超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――嗚呼。嗚呼、なんて馬鹿なのだろうか。誰が、とか。どっちがとかじゃなくてなんかもうどうしようもないくらいに、どっちも大馬鹿野郎だ。
どうしてそこで諦めないんだ。どうしてそこで、引き下がらないんだ。お前達が傷つく理由も、戦う理由もないはずで――自分もそうだと気づいて、嗚呼もうまったく度し難い馬鹿だった。ここまで来るともう、バカの背比べでしかない。
結局のところ。バカとバカで、どうしようもなくお似合いだったのかもしれない。
「――――」
「……兄さま?」
愛している、今でもそうだ。愛していない時などなかった。だが――だがもう、お前は死んだんだ。
あの日。無残に惨めに惨たらしく凄惨な殺され方をしたやつが生きてちゃいけない。
だから、殺そう。今度は他の誰にもやらせない。自分の手で。
――ヌルズの胸に、短剣が突き立てられた。
「――――――――――――えっ」
それが信じられなくて、エヌラスの左手が握っていることに顔を歪ませる。
「愛しているよ。今でもそうだ。そう言い切れる」
「……兄、さま……?」
「でも……ごめんな。お前はもう死んだんだ。だから、死んだ奴が出てきちゃいけねぇんだよ!」
「兄さまぁッ!!!」
「俺は、テメェほど世界に絶望なんかしちゃいねぇ!」
左手に深紅の自動式拳銃が握られ、撃鉄を起こす。だがトリガーを引いた頃にはエヌラスの上からヌルズは姿を消してリヴェル・レギルスの胸部装甲に降り立っていた。
不思議なほど、痛みが和らいでいる。全身の神経がとうとう気でも触れたのかと自嘲して、あながち間違ってもいないことに笑うしかなかった。
自分はもう、とっくにどうかなっていたのだ。ネプテューヌ達の笑う顔を見て、一緒に過ごしていたあの日々を繰り返したいと思ったその日から。
輝望に穢れた絶望? 大いに結構! なんとでも呼べばいい。――ロリコン以外で頼む。
「おい聞け、絶望。確かにそうだよ。俺も、お前も同じ場所で生まれた兄妹だ。お前は唯一の家族だよ。だけどな、だからといって俺までそっちに誘うな。テメェは“そっち”で俺は“こっち”だ! 死に別れた妹が俺を殺しに来るんじゃねぇ泣くぞ! ていうかやっぱもっぺん殺すわ!」
「――――兄さま……ッ!」
全身はもうボロボロで、魔術回路も使い物にはならなくて、寒気がするほど死が近くて。だけど何故か、身体は動く。
右腕だけは、どうしても動かせそうにない。
「あー心配すんな、最愛の妹よ。痛くねぇように一瞬で終わらせてやるから、そこぉ動くんじゃねぇぞ」
「そんな身体で、私に何ができるの!」
「何ができる、だぁ? 誰に物言ってやがる。お前が愛するお兄さまに向かってなんて口聞きやがる、ぶっ殺すぞ」
「ッ~~~~!!」
顔を怒りで赤くするヌルズの前で、エヌラスはシェアクリスタルを取り出すと鷲掴みにする。ヒビ割れ、砕け散るクリスタルから溢れる光は絶望のアンチクリスタルの赤。鮮血の赤。鮮烈で強烈な命の色。
自分が何者であるかを再認識する――決して、女神と肩を並べられる人ではない。
何故なら、絶望の魔人だから。このアンチクリスタルの輝きは、人々の負の結晶。
終わりを望む声。終焉を求める切なる叫び。そこに救いがあると信じる、絶望への信仰心。
「
だからこそ、救わなければならない人達がいる。一刻も早く、その希望に穢れた心を救済しなければならない。
戦禍の破壊神として。絶望の魔人として。
――守護女神達は“あちら側”で、自分は“こちら側”だ。
足元の血溜まりに波紋が広がる。――かつて、自分がそうしたように。妹がそうしたように真紅のプロセッサユニットを纏う。
「なんて――なんて、
「誰が信じるか」
「だったら、どうして!? なんで私と来てくれないの!」
「俺は希望なんて信じちゃいない。だけどな、しょうがねぇだろ――出会っちまったんだから」
「ッ……!」
「それによ。アイツ等のこと、俺は好きで好きでしょうがないんだよ」
「わたし、よりも……?」
わななく声に、エヌラスはバツが悪そうにしていた。
