超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
トランス・ブラックハートはアルシュベイト――シャイニングソウルの長刀を防ぐ。弾かれるように引いた互いの得物から、もう片方の手に握られた長刀の切っ先が残像を残して突き出された。それに、身の丈を超える大剣の腹に当てた手から剣を引き出して弾き返すと距離を取る。
「へぇ……」
まじまじと自分の手が咄嗟に握った剣を眺めた。どうやら剣の集合体らしく、幾つもの機能が隠されているようだ。
「面白いじゃない、気に入ったわ!」
剣を再び収めてトランス・ブラックハートが駆ける。すれ違いざまの一閃をシャイニングソウルは逆手で捌いた。鋼の鬼神にして護国の軍神を相手に、漆黒の女神は歯噛みする。
長刀と大剣が衝突する。返し刃の剣閃を、柄を引き伸ばして光刃で防いだ。二分した長剣で丁々発止、トランス・ブラックハートの手からこぼれた剣に、すかさずシャイニングソウルは豪剣を振るう。片腕でいなして、足を伸ばすと足首のプロセッサユニットが柄をキャッチした。回転しながら振り下ろした剣を、更に片方の手で弾き返す。
「…………」
やはり、強い。洒落になっていない。完全な奇襲、不意打ちに即座に反応していた。機人特有の網膜ユニットは視界に収まるすべての情報を拾い上げる。それを処理する脳の負荷も機械によって賄われる。疲労を知らない人間の最大スペックが常時発揮されるということがどれほどの脅威をもたらすか。――だが、しかし。ここに来て一騎打ちを望むトランス・ブラックハートは奇妙な違和感を覚えていた。
なぜかはわからない。ただ実感として残っている感触。
“アレに勝てる”という確かな感覚があった。自分でも鼻で笑ってしまう。
シャイニングソウルが駆ける。跳躍ユニットから推進剤を吹いて、豪剣が迫った。それを防ぐだけで両腕が痺れるほどの衝撃に襲われる。次いで、蹴り。これも防ぐ。更に両脇から覗く銃口にトランス・ブラックハートは柄を押し上げると、大剣の幅が広がって一瞬だけシェアシールドを展開した。衝撃と爆風から逃れる姿を逃さまいと迫る。
「――っ」
それは、確かに逃げようのない、逃れようのない恐怖だ。彼が無限の輝望であり続けた証拠だ。敵対するものに余さず絶望を叩きつける無慈悲なまでの光。
誰の為に? 何のために? 愚者の極みのような問いに、トランス・ブラックハートは失笑が漏れる。
負けるはずがない。それが今、確固たる自信となった。
「……アルシュベイト。今のアナタには何を言っても無駄かもしれないわね。だけど、聞いて」
トランス・ブラックハートは大剣の切っ先を地面に向けて、突き立てる仕草をする。――剣礼。軍事国家アゴウで執り行われる一種の儀式。得物を晒すという腹を割った話し合いに、シャイニングソウルの動きが止まる。
《…………》
やがて、振り上げた長刀を緩やかに下ろすと器用に掌で逆手に持ち替えて、ご丁寧に両手の刃を地面へ向けた。それに、思わず笑いながらトランス・ブラックハートは続ける。
「確かに、アナタは強いわ。私達が戦ってきた中でも、群を抜いて強い人だったわ。でもね――悪いけど、今は私の方が強いわよ」
それを訝しむように、小首を傾げた。
「今のアナタにはわからないでしょうね。今までアナタに敵わないって思ってたわ。一騎打ちで勝てるなんて更々思ってなかったわ。つい、今さっきまではね」
だけど、所詮は偽物だ。神の創りあげる贋作に他ならない。
「アルシュベイト。今のアナタには、“愛”が無いわ。誰よりも純粋で、真っ直ぐで、疑いの知らないような、目も眩む愛国心。それが感じられないのよ」
彼は、声を大にしてこう応えてきた――《俺はアゴウを愛している!》と。国の善も悪も分け隔てなく、万物を愛していた。国に愛されているとさえ豪語している。何一つ見返りを求めず、何一つ代償を求めず、何一つ救えず、報われず……それでも愛した。愛し続けていた。
「だから、私が勝つわよ、アルシュベイト! 私は、エヌラスのこと――大好きなんだから」
