超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
episode127 時計仕掛けの亡霊
九龍アマルガムでは、アサイラムと人狼局が総力を挙げて大魔導師の撃退を試みていた。だがしかし、その全てが失敗に終わっている。その傍らの少女は退屈そうに壊れた自動車に腰を降ろして欠伸を漏らしていた。
「俺が変神するまでもない」
「流石ね、大魔導師。兄さまが弟子入りするだけはあるわ。でも、どうして」
「俺はこの世界の明日に絶望した。この世界の未来に絶望した。この無限に続く絶望に、絶望したのだ。俺は希望を失った。失望した――ゲイムギョウ界に。だから終わらせることにした。俺達の世界を、俺達だけで」
「ふぅん、そう?」
「その結果として、ゲイムギョウ界とアダルトゲイムギョウ界は別れた。決して超えることの出来ない壁を隔ててな」
「それが」
「大いなる“C”だ。なにが塔争だ、馬鹿馬鹿しい――それなのに」
ブシドーは倒れ、バトラーも瀕死の重傷で立つのもやっとだ。燕尾服が擦り切れて残っているのは赤く染まった白いシャツだけ。ロメロは胴体を両断され、スピカとカルネは全身を砕かれて機能を停止している。
ドラグレイスは動かず、ムルフェストも血を流していた。
「お前達はどうして諦めない?」
「……私達、は……アサイラム――この国を、守るのが職務であり責務です。責任は大人の義務ですよ、大魔導師」
「そうか」
バトラーが最後の一歩を踏み出して、胸を金色の矢に貫かれて膝を着く。
「もう休め、バトラー……大儀だ。お前達の今までの働きは無聊の慰みにもならないが、それでも俺は言おう――ご苦労だった。ブシドー。お前の心影流の極致、確かに俺の心に刻みこんだ。満足して逝け」
その言葉に、身体を大の字に投げ出していたブシドーが僅かに笑った。両腕が切られ、全身を刻まれて死にかけていた男は、最後に少しだけ救われて逝った。例え報われないともしても、彼が選んだ道は剣の道。悪鬼羅刹の修羅道だったのだから。
「ムルフェスト」
「ハァ、ハァ……なによ?」
「お前はまだ、俺に挑むか?」
「正直ぶっちゃけ全力で逃げ出したいけど、ムカツクからヤダ!」
「子供か」
呆れたような溜め息を吐いて、大魔導師は魔導書を取り出した。
「へっへーん、だけど残念だったね、大魔導師」
「ん?」
「既に世界滅亡のカウントダウンはワタシがやっておいた! ざまぁ! 月を落下させているからタイムリミットは確か残り一週間切ってるよ!」
「マジか」
「つまり、ワタシがここで貴方を一週間足止めすればワタシの勝ちだー!」
「無理だろ」
「うん、無理!」
しかし、そうとは知らない大魔導師にしてみれば厄介な話である。
「なら、仕方ない。地上に出たら一番最初に月でも壊すか」
「えぇぇぇぇ……何言ってくれちゃってんのこの化物……」
「吸血姫が言えた台詞か」
「ところで大魔導師、その魔道書で何をするつもり?」
「なに、ちょっと――地上を侵略しようと思ってな。ネクロソウルの本領を見せてやる」
魔道書――死霊秘術の書が魔術の光を帯びる。それは禍々しい赤いシェアエネルギーの力を浴びてテロリスト達の血によって描かれた召喚陣を起こす。
「令嬢、一手間借りてもいいか」
「別にいいわよ? 兄さまのいない世界なんてもういらないもの」
九龍アマルガムが胎動する。それは心臓の鼓動。地下帝国であり、揺らぐはずのない地盤が揺れ始めた。
「俺は賭けた。待ち続けた。この時を」
「一体、いつから――」
「幾星霜。億千万。いや、もう忘れてしまった。過去があまりに多くてな」
「何を仕掛けたの、この震動はなにさ、大魔導師!」
「なに。ただの“時計仕掛け”だよ。月の姫」
それは、聖句。それは呪詛。未来を憂い、過去を忘れ、現在も絶望に苛まれている死の詩。
「時は流れる。残酷に、無情に。人の世を知らず忘れ流れる」
それは世界を殺す詩。
「時は流れる。憂うこと無く、笑うこと無く無貌に、非情に」
それは、未来を刻む詩。
「――刻め、時の轍を。“
――地上焼土で、ミスカトル大時計塔が崩壊する。それは無数の歯車となって。無数の
“機械仕掛けの神”として。
