超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
大魔導師はのんびりとした歩調でビオラちゃんに近づく。近くに寄って、普段と違う様子に訝しんだ。それは決してエヌラスが燃え盛る日本刀を突き刺しただけではないらしい。
「食人植物に別な細胞を魔術的に交配したらどうなるか実験したんだが……まぁ失敗するよな」
「いやアンタ絶対わかってただろ」
「こうも凶暴性と再生能力を良くも悪くも顕著に強化されてしまうと手に負えんな……手放すには惜しいが仕方ないか」
ポケットに手を入れたまま大魔導師は白いシャツとジーンズ姿でビオラちゃんを睨む。無数の触手を新たに地面から引き出したビオラちゃんだったが、その様子がぎこちない。
『ギ、ガ……ギシャ……!?』
「……寒っ!?」
ネプテューヌが身体を震わせる。気づけば周囲が冷気に包まれていた。その発生源は確かめるまでもなく大魔導師だった。その冷気によって最も活動を制限されるのは他でもないビオラちゃんだ。
手を伸ばし、まるで子供でもあやすように頭部を撫でる。
「オレの戯れにと創りだされた命ではあるが、悪いな。オレは自分勝手なんだ」
ズッ――。
そして、次の瞬間。ビオラちゃんは首を“ずらされて”即死した。なめらかな切り口は初めから切れ込みでも入れてあったかのように綺麗な断面を見せている。そのまま大魔導師の手で首から上だけがズルリと地面に落ちてビオラちゃんは生体活動を停止、大魔導師の拳で粉々に砕け散った。呆れた吐息は白く、それでいて気だるげだ。
「……え、なにしたの?」
「なに、とは。ああ、ビオラちゃんか。流石にこうも暴れられるとオレも面倒でな。暇潰しは好きだが他人の面倒事は嫌いな面倒くさい奴なんだ」
「いや、そうじゃなくて……」
「単に首の接合部を“ずらした”だけだが?」
「それだけで、あんなあっさり死んじゃうの?」
「ネプテューヌよ。お前は自分の首が数センチずらされて生きていられるのか? 普通は死ぬ。即死だ――ビオラちゃんのようにな」
背筋が凍るような思いでネプテューヌは大魔導師の平然とした態度に身構える。言っていることは道理だ。確かにそうだ、それで生きていられる人間はいないだろう。だがしかし、それをごく自然に、それも冷気を操りながら使う大魔導師の魔術に恐怖を覚えた。だからこその大魔導師。
「複合魔術など容易い。さて、なんかもう一匹いたような気がするが……」
瓦礫を跳ね除けて玉鋼色のカブトムシが出てきた。その元気な姿を見て、大魔導師が初めて笑みを見せる。
「ああ、いたいた。アレだ、ネプテューヌ。オレのコレクションである鋼鉄甲殻虫の一匹」
「名前はあるの?」
「なんだったかな……どうでもよくて覚えていない」
「ビオラちゃんは覚えてたのに」
「名札付けておいたしな」
その名札を今しがた踏み潰したのは大魔導師その人だ。徹底的に無感情、無関心な表情で鋼鉄甲殻虫の突進を、片手で受け止める。
「元気だな」
そして、まるで羽虫でも払うように軽く手の甲で「ぺちっ」とした音さえ聞こえるほど軽く叩き――次の瞬間には弾丸の如く速度で鋼鉄甲殻虫がビル群をなぎ払いながら吹っ飛んでいった。
「と、まぁ。重力のベクトルを変換しながら叩けばこんなもんだ」
「ゴメンイミワカンナイ」
「そこまで難しいことは言っていないはずなんだがな? まぁいいか。アレは珍しいやつだからオレがとっ捕まえて教会に展示しておくか。今度は重縛結界を三重にして保管しておこう」
