超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「……ん、ぅ」
アイエフが目を覚ますと、いやに目覚めが良いことに驚いた。スッキリとした目覚め、明瞭な視界にクリアな思考。だがそれでも眠気が残る目蓋を二、三回瞬きを繰り返して周囲を見渡す。暗い室内の灯りは申し訳程度の豆電球。若干の寒気に身を震わせると、自分が何も着ていない素っ裸であることに気づいてシーツで身体を隠した。
「……ここ」
確か自分は――そこまで思い出して、一気に顔が熱くなる。
「ぁ……ぁゎ……!?」
なんてことをしてしまったのだろう。そういえばまだ少し身体が重い。股にも違和感があった。それと思い出すだけでも芯から火照ってしまう身体だが、頭が以前よりも冷静なだけ理性が自分を繋ぎ止めている。そうなるとエヌラスはどこに? ふと、自分の手にしているシーツを見やった。すると、隣で眠っていたエヌラスとプルルートが身体を抱き寄せて暖を取っている。
腕枕をされて、胸に頭を預けて眠るプルルートは幸せそうな寝顔を見せ、エヌラスもまた普段の凶暴さは鳴りを潜めていた。右腕が力なく投げ出されているのは、眠っている状態の銀鍵守護器官の電源を落としている。それでも自前の魔力で賄っているのか、僅かに指先が動いていた。
「ぅ……」
もぞり、とエヌラスが動く。剥がされたシーツによって坑内の冷気が身体を冷やし、目を覚ます。腕の中にあるプルルートを見て安心したように撫でると、ゆっくりと上体を起こした。その挙動に目を奪われてアイエフは身動きが出来ない。目が合うと、互いに交わす言葉もなく見つめ合う。
「――ぁ、その……おはよう、エヌラス」
「……ああ。おはよう……」
まだ寝起きで頭が働いていないのか、エヌラスはかぶりを振った。
「……すぅ――」
銀鍵守護器官で右腕の魔術回路を励起させる。左胸から、右の頬。右肩、上腕、右腕から指先まで白銀の魔術回路が薄らぼんやりと光輝く。電子回路のような無機質な並びが浮かび上がり、それはやがて光を失っていった。感覚を確かめるようにエヌラスが何度か手を握りしめ、開く。ギリッ――手の皮が唸るほど力を込めると、動作チェックが終わったらしい。
「アイエフ、気分はどうだ。どこか痛むとかあるか?」
「気遣ってくれてありがと。特にこれといった不調はないわ」
「そうか……」
エヌラスの視線が不意に、自分の頭上に向けられていることに疑問符を浮かべたアイエフが「もしや」と思って、恐る恐る手を伸ばすと――。
もふっ、と毛並みの良い手触りに硬直した。
「――治って、ないみたい……」
「そうみたいだな……」
「こんなんじゃ、外を出歩けないわ」
「いやー、かわいいからいいんじゃないか」
「そういうわけにもいかないでしょ。諜報部員がこんなコスプレみたいな耳と尻尾つけてたら色々と評判悪くなるわよ。それに、エヌラスと一緒にいたらそっちだって良くない噂が立つわよ? ケモミミが趣味の変態とか」
「悪評なんて聞き慣れてる」
「いや、それ慣れちゃダメなのよ……? わかってる?」
「分かってるよ。とりあえず、着替えてここの調査をするか。ネプギアに連絡入れておく」
「そうね」
「ほら、プルルート。起きろって」
髪を解いたプルルートのボサボサに跳ねた髪をまとめながらエヌラスが起こそうとするが、相手は小さく唸って身体を丸める。
「うぅ~ん……もうちょっとだけぇ……」
エヌラスに抱きついて、眠そうに開けた目で見上げる。
「だめ~……?」
「――しょうがねぇな……」
「わぁ~い。エヌラス、だいすきぃ~……」
「すっかり尻に敷かれてるのね」
「プルルートには頭が上がらないんだよ。何故か」
頭を撫でながらエヌラスは我ながら呆れたように溜息を吐いた。
「そう。じゃあ、わたしだけでも調べてみるわね。着替えはどこ?」
「ハンガーにかけてある。お前が寝た後にクトゥガで乾燥させたからもう大丈夫だろ」
「クトゥガ?」
「ああ。俺の炎属性の魔術の総称。普段は拳銃を媒体に魔銃として使ってる。神性の炎熱を込めた弾丸だからな、当たれば霊的存在だろうが無事じゃ済まない」
「へぇ」
“ゾクゾク”とアイエフの背筋を駆け上がる感覚。その単語の羅列に、何か感じるところがあるのか身を乗り出すようにして話に食いつく。
「他には?」