その気配は、地下にいるムルフェストも感じていた。圧倒的な質量が顕現したのだと。
「神を殺すのはいつだって人間だ。人の愚かさだ。だから俺は殺すのだ。神のいるこの世界を」
「貴方も神格者だろうに――」
九龍アマルガムの天上が崩落する。見上げたムルフェストが見たのは、顔のない時計仕掛けの亡霊。何も無い、真っ白な機械仕掛けの神。今は亡き神の姿。思わず失笑が漏れた。
無貌なる漆黒が覗いている。その背中に月を背負って。絶望的で、幻想的で、現実味も何も無い光景はまるで夢のようで――悪夢だった。
「ああ、そうだ。だが俺は一度死んだ身だ。神に値しない人間だ、“神様失格者”だ。故に、聖戦への参加権はない。塔争に左右されない、この世界の一部だ」
「エヌラスに殺されることですら計算済みだったっての?」
「そうだとしたら、どうだというのだ」
「……大魔導師。貴方は人間じゃない」
時計仕掛けの亡霊が、無数の歯車を奇妙に噛み合わせた巨大な拳を振り上げる。
「――邪神なんかより、ずっと恐ろしい悪魔だよ」
拳の下敷きになったムルフェストが、赤い花を咲かせて消えた。大魔導師はそれを無感情に見届けてから時計仕掛けの亡霊を見上げる。その顎の下、首元辺りが開いていた。コックピットは無人、そして漆黒。闇黒が広がっている。
「行こうか、絶望の令嬢。この世界を終わらせるために」
「ええ、大魔導師。でも勘違いしないでね?」
「……?」
「わたしが愛するのは、兄さま。世界を憎んで恨んで怒り狂う兄さまただ一人。世界が兄さまを必要としないなら滅ぼすわ。兄さまが世界を必要としないから滅ぼすの。それだけの話なの――理解して?」
「ああ。俺はこの世界の未来が無い事を知っている。それだけの為に手を貸してくれ、絶望」
エヌラスの妹は、差し出される大魔導師の手を取らずにコックピットに向かって軽やかに歩き出した。
「嗚呼、兄さま。待っていて――すぐにこの“
絶望は笑っていた。希望に囚われた哀れな兄を一心に想う、歪んだ曇りの無い無邪気な笑みで。
日が昇る。世界が滅ぶその時までのタイムリミットが迫り、キンジ塔は未だ姿を見せず、絶望的に足取りが重い。だがそれでも、悲しいことに腹は減るものだ。昨夜の夕飯がどれだけの絶品料理のバイキングよろしくな量だったとしても、時間が経てばやはり腹は減る。ぐぅ。
ネプテューヌ達が目を覚まして、ユウコに言われるまま食堂へ行くとそこには食欲をそそる料理が並べられていた。朝食は胃に優しい野菜がメインの軽いメニューで統一されている。
ユノスダスの国内放送のチャイムが鳴った。それを合図にネプテューヌ達は手を合わせる。覇気のない「いただきます」から、箸を持つ手すら動かすのが億劫だ。
『おっハロー! ユノスダス国内に住む愛しの銭の申し子たちよー! 儲かりまっかー! おらぁ稼げ稼げー! 世界滅亡のカウントダウンが刻一刻と迫っているけどユノスダスは本日も通常営業で参りまっす! 月も落ちてきていてコレもうまじやばくねキャンペーンの開催! 今夜までに屋台を出せる店は適当に出して稼いで。地獄の沙汰も金次第。金は天下の回り物、血税なんぞ献血行きだー! 今生最後の商売になるかもしれないから気合! 入れて! 稼いでいこー! ユノスダス国王、ユウコからでした!』
いつになく気合の入った朝の放送が終わり、ネプテューヌ達は空を見上げた。
月が衝突するまで、あとどれぐらいの時間が残されているだろう。そんなことをボンヤリと寝ぼけた頭で考える。
バタバタバタバタバタ――廊下から近づいてくる足音。
「どぉらっせぇぇぇい! おはようねぷちゃん達! あのバカ、起きたって! 信じらんねぇ!」
『マジで!?』
携帯電話片手にユウコが滑り込んできて、ネプテューヌ達は寝耳にミミズを食らったような衝撃で目が覚めた。てっきりもう最後まで目覚めないものだと思っていたが、流石にタフである。そうと聞いた瞬間にネプテューヌ達は朝食を胃袋に叩き落とす。
『ごちそうさまでした!』
手を合わせて、中央病院に行こうとする四人をユウコが食い止めた。
「ゆうちゃん、止めないでぇ~!」
「行・く・前・に! 食器を水に浸けておいて貰えると洗うの助かるかな!」
「こ、細かい……!」
伊達に神格者達の胃袋は握りしめていない。