超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
――肩を揺らしながら魔導書を片手に、エヌラスは何度も繰り返し愚痴を呟いていた。
「チクショウ畜生、ドちくしょう! なんなんだよあの国王マジ意味わかんねーのなんのって! ヒデェと思わねぇかネプテューヌ! 帰ってくるなりアレだぞ!」
「うーん、頭がアレなんだからアレなんじゃないかな?」
「アレをどうすりゃアレできんだろうな」
「コレをこうすればアレになるんじゃない?」
「さっぱりわかんねぇ」
「うん、わたしも!」
あははと笑うネプテューヌだったが、エヌラスと第三施術室へと入るなり顔が凍りつく。
「ん? どうした」
「いや、どうしたじゃなくて……何この部屋?」
「第三施術室。主に大魔導師御用達」
「……明らかヤバメじゃない?」
「まともなはずねえだろ」
なんというべきか――ひたすらに蠢く肉の壁、肉の床、肉色の部屋。ピンクと赤の混じり動く空間にはさしものネプテューヌも笑顔が引きつっている。だが、そんな一室の奥から顔を覗かせるのは黒髪の少女だった。白いワンピースを着たその少女は、異様な空間において他の何においても清涼剤となっている。そんな少女が抱きつこうとするのをエヌラスは額を手で押さえこんだ。
「むぎゅう」
「はいそこ、どんなに猫被って可愛さ満点の笑みを浮かべても俺を食おうとするのはNGな」
「んもー、ケチぃ。美味しそうな匂いがしたからいいと思ったのにぃ……」
「いいから。コレに載ってる材料をいくつか見繕ってくれ」
「えー、タダ働きはやだー! おなかすいたー! 指だけでもいいから食わせてよぉ」
「うるせぇ、焼くぞこの肉じゅばん」
「ぶー……しょうがないなぁ……」
ぐじゅり――。まるで肉を引きずり出すような不気味な音が少女のスカートの中から聞こえ、そしてまるで人間大のイモムシが床を這っていた。昆虫大好きネプテューヌですらも卒倒しかける。だが、スピカから貰った酔い止めの薬が効いたのか、それを並列処理した思考で視界からシャットダウンした。
「はい、これでしょ」
そう言って少女の蠢く触手が持つのは、薬剤の調合に必要となる薬品。だがその残量も残り少ない。粘液でべたつくそれを受け取るエヌラスが眉を寄せた。
「コレしかねぇのか」
「うん。他のはみんなのご飯に使ってたから」
「あー……在庫が無いってのはそういうことか。ハメられた……」
「どういうこと?」
「大魔導師、ここまで計算してやがった。クソッタレ、結局掌の上じゃねぇか。こいつらのご飯作るのにも必要なんだよ、この溶液」
「そうなんだ。ちなみに何食べてるの、この子?」
「肉」
「……えっ」
「肉」
「うん。わたし、おにくしか食べないよ?」
「えっとー……なんのお肉?」
「肉」
「……これ以上聞いちゃいけない気がする賢明なわたしはこれ以上聞くのをやめるね!」
「おねーさん美味しそうだね。ちょっとかじってもいい?」
「ヒィ、さしものわたしでもそんなハードなのかわいい美少女とはご遠慮したいかなー!」
エヌラスは第三施術室の扉を閉めた。壁に手をついて呼吸を整えるネプテューヌが涙目で振り返る。
「なんなのあの子! ナチュラルにわたしのこと食べようとしてなかった!? 物理的に!」
「ああ。そういうやつなんだよ、第三施術室に閉じ込められてる肉塊」
「名前は?」
「サヤ」
「……」
「ちなみに特技は唄うこと。聞くと発狂するから覚悟は必要だけど」
「なんで此処にいるの?」
「そりゃあ大魔導師が唄を最後まで聞いた挙句絶賛したからだよ。この世のものとは思えないほどの美声で思わず意識を手放して飛び立ちそうだったとか何とか言ってたが」
「大魔導師イカれてるんじゃない?」
「そういう人なんだよ」
もう、そういう人なんだとネプテューヌは思い込むことにした。ただ、他の人間を手当たり次第に食い漁ろうとするので今は第三施術室に幽閉されている。しかし第三施術室には他の仲間達がいるから本人は満足しているようだ。
エヌラスはリストに買うものをメモすると、ネプテューヌに深い溜息を吐く。
「む。わたしを見て深い溜息つくなんてどうしたのさ。もしかしてアレかな? わたしの美貌に思わずため息出ちゃったとかかな? なんかそういうの照れちゃうなー!」
「呆れて声も出ねぇと溜息しか出ねぇな」
「ひっどくなぁい!?」
「今から街に出るわけだが……覚悟は良いな」
「うん。そんなに?」
「……ネプテューヌ。手、繋ぐぞ」
「え? なんで?」
「はぐれた場合、お前の貞操と身の安全は保障出来ない。何が起きるか分からん街だからな――っと、悪いな。電話だ」
(ここ、電波はいるんだ……)
地下帝国はほぼ全域が圏外なのだが、教会だけは唯一別だ。それもそのはず、大魔導師が『これも空間魔術のちょっとした応用だ。他の皆には内緒だぞ』と言ってそこだけは地上と同じように電波が入ってくる。教祖を軽く説得したらノリノリだったらしいが、ちょっと想像出来ない。
「もしもし。俺だ」
《あ、エヌラスさん。わたしです、ネプギアです》
「ネプギアか。どうした」
《えっと、エヌラスさんの様子が気になっちゃって……迷惑でしたか?》
「いや。俺もそっちの様子が聞きたい」
