超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ヌルズ。エヌラスの妹の徒手空拳の実力はパープルハート達が予想している以上だった。護身術で収まるレベルの技ではなく、活殺自在な達人の手並み。
「食らいなさい!」
「やぁん、怖い」
素手と太刀が丁々発止。金属同士の衝突音はない。空気を切り裂く音だけが流れ、鈍い打撃音と共に突き飛ばされる。その横からパープルシスターがビームを連射するも、赤い血の魔法陣によって防がれた。
「血風を放つ――断て」
「きゃあっ!?」
一度だけ見せたエヌラスの変身、その時に使った血の魔法と同じ攻撃にパープルシスターは動揺してクロックワーク・ファントムの胸部装甲に落下する。すぐに体勢を直すも、続けざまに迫る血の鞭に捕縛された。だが、ブラックハートが切断する。
「大丈夫、ネプギア!」
「はい! ありがとうございます、ノワールさん」
「しっかし、エヌラスもこんな妹でさぞ苦労したでしょうね……」
「ヤンデレ妹に愛され過ぎて世界がヤバイことになっているもの。ネプギアは病んでないわよね」
「だ、大丈夫です! 清く正しく美しい姉妹愛しかありません!」
それを聞いて安心したのか、パープルハートが胸を撫で下ろす。ブラックハートもラステイションに置いてきた妹の顔を思い浮かべていた。
“ユニ、大丈夫かしら……”
「いいわねぇ、ねぷちゃん達は妹がいて。アタシも欲しいわぁ、かわいい妹……ふふ、何でも言うこと聞いてくれるような従順な子がね、欲しいわぁ」
「な、なんだろう。物凄く寒気がする……」
アイリスハートの視線が捉えられたパープルシスターはまるで蛇に絡み付かれたように背筋を強張らせる。
「だ、ダメよぷるるん! ネプギアは私だけの妹なんだから!」
「はーい、わかってるわよ。まぁアタシにはかわいいかわいいペットがいるからいいもの」
「ちょ、ちょっと! エヌラスは貴方のペットじゃないわよ!?」
「あらぁ、じゃあノワールちゃんの何かしら? ん~?」
「そ、そそそそんなの今は関係ないじゃない! ほら、目の前の敵に集中しなさいって!」
パープルハート達の剣呑とした空気とは縁のない和気藹々とした会話に、ヌルズは特にこれといった感情を見せずに眺めていた。真顔である。髪を手櫛で梳きながら。
「楽しそうでなによりなんだけど――ムカツクわ」
「な、なんで!? いや確かに貴方を無視してたのは悪いと思うけれど!」
「蚊帳の外は別にいいの、慣れてるから。兄さまが私を見てくれればそれだけで十分よ」
「筋金入りのブラコンね……」
「だって私、友達いないもの」
その一言に、若干の間が空いた。
「貴方もノワールと同じぼっちなのね」
「だから私はぼっちじゃないってば! あとこの流れ、序盤にやらなかったかしら! デジャヴかしらこれ! あとのせサクサクの天丼!?」
「ノワールさん、メタい発言はちょっと控えたほうが……」
「そ、そうね……私としたことが取り乱したわ」
ゲフンゲフン、ブラックハートが咳払いを挟むとヌルズは拳を固く握りしめた。
「だからちょぉっとだけ、本気出させてもらうわ」
「来るわよ、ノワール!」
「心影流――“
気が抜けるほどリラックスした構えから、ほんの僅か一寸――空を叩く。その一撃に魔力を込めて放たれた衝撃はブラックハートを吹き飛ばす。
「ブシドーの流派!? 嘘でしょ!?」
「兄さまの見様見真似だけど、ねぇ」
隙のない構えから、守護女神を四人相手にして遅れを取らない実力は紛れも無くエヌラスの妹であると知らしめられる。だが、手数の不利からパープルハートが隙を見つけて割り込んだ。
「そこ!」
「あら?」
パープルシスターに打ち込まれるはずだった掌打に、太刀の腹を横槍で挟み込む。受け止められて出来た僅かなラグにパープルシスターが踊り出る。
「ミラージュダンス!」
