超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――月面へと叩きつけられそうになったエヌラスは防御魔法を可能な限り全力で構成し、衝撃を防ぐ。源泉でも掘り当てたような土煙が噴出し、全身を砕かれたような衝撃を無理やり意識の外側でかなぐり捨てて立ち上がる。
「シェアエネルギーが無けりゃ、即死だった……」
とはいえ、その衝撃で変神が解除されてしまった。周囲を見渡す限りの赤い建造物。見上げればそこには満天のアダルトゲイムギョウ界。多分、途中で宇宙とか通過したのだろうがどういうわけか死に至らなかった。案外放射線とか生身でもどうにかなるものなのかもしれない。但し、シェアエネルギーがあるときに限る。
「マジで月に来たのか……」
膝が笑う。左足の太ももからペン型注射器を取り出すと、キャップを外して中身を確認する。黄金色の液体を首筋に直接打ち込み、注入すると血管を焼き焦がすような激痛が全身に流れ始めた。
暴走する血液を脳の冷静な部分で制御して、どうにか意識を保つ。
無人の国。吸血姫が自ら滅ぼしたという異例の国家。
月面国家、ナナイト。ムルフェストがかつて治めていた国である。
「どう、兄さま? 血のように赤い国。私達に相応しいと思わない?」
クロックワーク・ファントムから身を乗り出した妹が心底嬉しそうに笑っていた。
「ゴーストタウンより、俺は賑やかな方がいいね」
「此処なら邪魔は入らないわ……そうでしょう」
確かに、そうだ。ムルフェストはもういないが、遠慮無く破壊させてもらおう。機神の右腕を構えた瞬間に、エヌラスの背筋を悪寒が走った。それは目の前の亡霊から。
コックピットから闇が溢れだす。その下を這うように赤い血管が侵食していく。
「ごめんなさいねぇ、大魔導師? 貴方の浪漫は、ちょっと……私には合わないの」
「お前……!」
「だから、ね。“創り変えさせてもらう”わ」
バギン――バギ、ゴキ……。
装甲が歪み、ひしゃげ、折り畳まれていく。それは超常でしかなり得ない現象。
「そうねぇ――兄さまみたいに言うなら、こう、かしら?」
ヌルズはゼロクリスタルを掲げ、宣誓した。
「
果たして、時計仕掛けの亡霊は神化する。過去の清算をするために未来を殺す亡霊ではなく、世界を恨み、妬み、呪い、絶望へと落とす復讐神へと。
血のように紅い装甲。竜の翼を広げた人型。
「どう? 兄さま……これが私の救いの神、“
「……ああ、最高だ。最高にクソッタレなジョークだよ! チクショウ!」
「じゃあ、兄さま。遊びましょう。ふたりっきりで、ずっとずっと。ずぅっと……世界が壊れて無くなってしまうまで」
「悪いが、俺の未来は予約済みだ! 押し通る!」
「そう。じゃあ……きて、兄さま」
全身の氣を練り上げて踏み込んだ拳を、リヴェル・レギルスは片腕で受け止めた。
「“極冷温”ゼロ・ドライブ!」
「ちッ!」
エヌラスは悪寒と共に機神の右腕を引き戻し、白く凍てついた手刀を避ける。
「忘れないで、兄さま! 私はここ! 此処にいるの、ふふ――アハハハハ!! 全部、ぜんぶここにあるから!」
金色の十字架を携える真紅の機神に、エヌラスは歯噛みした。偃月刀と激しくぶつかり合い、その度に衝撃で建物が崩壊していく。
大魔導師の術式によって構成された時計仕掛けの亡霊を、独自にアレンジした機体はそっくりそのまま大魔導師の魔術を使用していた。
「“天狼星”!」
「ぃヤッベ!?」
深紅の自動式拳銃を召喚して矢を撃ち落とす。だが、撃ち漏らした数発がエヌラスの至近距離に突き刺さり、瓦礫が木の葉のように身体を打ちのめした。激痛で乱れた呼吸が術式を弛め、機神の右腕がヒビ割れる。そこにさらに金色の十字架が叩きこまれてエヌラスの身体が大きく宙を舞う。
空中で態勢を整えようとするエヌラスが見たのは、両腕を突き出すように構えた真紅の機神。前面を覆わんばかりに展開された無数の重力弾が鉄砲水のように押し寄せる。
