超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
終始真顔で、どこか気だるそうにしていた少女の顔が歓喜に染まる。
「兄さま――ああ、兄さま。来てしまったの?」
それとは反対にエヌラスの表情はあくまで険しい。脳が悲鳴を挙げてこめかみが痛い。頭痛が酷く、吐き気すらある。酩酊感に五感が狂いながらも意識だけはハッキリと周囲の光景を認識していた。おぼつかない足元はまるで船酔いのように揺れ、魂は空へと飛び立っている。
「……」
妹の名前を呼ぼうとして――そこで、自分がただの一度も妹の名前を呼んだことが無いことに気づいた。両手を頬に当てて、少女は頬を紅潮させて吐息を漏らす。
「ハァ……素敵、兄さま。何も出来ないのに、何かをしようとして、それでも進もうとあがく兄さまの姿はいつでも素敵……」
「何も出来ない、ね」
「だってそうでしょう? あの頃の兄さまは私に言うがまま、されるがまま。ふたりきりで世界を滅ぼして回っていた、絶望の毎日はそうだったじゃない」
「…………」
「狭い狭いコックピットで、私と兄さまのふたりきり――嗚呼、思い出すだけでも身体が火照っちゃう」
ポリポリとエヌラスは頭を掻き、タバコを吹かしていた。
「でも、だけどもう兄さまは私の兄さまじゃないの。この世界に染まってしまった。希望に穢れてしまった。だからもう、いらないの。
「うるせぇよ」
まくし立てる妹に向かって、エヌラスは聞いていられないとでも言いたげに不快な顔をする。
「こちとら酒、ドラッグ、タバコの三つで脳みそガンガンに揺らされて立ってるだけでもキツイってのにそんな大声出すなよ、頭が割れる」
短くなったタバコを捨てて靴で踏みにじり、肩を回した。
「お前にはいらねぇかもしれないだろうな。夢もキボーも、何もかも――だけどな。俺には必要なんだよ」
ネプテューヌ達に一度視線を戻してから、エヌラスは笑う。懐からタバコの箱を取り出して一本だけ咥えて、指を鳴らして火を点けると吸い込み、紫煙をくゆらせた。
「テメェが俺を見限るってなら、上等だ。絶望をくれてやる」
「だけどね、兄さま――今の貴方に“機械仕掛けの神”は使えないのよ? どうするつもり」
確かにそうだ。
たかが人間ひとり。死にかけた男が来たところで何にもならない。シルヴィオの方がまだ役に立っている。地下から這い出す群れを一人で掃討していた。所詮は女神達に守られる足手まといの人間だ。
「エヌラス……」
ノワールの心配する一声に、背中を押されて拳を作る。
――もう二度と、使うつもりなどなかった。この力だけは。しかし、今はそんなことを言ってもいられない状況だ。
「使えないって決めつけてんじゃねぇぞ」
「――え?」
拳を引き絞り、クロックワーク・ファントムに向ける。
「機神――招喚ッ!」
ゴォン――!!
