超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――アダルトゲイムギョウ界。またの名を、壊次元。次元神セロンによって管理されている多次元宇宙に存在する一つであり、同時に超次元から隔離された世界でもある。もはや独立した次元と言っても過言ではないほどに今や両者の次元座標は離れており、時間軸にもズレが生じていた。
超次元から壊次元へと移動する次元渡航。それは絶望の魔人であるエヌラスが本来有していた能力の一つ。破滅による救済を望む人々の声に応えるために彼は赴き、消滅させてきた。今は違う。
次元の狭間。何も無い空間座標を歩く。見えない路を歩き、やがて巨大な反応に顔を上げる。そこにはそびえ立つ塔のような門が待ち構えていた。これこそが次元神セロンが唯一保有する能力。
半開きになったままの門はただ静かに立ちそびえていた。人の気配に振り返ると、いつの間にかそこには黄金の玉座が顕現している。そこに腰掛けて一人、本を読む青年がいた。
「久しいな、エヌラス」
「よぉ、セロン」
「お前がこの狭間に来るのはいつ以来だ?」
「忘れた」
いちいち数えてもいられない。本に落としていた視線を上げると、セロンの左目には眼帯が付けられていた。厨二病にでも目覚めたか、この神様――エヌラスの訝しむ視線に気づいたのか、セロンはその眼帯を外して見せる。
「――お前。左目をどうした」
「奪われたのだよ、あの仮面の邪神によってな」
隠されていた左目には、本来あるべき眼球が無かった。空洞となって抉られた左目に眼帯を付け直す。
「知らなかったのか?」
「知るわけねぇだろ」
然し、道理だ。何故あの仮面の邪神が自在に次元渡航出来るのか。エヌラスがどれだけ追っても追いつかないことにも納得がいく。
「アイツは何が目的だ」
「どれのことだ。心当たりが多すぎてな」
「仮面の邪神だ」
「アイツの目的なら、明瞭だろう。次元を破壊する。世界を終わらせる。それだけだ」
「何のために?」
「己の存在価値の為にだろう」
文庫本に視線を落とすセロンはそれきり黙った。此処に来るのはすっかり慣れてしまったエヌラスだがセロンが本を読んでいる姿を見るのは初めてだった。本の内容が気になる。
「お前、何読んでんだ?」
「見てわからないか? 本だ」
「いや、だからその内容だよ」
「取るに足らない、陳腐な話だ。私があまりに暇を持て余しているのを見かねて、門から現れた邪神の一柱が置いていったのだ」
「へえ」
「何処にでも這いよるカオスを名乗る女の子だったな。まぁ、今はひとりの人間にご執心なようだが私の管轄外だ。相手するまでもない」
そんな相手から渡された本を平気で読んでいるお前は何なんだよ、とエヌラスは言いかけたがこれもまた神の一柱。自分たちとはそもそも根本から格が違う。生まれついての神なのだから。
「それで、お前はこちら側になんの用事だ?」
「おつかい。それと薬剤の調合にだよ、お前にゃ関係ない」
「そうだな。気をつけろよ」
「お気遣いありがとうよ」
挨拶も程々にして背を向けるエヌラスに、セロンが一言だけ付け加えた。
「そういえば、つい最近になって見慣れない来客がきたが……お前の知り合いか?」
「邪神に知り合いはいねーよ」
「いや。女の子だった。邪神でもないが、特に影響もなさそうなので私は干渉しなかったがな」
「そんな次元をホイホイ移動するような女の知り合いは――」
心当たりは、ひとりだけだ。だが、その相手は“もう居ない”
「……いねぇよ。じゃあな」
「ああ」
セロンは再び本を開いて、読書を再開した。
エヌラスはアダルトゲイムギョウ界に降り立つ。降下地点は人目につかない森の中、場所は恐らく――電脳国家インタースカイと商業国家ユノスダスの中間地点。
嗅ぎ慣れた青臭さと、空を見上げれば見慣れた太陽と青空。いや、見飽きたと言うべきだろうか。何度繰り返しても慣れない不安感が胸をこみ上げてくる。頭を振って、さっさと用事を済ませてしまおうとエヌラスはハンティングホラーでユノスダスを抜けて九龍アマルガムへ進路を執った。
だというのに、D-Phoneに入ってきた着信音はウンザリする。耳に当てれば聞き飽きた小言のオンパレード。はいはい分かりましたと適当に相槌を打ってユウコからの電話を早々に切り上げた。
「クソが。人の気も知らねぇで……なーにが、べまモン饅頭買ってくるの忘れるなだよ。三食摂れとかハンカチとティッシュとか、口うるせぇことこの上ねぇ」
再度、着信。半ば苛立ちながら着信相手を見る。
「うるせーぞクソメガネ、なんだ」
《ボクはまだ一言も喋ってないのによくまぁそんな暴言が口をついて出るなキミは!》
「人のGPS使って勝手に同期処理させてるテメーが言うな。このストーカーめ」
《言っておくけれども、キミのGPS同期処理による次元転送の発案は大魔導師だ! ボクじゃない、それに普段から電源切ってるのによく言えるな!》
「電源入れるとうるせぇんだよ」
《携帯捨てろよ!》
勿体無くて出来るかそんなこと。電話の相手は、インタースカイ国王。琴霧ソラ。現在も国内のマザーコンピューターやその他諸々の激務に追われて滅多に国外から出ることはない。あの電脳事件もまた、無かったことにはされているが……。
「それで、なんの用事だよ。つまらんお喋りなら断るぞ」
《大した用事でもないのは事実だけれども、少しは付き合えよ。キミがいなかった間のこっちの状況を知りたくないのかい?》