「踊り子さんには触れないでほしいけれども……!」
立て直しを図ろうとするヌルズに今度はアイリスハートの魔法が刺さった。大剣を振りかぶり、上空から体ごと回転して叩きつけた衝撃波が少女の小柄な身体を吹き飛ばす。しかし、軽やかに着地すると破れた衣装を見て残念そうに吐息を漏らした。
「お気に入りなのにぃ……」
「……既視感があると思ったら、あの子ぷるるんに似てない?」
「そうかしら?」
「そうね。常時エロいぷるるんみたいよ」
「酷いわね、ねぷちゃん。オープンにエロいねぷちゃんよりアタシはお淑やかよ?」
「そ、そこまでエロくないわよ私!?」
「アタシだってそうよぉ?」
「私は兄さま限定だけど」
「まさかの近親相姦!?」
ヌルズの背後、そのコックピットから大魔導師が姿を現す。
「いつまで遊んでる、令嬢。キャットファイトはそこまでだ」
「にゃおうん」
「人語を喋れ」
「つれないのねぇ、大魔導師。まぁいいけれど」
「コックピット前で暴れ回られるとこちらも冷や汗ものでな。疾くと去ね、女神」
突風に晒されてパープルハート達が踏み留まろうとするが、続けて飛んで来る重力弾に大きく吹き飛ばされた。
「マズイわよ!」
クロックワーク・ファントムが再起動する。全身から大小様々な歯車が飛び出し、空中に留まったかと思うと次の瞬間にはパープルハート達めがけて殺到した。防ぎ、避けて凌いでいたがやがて迎撃の手が止まり、体勢を崩したアイリスハートが見上げた空には光球が浮かんでいる。
「心影流、魔導が崩し――“春雷”」
ヌルズが光球を叩く。それは紫電を赤黒く侵食してパープルハート達の身体に落ちた。ゼロクリスタルの力によって一時的にシェアエネルギーが絶たれたことにより、変身が強制的に解除される。地面に倒れたネプテューヌ達を覆う黒い影――それは、人間が見上げるには途方も無く巨大過ぎた機械仕掛けの亡霊だった。
「女神様達もシェアがなければヒトと変わらないのね、名残惜しいわ……」
全身が痺れ、思うように身体が動かないノワールが諦めずにショートソードを手にして立ち上がろうとするが膝から崩れ落ちる。
「こんな、ところで……!」
「うぅ、絶体絶命ってヤツ……! でもこういう時は、強力な助っ人が助けに来てくれるって相場が決まってるんだからー!」
「そういうのは他人任せって言うのよ! 何とか出来る人がいるなら呼んでみなさいよー!」
「助けてーーーエヌラスーーーーー!!!」
ネプテューヌが声を張り上げた。
半ばヤケクソになったような叫びだったが、それでも――。
「あぁん!? だらしねぇな!!」
聞こえてきたのは、粗暴で野蛮で、凶悪な、猛烈に聞き覚えのある声。
「――!?」
クロックワーク・ファントムの脚部が軋んだ。表面装甲が凹んでいる。飛び出してきた影は殴りつけた勢いのままに着地すると、ネプテューヌ達を抱えて距離を取った。
「お、オーナー!? どうしてここに!?」
「説明の前に、頭を低くしたほうが良い」
言われるままに頭を手でガードすると、全身を焦がさんばかりの灼熱と冷温が混ざり合った砲撃がクロックワーク・ファントムの顔面を直撃する。思わぬ衝撃で足取りが揺れた巨神はバランスを大きく崩した。
「今のは――“
エヌラスの魔術……? だが、今のエヌラスにそんな力も、魔術回路も無いはずだ。驚くネプテューヌ達が振り返った先に、立っている。
何一つ諦めきれず、それでも尚手放そうとしない。戦禍の破壊神。
ボロボロで、包帯だらけの身体を引きずって、両足の太ももにアンプル容器とペン型注射器を巻きつけて、今まで咥えていなかったタバコから紫煙を吐き出しながら――立っていた。
黒のコートを羽織って、指先から血が滴り落ちている。その手から“螺旋砲塔”神獣形態を解除すると、エヌラスは力なく笑ってみせた。
「おう、ネプテューヌ。今日のパンツはそれなりにかわいいぞ」
