超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
常識の蚊帳の外で生きてきた。言外の論理を構築し、術理を扱う稀代の怪物は、九龍アマルガムという古巣に戻ってきた。
「大魔導師」
「お、ブシドーか。久しぶりだな、とはいえどれほど久しいかも時間の感覚がほっとんど無いわけだが」
「今の貴方は、一体何だ」
「……なに、と聞かれると応えようがない。俺は神格者であり、国王だった。だが死んだ。弟子に殺された。不覚を取ってな。いやぁ、あれは参った」
「自分が殺されたということをそんな軽く語れるものなのか……」
「ん? いや当たり前だろう。生きてる以上死ぬこともある。俺はそれを経験しただけのこと……とはいえ、だ。それを記憶しているというのは今回が初めてだがな」
言葉にされても理解できない。だが、それこそが大魔導師という男だった。
「だが、まぁなんだ。俺も本調子じゃなくてな」
「あれで本調子じゃないって……」
ブラックハートが見るのは無残に爆発した破壊ロボット。それに巻き込まれた廃墟と化した街の一画。殴り飛ばすというだけでも驚異的だというのに、それが全力ではないとは信じられない様子で表情が引きつった。
「俺の血肉と成り得るモノが手元になくてな。相応に気を引き締めていないと俺はまた意識のない血の化物になってしまう。いやぁ、ままならん――」
その言葉を聞いた瞬間に、ドラグレイスとムルフェストが誰よりも早く大魔導師に襲い掛かった。次いで、ブシドーとバトラーが。
「ぬゥんッ!!」
ドラグレイスの大剣を素手で受け止め、ムルフェストの蹴りを軽く受け流し、刃を掴んだままブシドーの日本刀とバトラーの拳を防ぎ、ドラグレイス諸共に三人が吹き飛んだ。まるで悪夢のように、軽くあしらわれてしまう。
エヌラス……ブラッドソウルは、その一挙一動を見て確信する。あれは間違いなく本物だ、邪神が模倣した偽物ではなく、中身までもが完全に再現された怪物なのだと。だからこそ、その恐ろしさが骨身に染みて分かる。
「さて? 見慣れない顔が増えているようだが……何処の誰だ」
「私達はゲイムギョウ界の守護女神よ。話だけは聞いているわよ、大魔導師」
「ゲイムギョウ界……ま、こことは異なる次元の女神ということか」
「ええ、理解が早くて助かるわ。貴方の作った装置のせいで私達の世界までメチャクチャになったのよ」
「それは僥倖」
「謝罪する気なんてなさそうねぇ」
「当然だ。俺は、この世界に未来がないことを知っている。諦めたのだ。いずれ他の誰かも同じ道を辿るというのなら、いっそそうなる前に消滅してしまった方が幸せというもの。真実は時に残酷だ、だからこそ、知る前に死ぬことも幸福だとは思わないか?」
『思わないわよ!』
パープルハート達に武器を突きつけられて、大魔導師は呆れたように肩をすかした。
「やぁれやれ、少しは老婆心というものを労ってくれてもいいと思うのだがな……そうだろう? エヌラス」
「……師匠」
「なんだその浮かない顔は。少しは喜べ。大丈夫か。パンでも食うか? 蒸すぞ?」
「もう蟲パンはいらねぇっつうの!」
「健康にはいいんだがな……」
「アンタは台所に立つんじゃねぇ。黒魔術が発動する」
朗らかに笑いながらもドラグレイスの剣を防ぎ、ムルフェストの拳を受け止める姿にアサイラムの構成員達も攻撃を仕掛ける。
「貴方の作った装置のせいでゲイムギョウ界まで崩壊の危機が迫ってるんだから!」
「それは、よっと。俺のせいではないだろう? 俺はあくまでもこの世界を滅ぼそうとしたわけだからな。危ないだろうが。人にロケットランチャーは向けるな。ほーれ返すぞ、弾頭」
飛んできた炸薬弾頭をキャッチボールのごとく投げ返す。
「だが次元衝突装置は確かに、一つの世界だけでは収まらない。二つの世界を引きあわせて衝突させる為の装置だからな。だからこそ、起動にシェアエネルギーが必要だった。信仰心と信仰心の共鳴によって引き起こされる“奇跡”が、世界を滅ぼす――そういう仕組だったんだが、ふむ。どこで設計を間違ったんだ? 本来であれば起動から半日以内には消滅しているはずだったんだが」
「それを、途中で破壊して止めたのがエヌラスだ!」
「余計なことをしやがったな、このバカ弟子」
再三、ドラグレイスの攻撃を防いでいた大魔導師が宙に舞う羽毛のように軽やかな跳躍で街灯の上に降り立った。
「なるほど、大体の事情は理解した。つまるところは、弟子の不始末ということか。それでよくもまぁここまで引き伸ばしたものだ」
「とにもかくにも、貴方を倒させてもらうわよ!」
「こっちは生まれたての赤子だというのに、加減も無しか」