防御魔法が間に合わず、重力弾に吹き飛ばされた身体を受け止めたのはナナイトの教会。
吸血姫の根城を破壊しながらエヌラスは瓦礫の布団に埋もれる。ピクリとも動かない機神の右腕に、ヌルズは熱い吐息を漏らした。
「壊れそうになる兄さまも素敵よ……」
瓦礫が憤怒する。
「おおおおおおおおおおおおお、らァァァァッ!!」
「だけど、立ち上がる兄さまはもっと素敵っ!!」
教会を崩壊させながら機神の右腕は杖とも砲ともつかない物体を構えた。
「“螺旋砲塔”神銃形態ッ!」
破壊の奔流がナナイトの城下町を灰燼に帰す。通過するだけでもあらゆる物質が溶解し、凍結し、融解して崩壊した。
「ニコラ・テスラ!」
全身から放たれる赤と黒の交じり合った稲妻がエヌラスの放った決死の一撃を相殺させる。だが、その足と羽を白銀の魔弾が撃ち貫いた。既に機神の右腕は冷厳な白い回転式拳銃を握りしめている。その指先からオイルを流しながら。
「アッハハハハ! イタァイ、兄さま! 痛いわ!」
「痛くしてんだよ、泣け! 叫べ! そして悦びやがれェェェェ!!!」
「重縛結界!!」
黒煙をあげる機体の損傷など気に留めず、大魔導師が得意とする重力操作による結界がエヌラスを大地に押し付ける。機神の右腕で地面から支えるが、圧倒的な過重に耐え切れず機体にヒビが入った。深刻な損傷はエヌラスの右腕にも同調し、骨から直接軋む音が脳に届く。
「ガッ、アアアア――!!」
偃月刀を召喚して、逆手に構えた状態から核となる術式に差し込み、崩落させた。全身が結界から解放されて呼吸をしたその瞬間、ゼロ・ドライブが機神の右手を破壊する。
「兄さま、痛い? 痛いでしょう!?」
「ったりめぇだバカかテメェはバーカ!! ケツに手ぇ突っ込んでガバガバにしてやろうかぁ!」
滅茶苦茶になった右手でリヴェル・レギルスの顔を殴りつけ、シャイニング・インパクトで左肩から焼滅させた。その反動で幾つもの血管が破裂して魔術回路が焼き切れる。
「兄さまぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「おおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!」
機神の拳が衝突する――その爆発は、地上で戦う守護女神達からも見えていた。
「――――――――――」
絶句していた。ただただ呆然とその戦いが巻き起こす戦禍の規模に。
言葉を失う。ひたすらに熾烈で苛烈な兄妹の戦いに。共に絶望から生まれたはずなのに、血で血を洗う殺し合いに。本気の命の奪い合いに。
助けに行きたかった。止めてやりたかった。力になりたいと思った。だが、此処から月までは遥かに遠い。自分たちが飛んで辿り着くかどうかさえ分からない。信じるしかなかった。
あの人は絶対に諦めない。だからこそ、ここまで来れた。
笑って、別れるのだと約束したのだから、自分達も負けていられない。
ネクロソウルにパープルハート達は刃を向けた。
――ナナイトは名目上、崩壊していた。そして、エヌラスとヌルズとの戦いによって名実ともに崩壊した。
機神の右腕は、内部フレームが見えるほど壊れている。エヌラスの右腕も同じくして。
対する、真紅の機神。左半身、半壊。両足が欠落し、動いているのが不思議なほどだった。
「あァっ……はぁ――ッ! 愉しいわ、兄さま……!」
まるで絶頂にでも達したかのような、ヌルズの熱い吐息が漏れる。
エヌラスはアンプル容器から黄金の蜂蜜酒を摂取して、ペン型注射器で血管に打ち込む。これで都合三度目の服用だ。手先が震え、喉の奥から干からびるような感覚に息が詰まる。タバコを咥え、一息に吸い込むと咳き込み、こぼれ落ちた。ボタボタと眼と口と鼻から血が流れる。心臓の鼓動すら今は遠くに聞こえた。
どうして自分が生きているのか。立っていられるのかが不思議だった。
“――――――お、れは――――!”