《こっちではまだ、特になにも。アイエフさんが相変わらず部屋に閉じこもっちゃってるくらいです。あ、でもちゃんとお仕事はしてるみたいですよ? 時々他の諜報部員の方と連絡取り合ってるみたいで話し声が聞こえてきますし、いーすんさんも様子を見に行ってます》
「そうか。それなら何よりだ。こっちは大魔導師に会った」
《そうですか》
「相変わらず脳みそ沸騰したような思考回路の持ち主で正直な話もう帰りたい……」
《が、がんばってください! ファイトですよ!》
ネプギアの必死なエールが心に沁みる。気合を入れて九龍アマルガムに足を踏み出そうとして――。
「ぎゃあああああ!!!!」
「うわ、うわぁぁぁぁ!!! なんだ、なんで鋼鉄甲殻虫がいるんだ! やめろ、うぎゃあああ!!」
「たぁぁぁぁすけてくれぇぇぇぇ!!!」
「アサイラムの連中は何をしているんだ! うわ、離せ! 離せえぇぇぇぇ……!!」
狂気のパラダイスに教会の扉をそっと閉めた。
《…………》
受話器越しにその悲鳴を聞いたのだろう。引きつった表情のネプギアが脳裏に浮かぶ。
「……帰りたい…………もうアイエフとかケモミミのままでいいじゃねぇか。かわいさ満点爆発百二十パーセントだよ……もういいよ、ケモエフとモフモフするだけの一日過ごしたい……」
「あぁ!? エヌラスがなんかもうやりきった表情で明後日の方角眺めながらたそがれてる! そっちには何もないよ!? 天井のシミとか数え――うわぁぁぁよく見たら人の顔だぁぁぁ!!!」
混沌。混沌。混沌。SAN値が大ピンチな連続事件にエヌラスの心が久しぶりに折れかけていた。
だから来たくなかったというのだ、この地下帝国に――そんなエヌラスの思惑とはよそに、この事態を収拾しなければならないのが知人の辛い所。謀ったなあの国王。
《が、がんばってくださいエヌラスさん!! えっと、えっと。頑張ってくれたらわたしから、えっと、そのぉ……ご褒美、あげちゃいますから》
「死力を尽くす」
《ええ、綺麗な手のひら返し!? あの、わたしなんかのでいいんですか?》
「むしろお前からのご褒美だったら俺にとっては極上サーロインステーキに匹敵する」
《そんな風に持ち上げられちゃうとわたし困っちゃいます……》
「そっちでなにか動きがあったら連絡してくれ。あと、ユウコは何してる?」
《ピーシェちゃんと一緒に元気に遊んでます》
ああ、お母さんだわ。エヌラスはその光景を思い描いて少しだけ精神力を回復させると、ネプギアとの通話を切って、深呼吸。ネプテューヌとアイコンタクトを取ると、意気込んで教会の扉を開け放つ――!
いらっしゃいませ地獄の一丁目。此処は九龍アマルガム。地下帝国、犯罪国家。あらゆる悪事が日常茶飯事、異常と基地外が寄せ鍋しながら闇鍋へと放り込まれる無法地帯にして犯罪放置国家。
――エヌラスが見たのは、巨大な甲殻虫。甲虫だった。玉鋼色に鈍く輝くその大きな角が二本、上下から伸びている。大魔導師のコレクションの一匹だったような気がするが、それが何故九龍アマルガムの街へと解き放たれているのか。その疑問を振り払って、ネプテューヌと繋いだ手にしっかりと力を込める。
「――走るぞ!」
「ええ、でも町の人は!?」
「いのちだいじにガンガン走れ! 尊い犠牲グッバイ一般ピーポー!」
「見捨てるなんて出来ないよ!」
「お前それ九龍アマルガムでも言えんのか!?」
「ゴメンやっぱ無理かもぉぉぉっ! でも、それでも! 守りたい街の人がいるんだー!」
「わかったよこのバカ!」
「バカって言った!?」
自分から地獄に両足突っ込んだ挙句に、その先客を自分の身を犠牲にしてでも助けたい――そんなバカなお人好しがどうしようもなく、自分の知っているネプテューヌと重なる。
何を犠牲にしてでも守ると誓った女神と同じ、瓜二つの少女にエヌラスは非情になることなど出来なかった。
『ギシャアアアアアアア!!!』
「食人植物まで一緒かよ! 地獄のハッピーセットか!?」
すでに捕まって触手で絡め取られ、頭の無い人達はきっとそういう人種なんだろう。モン娘くらいいるさ九龍アマルガム。きっと頭をなくしたおちゃめなデュラハン族だよ。エヌラスはそう思い込んで尊い犠牲を限りなくスルーすることにした。そして、よく見るとネームプレートらしきものが根っこの辺りに付けられていた。
『食人植物実験細胞生物第ン号だっけお前? 命名・ビオラちゃん(♀)』
(……雌!?!?)
無銘の倭刀、そして左手にはレイジング・ブルマキシカスタム。エヌラスはビオラちゃんと対峙する。なんで牙生えてるんだビオラちゃん、食人植物だけどおかしくないかな。なんで胸のあたりが赤く発光してるんだビオラちゃん。絶対おかしいぞこの食人植物。なんかよく分からない細胞埋め込まれてるに違いない。主にアルファベット一文字の細胞とかそんな感じのものが!
「さぁー、標本にしちゃうぞー!」
「襲われてる人、助けたかったんじゃなかったか?」
「助けるためには元凶を倒さないと! この昆虫ハンター、ネプテューヌ様が相手だー。デッカイヘラクレスなんちゃらカブトムシー!」
「欲望が駄々漏れじゃねぇか……」
ネプテューヌは両手に刀を構えて、大魔導師の鋼鉄甲殻虫セレクションの一匹と睨み合う。自らに敵意を向ける敵だと判断したのか、カブトムシが角を地面に打ちつけて威嚇した。