超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
『
それは、まるで呪詛のように。まるで自らを縛る呪いであるかのように。狂ったように求め、繰り返す名前。レオルドが背中のグレートソードを展開する。邪神の振り下ろす剣と衝突して、恐るべき腕力に後退った。仮にも標準型の重量とはいえ、それは人間の体重の彼我ではない。それが押し負けるとあっては先程までの攻撃とは比べ物にならない破壊力だ。そこに魔法は一切感じられない。それは詰まるところ、この邪神の本領でもあった。
弾かれるように互いの剣が離れる。重量で叩き潰すグレートソードよりも、邪神の持つ剣は軽やかに曲線を描きながらレオルドの関節部を狙った。しかし大腿部のスラスターを逆噴射させて後ろに下がると、僅かに切っ先が掠めるだけに留まる。
《あっぶなっ!? 何なんですか、コイツ! 滅茶苦茶やべぇですよ!》
距離を取って、グレートソードを振るうが一撃の重い攻撃を掻い潜るなり首元目掛けて鋭い突きを繰り出した。だがそれを阻むようにエヌラスの偃月刀が刀身で受け止める。そこから繰り広げられる攻防は何度繰り返したかも分からない。空いた手に更に偃月刀を召喚して斬り合う。
《どぉりゃあああ!!!》
そして、それに横から飛び蹴りが入った。邪神が転がり、そこへパープルハートが太刀を滑らせる。しかし、一瞬早く全身が霧に包まれた。カキン、と軽い金属音と共に離脱すると切っ先が目と鼻の先を通り抜けていく。
「……どうやら、あの霧もネガティブエネルギーの産物みたいね」
シェアエネルギーとは真逆の性質を持つエネルギーによって形成される霧。加えて、本来の得物を手にした剣技の冴え。更には、自分自身ですらもそれを動力源としているとなると、なるほど邪神に相応しい。だが、それに狙われるミリオンアーサーは身に覚えが全くなかった。だからこそ、不気味に思う。
なぜ名前を知っているのか。なぜその剣を持っているのか。思い出せない。
「お主は、一体何者なのだ……誰なのだ」
『…………』
「答えろ、狂犬!」
その返答は、剣戟によって遮られた。
「話すだけ無駄よ、ミリアサちゃん!」
「ええそうね。こんな知り合いいるなら友達は選んだほうがいいわよ!」
「ノワールがそれを言えるのかしら。ぼっちなのに」
「ぼっちじゃないって毎回言ってるでしょネプテューヌ!」
パープルハート、ブラックハートの二人に挟撃されてもなお冴え渡る剣技に益々アーサーは困惑する。分からない。一体誰なのか。
「エヌラス……お主、もしやアイツの正体を知っているのではないか?」
「いいや、知らねぇ」
「本当か」
「……ああ」
「それは、私をアーサーと知ってなおも言えるか」
「…………」
エヌラスは、左手の偃月刀を投げ放った。それを邪神が難なくキャッチすると、今度は二刀流の剣技によって二人の女神が跳ね除けられる。
「エヌラス、バカ野郎! コイツに武器を与えてどうすんだ!」
ホワイトハートの言葉に、エヌラスは肩を竦ませた。――そうだ。確かにその邪神はどんなものでも自分の得物にしてしまう。自分の手の延長のように自在に扱う、例えそれが“ガラス細工”だったとしてもだ。
戦斧の一撃を受けた偃月刀が、ガラスのように砕ける。幻惑の鏡像、ニトクリスの鏡によって形だけ作られた偃月刀は呆気無く粉砕されて、それに一瞬だが動きが止まった邪神の胴体をグリーンハートの連続突きが一瞬のうちに吹き飛ばした。
「……心当たりは、無くはない」
「ならば!」
「そうだとしても、アイツはお前の知っている騎士じゃない」
「――やはり、私に縁のあるものなのだな」
「“名前”だけならな。理性のないアイツが執着するのは、お前の名前だけだ」
そこで、エヌラスは不意に自分とあの邪神を比較する。……嗚呼。なんておあつらえ向きなのだろう。
理性のある自分が、執着して固執して。こんなにも恋い焦がれて、それでもなお救われない世界。報われない人々の命。盟友も戦友も、愛すべき絆も何もかも無に還してきた。それでもまた繰り返す――“終わりなき路”を歩んでいるのは、自分も同じではないか。
『GAAAAAAAAッ!!』
剣圧が一瞬の静寂を引き連れて、周囲をなぎ払う。衝撃でホワイトハートが吹き飛ばされる。
