超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
《――こちらジョッシュ。聞こえるか、ナイルス。そちらの調子は? ……そうか、ならいい》
全身に叩きつけられる暴風に晒されていても、やけに明瞭な音声がナイルスに伝わる。それに肯定のサインを返すと、ジョッシュは白いブースターの速度を若干落として並んだ。
《直に、プラネテューヌの国境を越える。コースは覚えているな》
肯定する。眼下をめまぐるしく過ぎ去る風景には目もくれず、前だけを見ていた。教会が迫る。だが、その教会近辺の森林地帯を通過しようとした瞬間にブースターから警告が発せられる。燃料漏れ? そう思って各部の状態をチェックするが、それは一秒足らずで全てクリアの表示に変わった。動作系統には何ら不具合はない。しかし、ジョッシュも同様の症状が出ていた。
《なるほど。どうやら耐久力が足りていないらしい――このままでは燃料タンクもろとも爆発四散するな。頃合いを見て放棄と同時に離脱だ》
肯定する。だが、どうにも教会近辺で行動している相手はそうさせてはくれそうにもないようだ。ジョッシュにそれとなくレーダーに映る影に注意を促すと唸っている。
《……なるほど、これは厄介なことになりそうだ》
《……》
《どうするか? だと。決まっているだろう。我々と、あそこにシロトラがいる。ならばやることはひとつだ。違うか》
《――》
肯定。ナイルスは頷き、ギシッ、ミシッと限界を訴える背面に接続した超大型ブースターの切り離しに取り掛かる。既にいくつかの部品がはじけ飛んで黒煙をあげていた。
《これ以上は無理だな、パージする! お互い、とんだ不良品を積まされたものだな》
毒づきながらも、その声色はどこか嬉しそうだった。それも当然だ。リーンボックスの腕利き傭兵として名を馳せていたジョッシュとしては、工事現場で指揮を執るよりも戦場に身を置いていた方が長い。ナイルスもまた、接続を解除して落下していく。視界に広がる市街地と、舗装工事途中のロボット達。
プラネテューヌの街中であろうが、辺境の土地であろうが、どこであっても構わない。
《戦場は良い……私にはそれが必要なんだ》
《――》
メインブースターを吹かして着地の衝撃を和らげて緩やかに接地すると、道行く市民達が逃げ出していた。
《親方ー、空から戦闘ロボットがー》
《誰が親方だ。総員、作業中断。市民の避難誘導を最優先だ》
《了解ー》
《……おいロゼ。貴様、もっと急げ》
《無ー理ー》
まるで飼い慣らされた水牛のようにのんびりとした動きで重量級ロボット――ロゼは両手を広げて市民を誘導し始める。濃いブルーの隊長機――シャニは武装したジョッシュとナイルスを前にして、手元のバインダーに挟んだ指示書をめくった。
《何の用だ。アームドソウルスのナンバー2ともあろう輩が。現在はプラネテューヌ近辺の修繕工事の途中、その仕上げ中だぞ。これ以上仕事を増やしてもらいたくはないのだが》
《それは済まなかった。こちらも想定外の事態でな》
《想定外? 何をバカなことを言っている。白昼堂々とプラネテューヌの空と地に軍靴で踏み入った罪は重いぞ》
《ならば、どうする。丸腰のお前になにができる》
ペラリとめくり、残りの工程を数え終えたシャニが両手を上げる。
《何も出来ないさ。だが、運が悪かったな》
甲高いバーニア音。近づいてくる方角に向けてジョッシュがライフルを向けて警戒していた。人混みを飛び越え、ビルの壁面を滑るように駆け下りてくる純白の機体――。
《我らが総司令官、シロトラ様が視察に来ておられる》
《総司令官はやめろと言ったはずだぞ、シャニ》
《申し訳ありませんでした、シロトラ様》
《この場は私が引き受ける。退避しろ》
それに黙って頷くと、シャニもロゼと同じく市民の避難誘導を始める。
《押さないでください。老人と子供には手を貸して。慌てないで》
《こーっちだぞー》
そこには、レオルドの姿もあった。
《みなさーん! こっちっすー!》
《レオルド。お前はこういう時くらいしか役に立たないんだから人一倍頑張れ》
《頑張ってるっすよ! シャニさんこそ、もうちょっと言葉遣いどうにかした方がいいと思います!》
《そういう生意気な口は私に戦績で勝ってから言うんだな、万年最下位》
《喧嘩はダメだぞー》
――なお、
一触即発の空気が流れる市街地。ここでアームドソウルスのナンバー2とナイルスのコンビがシロトラを相手に戦闘でも始まろうものなら被害は免れない。それだけは避けたかった。
《――いくぞ》
動こうとしたジョッシュと、それを迎え撃とうと僅かに動くシロトラ――だったのだが、次の瞬間に鳴らされたけたたましい警笛の音によって出鼻を挫かれる。
「こぉらぁーーーー!! そこのロボット一号、二号、三号!」
ビシッ! と指を差されて、三人の動きが止まった。何事かと視線を向けると……いや、本当に何事なんだ。
避難誘導の手をすり抜けて臆することなく三人に向かって叫んだのは、ブラウンの髪にエプロンをつけた、うら若い女性。若妻、というよりは「料理中の女子高生」のような印象が半々くらいだろうか? 一部が豊満に育ったスタイルを恥ずかしげもなく胸を張りながら目をつり上げていた。
《一号……?》
《私が二号か……》
《……》
となれば、ナイルスが三号。
「人がプラネチュ……テ、ユ……プラネテューヌ! に来てウキウキしてたのになんでいきなりこんなことになってんだよぉ! なにしてんだ! 他人の迷惑考えろ! 一般常識! マナー!」
《………………》
言っていることは分かる。確かにそうだ。自分達は国民の生活を脅かそうとしている。非常識極まりないことだ。なのだが――。
《その、いいだろうか?》
「ん? なに?」
《……その手に持っているボロ雑巾のようなものは、一体何だ》
「ああ、これ? 気にしなくていいよ」
多分、人間だ。黒い擦り切れたコートを羽織った人間だ。確か新聞で見たことあるような気がする。プラネテューヌ国境警備隊が今こうして作業している原因になった、とんでもない危険人物が襟首掴まれてテディベアよろしくな状態で身動き一つしてない。というか生きてる?
