超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「うぅ、なんか見てて気分が悪くなってくる部屋だなぁ……」
異様とも言える圧迫感。図書館のような装いではあるが、物静かさとは違う。本が迫ってくる錯覚さえ覚える。めまいにも似た気分にネプテューヌが足元をふらつかせてエヌラスによりかかった。
「大丈夫か?」
「なんとか。でも、あんまり長居はできないかも」
「だ、そうだ。スピカ」
「酔い止めのお薬でしたらこちらに」
エプロンのポケットから取り出すのは、一粒のカプセル錠剤。それを受け取って手渡された水と一緒に飲み込む。
「かかりましたね! それは強力な媚薬!」
「な、なんだってー!?」
「今すぐくんずほぐれつな気分に――!」
「ああそうだな、くんずほぐれつな関節にしてやる」
「AAAAAAIEEEEE!!!!!??」
メギゴギメギョバキメリィ! スピカの関節という関節があらぬ方向に捻じ曲げられていた。エヌラスが思いつき、出来る限りのサブミッションを指の関節に至るまで締めあげる。洒落にならない苦痛にスピカがガイノイドのソレとは思えない絶叫を上げていると、ゴスロリ衣装のナコトと共に大魔導師が入室してくる。
ケープを羽織った黒のコート姿に、一見すると紳士的な出で立ち。手にはステッキを持っていた。大魔導師のお気に入りである『アズラッドスタイル』は彼の親友を模したもの、とは本人談。その親友がどうなったかと聞くと――『復讐を果たした』とだけ、簡潔にまとめられる。だがそれが普段からの仕事着なのか、大魔導師は空白となっている椅子に腰を下ろした。
「さて。いつもの茶番はもういいのか?」
「あーいいよ。コイツに付き合ってたら時間が足りねぇ」
「適当に掛けてくれ。ナコト」
「イエス、マスター」
ポゥ……。少女の掌が光り輝くと、周囲にある書物がひとりでに動き出す。それらは紙片を舞わせてバラバラになったかと思うと、次々とアンティーク調のソファーやテーブルへと形を変えていく。見た目こそ可憐な少女ではあるがその内包している魔力の量は尋常ではない。
「これが本当のルームメイトだ。なんてな」
「そして私はハンドメイド! オンリーワンでございますわ」
「大魔導師、スピカを黙らせる100の方法知らないか?」
「消し飛ばす」
「一つしかねぇか……」
「で? 用件はなんだ」
「ああ。実はな――」
エヌラスは九龍アマルガムへと足を運んだ目的をようやく大魔導師に話した。
「――なるほど。ケモミミが生える薬か」
「そうなんだよ」
「……バカか?」
「バカだと思うだろ? そうなんだよ」
「バカの極みだな。ケモミミなんて生やしてどうなるというのだ。理性崩壊するぞ。オレが」
「どうにかなってんじゃねぇかバカ野郎!!」
「冗談だ」
チラ、と隣に並び立つナコトに視線をやり……「ふむ」と一言だけ唸る。
「……ネコミミか、悪くない話だ」
「マスター?」
「ナコト。ネコミミ生やしてみないか」
「マスターがお望みなら、そうしますが」
「なら今度、猫の国にでも行って長と話をつけてくるか。ネコミミくらいくれるだろう」
「あー、オホン。大魔導師?」
「分かっている。そのケモナールの中和剤を作れ、というよりは原料が欲しいのだろう? その薬は持ってるか」
「残りカスでよけりゃあな。ほらよ」
空き瓶を大魔導師に手渡すと、中身をまじまじと眺めていた。付着している液体を指ですくい、すり合わせると舌で舐めとる。そして、眉を寄せた。
「……なんだこの味」
「どんな味だ?」
「控えめに言ってもゲロを極めた味。ゲロジャぐらいだ」
「うわ、飲みたくねぇ……」
「主成分は恐らく獣の耳だろうな」
「わかるの!?」
「ああ。ほのかに血生臭さと酸味と辛味と酸っぱさとなんかもうゲロのような味がする」
「……大魔導師ってゲロソムリエか何かなの?」
「そうなのですか、マスター?」
「そんな趣味を持ち合わせている知り合いは一人しかいない」