「生憎と俺に、屍体を愛する性癖はねぇからな」
「――――殺すわ、兄さま」
リヴェル・レギルスが絶対の殺意を持って応える。起動するだけで瓦礫が塵となって吹き荒ぶ。
はて。
大見得を切ったものの、どうやって殺してやろうか、と。エヌラスは途方に暮れた。なにせどう殺すかという選択肢があまりに多い。殺されてやるつもりなど微塵も欠片もなかった。
重力弾が無数に生成されて射出される。避ける度に小さなクレーターがナナイトの町並みを跡形もなく削り取っていく。動く度に骨とか筋肉とか嫌な音を立てているけど気にしない。
思考して、思案して、模索して、決断する。男らしく一点突破でぶち抜こう。
「ゼロ・ドライブ!!」
極冷温の手刀が振り下ろされていた。だが、相手があまりに小柄過ぎる。ミステイクとも言える選択にエヌラスは鼻で笑ってしまう。懐に潜り込んで、左手に魔力をありったけ詰め込んだ。
「そら、よっと」
胸部を下からかち上げる。アッパーカットが綺麗に決まり、リヴェル・レギルスが宙に浮いた。――つまりは、殴り飛ばしたということになるのだが。間抜けなことに、相手は受け身も取らずに四肢を投げ出して倒れた。
動かせない右腕を左手で掴み、無理に動かす。右肩に担いだ野太刀を掴み、振り上げる。血を魔術で電気に分解して叩き込んだ“
かざしたリヴェル・レギルスの右手からニコラ・テスラの電撃が奔る。光の奔流へと消えた兄に鼻を鳴らすヌルズ。
「馬鹿、みたい……!」
ひとりぼっちのコックピットで、涙を流しながら操縦桿を握る。寒い。さむい――衝撃で揺れる機体は、涙を拭う暇すら与えてはくれなかった。
動かせないはずの右腕。機械の右腕。それが、今。真紅の復讐神を殴りつけていた。
“どういうこと? 兄さまはもう、魔術が使えないはず”
ミードの過剰摂取によってとっくに精魂尽き果ててもおかしくない。どこからそんな力が……まさか、愛? そこまで考えて、我ながら馬鹿馬鹿しいとヌルズは顔を横に振った。
見れば、ボロボロのガラクタ同然の右腕。ジャンク品を振り回しているようなものだ。そんなもののどこに脅威があるというのか。
「お望み通り、ジャンクにしてあげるわよ!」
難なく右腕を掴み、ゼロ・ドライブによって粉々に砕く。その神威も失われた機械仕掛けの神はもはやデカイだけの鉄塊となって砕け散る。
「なにが――なにが! 出来るっていうの!」
ガラガラと無数の部品が落下していく。これでもう、右腕は失われたも同然だ。使い物にすらならない邪魔な腕でしかない――そう思っていたヌルズが、モニターに映し出されるエヌラスを見て今度こそ言葉を失う。
血染めの右腕。血液こそが自らの根源であるエヌラスは、使い物にならない右腕を血糊でコーティングしていた。それはまるで血に染まった装甲、深紅の右腕。異形の片腕だった。
バチリ。紫電が奔る。それはつがえた矢のように、ヌルズを狙っている。コックピットにいるはずの妹を。そこまでの距離はあまりに遠い。ならばどうするか?
「ハンティングホラー」
名前を呼ばれた鋼鉄の獣が吼える。新たに充填された高純度の“イブン・カズイの粉薬”がナイトロ・システムを魔術的に汚染する。冒涜的なまでに穢された大型二輪の心臓が爆発した。
撃ち出されるエヌラス、リヴェル・レギルスのコックピット目掛けた決死の一撃。防御も反撃も回避も間に合わない、神速の制裁は僅かに狙いを逸れた。赤い軌跡を残して――。
「ハッ――――あはは。アハハハハハハ! ほら、やっぱり限界じゃない!」
強がっていても身体は正直だ。もう動けない。だから外した。機体の顔を半分消し飛ばしているが、それが限界だ。
「アホ言うなよ。お前の死に顔が見れねぇじゃねぇか」
「――――――えっ」
「外して“やった”んだよ、ありがたく思いやがれぇ!!」
反転する。交錯する視線と視線。血と汗と涙と土埃でボロボロになって、ボロ雑巾のような衣装を纏って、それでもまだ諦めていない紅い瞳にヌルズは射止められた。
そこにあるのは憤怒の形相。憎悪の容貌。だが、構わない。
今、あの人は私を見てくれている。こんなにも求められている。
こんなにも、こんなにも――!