「他? そうだな、イタカだな。風属性ではあるが、氷属性に近い。こっちもクトゥガと一緒に魔銃で使ってるな。絶対必中の魔弾だから避けるのは無理でも防ぐくらいは出来るとは思うが。でもどうした、俺の使う魔術のことなんて気にしだして」
「いえ、別に。エヌラスも“こっち側”なのかと思っただけよ」
「? まぁいいから、はよ着替えたほうがいい。風邪引くぞ」
「心配してくれてありがと。機会があったらまたそのあたりの話、聞かせてもらえるかしら」
「暇があったらな」
しかし――と、キツネの尻尾を揺らしながら服を取りに行くアイエフの背中を眺めながらエヌラスは意外に思っていた。華奢な体つきの素肌はともかく、見るべき点はそこではなく――かといって尻尾の付け根付近の尻肉でもない。煩悩に振り切れすぎだろうと頭を振り、アイエフが魔術に関心を示したというのがエヌラスにとっては意外だった。
(案外、エヌラスもわたしと同じかもしれないわね)
厨二仲間が出来たと思い込むアイエフの一方で。
(アイエフって魔術に興味あるのか……今度九龍アマルガムから適当な魔道書でも持ってくるかな。喜ぶといいんだが)
エヌラスは、意外な一面に感心していた。
プルルートがようやく起きて、エヌラスが着替えを済ませると解けたリボンを手にして髪を編みこみ始める。
「ほら、できたぞ。プルルート」
「ありがとぉ~。えへへ、エヌラスはやさしいな~」
嬉しそうにはにかむ顔に掛かる髪を軽く流すように整えると、頬にキスをして離れた。
稼働停止しているはずの施設、プラネテューヌ第三資源採掘場でB2AMが一体何をしていたのかを突き止めなければならない。それに加えて、アイエフがケモミミを生やした原因となった薬――ケモナールの原料と、ルウィーから運び込まれた薬品などの原産地を突き止める。やることは山積みだ。
「それにしてもあいつら、そのケモナール? ってので何を企んでるんだ」
「さぁね。知らないわよ」
アイエフはケモミミが恥ずかしいのか、今はフードをかぶって隠している。尻尾もなんとかコートに下に潜り込ませてはいるが、怪しい。
「ねぇ~、アイエフちゃ~ん。どうして隠すのかな~? せっかくかわいいのに~」
「え、えっと恥ずかしいからあまり出したくはないです、プルルート様……」
「えぇ~? ざんねん~……」
アイエフが見かけたという取引、もとい支援物資の調達やその辺りも整理しなければならないが――今はそれよりも先にネプギアに報告だ。
エヌラスが外に出たことでアイエフとプルルートの二人が残される。
「……ねぇ~」
「はい?」
「アイエフちゃんのそれぇ~、あたしもほしいなぁ~?」
「えっと、それだと現段階ではちょっと難しいかと」
「お薬ないかなぁ~?」
わたしが全部飲んじゃいました、とは口が裂けても言えない。何をされるかわからないからだ。
坑内の作業場に戻り、そういえばセインが入っていった個室スペースを思い出したアイエフが扉を開けて中を覗き込む。灯りが点いておらず、中は真っ暗だが異臭と異物まみれの室内に思わず鼻を押さえた。
「ぅわ、何この臭い……? よくこんな場所にいられたわね、アイツ……」
「くさいよぉ~……」
「えっと、灯りはこれかしら……」
パチン、と室内の灯りを点けて――テーブルの上に無数に並ぶ薬品。モンスターの耳と尻尾、中には血の付いたものや毛が残っているものまである。なんに使うのか目玉なども並べられていた。猟奇的な光景に加えて異臭が一層キワモノさを引き立てる。
「ヒィィィィィィィ!?」
「うわぁ~、実験室みたいぃ~。すごいなぁ~」
悲鳴を挙げるアイエフとは裏腹にプルルートはほんわかと手を叩いていた。
――外に出たエヌラスがネプギアに連絡を取る。
《はい、ネプギアです》
「ネプギア。俺だ、エヌラスだ」
《あ、エヌラスさん。どうしたんですか?》
「アイエフだが、こっちで見つけた。今は――あー、なんというか。まぁ、無事だ」
《よかったぁ……今どこですか?》
「プラネテューヌ第三資源採掘場だ。プルルートも一緒にいる。こっちで少し調査をしてから教会に戻る予定だから待っててくれ」
《はい、わかりました!》
「そっちは何かあったか?」
《特にはないです。お姉ちゃんがエヌラスさんと遊びたがっていーすんさんに怒られたくらいで、後はミリアサさんがまだちょっと凹んでるくらいでしょうか》
「どんだけキツく怒られたんだよ……」
D-Phoneの通話を切って、エヌラスは考えこんだ。
はて、アイエフの状態をどう説明するべきだろうかと――。