超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
ルウィー山岳地帯――ゲイムギョウ界の北方に位置するルウィーは雪国としても知られている。そのおかげか、温泉や宿泊施設の暖房完備。心温まる一時、家族サービスなどで大好評を博している――というのは、あくまでも都心の話だ。そこから一歩外れれば、過酷な環境に適応したモンスター達が跋扈している。野生といえど、魔法文化圏内で成長したモンスターは魔法に対する耐性を持つものが多く存在していてもおかしくはない。
ひとり、雪の降る山の中で鍛錬に励む姿があった。流れる滝の水飛沫をものともせず、水辺で白い息を吐きながら拳を放つ。その闘気、剣気に迫るものがひらひらりと舞い落ちる雪粒を肌に触れる前に溶かしていた。望むのはただ強い力――今の自分より先の一歩。
「――スゥ……」
一呼吸置いて、流れる滝に向けて拳を構える。
「ハァっ!」
正拳が穿つ滝の奥に隠れる岩盤。刹那の動作によって開けられた穴が止めどなく流れる冷水によってすぐに塞がれた。
拳を握り、まずまずの手応えに深く頷く。まだ足りない、だが今回は及第点としておこう。
青いベレー帽を取って、額を拭うのは女性だった。抜群のプロポーションに、長く伸びた手足。モデルと見紛うばかりのスタイルだが、しかし。色気に勝る雰囲気のようなものがあった。それは今しがた見せたばかりのオーラが女性を女性たらしめるものではなく、一人の戦士。否、狩人にも見せている。
力を求める貪欲な狩人。獣じみた闘争本能。自分より強い相手を探し求める節さえ錯覚を覚えさせてくれる、そのオーラはパッと何処吹く風といったように消え去っていた。
「さて、今日はこれくらいにしておこうかな。ギルドから受けたクエストも終わってるし」
髪をかき上げて、女性は崖から出っ張った岩場を跳躍して登る。その視線の先にはルウィーがあった。振り返れば、プラネテューヌ。そこで、静かな雪山には似つかわしくない機械音に耳を澄ませる。唸るエンジンの駆動音、悪路をものともしないタイヤが力強く地面を噛む音――それは徐々に徐々に近づいていた。こんな山奥に車の音とは、また妙なものだ。そして、その奇怪さが女性を好奇心で駆り立てる。
こんな山奥、舗装された道路でもない、獣道を車輌で通るバカがいるのか。そうなると、四輪ではなく二輪だろうか。女性が振り向いた先から、一台のバイクが“空中を走って”現れるとそのまま地面に着地して止まる。
全身黒ずくめの、左目に刀傷がある凶悪な風貌の相手。乗っているバイクはツヤのあるガンメタルブラックで塗装され、今もなおエンジンの駆動音が猛獣の如く唸っていた。
口に銜えていた煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、その相手は目を白黒させている。
咄嗟に臨戦態勢で身構えた女性も、驚いていた。
「……こんな山奥で何してんだ、女がひとりで」
「アンタ、今どっから来たんだい……? そっちには道らしい道なんてないはずなんだけどね」
「え? あー、そりゃそうか。驚くのも無理はないよな」
普通、バイクは空中を走らない。それをすっかり失念していたように青年は頭を掻く。
「凶暴なモンスターが多くてな。相手するのも面倒だから、コイツで飛ばしてたんだ。まさか人がいるとは思っちゃいなかった」
コンコン、と燃料タンクを軽くノックすると、バイクは応えるようにエンジン音を一度だけ鳴らした。
「まぁそれは置いといてだ。何してたんだ?」
「なんというかね。山篭り、とでも言えばいいかい?」
「修行中ってことか。こんな寒い中よく出来るな」
「強くなろうって思えばこの程度ヘッチャラだよ。それで、アンタは?」
「俺か? ルウィーにちょっと用があってな。プラネテューヌから移動してる途中なんだ」
嘘を言っている様子は、お互いに無い。だがそれでも女性が構えを解かないのは、どこか嬉しそうなのと関係があるのだろうか。
「やぶからぼうに聞くようだけどね、アンタ……強いのかい?」
「そうだなぁ……まぁ、それなりには」
