超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ピーシェはネプテューヌとの再会に浮足立って全身で喜んでいる。倒れた身体にのしかかると、ぐりぐりと頭を擦りつけていた。
「あぁ~、ピーシェちゃんだめだよぉ~。ねぷちゃんが潰れちゃう~」
「……その、前に……俺が、潰れてるんだが…………」
「?」
言われて、ようやく自分が下敷きにしている相手に気づいたのかプルルートが怪訝な表情をしながら自分の足元に視線を向ける。エヌラスの視界にはプルルートのパンツが一杯に映っていた。一刻も早くこの状況を打開してもらいたいのだが、相手は不思議そうに顔を赤らめている。
「ええっとぉ~……」
「お願いだから、はやくそこを退いてくれないか……」
「えっとぉ、あたしぃ、困っちゃうなぁ~」
ネプテューヌが撃沈し、エヌラスは潰され、混沌とした状況のバルコニーに顔を覗かせるのはユウコだった。
「あれ。みんなどうしたの? クッキー焼き上がったよ?」
どうやら先程の騒ぎを聞いていなかったようで、不思議そうにしている。
「え~っと、みんなぁ久しぶりぃ」
「え、えぇ。久しぶりね、プルルート……」
「でもどうしたの、ぷるるん。コッチに来るーなんて突然言われたからびっくりしたよ」
「だぁってぇ、ねぷちゃん達が困ってるの~放っておけないんだもん~」
プルルートなりに力になりたい、と思っているらしい。しかし、エヌラスは首を慣らしていた。
「大丈夫? エヌラス」
「首の骨が折れるかと思った……」
「今更一本や二本グチグチ言わないの」
「いや、首は一箇所しかないんだが」
流石に少女二人分の体重を受けて無事な程頑丈な骨格でもない。正直な話、邪神との戦い以前に空から落ちてくる二人を受け止めて死亡ではいたたまれない。
「くだらん理由で死ぬところだった」
エヌラスが首を慣らしつつ、銀鍵守護器官で損傷箇所を修復。邪神との戦いが続いていたせいで、自分の身体を修復する時は機械的な挙動で再生にとりかかってしまう癖がついてしまった。頭の奥の冷静な場所がコンディションを最高の状態を維持する。そのせいで睡眠を摂るのですら一苦労だ。
プルルートはネプテューヌと会うのは久しぶりなのか、嬉しそうにニコニコと笑いながら手を叩いている。お互い同じプラネテューヌの守護女神とあってだけか息はぴったりだ。もう一人――ネプテューヌがピィ子と呼んだ幼女はユウコの作ったクッキーを食べて目を輝かせている。
「これ、おいしい!」
「そーお? 嬉しいなぁ、ピィちゃん。ジュース飲む?」
「のむー!」
子供の相手となると、持ち前の包容力というか面倒見の良さが幸いしてか年下相手には好まれていた。エヌラスはと言うとプルルートの方に視線が自然と向いている。
“あくまでも期待せずに”声をかけた。
「“プルルート”」
「……え~?」
「……」
「えっとぉ……」
声を掛けられて、プルルートは困っている。それにネプテューヌは思い出したように肩を寄せた。
「ほら、ぷるるん。覚えてない?」
「え~っとぉ……んっとぉ……う~ん……」
「…………」
「ごめんねぇ……、えっと――はじめ」
「“初めまして”は、聞き飽きてる。悪いな、プルルート。エヌラスだ、よろしくな」
手短に自己紹介を済ませると、エヌラスはコートを翻しながら背を向ける。
「エヌラス、どこに行くのよ」
「アーサーを探してくる。アイツの事もお前らに紹介しないといけないだろ? ただ、あいつは携帯持ってないからな」
そう言うと、一切の言葉を拒絶するようにエヌラスは部屋を後にした。
「……ねぷちゃん~、あたし、悪いことしたかなぁ……」
「あ、うぅん。別にぷるるんが悪いわけじゃないんだ! 悪く、ないんだけど……どうしたんだろ」
決して。プルルートが悪いわけではない、だがそれでも――“リセット”を繰り返して“コンティニュー”してきたエヌラスにとって、それはまるで呪詛のように耳に染み付いている。見知っている顔から聞かされる「初めまして」は、エヌラスにとっては何よりも忌避する言葉だ。禁句と言ってもいい。それはロリコンと同じくして。
「う~ん……下敷きにしたのは、謝りたかったのにぃ~」
「ま、まぁぷるるん。別にエヌラスは怒ってるわけじゃないんだし、後でちゃんと謝れば許してくれるよ! なんだかんだ言って、ちっちゃい子に甘いんだから! わたしとか! って、うぅ、言ってて悲しくなってきた」
「え~、ねぷちゃん大丈夫~? よしよし」
プルルートがネプテューヌの頭を撫でると、ピーシェもそれを真似する。
「ねぷてぬ、いたいのいたいのとんでけー! どう?」
「うん! ありがとー、ピィ子! いつものわたし、参上だよー!」
「ほらー、ぴぃちゃん。美味しいクッキーあるよー」
「たべるー!」
すっかりピーシェはユウコに餌付けされてしまったようだ。
――そして、誰も知らない。今この時からゲイムギョウ界地上最強の爆裂コンビが誕生したことを。
エヌラスはプラネテューヌを歩いていた。我ながら下手な嘘を言ったと思っている。ミリオンアーサーを他の女神たちに紹介したいだなんてよくもまぁ平然と嘘を言えるものだと。