「頭がパンクしない程度に頼む」
《感謝してくれよ。これでも一応、キミの為にしてやってることなんだから》
「ユウコばりに大きなお世話だ」
ああ言えばこう言う。そんな憎まれ口が絶えない会話ではあるが、これが今の二人の関係だ。憎み憎まれつつも、仲が良い。
ともあれ、情報提供はありがたく受け取っておく――。
……一通りの話を聴き終えて、エヌラスは通話を切った。概ねいつも通りということらしい。
軍事国家アゴウでは守護女神が対邪神討伐を掲げて大規模軍事演習を執り行い、アルシュベイトも積極的に参加している。むしろ陣頭指揮として先陣を切っているのは毎度のことだ。
ドラグレイスはいつものように職務に忠実らしく、北方にある山間部の小さな国で過ごしている。ただ、最近は他のところでもちらほらと見かけるようになったとか。
九龍アマルガムでは警備ドローンが大量暴走を始めたが大魔導師の率いる公安局が総出で出動。三日も経たずに鎮圧されて現在はいつも通りとのこと。
肝心のインタースカイはと言うと、最近は次元間移動システムの構築にソラが尽力しているらしい。ただ、そのための電力を賄う為の準備も必要らしく、難航していた。
はて、と。ハンティングホラーが唸り声を挙げて減速する。
「どうした?」
《Grrrr_》
「……なんかいるってか」
勝手にハンドルが曲がり、エヌラスはそちらへ向けてレイジングブル・マキシカスタムを突きつけながら慎重に歩み寄った。
森の中に何がいるのだろうか。確かに人の気配がする。パシャパシャと水の音、この付近には確か九龍アマルガムから流れる川があったはずだ。こんなところで水浴び? なんて命知らずな。
「あーのー……ちょっと、そこの人ー!」
「あん?」
声が聞こえてきた。どこからだ、と左右を見渡すものの、声の主は見当たらない。
「上、上だよー! こっちこっちー!」
「上……?」
言われるままに見上げると――。
「えっとー、助けてくれたりすると好感度がうなぎ登りなんだけどなー!」
「…………」
鉱石のような、植物のような生命体。この近辺一帯に生息するとされているこの『古き植物』は、大魔導師が邪神『アフトゥ』を討伐する際に急激に繁殖を始めた。周囲一帯を氷河期時代に逆戻りさせたものの、それでもまだ生存している。とはいえ、放置さえしていれば無害なモンスターであることが判明したので放置されていた。現在も繁殖はピタリと止んで知る人ぞ知る観葉植物ではあるのだが……。
エヌラスが見上げている女性――恐らくはセロンの言っていた『別次元からの来客』というのは、この女性のことだろう。縞パンを丸出しにして全身触手まみれになって拘束されていた。
紫色の跳ねた長い髪に、黒いパーカーワンピ。アクセサリーのコントローラのような黒い髪留め。人を疑うようなことを知らないような丸く大きな瞳。エヌラスは頭痛がしてきた。
「一応聞くが……何してんだ」
「この辺に珍しい昆虫がいたから捕まえようと思って森の中に踏み込んだら、この通り!」
もがけばもがくほど、古き植物は自衛手段である触手を伸ばして女性を縛り上げる。あくまでも拘束するのが目的であって、対象が暴れたりしなければすぐに解放してくれるのだが……。宙ぶらりんにされている辺り、相当暴れたらしい。
「あー、頭痛くなってきた……。今助けるから、ジッとしてろ」
「ホント!? ありがとー! ジッとしてればいいんだね!」
「ああ、そのままな」
「……えっと、なんでわたしのパンツ見てるのかなー」
「そこにパンツがあったら覗くだろ。男なら当然だ」
「見てないで助けてってばー、もー!」
古き植物は対象が自分たちに危害を加えないと判断するやいなや、触手の力を緩めて拘束を解いた。そのまま真っ逆さまに落下する女性を受け止めてエヌラスは地面にゆっくりと下ろす。
「いやーいいもん見れた。怪我は?」
「ないよ。結構真綿で締め付けられるような感触だったし」
「そうか」
「もう、ジッとしてれば解放してくれるならそう言ってくれればいいのに!」
「すまん」
なんというか、知り合いによく似ているものだからついついイジワルしたくなる。
女性は立ち上がるなり、服が破けていないかチェックして身体の汚れを払い落とした。落ちているノートを拾い上げると、ホッと胸を撫で下ろしている。
「……俺はエヌラス。お前は?」
「助けてくれてありがとう! 私はさすらいの昆虫ハンター、ネプテューヌ! こっちはクロちゃん!」
ノートに載せられている黒い蝶のことだろう。……いや、それよりも先に聞き逃せない一言があった。思わず思考が停止してしまったが、これだけは問い詰めなければならない。
「…………名前、なんだって?」
「だから、ネプテューヌ! よく名前言い難いって言われるのがお約束だけど、その口?」
「……ネプテューヌ?」
「おぉ! 一発で言ってくれた! ありがとー、エラヌス!」
「エヌラスだ、二度と間違えんな」
自分が知っている同姓同名の相手とはえらい違いだ。主に身体がナイスバディになっている。女神化ほどではないにしろ、健康的な肉体は女性らしさを隠そうともしない。それどころか逆にアピールさえしていた。
「この次元に、何の用事だ?」
「えっとー、用事っていうか、昆虫探しかな! あと絶賛迷子中なんだ! テヘッ!」
ああこのテンションとノリは間違いなくネプテューヌだ。エヌラスはガックリとうなだれた。