『Ar……!! ――Arthurrrrr!!!』
《ここは、どわぁぁ!?》
羽虫でも払うかのようにレオルドのグレートソードを拳で打ち払い、邪神は蹴り飛ばした。
――鏡写しのように、二人は相対する。
この邪神の目に自分はどのように映っているのだろう。きっと、ひどい顔をしているに違いない。
こんな風に、狂っているのだろう。こんな風に壊れているのかもしれない。
「…………そんなに死にてぇか」
『…………』
それは、冷たく感情の欠けた言葉だった。だが、どうしてかその瞬間にその場は静まり返り、邪神ですらも止まっている。
「ああ、今更ようやく理解したよ。どうしてテメェが、アイツの手で俺に差し向けられていたのか。俺もお前と同じだよ“
「……エヌラス?」
パープルハートが訝しむ。ブラックハートも機を窺う。
「胸糞悪ィ、吐き気がする。くそったれが……」
これは――ただの、嫌がらせだ。あの仮面の邪神による、ただの嫌がらせなのだ。「お前のやっている事は、傍から見ればこんなにも頭がおかしいことだ」と言っている。なんて性格の悪い野郎だ。エヌラスは内心で毒づき、もはや見るに耐えないほど哀れに思えてきた目の前の邪神に溜息をつく。
こいつも、自分も結局は安らかな死に場所を求めているのだ。そんなもの、生きている限りはどこにもありはしないというのに。
「そんなに死にたきゃ、望み通りにしてやる――!」
剣が揺れ動く。それを右手で掴みとり、エヌラスは邪神の面頬を渾身の一撃で殴りつけた。冗談のように吹き飛ぶ姿に四女神が呆気に取られる。励起された右腕の魔術回路が輝いていた。それは、肌の内側から光輝き、エヌラスの右腕を照らす。
指先だけでなく、二の腕、肩から更に右の顔半分までもが励起された魔術回路で光る。それは葉脈のようでありながら機械的に張り巡らされていた。決死の「機神招喚」によって潰れた腕を治す為に、そこまで自分の身体を削った証拠でもある。
「あ……」
「……」
それを抑制するためのドラッグシガー。そうまでして戦い続けているエヌラスの背中を、どうしてパープルハートとブラックハートが止められようか。
エヌラスの左手に浮かび上がるのは、五芒星のシェアクリスタル。それに、苦い顔をするのが二人ほどいた。ホワイトハートとグリーンハートである。
「
光に包まれていき、エヌラスは変神を果たすとその手に偃月刀を構えていた。ブラッドソウルはプロセッサユニットを装着すると左手にも偃月刀を握りしめる。二刀流だが、先ほどのようなブラフはない。正真正銘、二本とも本物の得物だ。
「テメェの旅路はここまでだ、狂犬!!」
『Gaaaaaッ!!』
二刀流の猛攻、それを手にした剣一本で打ち払い、捌き、時には受けて流しながら切迫する邪神の剣技には目を丸くする。
ブラッドソウルもまた、振り下ろされる邪神の剣を交差させるようにして防いだ偃月刀に亀裂が走ったことで戦慄した。
「冗談じゃねぇ!」
基礎骨格と魔術格子、その両方を超えた先にある術式に介入。破断させるほどの切れ味――それは間違いなく、物理的な威力のみでは成し得ない。ただの実体剣ではなく、ならばそれは人ならざる者の手によって鍛造された物。汚染されているわけではない。となれば、それがその剣本来の切断能力。ヒビ割れた刃の偃月刀を投げ放つと弧を描きながら邪神の身体を打ちのめして更に反転して戻ってくる。片方を掴み、もう片方を霧を纏う剣で弾く。だが、執拗に狙う偃月刀と、左手に握り締めた偃月刀で相殺すると今度こそ砕け散った。
「どうやら、本当に厄介な相手みたいね」
「ええ。有効打を与えられるのは霧が晴れた時だけみたいですけど」
「さっきみたいに爆発に巻き込めりゃいいんだが……」
だが、その度に一般市民の車を犠牲にするわけにもいかない。
――待てよ。と、ブラッドソウルは思いつく。脳裏に浮かぶのは、お手頃価格。手のひらサイズにタンクローリー一台分の破壊力を秘めた手榴弾。
「レオルド、大丈夫か」
《あ、はい。大丈夫っす》
「…………」
アーサーの手を借りて立ち上がるレオルドが、自分に向けられている視線に気づいて狼狽えていた。
《えっ、あの……何ですか? 俺がどうかしました? 足を引っ張ったのは間違いないですけど……》