右腕を動かす。指を折り、拳を作ろうとする。歪にひしゃげた装甲を無理やり畳み込んで作り上げた拳は不格好だが、確かな感覚にエヌラスは意気込んだ。
しかし、その目の前で真紅の機神に異変が起きる。
“チックタック”と時計の針が動く音に、損傷が直っていく。それはやがて、間もなく全てを元通りにした。
「さぁ、兄さま。続けましょう?」
「――――――…………」
絶望が立ち塞がる。諦めそうになる膝を奮い立たせて、天を仰ぐ。
そこでは、守護女神達が戦っていた。ひとりの国王を相手にして、ようやく互角の戦いを繰り広げている。
彼女たちが、戦っている――負けるわけにはいかない。折れるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
崩壊が進んだアダルトゲイムギョウ界は、電脳国家インタースカイが消失していた。軍事国家アゴウが消失していた。バルド・ギア。アルシュベイト。九龍アマルガムが崩壊していた。
そんな中で唯一無傷に近い、商業国家ユノスダスが目に映る。
“……………ユウ、コ――――”
こんなにも意識は遠く、身体は冷たいのに。それでもまだ心が叫んでいる。
彼女達を守るのだと。
構えるエヌラスを見て、ヌルズは笑わなかった。ただ冷たい瞳が天を仰ぐ。
「――そう。あれが兄さまを穢す輝望なのね……」
真紅の機神が宙へと舞い上がった。
「兄さまには、私がいるのに。兄さまは私だけの兄さまなのに! 私は――!」
リヴェル・レギルスが腕を宙へ掲げる。重縛結界かと身構えたエヌラスだったが、違った。
重力が収束されていく。
「私は、ただ兄さまの隣にいたかった! 兄さまが傍にいるだけでよかった! なのに、それなのにこの世界が兄さまを輝望で穢した! 絶望するだけでこんなにも救われるのに! 何も無かった私に与えられた唯一のヒトなのにィィィィッ!!!」
「――やめ、ろ……!」
魂が凍りつくような悪寒が走り、エヌラスは思わず止めようとする。だが、それは叶わない。
一点に集中された重力はやがて黒い点となった。光すら飲み込む一切合切の色を赦さない黒。
希望を逃さず食らい込む絶望の虚無。
「私を――――!!」
エヌラスは喉が潰れるほど叫ぶ。吼えていた。最愛の妹が言おうとした言葉をかき消すほど、天へと届かんばかりの絶叫。
手を伸ばそうとして、あまりにも遠くて届かない。
それなのに、ぶっ壊れた身体の朦朧とする意識だけは鮮烈に地上の景色を望遠鏡のように拡大していた。
――ユノスダスでは、世界滅亡キャンペーンという頭の悪い国王が開催したセール準備に街中がお祭り騒ぎだった。当然ながら国王もそれに参加しようと、教会にある押収品を片端からひっくり返して出店している。それに反発しない国民はいないわけで、現在教会前では国王がブーイングの嵐に笑顔で対応していた。
吸血鬼とは思えないほど、太陽より眩しい笑顔がそこにはあった。
目があった気がする。それは、何の前振りもなく迫る自分の最期を悟ったように笑っていた。
その笑顔が鮮烈に目に焼き付く。唇が動いていた。
――何をしているんだ、早く逃げろ。聞こえるはずもない声で叫ぶ。
笑って、空に向かってピースサインさえしている。まるで自分がそこにいることを知っているかのように。
「ユウコォォォォォォォォォォッッ!!!」
次の瞬間に商業国家ユノスダスは“消滅”した。世界の滅亡に巻き込まれたわけではなく、シャイニング・インパクトによって焼滅させられたのでもなく、まるで最初から何も無かったかのように――アダルトゲイムギョウ界から消えた。
また、帰るのだと。いつものようにボロボロになりながら中央病院に転がり込んで、病室に押しかけてくるユウコと互いに軽口を叩くのだと。泣きながら怒る胸と態度のデカイ吸血鬼と押し問答するのだと。そうして、キンジ塔に行って、全部終わらせようとしていた。
ユウコもまた神格者であり、この塔争の参加者のひとりであると目を背け続けて。
“なんとかなる”と思っていた。誰か一人くらい見逃してくれるかもしれないと。キンジ塔の出現も、大いなる“C”への挑戦権も。ユウコを見逃してくれるだろうと。
この世界は、