超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――そこは、どこかの次元。全てが滅び、娯楽も何も無い世界。そんな世界の何処かに存在する大図書館。
来訪者など滅多に来ないそこでは、ひとりの人工生命体が書籍の管理を行っていた。本棚を埋め尽くす膨大な量のそれらは、全てが歴史を記した由緒あるもの。ありとあらゆる歴史を記した書物の管理人の名は、イストワール。
今日も今日とて本の管理に大忙しだったが、その日はいつもと違った。
大図書館の扉を叩く音に、はたと手を止める。
「誰でしょうか? こんなところに来るなんて……」
ふわりと浮かぶ本に乗って移動すると、来訪者は扉を開けて中へと踏み入っていた。その、見るからに怪しい人物は大図書館の中を見渡している。
「すいません。お待たせしました。ご用件はなんでしょう?」
血のように赤い瞳は、影を帯びて暗く沈んでいた。身に纏う黒の外套も、裾が擦り切れてボロボロになっている。年齢は二十代前半といったところだろうか……しかし、それ以上に陰気臭さにイストワールが警戒心を露わにしていた。見てくれは物取り、或いはアウトローといった感じだ。だが此処は大図書館。名前通りに本しかない。
「……本を読みに来た」
「はい?」
至極当然な答えに、素っ頓狂な声を上げた。
「え、えーっと。本を読みに、ですか?」
「閲覧の許可は貰えるか?」
「は、はい。構いませんけれど……」
イストワールが言っている傍から、一冊の本を手にして読み始める。ページを捲り、静かに佇む後ろ姿に一応注意だけはしておく。
「くれぐれも、本に傷などをつけないでくださいね」
「読むだけだ」
「でも、本を読みたいだなんて。貴方も変わっていますね」
「……」
「ここでないとダメなんですか?」
「ああ。ありとあらゆる歴史を記した、この大図書館でないとダメなんだ――俺の探しものは、きっと此処でしか見つからない」
その声は、まるで疲れていた。今にも倒れそうなほど疲弊した声とは裏腹に、その青年からは鬼気迫るものを感じたイストワールは不審に思いながらも、今は静かに読書に没頭している姿を尻目に自分の仕事へと戻る。
イストワールがふと、時計を見ると既に日付が変わりそうになっていた。もう帰っただろうと思い、青年の立っていた場所を確認すると、そこに姿は無かった。
「もう帰ったのでしょうか……?」
「まだ読んでいる最中だ」
独り言に返事が戻ってくるとは思わず、イストワールが慌てて声のした方角を見る。すると、立っているのに疲れたのかソファーにふてぶてしく腰を下ろしながら本を山積みにした青年がいた。見れば、本棚がひとつ、ゴッソリと空っぽになっている。
「ビ、ビックリさせないでくださいぃ……」
「悪いな」
抑揚を失った声を不気味に思いながらも、青年の傍まで近づいた。
「もしかして、此処に有る本を全部読む気ですか?」
「そのつもりだ」
「探し物でしたら、私がしますよ? みっかかかりますけど……」
「いや、いい。他人の手は借りない」
「はぁ……そうですか……」
読み終えた本を閉じて、棚に向かって投げるとストンと小気味良い音を立てて収まる。それに感心しながらも、もう少し丁寧に扱ってくれと注意しておいた。青年は小さく頷いてそれきり読書に没頭する。
それからというもの、膨大な量の歴史書を驚異的な速度で読み進めていく青年とイストワールの奇妙な生活が続いた。言葉は少ないものの、本当に本を読みに来ただけらしく一日中飲まず食わずで読み進めていく姿には不気味さを隠せないが、きっちり睡眠はするようでたまに本を抱いたまま眠る。それにシーツを掛けるという業務が追加されたが苦にならなかった。
手持ち無沙汰になった時や、業務の暇を見つけては声を掛ける。
どこから来たのか。名前はなにか。探し物は何なのか。だが、青年はそれらの質問には全て答えてはくれなかった。徹底して自分の事を語らない。
それでも独りぼっちでいた大図書館よりも居心地の良さを感じていたイストワールだったが、どれほどの月日が流れただろう――青年は大図書館に存在する全ての本を読み終えた。
「すごいですね、まさか本当に大図書館に存在する全ての歴史書を読破するとは思いませんでした」
パタン、と本を閉じて棚に戻す。それに青年は吐息を漏らした。イストワールが傍まで来ると、横目で見るだけで声は掛けない。