突如として現れたのは、機械の腕――不意打ちの一撃をまともに受けてクロックワーク・ファントムがゆっくりと身体を傾けていき、仰向けに倒れた。巨神の一撃は、その拳のスケールが同等の質量を持つ証明。
全身が激痛に苛まれ、エヌラスの表情が険しくなる。足りない物を無理矢理補っているせいで本来の性能を引き出せないが、それが精一杯だ。
「機械の、腕……?」
「…………だけ?」
ネプギアと、プルルートが浮かべる疑問符の通り――エヌラスが召喚したのは機械仕掛けの神、その右腕一本だけである。かつてあらゆる次元を渡り、あらゆる希望を粉砕してきた破壊神たる由縁の腕。
時計仕掛けの亡霊、そのオリジナルは機械仕掛けの神にして戦禍の破壊神――デモン・フリークス。ネプテューヌ達から与えられるシェアと、致死量の魔術ドラッグで促された魔術回路で組み上げた術式は奇怪な噛み合わせで作用していた。純粋な魔力ではなく、純粋なシェアではなく、その中にゼロクリスタルとアンチクリスタルの力までもが“混ぜこぜ”になっている。つまりは、そうなるまで深く感覚を共有しているということでもあった。極限状態まで感覚を鋭敏化されたエヌラスにしてみれば機神の右腕は自らの半身と同様。
クロックワーク・ファントムが起き上がる。
「片腕一本で、何が出来る!」
「テメェの面をぶん殴れる。おら、行くぞォ!」
大魔導師の言葉に、エヌラスは拳で応えた。立ち上がる巨神の顔面に突き刺さる破壊神の拳。鈍重な金属音が響き渡り、足元で戦っていたシルヴィオは素早く身を翻してエヌラスの隣に並んだ。
「銀槍葬送曲――“
鳴り響く銀の魔弾による軍歌。籠手から散りばめられる水銀の粉末が拳によって撃ち出され、群がるゾンビ達を針のむしろにしていく。全身に銀の槍が突き刺さった動く屍者達はブスブスと肉を焼け焦がしながら蒸発して消えていった。
それに安堵して、エヌラスは二本目のタバコを吐き捨てて右の太ももからアンプル容器を取り出すと蓋を指で押し割り、一息に飲み干す。
――“生涯”で通して摂取量が一ガロンと定められている黄金の蜂蜜酒。一般流通している品とも、高純度の品とも一線を画する魔術ドラッグはエヌラスの魂を確実に蝕んでいた。消化しきれない不純物を流し込まれた血液が、臓腑が悲鳴を越えて絶叫している。それぐらい耐えろと己に言い聞かせて「無理なものは無理です」と応えてみせる五臓六腑がエヌラスを吐血させた。
「エヌラス!?」
「でぇじょうぶだ! エナドリ飲み過ぎで鼻血出るのと一緒! 原稿締め切り前の徹夜と一緒!」
「計画性が無いからそうなるのよ!」
「あってもねぇような物だ! 大体守ってる奴なんて生まれてこの方見たことねぇ! 伝説の生物だろそんなん! UMAだUMA!」
心配するノワールを余所にして、エヌラスは新たに口訣を結ぶ。
「ヴーアの無敵の印において――力を与えよっ!」
魔刃鍛造、とはいえそのスケールは桁違いの大きさで行われる。機神の腕が炎を掴んだかと思うと、横薙ぎに振り払って鍛え上げた偃月刀を握り締めていた。
「おい、変身しねぇのか?」
「無理やり解除されたのよ!」
「まだぁ無理そう~」
「じゃあ、それまでどうにかしてやる」
その前に身体がどうにかなりそうだが、やるしかない。
ヌルズは満面の笑みでコックピットに潜り込む。時計仕掛けの亡霊を動かすのは主に大魔導師だが、その補助として手を貸していた。
「まさか、召喚するとはな。あれはまともに動くのか?」
「見ての通りよ、大魔導師。片腕が限界なの。ましてやそれで魔術なんて――自殺行為以外の何でもないわ」
「……嬉しそうだな。楽しそうだな、令嬢」
「うふふ、そう? だって、あんなにも破滅的な兄さまは初めて見るもの。どうなっちゃうのかしら、凄く楽しみなの。楽しみで、愉しみで、愉しみで――どうにかなっちゃいそう。だから、手伝ってあげるわ大魔導師」
ヌルズは操縦桿を握り、ゼロクリスタルをセットする。
時計仕掛けの亡霊の身体に流れる動力が侵食され、シェアシールドの内部で異変が起きていた。複層シールドを形成して盤石の如き防御力を得ている実感に、大魔導師は驚いている。
「これもちょっとしたエナジーの応用なのよ、っと」
「……お前は兄よりも出来の良い妹だな」
「あらぁ、言ったはずよ? 古今東西、妹より強い兄なんていないの」
クスクスと笑いながらヌルズは操縦桿を動かす。大魔導師の動きに合わせてクロックワーク・ファントムは動き出した。今ならば魔術の使用に制限もないはず――そして、金色の十字架が携える。そのスケールはやはり巨神に合わせた規格外のサイズで構えられる。
「機神の右腕一本で、どう戦う? エヌラス――」