意気揚々と、指の骨を鳴らしながら大魔導師が鋼鉄甲殻虫の後を追う。道路を横断しようとした矢先にトラックが突っ込んでくるが、デコピンでカーリングのように滑っていく。歩道と建物を幾つか巻き込みながら爆発、炎上。鼻歌混じりに歩く頭上から自重に耐え切れなくなったビルの瓦礫が降り注ぎ、時間でも止められたかのように大魔導師の頭上で止まった。
歩く自然災害。動く超常現象。そんな言葉がネプテューヌの頭に思い浮かぶ。
ただ歩いているだけで、次から次へと現実で起こる事象が塗り替えられていく。
炎が巻き戻り、爆発が止まり、時間が止まり、水が凍り、鋼鉄甲殻虫が放つ神気、霊気、霊力。その何れもが全ての元素を司る“創気”であったとしても、大魔導師はその上を行く。
「万物を創り変える。あらゆる現象を、あらゆる元素も。この世に存在するありとあらゆる森羅万象一切合切、全てがお前の掌の上だとしてもだ、蟲」
《――――――――――――――――――》
「お前はオレにとって、ただの“退屈しのぎ”でしかないことを――弁えろ」
重縛結界に捕らえられ、時間加速によって抜けだそうとする鋼鉄甲殻虫の全身が黄色い布によって雁字搦めに巻き取られる。大魔導師の袖から伸びるそれは、黄衣の王が纏うもの。身動きを封じられたカブトムシが抜けだそうとして、全ての足が重力弾によって闇の彼方へと消滅させられた。
角を掴むと、飴細工のようにぐにゃりと曲げられていく。
「お前はこの程度でどうにかなるようなやつじゃないのも、知っている。このまま飴玉になるまで“丸めて”やろうか?」
《――――――…………》
「だが、お前はさっきも言ったように貴重な蟲だ。鋳潰すには惜しい、とはいえこう暴れられるとオレも困る。だからどうすると思う? ああ言うより早いか」
玉鋼色のカブトムシの頭部に触れる。鉄の冷たさ――だが、それの意味を知った鋼鉄甲殻虫がもがく。手足は無く、すでに抵抗できるはずもない。しかし、だからこそ……。
無いはずの背筋を走る悪寒に必死に抵抗を試みた。だが、その一切合切は無駄に終わる。所詮、蟲は蟲でしかない。大魔導師にとってはだが。
「直接お前の意識を“潰して”やる」
ずぬり……。溶けこむように大魔導師の腕が体内に侵入を果たし、カブトムシは一度跳ねたと思うと身動き一つしなくなった。大魔導師は束縛を解き、最早彫刻となった鋼鉄甲殻虫を見下ろしてつまらなさそうに首を傾げる。
「ああつまらん。オレの退屈一つ凌げないのか。……さて、どうするかなこのオブジェクト」
大魔導師が鋼鉄甲殻虫の制圧をするまでの間、九龍アマルガムは天災的な被害をこうむっていた。だがそれらの苦情や非難、誹謗中傷を大魔導師に投げかけるものは誰一人いない。
触らぬ神に祟り無しと人は言うが、それは間違いだ。大魔導師は神などではない。神に値する願いを持った“人間”なのだから。すでに人である領域を逸脱した彼をこう呼ぶものの方が多い。
――黄金の獣。
周囲を見渡して、その被害に大魔導師は「はて」と腕を組んだ。
「……まぁ、アサイラムと人狼局がなんとかするか」
そして、全て他人任せにして知人の元へと急ぐ。後に残るのは、凄惨な超災害の傷跡だけ。
「大魔導師って、本当に凄いんだね」
「信じられるか。俺、一時期あれの弟子だったんだぜ……」
「またまたぁ。大魔導師の弟子ってもっとこう、頭のネジがぶっ飛んでないと務まらないと思うよ?」
少なくとも頭のネジがぶっ飛んでいた時期だったのだろう。