「人のパンツ見ながら助けに来てくれるとは思わなかった! というかわたしはいつでもかわいいんだからね!」
「うっせぇな、んなこた知ってんだよ」
「あ、うん……なんだろ、否定されるどころか肯定されて反応に困る……」
起き上がったネプテューヌ達がエヌラスの傍に近づくと、顔をしかめる。
「う……この、脳に直接響くアルコールの匂いってもしかして……」
「おう。禁酒法が出来上がる直前に製造された“黄金の蜂蜜酒”だ。ヴィンテージ仕様で今じゃ二度と手に入らない値打ちもんだ。これ一本で軽く死ねる」
「そんなの使っちゃダメじゃないですか!?」
「はぁ~~……ダメだなぁネプギア。駄目だお前。全然駄目だ、いい子すぎてダメだな」
「怒涛のダメ出し!? なんでですか!」
「緊急事態の際は、多少の法律違反とか目をつむっていいんだぞ? 悪い子になってもいいんだぞネプギア」
「でも」
「世界の危機に火事場泥棒なんぞ気にしてたら女神なんかいらねぇんだよ!」
「なんか物凄い理論持ち出されちゃった!?」
変神してもやはり銀の鍵を奪われた状態というのは厳しく、エヌラスはプロセッサユニットの大半を失っていた。初めて出会った時よりも更に劣化が激しい状態にも拘らず。
起き上がったノワールがオーナーに尋ねようとして、いつもの制服姿ではないことに気づいた。
それは、軍服だった。トレンチコートに、両腕には銀の籠手を装着している。気の良い喫茶店のオーナーというより、今の姿はまるで歴戦をくぐり抜けてきた初老の男性。しかし、そこに老いによる衰えは見えなかった。
「彼一人では心許ない、というのと――私自身の因縁の片を付けに来た、といったところかな」
「大魔導師と……?」
「まぁ、そうさな。後は、ボウズに教授すべき技もある」
そしてオーナーは胸の内ポケットからノワールに封筒を渡す。
「これは?」
「なに、短い間だったけれどうちの店を手伝ってくれた謝礼だよ。そういうのはキッチリしておきたかった、老いぼれのワガママさ」
見上げる先には、大魔導師。人狼局の伝説とまで言われた幹部と、国王。
「久方ぶりだ、大魔導師よ」
「――“銀狼”シルヴィオか。老いたな」
「老骨に鞭打ってまで来たのだから、拳で語ることもあろう?」
「そうだな……と、言いたいところだが。生憎と俺は手が離せない。代わりに」
崩落した九龍アマルガムの地表から、何かが這い出してくる。それは腐乱死体であったり、五体の欠落している人だったモノであったり――つまりはゾンビの群れだった。
「それで身体でも慣らしてくれるか」
「この歳ではラジオ体操の方が身体にキツくての。おい、ボウズ。よく見ておけ」
ギチッ――銀の籠手が唸る。腕を持ち上げると、銀の鱗粉が光を乱反射して綺羅綺羅と輝いていた。粉雪のように舞う中から拳が打ち出される。銀の尾を引いて流れる姿はまるで狼の尻尾を彷彿とさせた。
「伝説と呼ばれた“
シルヴィオの姿が掻き消える。そこに銀の尾を残して。色あせた銀の髪が跳ねる、跳ねる、駆ける。獲物を歯牙にも掛けず、ただ駆け抜けていく。トン、トン、タタン。刻まれる合間のステップが終わる。銀の軌跡が流れる。
「“
親指を立てて十字架を切った瞬間から、次々と動く屍者達の身体が爆ぜていく。中には首が斬られた者がいた。胴体が爆ぜた者がいた。関節を砕かれておかしな人形のように倒れる者がいた。華やかなパレードの如く奏でられていく人体破壊の舞踏祭が終わる。
そこにはただ、銀の尾が鮮烈に焼きついていた。
「……ゾンビ軍団とか目じゃなくねぇ?」
「好評発売中だ」
ネプテューヌの思わず口をついて出た言葉に、エヌラスは首を傾げる。
「何言ってんの?」
「いや、酒とクスリとタバコがいーい具合に作用して軽くトリップしてんだ。何言うかわかんねぇぞ俺」
ノワールに言われて自分でも首を傾げていた。頭は大丈夫かと心配されても仕方がない。