? 冗談を言うな。国を滅ぼす、その為にこれほどおあつらえ向きな国はないだろう。国王は不在、内政は不況の極み。法を犯さなければ生きていけない程の国だ。キンジ塔の出現にはこの国が滅ぼなければならん」
血の霧が晴れる。白銀の甲冑に身を包んでいるドラグレイスは両手を広げていた。
「理由などどうでもいい! 俺の夢。俺の理想郷。俺の目指した“ティル・ナ・ノーグ”への旅路を壊した貴様だけは、許さん!」
「……」
「――だがその前にエヌラス。ひとつ聞きたいことがある。あの日、次元連結装置に手を加えた命知らずは誰だ」
ムルフェストもその言葉には動きが止める。この騒動を聞きつけて国内の反抗勢力が集結しつつある状況下で、エヌラスに向けられた言葉は聞き逃せない。
次元連結装置の起動。それを妨害したのは他でもない、エヌラスだ。再三に渡る起動テスト。実験結果は全て完璧だった。そして、それぞれの持つシェアエネルギーを注入して他の次元へと渡る為の最終段階において――その土壇場で破壊された。厳重に管理された次元連結装置に誰が手を加えたというのか。答えを知っているのはただ独り。
「……次元連結装置は、完璧な設計だった。当然だ、他でもない大魔導師の設計なんだからよ」
「――――」
「装置の装甲も、プログラムも。インタースカイとアゴウで完璧に設計された。非の打ち所がない程の完成度でな。九龍アマルガムの魔術理論も合わせれば失敗するはずがなかった」
「だからこそ、だ。答えろ、エヌラス。一体、誰が、何の目的で」
パープルハート達もその答えを聞こうと、手を止めていた。
「俺は最初、クロックサイコの奴かと思っていた。だが、見当違いだった」
「アレはもとより正気などない。狂気の魔人だ」
「次元連結装置の失敗はな、そもそもがその紐を解いたことだ――犯人はな、ドラグレイス。
――大魔導師だ」
乾いた風が吹き抜ける。あり得るはずがない事に、起こりえない現実に、起こし得る人物の名を挙げられて。
時が止まる。
「デ――タラメを、言うな! 大魔導師は、死んだ! お前が殺したのだ!」
「本当にそう言い切れるか?」
そこで一瞬言い淀んでしまったドラグレイスの敗北は決定的だった。
「でもおかしくない? なんで死んでるのに犯人?」
「クロックサイコの野郎に、キンジ塔に行く前に襲われてな。その最中に、一番大事な事を見落としてた点を指摘されて慌てて見返したら、案の定」
「えっ、じゃあそもそもあの装置って次元連結できなかったの?」
「ああ。あれは、そもそも次元連結装置じゃなかった。次元の壁を衝突させる、次元崩壊装置だったってわけだ。ぶっ壊れちまえばそもそも一緒くたになるわけだからな、あながち間違いじゃねぇ。だから結局は、それを見つけて、お前達と一緒に作ろうとしていた俺が悪い。死人を咎めても仕方ねぇだろ」
全ては、そう。結局は全て、エヌラスがやったこと。その夢の始まりも、夢の幕引きも。始まったのは悪夢の惨劇。生存競争。幾度と無くこの世界で繰り返されてきた世界の滅亡を回避するために。
「ならば何故お前は、そうだと言わなかったッ!? 今までお前が犯人だと、お前が全ての元凶だと糾弾されてきて、なぜだ!」
「それはな、あながち間違いじゃなかったからだ。次元連結装置なんて見つけなきゃよかったぜ……まったくよ。カッコ悪くて言えねぇだろうが――俺達が追い求めていた夢は、世界の終わりだなんて」
自嘲した笑みで、ブラッドソウルは偃月刀を担ぐ。
「だから、全部終わらせるぞ。テメェをぶっ飛ばす。俺が勝つ。大いなる“C”に挑んで、コイツ等とは笑顔で別れる」
「――クッ……ォォォォォォアアアアアガアアアアァァァ!!」
竜の咆哮が大気を震わせた。ビルのガラスが割れて破片が降り注ぐ。その声量にパープルハート達が耳を塞いだ。
「なんて声量よ……マイクがあったら壊れてるわ」
「耳がキンキンするわね」
「俺が、俺が今まで憎んでいたのは貴様だ!! 貴様、だけだエヌラスッ! それがどうして、大魔導師なのだ! 何故俺が唯一羨んだ男が、俺の全てを奪った!?」
矛先を失った怒りが爆発していた。ドラグレイスの足を支えていたモノが、今まさに崩壊している。その為に九龍アマルガムを落とそうとしていた。しかし。
「貴様とは刃を幾度となく交えた! アルシュベイトもだ! バルド・ギアとも! だがそれは全て己の鍛錬だ、互いの実力を高める為だった――殺意を持って応えて、何故……嗚呼……!」
黄金の輝きを放つ魔法剣を地面に突き立てて、崩れ落ちそうになる膝を支える。血の霧が漂い、それを鬱陶しそうに振り払う。それでも付き纏う血の霧に、今度は魔法剣を引き抜いて切り裂いた。
「それでも俺は――俺達はもう後戻りが出来ないところまで来たのだッ! 貴様は此処で、俺が殺す! それがせめてもの、夢の手向けだ!」
死人は責めることが出来ない。死人は咎められない。裁くことができるのは生きている者だけだ。
「エヌラス、マズイわよ……」
「緑竜会の連中が集まってきているみたいよ」
「聖騎士もです!」
包囲網が出来上がりつつある。だが、逃げ場はない。
「手段は選ばぬ、ここで――死ね! 戦禍の破壊神!」
「お断りだ馬鹿野郎。テメェがくたばれ」
――クス……。
「……? 気のせいかしら」
「どうかした、ぷるるん。油断大敵よ」
「ええ、分かってるわよ。ねぷちゃん」
アイリスハートは、誰かの笑い声を聞いたような気がしたが――周囲には血の霧が漂うばかりだ。緑竜会も、聖騎士も反抗勢力も雁首揃えて集まっている。