「兄さま――」
闇を狩る獣がさらなる鼓動を爆発させる。それは自らを破滅へと追いやりながら。空中で四散する獣に一瞥くれることなく、エヌラスはむき出しのコックピットに鎮座する妹に拳を突き出す。
ヌルズは避けなかった。受け入れるように手を広げ、華奢な体躯の胸板を拳で貫かれても微笑んでいた。
「わたしを――――
「――アクセスッ!」
ネプテューヌ達が変身する。ネクロソウルとの死闘は終局へ向かいつつあった。守護女神が四人に加えて一人の銀狼を相手どって尚も対等に渡り合う。相性の問題もある。シェアの力では決定打に成り得ない。ジリ貧の戦いは、しかし確実に守護女神達を追い込んでいた。
ナナイトが崩壊する。正確には月面が割れ、飛び出してくるのは血のように紅い一条の流星――それが一体、誰なのか考えるまでもない。
真紅の復讐神が崩壊した。地面に降り注ぐ無数の部品はやがて急速に錆びて朽ち果てていく。時の流れに逆らった存在が、繋ぎ止めていた楔を抜かれて元の時間に戻っていく。
灰は灰に。塵は塵に。屍者は、ただ地に伏せる。悪夢は覚める。
瓦礫の街に。失われた九龍アマルガムの地表都市、その焦土に一組の兄妹が降り立つ。
妹は、死んでいた。その胸を兄の拳を貫かれて。
兄は、泣いていた。血の涙を流して。
「……お前の命は俺のモンだ。もう誰にも奪わせねぇよ――神様にだってな」
それはとても優しい声色だった。まるで子守唄でも聴かせるように。
「だから、もういいんだ。辛すぎる現実は見なくていい……眠れ」
「に、い…………さま……」
最愛の兄の手に抱かれて、殺されて。無尽蔵の絶望はドロリと溶けた。赤いコールタールのような液体となり、それから赤い血霧となって霧散する。
エヌラスの手には、歪んだ双角錐だけが残された。ゼロクリスタル――全ての絶望の始まり。己の起源たるヌルズの象徴。ひび割れ、今にも砕けそうなそれを愛おしむように握り締める。
「――――よぉ、大魔導師」
「…………来たか、絶望」
どうして生きているのか不思議でならない。だが、アレはそういう化物なのだ。
希望がある限り戦い続ける絶望。矛盾を孕んだ最弱無敵の怪物。
「エヌラス……貴方、大丈夫なの?」
「ぶっちゃけ死にそうだ」
「素直で結構よ」
「死んだら許さないわよ」
「死なねぇよ。もしくたばったら不死鳥の尻尾ちぎって持ってきてくれ」
滑稽だ。あまりに滑稽な光景に、大魔導師は笑った。
「はっ、ははははははは! この化物め。俺の最高傑作を妹もろとも殺す。まさに悪鬼羅刹の所業だ! 紛い物とは言え神殺しの領域まで来るか! 出鱈目だな、荒唐無稽の極みだな!」
「テメェが言うかよ、クソが。守護女神四人とか俺でも無理だわ」
「クズに言われたくないが」
「今世紀最高のおまいう」
抑制剤のタバコを取り出そうとして、箱の中身が空になっていることに気づく。エヌラスはそれを残念そうに握り潰して、パープルハート達の隣に並んだ。むせ返るほど濃い血の臭いに、思わず顔をしかめる。右腕だけが血糊でベッタリとコーティングされていた。それは、自らの魔術の源である血で造られた鎧……鋼の右腕だ。その中にある本来の腕がどうなっているかなど、指先まで覆われた姿を見れば想像に易い。
「倒せるの? あんな化物」
「任せろ、ノワール」
操り人形のように右腕が動き出す。ぎこちなく、まるで歯車が噛み合わないカラクリの動きにパープルシスターが思わず口元を押さえる。
「……おい、ボウズ。銀槍葬送曲を伝授してやる」
「そりゃ……ありがてぇな」
シルヴィオは限界だった。パープルハート達も満身創痍で、対する大魔導師はと言うと消耗していた。だが、それだけだ。
エヌラスは、とっくに限界など越えている。立ち止まってしまえば、もう指一本動かすことさえ敵わない。