人間らしき物体を片手に持っている相手に一般常識を説かれても……とは言い出せないほどまくし立てられた。
「オホン。まぁとにかく。街中で戦闘するくらいなら別な場所でやりなさい」
《いや、しかし》
「いやしかしもだがしかしも無いんだよ! 見ろよそこの無様な工事現場をよぉ! 納期! わかる?」
《わかる、が……》
「時は金なり、タイム・イズ・マネー! 旅行に来ている一分一秒を金で解決できるなら出すもん出せよオラァン!」
《あ、いや、今は手持ちが……》
「じゃあ帰れ! 回れ右!」
ジョッシュが出鼻を挫かれた挙句、ぐいぐいと押されて回れ右。ふんばろうとするも、綺麗に均された地面に踏み止まれない。
《な、なんだこの力……!? 貴様、人間か!?》
「吸血鬼だ! 私のことはいいから、はよ! はよ!」
《おいやめろ! くっ、ナイルス! 貴様も見ていないで助けろ!》
《…………》
背中を押されるジョッシュの横を、バーニアを吹かしながら滑るように移動していくナイルス。逃げるように遠ざかっていく姿に肩を落とした。
《大体、なぜ我々なんだ! もしかすると向こうが悪いのかもしれんじゃないか》
「どの口ー、お前どの口ー? 馬鹿でかいブースターで空飛んでるのしっかり見ましたしー。走って追いかけたんだから間違いない」
《走っ……!?》
いや。まかり間違っても追いつける代物ではないし、現にバイクで追いかけていたアイエフがこうして現場に到着している。バイクから降りるなりシロトラに駆け寄った。
「ちょっと、何が起きてるのよ?」
《アームドソウルスが侵入してきた。私が迎え撃とうとしたのだが……》
「……誰、あれ? 主婦? にしては随分と怖いもの知らずでパワフルね。……んん?」
アイエフが眉を寄せる。その手に持っている人間に、見覚えがあった。成人男性。左目に刀傷。黒い衣装に、そこまで見てそれが誰なのか思い当たった。
「エヌラス!? アンタ、ちょっ、大丈夫なの!?」
「んにゃ? コレの知り合い?」
「こ、コレって……」
旧神をコレ扱い。しかもゴミのように捨てられてる。ボロ雑巾のようなエヌラスを揺らすと、息も絶え絶えといった様子だ。
「アイエフ……俺はもう、ダメかも知れん……」
「そうみたいね。はい、ネプビタン」
「ありがてぇ……」
震える手で受け取り、飲み干す。
《ええい、私の邪魔をするな!》
ジョッシュの手を避けて、主婦?らしき女性は肩を回した。
「おー? なんだー? このユノスダス国王様に喧嘩売ろうってか? よーし、やってやんよ」
光が集まり、武器を形成する。それがどのような得物であれ、ジョッシュはこの女性に加減する気は無かった。
そして、その手にはフライパンが握られる。どう見ても調理器具。誰が見ても調理器具。紛うことなき調理器具。どこのご家庭でも見かける調理器具の一種。それに間の抜けた声が上がる。思わず無防備に、それも棒立ちで構えてしまった。
《え?》
「せーの、せっ!」
それを振りかぶる。野球選手のごとき見事なバッティングフォーム。ジョッシュの胴体をぶん殴り、身体が宙に浮き――そして、吹っ飛んだ。ぐんぐん遠ざかる。青空に吸い込まれるように吹き飛び――星になった。
「おー、飛んだ飛んだ。軽いなー……あ、曲がってる」
メギョッ。持ち手の曲がったフライパンをまるで針金のような軽さで曲げ直す。
「…………馬鹿げてるわ」
「吸血鬼だからな……身体の元がちげぇ……」
その凄さは今しがた目の前に見せつけられた。
「で、一体誰なの?」
女性は振り返り、アイエフに向き直ると満面の笑みを見せる。その下から覗く八重歯は吸血鬼の証。柑橘類の髪留めに、ふわりと広がった髪から香るのは柑橘系のシャンプー。
「私? 私は商業国家ユノスダス国王、ユウコ! よろしくねー」
ニコニコと太陽のようなまぶしい笑みで手を振る女性こそが――アダルトゲイムギョウ界でエヌラスが最も信頼し、世話になっている保護者のような人だった。