超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
シーシャとエヌラスの交差する拳と拳。脚と脚。打撃と拳撃、蹴撃が舞い散る雪を地面に落ちるよりも先に溶かしていた。最初こそ手の内を読むような詮索する交錯は、ついぞ白熱する山中のストリートファイトによってどこかへと追いやられている。
ふたりの裏拳が衝突した。手首を返して、同時に掴む。そして即座に指を絡めながら引き離そうとするのを更に返す返すも腕を引いた。直後に逆の拳が激突する。身を翻した蹴撃が更に交差。衝撃波が発生するほどの威力で肉体をぶつけても痛みはない。鍛え上げられた肉体は時に刃物よりも鋭利で鋼よりも強靭さを誇る時がある。
一足一刀の間合いから距離を取るなり、二人は短く整息した。
「エヌラス、って言ったっけ? いいねぇ、ゾクゾクくるよ。こういうのを待ってたんだよアタシは」
「俺としては、あんたみたいな美人とはこうして出会いたくはなかったね。もうちょいロマンチックな方がよかった」
「おだてたって何も出ないよ」
「褒めても得物は出さねぇぞ」
少なくとも、両者は本気ではない。まだ底を見せない実力をもっと味わいたい。骨身の奥まで響くような死闘が欲しい――それは格闘家としての性か、シーシャがますます熱を持った拳を強く握りしめる。それに対してエヌラスは、構えを解いて深く息を吐いた。
「お互い、この辺にしておこうぜ?」
「おっ、とっと……なんだい、突然。これからだってのに」
「一応これでも先を急いでいる身なんだ。もうちょい俺もアンタと楽しみたいが」
脳裏に浮かぶのは、教会に置いてきたアイエフの姿。ケモミミを生やして、しっぽまで。それに大迷惑して涙ながらに縋り付かれてはこちらもどうにかするしかない。放っておけば当然、あの変態集団の魔の手がプラネテューヌだけに留まるとも考え難かった。
「だから、悪いな。続きはまたそのうちにでも。な?」
「そういうことなら仕方ないね。こっちこそ悪かったよ、いきなり喧嘩ふっかける真似しちゃって」
「なぁに、格闘家にはよくあることだ。気にしてねぇよ」
少なくとも自分の知り合いよりはマシだ。
「俺の知り合いなんて、まずなんの警告もなしに斬り掛かってくるからな。初手不意打ち奇襲上等、そっからが本番だ。だがそのくせ、えれぇつえーのなんのって」
物理法則捻じ曲げる魔法の術式計算をただの日本刀でぶった切る辺り、既に人間を辞めているとしか思えない。
「って、思い出話もまた今度な」
「そうだね。ルウィーの方角は分かるかい?」
「ああ、見えてる。良かったら後ろ乗っていくか」
「いいのかい、そんな」
「久しぶりに充実した殴り合いが出来た、その礼だとでも思ってくれ」
「?」
眉を寄せるシーシャは知る由もないが――エヌラスの周囲に“まともな”拳法家は誰一人としていないのは事実だった。九龍アマルガムに存在する格闘家、武術家、武士。多種多様な武芸者達はいずれも頭のネジが吹っ飛んでいるとしか思えないような連中ばかり。サイバネ技術を駆使した義体の外家など序の口だ。そういった犯罪者を相手取る組織の公安局も自然と曲者揃いとなっている。その辺りの法整備にどれだけ大魔導師は頭を悩ませていたのだろうかと言えば……。
『風呂に入りながら読書しつつ、風呂あがりにコーヒー牛乳飲んでからトイレに行く間にアイディアが閃いてな。用を足して流す頃には出来上がっていた』
――等とのたまう程度には、この国にしてこの王有り。としか言いようが無い。
ハンティングホラーを影から召喚して、エヌラスが跨ると後ろを指差した。乗れ、というハンドサインにシーシャは一言断ってから乗り込み、腰に手を回して抱き着く。そうなると、自然に豊満なバストが押し当てられる形となって分かっていてもつい反応してしまう。
「ま、これはちょっとしたサービスってやつかな。久しぶりに面白い相手と出会えたからアタシも機嫌が良いんだ」
「あー、おう……」
エヌラスは背中の感触に気を取られないようにしながら運転に集中した。
ルウィーの郊外で止まり、エヌラスは教会へ。シーシャはギルドにクエストの報告に向かうということで別れた。その際に、連絡先と住所の書かれたメモを渡される。
「それ、アタシの連絡先」
「サンキュ。んじゃ、こっちは俺の連絡先だ。出れる時は少ないかもしれんが、なんかあったら呼んでくれ」
「そうさせてもらうよ。ところで、ルウィーの用事ってなんだい? 力になれるかもしんないよ」
「ああ。実は、この薬品なんだが」
エヌラスがコートのポケットに入れておいた空き瓶を見せると、シーシャが眉を寄せた。ラベルの表記は薄れているが、蓋を開けて中の匂いを嗅ぐと首を傾げる。
「これ、ただの空き瓶だね。中に入っていた薬品は多分、ラベルとは別なやつだよ」
「分かるのか?」
「心当たりがあるんだ。ちょっと預かっててもいいかい。すぐ返すよ」
「ああ。まだ予備はあるしな。教会で話を聞いて、それから落ち合おう」
「場所は、アタシの泊まっている部屋でいいかい? そこの方がアタシも動きやすいからね」
「俺は構わない。なら、そういうことで」
「また後でね」
シーシャと別れた後、エヌラスの足はまっすぐルウィーの教会へと向かっていた。降り積もる雪を踏みしめながら歩く街並みを観光気分で眺める。