そこまで気が回せるほど、自分は器用ではないことを他でもない自分が知っている。
『そうか、君の名前はエヌラスか――“初めまして”、ボクは――』
『お前の名は? ――そうか。“初めまして”だな。我が名は――』
『お前は一体何者だ? ……そうか。ならば、俺の名は――』
知っている、知っているとも。知り尽くしているとも――――。
お前はバルド・ギア。
お前はアルシュベイト。
お前は大魔導師――。
俺は“お前達以上にお前達を知っている”のだから――きっと、この先に待ち受けている運命すらも知っている。そして、その結末を変えたかった。それでも次元神の決定は覆らない。
エヌラスは知らず知らずの内に、タバコに手を伸ばしていた。
わかっている。知っている。
リセットから記憶を取り戻すためには何か刺激が必要だ。一目顔を見合わせただけで記憶が戻れば苦労しない。内心、苛立ちながら短スパンで二本目のドラッグシガーを吸い始めた。道行く人々の顔が嗅ぎ慣れない匂いに鼻を鳴らしながら振り返っている。
(ああ、クソが……)
悪い癖だ。本来ならば右腕の魔術回路と神経接続の補助に使うべきドラッグシガーをストレス解消などと魔術師ならば精神剥離でどうにでもなる初歩中の初歩で使用している。なにが感情を理性で制御するのが魔術師の基本だ。今でも自分はどこか感情任せに生きていた。
空を見上げる。腹立たしいほどの快晴――エヌラスは紫煙を吐き出す。柑橘の匂いにしたのを今だけは後悔していた。嫌でも思い出される光景の数々に、タバコの味が段々と苦味を増してくる。
(ああ、嫌だねぇ。無駄に年は食いたくないものだ)
気晴らしにどこかへフラリと足を伸ばそうか思って、携帯灰皿にタバコを落とし込もうと視線を下に下げた――その時。
「――“
「ッ!?」
エヌラスが慌てて顔を上げて周囲を見渡す。だが、そこに声の主はいない。背後を振り返る。しかしやはり、そこに声の主はいなかった。
(今のは――!)
ハッキリと聞こえた声に、血眼で周囲を探す。だが、やはりプラネテューヌの市民たちは不思議そうにしていた。エヌラスが聞いた声は、初めて聞いたはずだ。だが、どうしてかそれが不吉を招くものだと自分の第六感が訴えている。
(セロン……? いや、今のはアイツの声じゃない。だったら誰だ、今のは)
嫌な予感がする――エヌラスが背筋に悪寒を感じるのと、プラネテューヌ市民の悲鳴が聞こえてくるのは同時だった。
「向こうの方角か!」
エヌラスの足は、既に駆け出している。今はむしゃくしゃしている。誰でもいいからぶちのめしてやりたい気分で一杯だった――正直な話、不謹慎ではあるが邪神だったら大歓迎だ。
……ことは数分ほど前に遡る。
ミリオンアーサーとチーカマの二人は、プラネテューヌを見て回っていた。自分の見知っているブリテンとは違い、科学技術の発展した街並みを見るというのは旅行の醍醐味でもある。だがなによりも王を目指しているアーサーからしてみれば自分がいずれ作るであろう国の基盤としての学習も含まれていた。とはいえ、結局は技術の差から違いも生じるだろう。
しかし不思議な事に、プラネテューヌですれ違う人々は揃って笑顔だった。
「ふむ。実に充実した時間だな」
「ええそうね。アーサーがわたしのことを無視してガンガン進んでいかなければ」
「何を言っている、チーカマ。これでもわたしは気遣っているのだぞ?」
「ほんとうに? さっき新作クレープを見かけて全力で人をおいて行ったの誰だったかしら」
「あ、あー……あはは。それは、それだ」
誤魔化すように笑うアーサーの耳が、どうしてかその音を聞き取ってしまう。――カチャリ、と鎧の金属同士が擦れる微かな音。
「――この音は」
「どうしたのよ、アーサー?」
「チーカマ、隠れていろ!」
「えっ!」
『Arrrrrr――――!!!!』
それは、まるで野獣の咆哮。雄叫びに近いものだった。大気を震わせながら音の発生源を辿るが、それはすぐに上空からだと見当がついて空を見上げる。
飛び降りているのは、人型の影が落ちていた。アスファルトの地面に四つん這いになりながら着地すると、それだけで地面がひび割れている。通行途中の車がハンドルを切って歩道に突っ込んでいた。
「こやつは……!」
『
唸る。獲物は誰かと辺りをめまぐるしく見渡している中に、アーサーは聖剣を抜き放ちながら車道に飛び出している。
「皆の者は逃げよ! この猛獣はわたしが引きつける!」
「アーサー!」
「案ずるな、チーカマ。このようなものに遅れは取らぬ――」
そこで、ゾッと背筋を駆け上がる粘着くような悪寒が走った。
『……Ar……!?』
「……なんだ」
邪神の視線がアーサーひとりに向けられていることに気づく。先程まで誰が敵か分からずに手当たり次第に襲いかかろうとしていた姿とは裏腹に、今は照準を定めた銃のように視線で射抜いていた。
『――
地獄の底から手を伸ばす声、地を這うような怨念。
果たして――“
『
遮二無二、一切の策もない。まるで猪武者のような猛突進。
それを受け止めるアーサーの聖剣エクスカリバーと、衝突する金属音――戦闘の火蓋は切って落とされた。