愛している、と言い切りたかったが、どうしてか言えない。無性に顔が熱い。多分これもエヌラスのせいだきっとそうだそうに違いないアイツが悪い。トランス・ブラックハートはそう思うことにして、大剣を引き抜いて構えた。
シャイニングソウルは、ただ静かに長刀を引き抜いて構える。二天一流。今までに見ない構え方ではあるが、恐れはない。負けるはずがないのだから。
「ハァァッ!」
《――――!》
裂帛の一閃。鬼気迫る剣撃。幾度と無く鳴らした剣の音を繰り返しながら、トランス・ブラックハートのファンが回る。もっと速く、更に速く、まだ速く――。願うほどに応えるプロセッサユニットが熱を持つ。音速を超えた一撃がシャイニングソウルの長刀に打ち込まれた。そこに漆黒の女神の姿はない。
《…………》
だが、シャイニングソウルは知覚していた。反射的に左後方に長刀を振るうと、またも衝撃。そこには消えたトランス・ブラックハートがいた。更に姿が掻き消える。
剣を残して。残像を残して。軌跡を残して。左右前後上下、三次元的機動を描きながら無数の剣閃が疾走る。奔る。
「ハァドアクセル・リミテッドドライブ!」
赤い剣閃。赤熱化された剣を防ぐ。蒼い剣閃。白く凍てついた炎を纏う剣を防ぐ。トランス・ブラックハートの剣が更に鋭く、更に速くなる。大剣は装飾されていた剣を次々と宙に舞わせていた。
ここまで来て、未だに致命傷を一撃ももらっていないシャイニングソウルが、脚に装着した長剣を防ぎきれずに肩部装甲を掠める。だが、その反撃で振るった長刀にトランス・ブラックハートの剣が叩き折られた。
「ッ――――!!」
そして、シャイニングソウルが長刀を担ぐ――白と黒の電流が装甲を走る。
電磁抜刀の構えに、トランス・ブラックハートは大きく距離を離した。白煙を漂わせるほどに熱を持った全身のプロセッサユニットに加えて、大剣の表面には大きな亀裂が走っている。だが、地を這うほどに身を屈めてトランス・ブラックハートは小さく呼吸を整えた。
脳裏に思い浮かべるのは“超電磁”抜刀術。次の瞬間、トランス・ブラックハートの全身を紫電が疾走る。
稲光のような閃光が振り下ろされた。電磁抜刀・神雷が漆黒の女神を裁こうとする。
「ソニック・ラストレイション――」
それよりも速い踏み込みが、一条の閃光と化した。圧倒的な破壊力に身を晒す自殺行為だが、大きな亀裂の入った大剣が神雷を防ぐと破片を撒き散らして崩壊する。
《――――》
その一瞬。刹那の隙が、漆黒の女神を更に加速させた。大きく亀裂の入った大剣から姿を現したのは蒼い光を放つ光の刃。極限まで軽量化を重ねた大剣。長刀を振り下ろしたシャイニングソウルの隙を逃さず振るわれた。
「チェエストォオオオッ!!!」
《――!》
それでも、鋼の軍神は刃を振るう。己の敗北が突きつけられたとしても、彼は最後まで抗い続ける。甲高い衝突音――そして、静寂。
「っ、嘘でしょ……!?」
トランス・ブラックハートの大剣は、折れていた。刀身が半ばより真っ二つに切られている。シャイニングソウルの兜割が極められていた。
“アルシュベイトは……!”
片腕が無くなっている。胸部装甲にも一閃の亀裂が走っていた。決して浅くはない一撃、だがそれでも致命傷には程遠い。
「くっ……!」
片腕一本。それが今の自分の限界だ。だが、まだ敗北が決まったわけではない。トランス・ブラックハートが宙を漂う
シャイニングソウルの手が長刀を逆手に持ち変える。そして、そのまま自らの腹部に深々と突き立てて背中まで貫通させた。
「え――?」
《…………》
膝を着き、シャイニングソウルは顔を上げた。網膜ユニットと見つめ合う。
片腕一本。それが、ノワールとエヌラスに対する想いの限界――その答えに。その答えに満足したようにシャイニングソウルは親指を立てた。
そして、空間にノイズが走ったかと思うと最強の軍神は消えていた。
「……アルシュベイト……アナタって、本当に……まぁ、いいわ。今度は勝つわよ。またいつか会いましょう」
トランス・ブラックハートはシャイニングソウルが最後に立っていた場所に向けて剣を一本放って、背を向ける。
愛国者に言葉は不要だ――。