超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ネプギアの案内でユウコはプラネテューヌを見て歩いて回る。その途中で買い出しも含めて、休憩がてら公園のベンチに腰を下ろす。
「いやー、歩いた歩いた。大丈夫? ギアちゃん」
「は、はい……」
女神候補生が現在、足が棒になるほど膝を震わせていた。
「……わたし、女神候補生なのに……これでも結構頑張ってたはずなんだけどなぁ……」
「?」
疲労困憊のネプギアと違って、ユウコはと言うとニコニコと笑っている。休憩しようと言い出さなかったらプラネテューヌを一周させられていたかもしれない。
「ギアちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫です! でも、少し休ませてください……」
「そっか。いやー、それにしても面白いところだねプラネテューヌって! みんなニコニコと幸せそうだし。私って旅行とかあんまり行ったことないから、こういう他の場所に来るとついついはしゃいじゃって……ごめんね、ギアちゃん。迷惑だったでしょ」
「いえ、そんなことないです!」
エヌラスさんに比べれば――危うく言いそうになった言葉を飲み込む。ユウコのしたことと言うと、街のゴミ拾いや少し小言を漏らしたくらいで全然かわいいものだ。少なくとも教会をぶっ壊しそうになったどこぞの旧神と違って。
「エヌラスさんとでかけたりとか、しないんですか?」
「えっ!? な、ななんでアイツと一緒に? なんかそういうの、デートみたいじゃん」
「でも、一緒にプラネテューヌに来たじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ。他所様に迷惑掛けたんだから、一応身元保証人である私が頭を下げに来るのは当然でしょ? デートとかじゃないよ」
「じゃあ、今度プラネテューヌを一緒に歩いてみたらどうですか?」
「よ、よせよー。そういうの、ほら……そのぉ……恥ずかしいし。ほら! お互い忙しいし、さ……私はユノスダスの仕事山積みだし、アイツは邪神狩りで大変だから」
「いいじゃないですか、たまには」
「たまには、かぁ……」
「どうか、したんですか?」
ユウコの目は遠い空を眺める。夕暮れに染まり、茜色の空には雲が流れていた。
「……ギアちゃんはさ。アイツのこと、どう思う?」
「えっ!? と、突然ですね」
「だって。私、アイツの事全然知らないんだよ。なんで邪神と戦ってるのかも、どうして私を気にかけてくれてるのかも。知ってることと言えば、決まって野垂れ死にそうになりながら教会の前で倒れてるくらいだし」
「……」
「もー、聞いて? アイツと初めて会った時なんて、雪の降る寒い日に私が気合入れて外に出たらさ。何が居たと思う? 人間雪だるまだよ? しかも壁によりかかって! 私最初、それが人間だなんて気づかなくてめっちゃくちゃビックリしたんだから。しかも第一声が「……めし。しぬ」だったんだよ? どう思うよ」
「え、えーっと……」
「とりあえずご飯あげるじゃん? それから話を聞くと、旧神だなんて言うもんだからうわー、面倒くさいの拾ったなぁとか思ったよ。でも邪神が現れたと思ったらすっ飛んでって倒して帰ってくるもんだから更にビックリした。ボロボロで傷だらけの血塗れで、顔を見るなり「飯! 死ぬ!」ってそれしか言えねーのかって、ね」
エヌラスが繰り返してきた戦いを、ユウコは知らない。エヌラスが旧神となった日の事を覚えていない。塔争の最中――ユウコは死んでいる。エヌラスの妹の手によって。
あの日のことを思い出す。ネプギア達が大魔導師と死闘を繰り広げている最中、ユノスダスがブラックホールによって消滅したのを。
ユウコは何も知らない。覚えていない。自分達がいなくなってからもエヌラスは戦い続けている。
「あの、ユウコさん」
「んにゃ? なに?」
「えっと、アダルトゲイムギョウ界は今何年ですか?」
「んー? 多分、こっちと同じだと思うよ? “AD2013”だけど?」
「――――」
何かが、おかしい。元々、アダルトゲイムギョウ界はこのゲイムギョウ界から切り離された世界。つまり、元の時間軸は同じはずだ。そうであるならば、同じ年号でなければ辻褄が合わない。
「エヌラスさんと出会ったのは、一体いつですか?」
「アイツと出会ったの? そうだなぁ……確か――五年、か六年くらい前?」
心臓を鷲掴みにされた気がする。
たった二年。そう――ゲイムギョウ界では、たった二年しか経っていない。
つまり、それはエヌラスがまだ“繰り返している”という証拠だった。本来であれば進むべき時間が巻き戻っているからこその時差は、確かな亀裂を生み出している。
一体、どれほどの時間を戦い続けてきたのか。ネプギアには分からない。分からないが、ひとつだけ確信を持って言えることがある。
あの戦いから、塔争を勝ち続けているのがエヌラスであるということだ。
