超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
episode12 鋼の軍神、出撃す
――鋼の鬼神が佇んでいた。まるで地平線の彼方を眺める守護神の彫像がごとく威光に溢れていた。その視線の先。深淵があった。虚無の宵闇であった。星の浮かばない夜よりも、なお暗い闇黒であった。それを見つめる機械の身体であって、何を思っているのか。物思いに耽る機人、というのもまた奇妙な話である。だが、彼は正しく夢を見ていた。かつては人であった名残からその微睡みに身を任せることはしばしばあったが、もはや何も感じぬ肌と鋼鉄に覆われても彼の魂だけは生き続けている。それは、機械ではなく血の通った一人の人間としての意識だった。
今、その鋼の鬼神が見つめるのは己の預かる軍事国家『アゴウ』である。見渡すかぎりの軍事基地では今も不眠不休でアゴウ国民達が忙しなく駆けていた。
「第八デッキ、すぐに開けろ! 八○部隊が戻ってくるぞ!」
《第六六六部隊『
人間がいた。機人がいた。無人機がいた。武装し、それの誰も彼もが燃料の補給と弾薬の補充に駆り出されている整備士としての役割を担っている。不眠不休の活動を続ける機人達をサポートするのは専門のメカニック達だ。
それを眺めていた鋼の鬼神もまた、同じ機人の一人であった。ただ一人、威風堂々と胸を張って国民たちが汗と涙で濡らす仕事場を見下ろしている。
《アルシュベイト様。耳に入れたいことがございます》
そして、彼の背後に現れた濃紺の機人が三人。そのフォルムはアルシュベイトと酷似していながら、全くの別物だった。腰部に装備した大型ブースターはその設計が見直され、消音性と出力を重視されている。その内蔵出来る推進剤の量も他の機人達に比べれば遥かに多い。これは彼らに与えられている信頼の裏返しでもある。
アルシュベイトの親衛隊『トライデント』分隊が、反応を見せない国王の返答を待っていた。だが、その威厳を前にして畏れ多く中々進言出来ずにいた。しかし、何かおかしいと三人が顔を見合わせる。
《……アルシュベイト様?》
《…………》
剣を突き立て、その柄頭に両手を置いて眺めているラインの入った視覚バイザーユニットが輝きを取り戻した。機首を上げて、一度、二度左右を見渡す。そして、背後に控える三人の姿を見るなり空を見上げた。
《……スマン。寝てた》
《良いお目覚めでしたか》
《ああ。……懐かしい、夢を見ていたよ。取るに足らぬノイズであったが、今はなき胸が高鳴るような、温かい夢泡沫であった》
時折、アルシュベイトは忘れたはずの夢を見る。眠ることを忘れた機人達が、本当に忘れてしまったものを思い出すように。それは、機人という人種で見れば明らかな欠陥であった。
《して、何用だ》
《インタースカイ国王、バルド・ギア様より通信が》
《繋いであるか》
《ハッ。先方も急ぎの様子でしたので、お早めに》
《ご苦労。下がってよいぞ》
頭を垂れて、三人が道を開けると、アルシュベイトは地面に突き立てていた長刀を片腕で持ち上げるなり背負った。超重量による質量攻撃――それはもはや“叩き斬る”という概念から外れて“叩き割る”という表現の方が近い。剛刀であり、機人であるからこそ扱える超重量の“刀”なのだ。これを標準的に装備するという機人は士気向上の名目である側面が強く、また部隊を預かる者にとっては権力の表れでもある。
右肩のラックが自動で起き上がり、長刀の背を挟み込んで固定すると元の位置に戻った。左肩では突撃砲が静かに撃鉄を起こされるのを待っている。
アルシュベイトとすれ違う者達は、どれほど急であっても手を止めて敬礼するとすぐさま作業へ戻った。その道を開けるように次々と資材が移動されていく。