プラネテューヌとはまた違う発展の形を遂げた国。家族向け、特に子供への配慮がされた幅広い年齢層に好まれる国柄に、全身黒ずくめの凶悪な風貌の男が一人で出歩いている。エヌラスはなんとなしにだが自分はルウィーに似つかわしくないな、と他人事のように思いながら歩いた。
すれ違う家族連れ。手を引いて走り回る小さな兄妹。家族――親兄弟、その言葉にエヌラスは言い知れない孤独感を感じていた。
あの塔争から、妹という存在は何処にも見当たらない。絶望の魔人の妹は影も形もなく、ただエヌラスの記憶の中にしか存在していなかった。リセットの繰り返し、コンティニューの度に記憶が薄れている気さえする。またいつか会えるとして、その時自分はなんて声をかければいいのだろう。
「…………家族、か」
手を繋いで歩く恋人同士を避けてエヌラスはドラッグシガーを一本だけ銜えると火をつける。紫煙を吐き出しながら、どんよりとした曇り空を見上げた。
一人ぼっちは寂しい、だから誰かの温もりを必要とするのが人間なんだろう。それが赤の他人だろうと血縁者だろうと。罪と分かっていても手を伸ばして求めてしまう。自分も寂しがり屋だ。こうして記憶が戻った今となっては、以前のように、今までのようにひとりで戦い続けられるかどうか――。
そんなことを考えながら歩いているうちに、エヌラスは教会へと続く坂道を登り終えていた。
「でけぇな……」
思わず口をついて出てきたのが子供並の感想だったが、携帯灰皿に煙草の吸殻を落としこむ。ルウィーの教会は、豪華な教会というのが第一印象。聖なる場所としての意味合いで、そういえばここは守護女神がいる場所だから厳格で厳正で静粛な場であるのは当然のことだ。どうにもプラネテューヌでの騒がしさに感化されてしまっている。
エヌラスは教会の扉をノックして、しばらく待った。
「はい。どちら様でしょうか……?」
出てきたのは、メイドだった。使用人だろう。赤いメイド服に、しっかりとカチューシャまで着けて小動物のような可愛らしい少女が見慣れない相手に首を傾げていた。メイド服――それを見て、やはりエヌラスが思い出すのは悩みの種だった最高傑作のポンコツメイド達。現在は大魔導師の教会、及び公安局で働いているが、やはり自分に対する記憶は失われている。“今回”のメイド達は大魔導師がそこいらの違法ガイノイド生産メーカーから取り寄せた一級品ということになっているが、果たして。
「……あのぉ」
「――あ、あぁ。悪い、ちょっと考え事してた。俺はエヌラス。ルウィーの守護女神、ホワイトハートに用が会って足を運んだ」
「わたしはフィナンシェです。どういったご用件でしょうか?」
「その辺りは話すと、ちょっと面倒なんだ。面会の許可だけでも降りるか?」
それにフィナンシェと名乗ったメイドが少し困った様子を見せるが、すぐにその場を譲った。扉の隙間から代わりに顔を覗かせたのは、お目当ての人物――ルウィーの守護女神、ホワイトハート。今は変身していないのでブランだ。
「どうしたの、いきなり連絡も無しに来るなんて……」
「いや、来る途中で連絡しようと思ったんだが――俺、お前たちの連絡先知らないことに気づいてな」
「あなたって、案外間抜けね……」
「どうも、そうらしい。もしかして忙しかったか? 何なら日を改めるが」
「……別に。上がっていいわよ」
「悪いな」
エヌラスはブランの後について歩く。ルウィーの教会内は静かなもので、聞こえてくるのは二人の足音ぐらいのものだ。
扉をいくつか通りすぎてから、執務室へと案内される。
「こう見えても、結構忙しいの。出来ることなら用件は手短にお願い」
「ああ。そういうことなら――コイツを見てくれ」
「……なに、これ。ただの空き瓶のようだけど」
エヌラスがブランに手渡すのは、シーシャに渡したものと同じ空き瓶。その中に付着している液体はほんのりと黄色に染まっていた。
「こいつは、プラネテューヌで今、事件を起こそうと企てている連中の根城から発見されたものだ」
「それがどうして、ルウィーに来る理由なの? 言っておくけれど、わたしはこんなの見たことないし聞いたこともないわ……」
「そいつの取引の現場にアイエフが居合わせていてな。そのブツを運んでいた奴が言うには「ルウィーから入手した薬品」ってことらしい」
「……それで? わたしを疑っているとでも言うの?」
「まさか」
肩を竦めてみせるエヌラスに、ブランはまじまじと空き瓶を眺める。時折角度を変えて、蓋を開けて中を覗き込んだりしながら話に耳を傾けていた。
「ルウィーは魔法文化に発展したらしいな。そうなると、魔術に使う触媒として薬品の調合もまた必須の技術になる。合法違法問わず、まぁ珍しい話じゃないとは思うが」
「それぐらいなら、当然ね」
「なら自然、商標登録されていない薬品の調合もあるってわけだ。公の場では取引出来ないような薬、それの製造に心当たりがある場所とか。あったら教えてくれ」
「……生憎だけれども、そんな場所ルウィーにはないわよ」
「マジで?」
「ええ、マジで。そんな麻薬取引じみたものがあったら、跡形もなくぶっ潰してるところだもの。当たり前でしょ?」
言われてみればそれもそうだ。ネプテューヌと違ってブランは女神の仕事に熱心に打ち込んでいる。そんな怪しいものが自分の国内で製造されていると知ったら、それこそ眼の色を変えて犯罪組織など粉微塵に粉砕されるだろう。