――いるのか!? ブシドーですら目を見開いて絶句している。
「ふむ……後は、少し……なんだこれ。ゼリーっぽい味がするな。あとは犬の味」
「犬、食ったことあるの?」
「あるぞ。たまに食うが……なんか変か?」
「うぅ、なんだろう。わたしの中で段々と大魔導師がゲテモノ扱いになっていく。こんな人が国王でいいのこの国ー」
「むしろこんな国、こんな国王じゃねーと務まらねーよ……」
「んー……ネコかこれ……? 味が犬に比べて柔らかいな」
「なんでその残りカスを舐めてわかるんだよアンタ!? どうなってんだよ頭の中!」
「頭蓋骨と脳みそだが? 魔導の探求とは好奇心だ。お前も犬とか猫とか夢の国のネズミとか一度は食ってみろ。ミキサーにぶちまけて飲み干してもいいぞ」
「全力で遠慮する」
むしろ踊り食いで十分だ。
「あとは――恐らくこっちが主成分だろうな」
「?」
「おそらくは何らかの薬物、強壮剤のようなものだろう。効果を増幅させる薬品の類だろうな。無味無臭ではあるが、舌触りが似ている」
「流石。そっちは俺の方でも報告を聞いてる。それで中和剤の調合は出来そうか、大魔導師」
「そういうことなら第三施術室を貸してやる。ナコト、四番の棚」
「イエス、マスター」
本を一冊取り出すと、ページを捲ってそこを開いたままエヌラスへと投げ渡す。
「そこに記載されている植物と、他の材料を少々。自前で調達してこい」
「……在庫は?」
「あるはずがないだろう。此処をどこだと思ってるお前。病院のような外観だが中身はただの教会だぞ。そんな都合よく薬の材料なんて取ってあると思うなよ? 九龍アマルガムの脱法薬局にでも駆け込めば一時間も掛からないだろう」
「金がねぇんだよ」
「じゃあ強盗でいいんじゃないか?」
「なんでこの人国王なんだろう……」
犯罪国家だから。多分それでもネプテューヌは納得しないだろうが、此処が犯罪国家九龍アマルガムであり国王が大魔導師だからこそ、その支離滅裂な会話が成り立つ。それを国王自らが容認している辺り既に何もかもが手遅れのような気がする。ネプテューヌの中にある倫理観とか正義感とか、そういう人として大事なモラルが音を立ててひび割れていく。それに頭を痛めていると、それならばと思い当たった。
「じゃあじゃあ、無銭飲食とかは?」
「捕まってちょっと人に言えない場所に売り飛ばされる」
「なら、万引きとか」
「捕まって人に言えない場所に売り飛ばされる」
「えっと、それじゃあ食い逃げは……」
「捕まったが最期、俺ですらどうなるか分からん場所に売り飛ばされる」
「……どこに売り飛ばされるんだろう」
「聞きたいか。まぁ聞いたところで意味は無いだろうが、エヌラスも聞いておくか?」
「まぁ、一応な……」
「奇妙な魚人がフレンドリーな港町、インスマス。丘の夜鷹が貴方の目覚めを妨げる愉快な村、ダンウィッチ。荒涼とした土地で黄衣の王と素敵なダンス、カルコサのどれかだな」
「全部邪神関係じゃねぇかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「もれなく生きて帰れない」
「当たり前だ! そんな場所、俺でもどうなるか分からんわ!」
「……今度小旅行に行かないか?」
「タンスの角に湯上がりの小指ぶつけて悶え死ね、大魔導師」
全力で願い下げの意思表示を叩きつけて、エヌラスは第三施術室の鍵をスピカから受け取るとネプテューヌを連れてその部屋を後にしようとする。その背中に大魔導師が一声掛けた。
「エヌラス」
「なんだよ」
「“向こう”での生活、楽しんでいるようで何よりだ」
「……うるせぇよ。アンタにゃ関係のない話だ」
「暇を見つけたらオレも立ち寄らせてもらおう。ユウコもそちらでの生活に馴染んでいるようだしな」
「ああはいはい。そう――」
……待て。どうしてそれを知っている? エヌラスの視線の問いかけに、大魔導師は薄く笑った。