「ちなみに、あなたが来てから――」
イストワールの言葉を聞こうともせず、青年は大図書館の扉へ向かっていく。
「あ、ちょっと待ってください! 探し物は見つかったんですか?」
「ああ。おかげ様でな」
呼び止めようとして先回りするイストワールに青年が足を止めた。もう出口はすぐそこだ。だけど、青年は結局、何一つとして語らないまま去ろうとしている。
「――それで、貴方のお名前は? せめてそれぐらいは記録させてください」
「……イストワール」
初めて、青年は大図書館の司書の名前を読んだ。目を閉じて、まるで恋人のように。思わず赤面したイストワールが裏返った声で「ぴゃい!」と相槌を打つ。
青年が、目蓋を開けるとイストワールに指を突きつける。その左目が、黄金の輝きを灯していた――。
「お前に……いや、この世界に。“俺がいた”という記憶はいらない」
「な、何を言っているんですか?」
青年の瞳に吸い込まれるようにイストワールが錯覚を覚えると、小さく電流が流れた。
「ぁ……」
パチン、と身体を跳ね上がらせてイストワールはフラフラと落ちそうになる。その小さな身体を受け止めて、青年はソファーに寝かせた。
スヤスヤと寝息を漏らす司書の顔に掛かる前髪を軽く除けると、扉に手を掛ける。
「イストワール。俺の探しものが何か、お前は聞いたな」
外には、何も無い。ただ荒れ果てた荒野だけが続いていた。最後に大図書館を一度だけ振り返る。
「俺はな。“俺”を殺しにいくんだ――あらゆる次元。あらゆる世界。あらゆる結末に辿り着いた“俺”を殺すんだ。だから、お前に俺の記憶はいらない」
青年は、その手に仮面を召喚した。無貌なる漆黒の仮面を着けると、宣告する。
「――
「ぅ、うん……? あれ? 私……眠っていた……?」
気がついたイストワールがよろよろと浮かび上がると、無人の大図書館を見渡す。そこにはやはり、誰もいなかった。
「うーん、誰も来ていないといいのですけれど……まぁ、此処に来る人なんていませんか」
そして大図書館の司書はいつものように本の整理へと戻っていく。
――超次元ゲイム編、開幕。
「お姉ちゃん、準備出来たよー」
プラネテューヌの教会では、式典の開催に向けてネプギアがドレスを着ていた。
「そう、私の方も終わったところよ」
落ち着き払った女性の声に、カーテンを開けるとそこには女神パープルハートが紺色のドレスを着飾っている。その隣に浮かぶのはプラネテューヌの教祖であるイストワール。
「よくお似合いですよ、ネプギアさん。ネプテューヌさんも」
「ありがとう、いーすん。それじゃ、行ってくるわね」
「うん。頑張って、お姉ちゃん」
「それでは私達も行きましょうか、ネプギアさん。アイエフさん達はもう先に行ったようですし」
「はい」
開会の言葉は四女神によって宣誓される。その為、パープルハートだけはネプギア達とはまた別な場所へ集合となっていた。
「お待たせ、みんな」
「来んのがおせーぞ、ネプテューヌ」
部屋に入るなり、ルウィーの女神ホワイトハートが口をへの字に曲げる。既にグリーンハート、ブラックハートの二人も揃って待っていたようだ。
「そう怒らなくてもいいじゃない、ブラン」
「プラネテューヌで開催だっていうから来てやったのに、寝坊した奴が言うことかよ」
「うっ……それは、その……悪いと思っているわ」
昨夜遅くまでゲームに熱中していた。式典の開催に案の定寝坊した身であるパープルハートはホワイトハートに何も言い返せない。大慌てで準備をしていたからか、パープルハートの髪が少し跳ねている。
「ああ、もうほらネプテューヌ。髪の毛跳ねてるわよ?」
「そうかしら」
「この辺りよ。ベール、そこのクシ、取ってもらえないかしら」
「これですわね」
「ジッとしてなさい。まったく、世話が焼けるわね」
時計を見れば、開会式までそう時間は残されていない。それでも、女神の身だしなみは完璧でなくてはならない。例え他国の女神であってもだ。
「多少緩いほうがプラネテューヌらしいんでしょうけど、そんなんじゃ私達まで笑われるわ。はい、出来たわよ」
「ありがと、ノワール。それじゃ、行きましょうか」
パープルハートが全員の顔を見ると、他の女神達は深く頷いた。
今日はゲイムギョウ界総出の式典――日頃から自分達を支えてくれる国民達への感謝を述べる大事な日だ。