現在は国中で大魔導師の帰還によって横行する犯罪組織や悪事がナリを潜めていた。それもそのはずだ、つまらない抗争に大魔導師を“うっかり”巻き込んだ日には次の日からその地区がまるごと消し飛ぶ。面白そうならば何でもいいが、それがつまらないと判断するや否や一気に冷める。それでも今だに魔術の探求だけは続けているのがなおさら恐ろしい。
エヌラスはネプテューヌと手を繋ぎながら、今日だけは平和な地下帝国を歩く。スチームパンクにしてファンタジー。魔術と機械の融合。それでいて地下坑道などから採れる潤沢な金銀鉱石によって宝石や貴金属の精製、鋳造などが街のあらゆる場所で見受けられる。それだけに紛い物などによる詐欺が増えているがかわいいものだ。
九龍アマルガムを騒がせた宝石事件など、次から次へと入手した人間が命を落とす水晶の頭蓋骨。それは最終的に大魔導師の手に落ちたもののやはり不幸からは逃れられなかったようで、それに苛立った大魔導師が握り潰して砕いた。ちなみにその後は普通の宝石に作り変えられている。
「あ、人形屋さんだ。おー……」
「ビブリオショップか。ただの人形屋じゃねぇぞ、特に大手の『
「
「ああ。ほら、そこの店の看板」
西洋鎧の兜に、フレーメンの音楽隊よろしく。鳥が乗っているエンブレム。それが社章らしい。
「あの企業が近年、地上で発達しているサイバネ技術を取り入れたアンドロイドやガイノイドの開発に成功してな。ガワだけなら一級品だ。なんせ球体関節人形なんて古臭いのを取っ払ってシームレスにしやがった。そのせいで此処数年は人間とガイノイドを見分ける方が難しい」
「へえ。そうなんだ。でもどうやって見分けるの?」
「動きだよ。どうしてもガイノイド達の方がぎこちないところがある」
ネプテューヌが九龍アマルガムを往来する人達を見渡す。年齢は様々で、その歩き方一つとってもどこにも淀みはない。素人目に見ても見分けられなかった。
「本当にいるの?」
「ああ。日常的な動作なら、基本的に全部一緒の基礎プログラムが刷り込まれてる。だからその癖さえ知っていれば――ガイノイドもアンドロイドも簡単に見分けられるってわけだ。ほら、あそこのカップルなんて歩き方一緒だろ? 腕の出し方、歩調。人を避けるタイミング、ピッタリだ」
「あ、ホントだ! なんかああしてみるとやっぱり機械的だね」
「どれだけ技術者が頑張っても、“生”の感情なんてガイノイドには表現できない――って、言われていた」
「言われてた? なんで過去形なの」
エヌラスとネプテューヌは歩き始める。
「人工知能にどれだけ学習させても人間には近づけない。言語機能はともかく、運動能力はどうしようもない」
「でもスピカとカルネはものすごく滑らかに動いていたよ? わたし達と見分けられないくらい」
「そらそうだ。最高傑作のガイノイド、とは名前だけ。あの二人は“中身付き”だ」
「中身付き? 人間なの?」
「……ああ。ただし、コイツは禁忌中の禁忌。それに関する書物もそれに手を出そうとした瞬間に死刑確定するくらいにはな。その理論をでっち上げたどっかの闇医者はもう死んでるけどな」
「人形が人間になるってどういう方法で?」
「人間の魂をな、書き込むんだよ」
「――へ?」
「人工知能に、僅か数ミリグラムの魂を“書き込む”んだ。その技術は“魂魄転写”なんて呼ばれてる。魂を数ミリでもぶっこ抜かれた人間がどうなると思う? 植物状態、廃人確定。だもんで、それを書き込まれた
それが、スピカとカルネの二人。一体何処のバカがあんな二人を造り上げたのか、エヌラスは気になって大魔導師と共に追ってみたものの、完全に迷宮入りとなった。