超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「何も、いらないの! わたしには兄さまがいればそれでよかった! それだけでよかったの! なのに兄さまは大魔導師について行ってしまった! わたしには兄さましか無かったのに! それなのに――!」
叩きつけるように叫ぶ少女の心を抉る闇は、深い。どこまでも限りなく続いていた。ただひとりの家族を奪われた少女の悲痛な叫び。
「この世界が、アダルトゲイムギョウ界が! わたしから兄さまを“奪った”! わたしには兄さまだけだった! 理不尽に、不条理にこの世界はわたしから兄さまを奪っていった! だからいらないの! もういらない、何も! この世界も、大魔導師も、緑竜会も、明日さえ、希望ですらいらない!」
「――――それで、世界を……」
「アゴウが始まりなのよ、兄さま。この世界で最も美しい希望の輝く場所が、絶望に堕ちた時から既に世界の終わりは始まっていたの……」
少女の手には歪な双角錐が浮かび上がっていた。赤く、闇色に輝くどす黒い絶望の宝石。ひび割れ、今にも砕けそうなその宝石を慈しむように抱きしめる。
「先代アゴウの守護女神は敗れた。なのに、ひとりの男が立ち上がった。絶望には屈しないと。だけど最期まで結局、機械の身体で立ちはだかった」
「……アプリケーションの転送事故は」
「そうよ、兄さま。あれもわたしがした事。簡単じゃない。ちょっと学べば、ね?」
この世界を滅ぼす為に。
「なのに兄さまは義侠心に駆られて東西奔走。犯罪王なんて呼ばれるまでに頑張っちゃうんだもの……酷かったわ。わたしは兄さまを想ってしたことなのに」
「それのどこがエヌラスの為になるのよ!」
ブラックハートの怒鳴り声に、少女は不愉快さを隠そうともしない。
「エヌラス? 違うわ。わたしも、兄さまも。ただの“ヌルズ”よ。名前なんてない。そうでしょう、兄さま」
パープルハート達の縋るような視線に、エヌラスは何も答えられなかった。
自分が何者であるか。自分が誰であるか。名前すら思い出せなかった。なぜなら、いつも側にいた少女は自分を兄と呼び慕っていたから。それ以外の世界を知らなかった。破壊してきたから。
「でもね、もう限界なの。兄さま。わたしはとてもとても耐えられなかったわ。兄さまがこの世界に染まっていく姿が」
踊るように少女はくるりとスカートを翻す。赤い霧が舞う。
「だからわたしは、全て壊すことにしたの。塗り潰すことにしたの。この世界の未来を、絶望の一色に染め上げようと願ったの。その為に死ぬことにしたのよ、わたし。だって人のままじゃ出来ないことたっくさんあったから」
あの惨劇ですら、少女の――エヌラスの妹の掌の上だった。
「大魔導師の書物を兄さまは肌身離さず持ってたけれど、それはどうして? 読み解いたその時にわたしを生き返らせようとでもしていたの」
「……俺は……」
「兄さま。もういいの。もう、いいのよ……もう兄さまは“いらない人”だから」
「だからな、エヌラス。お前はここで、死んでいけ」
血の化物が再び現れる。今度は少女の隣に。大魔導師と、自らをヌルズと名乗った少女が並ぶ姿はエヌラスにとってしてみればこれ以上ない程の仕打ちだ。膝を折り、立ち上がろうとする身体が言うことを聞かない。
心だけが怒りに打ち震えている。いつだってそうだ。悲しみに暮れるよりも先に、心が折れるよりも先にその
「テメェは――!!」
「兄さま――」
まるで哀れむようにヌルズはエヌラスを見つめていた。怒りに震える拳を地面に打ち付けて立ち上がり、偃月刀を構える姿に大魔導師が一歩前に出る。
「俺の妹は、死んだんだ! クロックサイコの奴が惨めに殺したんだ! それがどうして今、俺の前に立つ!」
「鈍いのね、兄さま。決まっているでしょう? 兄さまを“折る”為よ。いつだって立ち上がってきた。どんな希望を前にしても。どんな苦難や逆境を前にしても立ち向かってきた兄さまを、折るためにこんなにも手間の掛かる仕掛けをしたの」
「どんな仕掛けだろうが――! ブッ壊ぁぁぁすッ!」
大魔導師の十字架と偃月刀が衝突する。互いに弾かれるように離れ、二挺拳銃の応酬が始まった。一糸乱れぬ動きで完全な相殺を続けていた銃撃戦だったが、ヌルズが一歩その場に踏み入るだけでエヌラスが僅かに躊躇する。その一瞬の隙で肩口に白銀の魔弾が突き刺さった。
そして袖口から伸びる黄色い布が捕らえ、ブラッドソウルの身体を引き寄せる。偃月刀で切り裂こうとするがそれを金色の十字架で弾き飛ばされた。