「…………」
「本当に大丈夫? 顔、青いよ?」
「あ……だ、大丈夫です! 飲み物買ってきますね!」
「え、いいの? 私が買ってくるよ?」
「大丈夫、大丈夫ですから! ユウコさんは荷物の見張りお願いしますね」
「うーん、そういうなら甘えちゃおうかな。あ、私はオレンジジュースで」
「はい」
ネプギアがベンチから離れて自動販売機で飲み物を買っていると、エヌラスとレオルドが歩いている姿を見つける。それに声を掛けた。
「エヌラスさーん」
「ハァ、ハァ……あぁ、ネプギア……、どうした」
「大丈夫……ですか?」
「だいじょばねぇ……」
《め、面目ねぇっす……》
見れば、ふたりともボロボロだった。何があったのかを尋ねると、エヌラスが横目でレオルドを睨む。
「このやろうがな、次から次へと。モンスターを呼んで、しかも天井は崩れるわ生き埋めになりかけるわ道に迷うわで、めちゃくちゃやばかった」
《う、うぅ……それを言ったらエヌラスさんも同じじゃないっすか! 敵を蹴るわモンスターから生きたまま素材を剥ぐわでドン引きっすよ! 怖いっす!》
「集めりゃいいんだよ集めりゃ!」
「なんか、大変だったみたいですね……」
「こいつのお陰でな」
《すいませんでした……》
レオルドが綺麗に頭を下げる。それにエヌラスは怒る気力もないのか、そもそも散々叱ったのか呆れていた。
「もういいさ、気にしてねぇよ。また機会があったら一緒に行こうぜ」
《マジっすか? ありがとうございます》
「とりあえず、ギルドに報告行ってくる……」
《あ、じゃあ自分が納品してくるっすよ》
「………………」
《なんすかその目は! 大丈夫ですって! クエストの発注元であるプラネテューヌ第三資源採掘場は自分の知り合いがいるから迷ったりしませんから! マジっす!》
「なら、頼むわ……俺は疲れた」
《はい! それに、癖のある人達っすから……》
「尚更頼む」
《了解っす。今日はありがとうございました! 色々勉強になりました! では、またそのうち!》
エヌラスは去っていくレオルドを見送って、肩を落とす。
「なんだ? ネプギア」
「あの、エヌラスさん……あれから一体どれくらい戦い続けているんですか?」
「…………さぁな。忘れた」
「じゃあ“今回”はどれくらい、戦っているんですか?」
「…………俺の記憶が正しければ、十年くらいだ」
「じゅ――!?」
「それがどうかしたか?」
どうかしたどころの話ではない。ユウコと出会うよりも前からエヌラスは邪神と戦っている。誰かに助けを乞うこともなく。
十年か、それ以上の時間を戦い続けても失敗すれば、また最初からだ。
「キンジ塔は……」
「塔争は、無いことにされている。今は、あくまでも伝承に残る空物語としてな」
「じゃあ、神格者同士による戦争は起きていないんですね」
「そうする為に、何回繰り返したかな俺は……」
目を逸らしてエヌラスは呟く。
「あーやめだやめ。こんな辛気臭い話がしたくてこっち来たんじゃねーよ、俺は! 何してたんだ」
「えっ、あの、ユウコさんにプラネテューヌを案内してました。それで今は休憩してて、飲み物を……」
「そうか」
「エヌラスさんもなにか飲みます?」
「水」
「は、はい……」
自販機のおいしい水を一緒に買って、ユウコの座るベンチに戻る。
「おかえり、ギアちゃん。ありがとう。エヌラスもお疲れ」
「マジ疲れた」
「はっはっは、でも荷物持ちな」
「勘弁しろよお前よぉ……」
「頼られるのは男の本懐だろ~? ほれー」
「…………ユウコさん」
「ん?」
「もうちょっと、エヌラスさんを労ってあげてもらえますか?」
「どうしたの?」
「だって――」
言いかけた口を、エヌラスは自分が飲んでいたペットボトルで塞いだ。その間に荷物を持って、固まるネプギアをユウコから見えない位置で睨む。
“何も言うな”
その目が、そう言っていた。
「へっへっへ、女神候補生との間接キスだ」
「うわ、最低だなお前!」
「お前も飲むか? 水」
「水が飲みたきゃ公園の水道で飲めよ! 何が天然水だよ!」
「りんごジュースなんて黄金水じゃねぇか」
「うるせぇよお前!」
ユウコが顔を赤くしながら、荷物を持って両手の塞がっているエヌラスを蹴飛ばしている。それに頬を綻ばせながら、エヌラスはネプギアに手を差し出した。
「なにしてんだ、いくぞ」
「あ……はい――」
よく見ると、やはりその手は傷だらけだった。無数の傷跡を誤魔化すように銀鍵守護器官で治してある。だが、やはり間に合わせの治療なのか薄っすらと残っていた。
その手を取ると、ネプギアは強く握る。ほんのりと温かい手に抱き着くようにして。
「むっ。ギアちゃんが恋人ポジションに……なら私はこっちの手で――!」
「お客様。当店の右手は荷物で塞がっております」
「そんなこったろうと思ったわ、ばっきゃろうめーーー!」
ユウコの張り手を防御しようがないエヌラスの頬から小気味良い音がプラネテューヌの公園に響き渡った。