「オレが暇潰しで歩いたこの三日間。何もしていないとでも思っていたか? めっちゃ寒くて風邪引くかと思ったが、ユノスダスもインタースカイもアゴウも、九龍アマルガムも丸見えだったからな。軽く神様視点だったぞ」
「いや、そうじゃなくてだな」
「まるで人がゴミのようだったな!」
「そうじゃねぇ!」
「世界まる見えって結構つまらんものなんだな!」
「うるせぇよもういいよ知らねぇよ死んでろよ! 豆腐の角に頭ぶつけて記憶喪失になってろバーカ! じゃあな! 行くぞネプテューヌ!」
「えー、わたし大魔導師のコレクションの鋼鉄甲殻虫見たーい!」
「後にしろ!」
「んもぉ、エヌラスのケチー」
ネプテューヌと捨て台詞を残して去っていくエヌラスを見送り、大魔導師は虚空に向けて手をかざすと撫でるようにスワイプする。幾何学模様から浮かび上がる文字の羅列。それはデスクの上に無数に表示され、それらが魔術による暗号だと精通した者ならひと目で察しがつくだろう。
スピカは傍らに立ち、ブシドーは脇に差した大小二本の刀の柄頭に手を置いていた。ナコトはただ大魔導師に寄り添っている。
「……――よろしいのですかな、大魔導師?」
「何の話だ、ブシドー」
「この三日間。さしもの貴方も暇潰しと言って空中遊泳などはすまい」
「最初の一日はマジでそうだったが」
「……、……コホン。残りの二日間。何もせずにいたわけではないでしょうに」
「まぁな」
「あら。そうでしたのですか、大魔導師様?」
「空間の“ほつれ”を編み直していた。偶然見つけたのだがな、オレがセラエノ空域になんの意味もなく立ち入ると思うか? あんな瘴気と殺意混じりの刃金が舞う断章空間。オレが黄衣の印を持っていなければ邪神でさえも細切れになる絶対不可侵空域だぞ」
「酔狂な貴方のことだ。てっきり暇潰しかとばかり」
「笑えん冗談だぞ、ブシドー」
空間のほつれ――それはつまり、時空の歪みと大差ない話だ。
「偶然にしてはタイミングが良すぎるとは思いましたが」
「ああ。ちょうど編み直したらあのバカのバイクが爆走してる姿が見えたのでな。ちょっかい出すついでに戻ってきた」
「公務をついで、とは。他の者が耳にしたらどんな顔をすることか」
「クイーンあたりは顔を真っ赤にして殴りかかってきそうだな。オレにとっては、暇潰しの“ついで”でしかないのだよ。この程度の公務はな――」
大魔導師が指先で宙に浮かぶ魔術文字を弄ると、それに合わせて次々と形を変えて書類がひとりでに描き上げられていく。それが何十枚、何百枚と自然と積み重ねられていくと、淡い光を発しながら一冊の書物へと形を整えた。それを手にすると、ブシドーへとぞんざいに放る。
「そら、三日分の書類だ。落とすなよ。アサイラムも首を長くして待ち望んでいたのだろう?」
「ハァ――この数秒のためにどれだけ拙者達がこの地下を奔走したことか」
「オレにとっては暇潰しにすら成り得ない、最も無価値な数秒だ。魔力返せ」
「生憎と拙者は剣の道しか知らぬ身。頭を下げる以外に出来ぬよ、大魔導師」
深々と頭を下げてブシドーも教会を後にした。残るのは大魔導師とスピカ、ナコト。
「それで、お前は?」
「私ですか? ええ、メイドですからね。ご主人様の命をお待ちしておりますわ」
「正直な話。お前とカルネがあまりに有能すぎてオレの仕事がない。地上の手伝いもいいのだが、それで犯罪率が激減してる」
「恐悦至極に存じますわ」
「オレも公安局に顔を出していないしな……ふむ……」
「犯罪の聖人、かの方と対談でもしてきては如何でしょうか?」
「ああ、地下で静かに暮らしているのだったな。元気にしているか」
「先日には大量のヘルメットを用意してちょっとした“お遊び”に興じていましたよ」
「そうか。ナコト、行くぞ」
「はい、マスター」
「行ってらっしゃいませ、大魔導師様。教会の清掃は私がしておきますね」
「汚れを落とすのはいいが、命まで落とすなよ」
「ご心配なく。大魔導師様。私は作られた命ですので、落としようがありませんもの」