大魔導師がブラッドソウルの胸板に手を当てる――左胸に輝く銀鍵守護器官。
「もうお前に、コレは不要だな」
「ガッ――アァァァアアアア――!」
強制的に引き剥がされた“銀の鍵”に、エヌラスの魔術回路は余さず持っていかれる。大魔導師の右手には白く輝く鍵のような剣が。その空いた左手の掌打が軽く打ち込まれるだけで変神を解除させられたエヌラスの身体は簡単に吹き飛び、パープルハート達の後方まで転がっていく。
「エヌラス!?」
「さて……こいつも返してもらったことだしな」
大魔導師の左手には、エヌラスが持っていた魔道書。
「いい加減、全員に用はなくなった」
「後は仲良く滅ぶだけね」
数の上ではこちらが圧倒的に有利――そのはずだ。しかし、大魔導師が手にした魔道書からページが舞い飛ぶ。その背後で言葉に出来ない威圧感が膨れ上がっていく。その臭気に思わず顔をしかめたパープルシスターが、その奥に潜むものを感じ取った。
「あれは……邪神――」
空間に亀裂が走る。おぞましい気配に街中を駆け巡る召喚陣が励起され、九龍アマルガムが赤く照らされていった。それはさながら“逢魔ヶ刻”のように。降るはずのない雨が降り注ぐ。血の雨だった。
そして、無限追放の彼方。虚無へと弾き出された邪神は、かつての宿敵と再会する。今度は対敵としてではなく、血肉とされる為に。
「……どうするの、あなた達は」
不意に少女が、パープルハート達に問う。
「一緒に滅ぶ? それとも――」
立ち向かう以外の選択肢は無い。だが今はそれよりも、エヌラスの方が気がかりだった。
全身の魔術回路を引き剥がされ、口端から血の線を引いて咳き込む身体は以前のような力強さはない。ひとりの人間だった。自分たちが守ってきた人々と変わらない青年の身体。
「今はエヌラスをどこかで治療した方がいいわね」
「おとなしく逃がしてくれるような人には到底思えないのだけど、なんとかするしかないわね」
戦う意思を見せるパープルハート達の前で、大魔導師が銀の鍵を構える。光を放った次の瞬間には掌に乗るほどに小さな鍵となっていた。魔道書がバラリと解けると、全身を包み込む。
邪神の血肉を取り込んだ大魔導師は身体の感覚を確かめるように拳を握りしめる。
「お加減はど~お、大魔導師?」
「……悪くない。悪くないぞ」
「これって所謂絶体絶命ってやつかしら……」
ボヤくアイリスハートの言葉に応えるように、ブシドーとバトラーが大魔導師に仕掛けた。それを一瞥もくれず弾き返すと、億劫そうに振り返る。
「征けぇぇ!」
「え?」
「この御方は、我らが――ゴフッ……くっ、引き受ける! 国王を連れて、走れぇぇ!!」
ブシドーが吐血しながら叫ぶ。
「だけど……!」
「いいからお行きなさい!」
バトラーの身体が吹き飛ばされ、大魔導師の右手が真紅の自動式拳銃を握りしめていた。灼熱の魔弾を斬り落としたのは、片腕のカルネ。ボロボロの身体に、壊れた頭蓋から中の部品が覗いている。それでもまだ、動いていた。
「ご主人さまより先に寝るメイドがいるか、って話! 早く!」
「カルネ……」
「愚妹の言う通り! 此処は私共に任せて早く行ってくださいませ!」
「スピカまで」
「私達はエヌラス様のメイドですから、命を挺して守るのは当然のこと。お急ぎ下さいませ」
無間心臓、ハザード・ランプから発せられる魔力の輝きが増していく。全力稼動から限界稼動域にまで達している証拠だ。
「ご主人様を、お任せしましたよ。女神様方」
「揃いもそろってくたばり損ないが。今度は加減などしないぞ」
「していたとでも言うつも、り!」
ムルフェストの踵落としを片腕で受け止め、放り投げる。
「こんにゃろー、昔っからそのすまし顔が気に食わなかった。いっつも素知らぬ顔でどこ吹く風とも知らぬ涼しい顔してさ」
「まぁ、以前の俺はそうだったな。今の俺は違うが」
「へぇ、そう?」
「ああ。今は世界を滅ぼすその一歩手前ということで、浮足立ってワクワクさんだ」
「大惨事だよ!!」
月を落とした本人がいう台詞ではないが――時間を稼いでいられるのもそう長くはないだろう。
「ごめんなさい、みなさん……!」
「ふっ。構うな……所詮は我らは神ならざる者だ」
「この絶望が打ち砕けるのだとしたら、それは……女神である貴方達以外にいないですからね」
「まぁ……そういう、こった……! 頼んだぜ、嬢ちゃん達……」
くたびれたスーツの上着を脱ぎ捨てて、ロメロが血痰を吐き捨てる。その下では既に再生が始まっていた。
パープルハート達はエヌラスを連れて逃げるまでの間、決して後ろを振り返らなかった。