司令部と呼ぶにはあまりに粗末な場所であったが、仮設テントの裏でアルシュベイトが通信端末を叩いた。そこには、ひどく損傷を負ったバルド・ギアがオンラインで立っている。
《手酷くやられたようだな、バルド・ギア》
《人を待たせるとは、流石の貫禄と言ったところかな》
《すまんな。それで、要件とはなんだ? 今一度手を組むという申し出ならば、断る》
《いいや違うよ、アルシュベイト。今回は無償の情報提供、それだけだ》
それに《ほう……》とアルシュベイトが低い電子音を鳴らした。
《面白い。真偽はこの際二の次だ。聞こう》
《エヌラスの所在を掴んだ。いよいよ持って、手詰まりらしい。アイツが、女の手を借りていた》
《……》
《それがまた、意外にも手練で――》
《そのザマ、というわけか》
モニターの向こうではバルド・ギアがやれやれと肩をすくめてみせる。
《お恥ずかしながら》
その電子音声の口ぶりが砕けたものになっていた。元より旧友であったのだ。こうして他人行儀な会話をするほど険悪でもない。しかし、状況が状況である。互いに努めて情を捨てて言葉を交わそうとしていた。
《だが、変神を繰り返してシェアエネルギーそのものは低下、もうじき底を尽くはずだ。後は、貴方に譲るとしよう。護国の軍神と畏れられるアルシュベイトに》
《……奴は、手負いか》
《さぁ。だが窮地に追い込まれていることだけは確かだ》
アルシュベイトはしばし逡巡して、やがて顔を上げる。表情こそ変わらないが、その機械の身体であっても尚抑え切れぬ闘志が伺えた。
《面白い。お前の誘いに乗ってやろうではないか、バルド・ギア》
《こちらとしてもエヌラスは目の上のコブ。健闘を祈る――とはいえ、アダルトゲイムギョウ界最強と呼ばれる軍神殿には、いらぬ世辞かな?》
《それは、俺ではなくアイツに――エヌラスに言ってやれ》
一瞬だが、和やかな空気が流れる。それは、二人の知っているエヌラスという男についての見解が一致していたからだ。まるで昔なじみの悪友を笑うように。
《アレは、諦めるという言葉を知らん。故に、強い。同時に脆くもある。アイツほど“人間”である魂を持つ者はこの世界におらんだろう》
《違いない。大番狂わせが起きたら、それはそれで盛り上がる。それでは、アルシュベイト》
《吉報を待て、バルド・ギア。我が鋼鉄の友よ》
通信が切れる。アルシュベイトはその鋼の五指を軋むほど握りしめて歩く。その足取りは力強く大地を踏みしめていた。
《聞け、我が誇りあるアゴウの民よ!》
声を張り上げる。誰もがその一声に手を止めた。
《インタースカイ国王、バルド・ギアより入電があった! 俺は愚直なまでにその言葉を信じる! ――俺はこれより、我が全幅の信頼を置くトライデント分隊と共に、戦禍の破壊神と畏れられるエヌラス討伐へと向かう! 我が留守の間、子ネズミ一匹寄せ付けるな! 己の誇りと共に在れ! 貴様らの死に場所は、何処だ!》
『サー!
《貴様らの墓標は何処だッ!!》
『サー!
《よろしい。総員、作業に戻れ! 抜かるなよ!》
『オオオオオオォォォッ!!』
「アルシュベイト隊長の出陣だ! 我らも続くぞ!」
《アルシュベイト隊長っ! 我らの戦果をご期待ください! 行くぞ貴様ら、弾薬尽きるまで帰りのチケットは無しだ!》
魂を震わせる程の凱歌だった。アゴウ国民が一丸となり、総出でアルシュベイトを送迎する。
ある者は出撃し、その背を預けた。
ある者は頭を垂れ、その威光を見送った。
ある者は手を差し出し、互いの健闘を祈った。
《それでこそだ! 我が愛するアゴウの民よ! アルシュベイト、出撃するぞ! トライデント! 遅れるな!》
『イエッサー!』
腰部ブースターを吹かして、鋼鉄の軍神が跳躍する。