「謙遜しなくてもいいよ。なんとなくだけど、感じるんだ。他の奴らとは違う“何か”を持ってるって。人間のナリをしてるけどアタシには悪魔でも人間でもどっちでもいいさ」
「悪魔って、ひでぇ言い様だな……」
とはいえ、これは喧嘩を売られていると見て問題はなさそうだ。ルウィーは遠い、プラネテューヌからも距離が離れている。山奥で売られた喧嘩だ、周囲を気にする必要もない。
堂に入った構えに格闘家としての年季を感じる。自分の実力をぶつけたいという意思がひしひしと伝わっていた。
「ま、どうでもいいさ。俺はエヌラス、そっちは」
「アタシの名前は、シーシャ。悪いね、自分より強そうなやつには目がないのさ」
「それで身を滅ぼすなよ? ハンティングホラー」
《House_?》
「そうだ」
バイクから降りると、無人で動き出した自動二輪はエヌラスの影へと溶けるように消えていく。魔術のちょっとした応用を目の当たりにして、シーシャと名乗った女性はますます嬉しそうに破顔した。
「へぇ。面白いね」
「見たところ、武器はなし。素手か。殴り合いを所望ならそうするが」
「出来ることならそれでお願いするよ。得物がないと不安なら無理は言わないけどね」
「言ってくれるなこんにゃろうめ」
拳をゆるく握り、顎に添えながら足でリズムを取るシーシャのファイティングポーズに対し、エヌラスは五指を力なく広げて構える。
(静かな構え方だ……暗殺拳に近いかな。武道というよりは、武術だね。実戦の中で鍛え上げられた年季の入った武術か。いいね、面白くなってきた。拳を交えるよりも先に身体がウズウズして仕方ない)
シーシャは気を引き締めながらも、今日はツイていると口元が自然と緩んでいた。
(ストリートファイトか。とはいえ、場所を選ばない真っ向からの殴り合いが結構長いみたいだな……)
喧嘩スタイル、と言えば聞こえは悪いが、その実――現代的な戦闘技術という点、突発的な衝突や咄嗟の乱戦に応じることの出来る点で鑑みればエヌラスが学んだ古代武術よりも先鋭的で手が読みにくい。
それに加えて、足裏から感じ取る地面の状態。雪が積もって滑りやすい地盤であっても、シーシャの構えは一糸乱れぬ規則的なリズムで変わらない。状況に左右されないメンタルの強さが窺える。
(一筋縄じゃいきそうにないが、相手は真っ向勝負をご所望だ。初見くらいは付き合ってやるか)
エヌラスは呼吸を読まれないように整息した。
「アー・ユー・レディ?」
「オーケー。当方に迎撃の用意有り、だ」
「なら、遠慮無くいくよ!」
踏み込むシーシャの足元から粉雪が巻き上げられる。思い切りの良い踏み込みながら、隙のない距離の詰め方。エヌラスはそれを迎撃することなく、互いの間合いへ誘い入れた。出鼻を挫くなどという事はしない。
シーシャのジャブ。ゆるく開いた掌で捌く。力を入れない除け方だが、拳の軌跡はあっさりと逸らされた。それだけで力量の程度が知れる――“できる相手”だと。
(――面白いじゃないか!)
(速いっ――!)
むしろ、力量を見誤っていたのはエヌラスの方だった。だがそれでも、決して離されることはない。打撃音に重さは感じられず、手を叩くような軽い音ばかりが続く。それに目を丸くしていたのはシーシャの方だ。
「ハッ――!」
唇の端をつり上げて歓喜の色に染まる表情に、エヌラスもつられて笑う。
「すごいじゃないか、アンタ! そんな格闘技術どこで学んだんだい!」
「頭のイカレタ連中の巣窟の! マフィア!」
「へぇ、面白そうな場所じゃないか!」
「ああおもしれぇ場所だったよ!」
少なくともサイバネ技術で拡張された身体の格闘家や――全身を義体にした変人集団が集まる場所だった。病に倒れた宗主と、それを守る幹部が五人。いずれも九龍アマルガムの中で名を馳せた者達だ。次の宗主争いによって組織としての体制が保てなくなり自壊した、とされているが――実際は三人の手で崩壊させられている。
組織の人間――サイバネ技術に頼らない、一切が生身の人間にして“紫電”鬼哭掌の師。エヌラス。そしてブシドーの三人。最期は因縁深い相手と相討ちに終わり、復讐を果たしている。亡き者にされた妹の仇討ちに自分の姿を重ねたのかもしれない。