パープルハートが長剣を振り下ろす。その場から飛び退いた大魔導師が人差し指を伸ばし、その周囲に幾つもの黒い球体が形成されていく。重力弾――パープルハートはその場から横に飛び退く。だが、追尾してきた重力弾によって身体を弾き飛ばされた。それをパープルシスターが受け止める。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ」
ブラックハートとアイリスハートが左右から挟み撃ちにするが、大魔導師は「ふむ」と一声唸った。指が空間をなぞり、そして――甲高い金属音。
大魔導師の手にはステッキが握られていた。それがブラックハートの大剣を受け止めている。
「嘘で、しょ……!? そんな、細っこい棒のどこにこんな力……!」
「ん? いや重力操作で強化してあるただのステッキだ。ほれ」
ツンと軽く小突くだけで跳ね上げられた。その返しでアイリスハートの蛇腹剣を弾くと、二人を重力弾で吹き飛ばす。くるくると回転させたステッキを肩に当てて、大魔導師は人狼局を睨む。
「よもや、吸血鬼狩りの為にあった組織が吸血姫と手を組んでいるとは何の皮肉だ? ギーグ好みのジョークか何かか?」
「オレたちにしてみりゃタチの悪い冗談だぜ、大魔導師。アンタが死んでからというものどこの組織も殺気立って街中毎日が殺人カーニバルだ。凶悪事件のオンパレードに辟易してるんだぜ?」
「死んだ俺の知ったことではない」
「抑止力であり、楔だったアンタが死んで――なし崩し的にエヌラスが国王務めても何一つ変わらなかった。そりゃそうだ。なんてったったアンタはこの国を建てた王様だもんなぁ、不平不満も出てこないはずがねぇ……でもな、だからこそ聞きてぇ。アンタ、一体何を思ってこの国を作った」
「……」
「出来過ぎなんだよ、この国は! 魔術的観点から見たこの国は、まるでなんかの魔法陣だ! 国一つ使ってアンタは何を喚び出そうってんだ!? 地表に出ていた九龍アマルガムは焼滅しちまったがな!」
「なにを喚び出そう、とは……そんなものはお前達が知っても仕方ないことだ。それにな、召喚陣は既に発動している。俺があの時計塔を完成させたその時からな」
「……なに?」
「知っても仕方ないことだ。忘れろ、どうせ“お前らみんな消えてなくなる”のだから」
あふれだす魔力の波動にブラッドソウルの全身が総毛立つ。比べ物にならない威圧感は、やがてひとつの大弓を手にする。それは金色に輝く、身の丈程の巨大な弓だった。
「シリウス――」
一本の矢がつがえられる。それを、おもむろに天上へ向けて放った。誰もが怪訝な表情をする中でネプテューヌ達は手を上空に掲げて防御する。
そして、次の瞬間には雨のように金色の矢が降り注いだ。瞬きする暇もなく串刺しとなった人々は即死して地面に倒れていく。石畳の溝をなぞるように血が流れていった。
「さてどうする。俺とやり合うというのなら止めはしないが――エヌラス、お前はどうだ?」
「…………俺は」
聞きたいことは山程あった。知りたいこともある。だが、その為にネプテューヌ達を危険に晒すのが躊躇われた。この期に及んで、最後の最後で捨てきれない思いがある。未練というものだ。
奪われてきた。だからこそ、躊躇いがある。特に、相対すると思わなかった大魔導師が相手では尚更だ。
「俺は――アンタに聞きたいことがある。知りたいことがある。それがどんなに残酷な真実だとしても、このまま倒したら後味悪くてやってらんねぇんだよ」
「ならば、手を貸してやる」
ムルフェストとドラグレイスもまた、ブラッドソウルの隣に並ぶ。
「勘違いするなよ。俺も大魔導師に聞きたいことがある、それだけだ。貴様を赦すつもりはない」
「さすがに不安だからねぇ、ワタシも手伝うよ。大魔導師、あんま好きじゃないし」
「……ワリィな、二人共。ネプテューヌ!」
「なに?」
「いくぞ」
「……ええ。やるわよ、みんな!」
「元凶がそこにいるって言うなら、当然よね! 十秒に一割の利子付きでやり返してやるわよ!」
「泣いて謝って豚のように鳴いても許さないから覚悟しなさい」
「ここで、倒させていただきます!」
ブシドーとバトラーは多少の手傷を負ったようだが無事だ。ロメロもスピカとカルネに守られており、怪我はない。
それだけの戦力が揃ってもまだ――何故か、どうしてか分からない。
大魔導師は、笑みを浮かべていた。
「いやぁ、人間どうしようもないと笑うしかないものだな。ああいや、俺は人間を辞めた身だったな」
他人事のように言いながらステッキを突きつけて、変神する。
「ならお前達に絶望を教授してやる。身を持って学べ。そして諦めろ。この世界に未来などない」
大魔導師――ネクロソウルは両肩のプロセッサユニットを羽のように広げながら宣誓した。