超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――被害現場を後にして、大魔導師とエヌラス達が教会である廃病棟へと向かうその道中。
相変わらず道路では暴走する車輌が派手に十字路で転倒していた。ようやく事態の収拾に動き出した警察と、アサイラムのメンバーがクーデター以外の騒ぎを聞きつけて駆けつける。少し目を離した隙に互いの胸ぐらを掴みあげている大魔導師とエヌラスの二人を見て、呆れたように深い溜息を吐いた。
「……これは一体」
「あ、初めまして」
「これはどうも。拙者はブシドー。アサイラムに属する者」
「わたしはネプテューヌ。よろしくね、おサムライさん!」
「して、あれは一体……」
ブシドーが見やるのは、一触即発な空気に笑みを浮かべる(元)師弟。仲良くお互いの頭を鷲掴みにしている。一体なにをどうすれば目を離したこの数十秒で殴り合いを始めそうになっているのだろうか。二人のつまらない諍いを止めながらも教会へと到着した。
到着するなり、ネプテューヌが眉を寄せる。
「うわー。なんか……見るからにボロッちい教会だね」
率直にして素直な感想を呟いた。それに大魔導師の顔色を窺うと、特に気にした風もなく首を傾げている。
「んー……そうか? オレとしては風情があると思っているんだがな」
「そっかなー。いかにも何か出そうな雰囲気だし、病院といえばもっと清潔感のある外観の方がいいと思うけど」
「仮にだ。教会がそこいらの病院のように清潔感溢れる感じだと――頼んでもいないのに診察してくれないかと患者が転がり込んでくる。そんなのはめんど……いや、患者の為にならない」
「今面倒って言いそうになってなかった?」
「教会だぞ。仮にも国の方針を決める公務の場だ。そんな場所に怪我や病気や瘴気を振りまく怪物が雪崩れ込んでみろ。仕事にならんぞ」
一理ある。――と、スルーしそうになったネプテューヌだったが今聞き捨てならないものが会話の自然な流れに組み込まれていた気がした。
「あのー」
「なんだ、診察されたいか。具体的には身体の中身とか臓物とか脳みそとか」
「わたしが想像したお医者さんごっこからはあまりにかけ離れてる! やっぱり怖いよこの人!」
ネプテューヌがこっそりとエヌラスの背後に隠れる。
「エヌラスに診察されたいのか? それなら一部屋貸してやらんこともないが」
「違うよ!?」
「俺もそんな趣味はねぇよ!」
「あ、でもちょっとくらいなら健康診断受けてみたいかも」
「寝言は寝て言え」
スピカが少しだけ舌打ちを漏らす。
「今スピカさん、舌打ちしなかった?」
「ええ勿論。私はメイドですからね、淑女ですのでそのような下賤な真似はいたすわけねーだろ寝言は寝て言え――って、エヌラス様が言ってましたね」
「大魔導師、このメイドが人に罪をなすりつけてくるんだが」
「マーキングだ。慣れろ」
「慣れたくねぇよ」
「あらやだマーキングだなんて。小水でエヌラス様を汚すだなんてそのような冒涜的で背徳的で、とってもウフフ……してみたくなりますね」
スピカがエヌラスの手で頭だけ地面に埋められた。何事もなく大魔導師とブシドーはスルーしてエヌラスはネプテューヌの手を引いて教会の中へと足を踏み入れる。
「えっと、いいの?」
「ほっとけ。目を放しておけば勝手に復活するから」
「そうなんだ。なんか深く考えるとわたしもダイスロールで正気度疑われそうだから気にしないようにしておくね」
「それが一番だ」
この国での長生きのコツは深入り厳禁だ。何事も程々にしておかなければ冗談ではなく身を滅ぼす。
教会の扉を押し開けて、内部に足を入れた。さも、博物館の展示物が如くガラス張りにされた部屋の中には奇々怪々な蒐集品が所狭しと並べられている。教会職員は無人、この廃病棟に出入りするのは指折りで数える程の人物だけだ。アサイラムの幹部か、大魔導師。そしてエヌラス。人狼局は近づこうとさえしない上に、ファッキンホットゾーンとまで蔑称されていた。
ファッキンホットゾーン=要約、超絶危険地帯。
『クケー! クケー!』
「わぁー、なにあの鳥! ブッサ! アハハハ!」
「ふむ……割と大概の人間はここに展示されているものを見ると発狂するか泡吹いて昏倒するのだが」
「精神病棟に担ぎ込まれてる患者、アンタのせいじゃねぇだろうな」
「何をバカな。先週はついうっかりナイトゴーントを放し飼いにして千人規模で笑死しかけていた」
九龍アマルガムのゴシップ誌には珍妙な事件として掲載されている。結局その事件はよくあることなので水に流された。法治国家ならぬ放置国家。
「それにしても、喋る黒い蝶とはまた珍しいものだな。どこで入手したんだ」
「クロちゃんのこと? お昼寝してたから捕まえるの簡単だったよ?」
「……お前、マヌケな捕まり方したんだな」
「うっせ!」
なんでも、大きいネプテューヌが元の次元で旅をしていたところ、珍しい蝶がいたものだからそれを捕まえて標本にした――とのこと。当人のクロワールもそのことを酷く恥じ入っていた。
「俺としたことが迂闊だったぜ……超次元と神次元を巻き込んだ事件から軽い昼寝してたら、それが運の尽き。このネプテューヌに捕まっちまったんだ」
「それは災難だな。なんならオレのコレクションに加わるか?」
「やなこった! だったらこっちで標本にされてた方がマシだぜ」
「三食昼寝付き」
「……ちょっと考えさせてくれ」
「ちょっとークロちゃん! 懐柔されそうにならないで!」
「今ならオレが引き起こす面白おかしい怪事件を観測できる」
「マジか。おいネプテューヌ、オレを標本から出しやがれ!」
「ダメったらダメー! 大魔導師も、わたしのクロちゃんを取ろうとしないでよ!」
ちなみに、大魔導師が引き起こす面白おかしい怪事件はアサイラムが総出で出動しなければ国家転覆待ったなしの大災害である。退屈のあまり最近は国民を困らせるのが趣味なのではないかと噂されるほど。あながち間違っていないのがまた曲者だった。
「ブシドー。オレは着替えてくる」
「公安局に出向いた際の服装は、そのような軽装で?」
「まさか。スーツが窮屈で仕方なかったから着替えたさ」
どこで? とは口にしない。どうせこの大魔導師のことだ。着替えくらい魔術で出来るのだろう。それでも本当にお気に入りの服だけはキチンと自室にしまってある。
「では拙者が案内致そう」
「なんで九龍アマルガムに来て半日経たずにこんなイベントに巻き込まれなきゃならん……」
「それが犯罪国家故に、致し方なしと思っていただく他あるまい」
「そうそう。毎日がお祭り騒ぎなのは趣向は違えど、ユノスダスも一緒なんだから!」
「人がバンバン死んでく祭りとか嫌すぎるわ! 血祭りかっつーの」
「……来週開催されるキラートマト潰し祭りに参加は?」
「しねぇよ!!!」
キラートマト――食人植物の一種。赤みを増すほど甘味が増して美味。なお、食べた人間の数によって味の格が上がる。それを農家が一斉に街中に解き放って狩りを行うというのがキラートマト潰し祭り。開催者は労働組合。
ブシドーに案内されるままに教会の執務室へと続く廊下を歩く。老朽化した廃病棟のような外観からは想像もつかないような清潔な白一色、ゴミ一つ落ちていない潔癖さは病的なまでに眩しい。歩くのが憚られるほどだ。
「おぉー……思ったより広いんだね」
「大魔導師が空間魔術を応用して、内部の間取りを広げておられる。あの方の気まぐれ一つで扉が増えたり減ったりと忙しい教会よ」
「でも、大丈夫なの? そんな大掛かりな仕掛け」
「ご安心めされよ。この教会に奉られている教祖がそれらを制御しているのでな」
「教祖様がいるんだ」
「俺も知ってはいるが、見たことねぇな」
「大魔導師が曰く、
「……あ、悪寒してきた」
深入り厳禁。深追い禁物。これ以上教祖に関する話題をしてはならないという警告にエヌラスは従うことにした。
大魔導師の執務室へと案内されたネプテューヌとエヌラスは、既に先回りして客人の出迎えの用意を済ませていたスピカに驚く。
「あれ、スピカ!? さっき地面に突き刺さってなかった!?」
「メイドですもの。お客様の歓迎の支度くらいはしておかなくては」
「どうやって先回りした」
「メイドですから。それはもう、館の仕組みくらいは把握していますわ」
うふふ、と唇に指を当てて笑うスピカの長袖から一本の鋼糸が見えていた。隠し通路とかでも使ったのだろうか。それにネプテューヌが好奇心に駆られていたが、下手をすれば次元の狭間で迷宮入りの行方不明になるとスピカから注意を促されて顔が青ざめる。
四方の壁面を埋め尽くす本、本。魔道書、アーティファクトがすし詰め状態となっていた。乱雑に積み上げられた本の山が部屋中にあるにもかかわらず、デスクの上には何もなかった。タッチパネル式のモニターとスクリーンキーボード。そこだけは何者にも触れることの許されない聖域として、書物でごった返している室内においては異様なほどの空白となっていた。