超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
エヌラスが足を止めて、入店したのは怪しげな薬局――の、更に裏手にある寂れた路地裏。暗い地下帝国の中でも更に暗い、湿気だけで服がまとわりつくほど陰気な湿度のこもる場所にネプテューヌが眉を寄せて身体を寄せてくる。
「ねぇ、こんなところに薬が売ってるの?」
「地下帝国でも、表向きに店の看板並べてるのはまともな方だ。俺が探してるのは、こっちの方でな」
「うぅ、なんかいやな場所だなぁ。今にも襲われそうな……エヌラス。そうなったら助けてくれる?」
「心配すんな。ちゃんと守ってやるよ」
「そっかー、ありがと!」
守ると言われて嬉しいのか、ネプテューヌが繋いだ手を更に抱きしめるようにして身体をくっつける。パーカーの下から感じる弾力にエヌラスが頬を赤くしてそっぽを向いた。その反応が面白いのか、ますますネプテューヌは顔を赤くしながら身体をすり寄せる。
「あれー? あれあれー? どうしたのエヌラス?」
「なんでもねぇよ」
「ホントにー? 顔真っ赤にしちゃってぇ」
「してねぇよ」
「またまたぁ、嘘言ってもすぐわかるんだから! こんなに顔近づけてるんだから」
「近づけんな」
ずい、と顔を近づけるネプテューヌを睨むといたずらっぽく笑っていた。
「なんかこうしてると恋人同士みたいでドキドキするね」
「そう、だな……」
「やっぱり照れてるじゃーん。素直じゃないツンデレなんだね」
「あーもう。うっさい」
エヌラスの知っているネプテューヌよりも体つきと、仕草がいちいち大人っぽいせいで妙にドギマギして調子が狂う。危うく通り過ぎそうになった店の前でエヌラスが足を止めると、ネプテューヌが転びそうになったので手を引き寄せた。勢い余って抱きつく形になってしまい、思わず硬直する。
「お、と……大丈夫か?」
「あっ、うん……えっと……ありがと」
「…………店、入るぞ」
「そ、そうだね! お薬買いに来たんだもんね!」
「なんじゃい。人の店の前でイチャつきおって。そういうのは近場のホテルで、若いお二人でしっぽりヤッてくれぃ」
「うるせぇクソジジイ! いつまで生きてんだくたばれ!」
「うわぁ!? なにこのおじいちゃん!?」
突然路地裏の壁から出てきた扉から顔を出した老人に、ネプテューヌがますます驚いてエヌラスに抱きついた。それに偏屈そうな老人は眉を寄せて鼻を鳴らす。
「なんじゃい、久しぶりに顔を出したと思ったら知らん女と店の前で抱き合って。憤死するところだったわい」
「よぉ、アーウィル爺。そっちこそ老衰で死んだと思ってたんだがな」
「そういうお主こそ邪神退治の途中でくたばってなくて安心したわい。今日はなんの用じゃ」
「大魔導師のお使いついでの、俺の私用だ。大至急このリストの薬剤を用意してくれるか」
「ほれ、上がれ。軒先で抱かれあってはワシも困るでな。……いつまでそうしておるつもりじゃ、まったく暑苦しい」
アーウィルに言われて、ネプテューヌがようやくエヌラスから身体を離した。だがそれでも腕にピッタリと抱きついて離れない。
(……あれ。なんでコイツこんなナチュラルに身体寄せてくるんだ?)
――教会で掃除をしていたスピカの下に、地上での仕事を一通り終えたカルネが顔を出した。
「あら、カルネ。公安局での仕事はもう終わったのですか」
「モチよ! それにしても大魔導師様が帰ってきた途端にコレだもんぬぇ、忙しい」
「これが本来の私達の仕事でしょうに」
愚痴を漏らしながら吐息を漏らすカルネが、思い出したように執務室に置かれているコップに視線を向けた。
「なにか飲んだの?」
「エヌラス様ですか? いえ、別に……ネプテューヌ様が酔い止めを欲しそうにしていたので」
「……スピカ、酔い止めなんて都合よく持ってたっけ?」
「あれ? 確か常備していたはずですが……」
スピカがポケットから取り出した常備薬。
「強烈な媚薬と冗談を言いましたが、確か魔力による酩酊状態を抑える薬を――」
「これ?」
「ああそれです。って、なぜカルネが持っているのですか」
「え、だってこれ前にスピカから渡されてそのままだったんだけど?」
「…………そうでしたっけ」
「うん」
カルネがエプロンのポケットから取り出すのは、スピカが持っていたと勘違いしていた酔い止め。そして、自らのポケットから取り出した薬は――強烈媚薬。なんでそんなものを常備しているのかという疑問はあるだろうが、そこはそれ。ワタシポンコツガイノイド。
「……アッチャー」
スピカは遠い目で部屋の片隅を眺めた。
もしかするとメチャクチャやばいかもしれない。
「カルネ、手伝いなさい」
「ほへ?」
「まず教会の掃除を終えます。それからエヌラス様とネプテューヌ様を探しに行きますよ」
「なんでー? まぁエヌラス様探すなら大賛成だけど」
「私の命がかかっているのです! 早くしなさいこの愚妹!」
「うひぃん」
――アーウィルの店内の佇まいは、薬局というよりは趣味の骨董品屋といった趣だ。とはいえしかし、そこに並べられている品々はやはり相応の品でもある。本人は商売をするつもりなどはないようだが、エヌラスが相手ともなるとまた別だった。
なんせ相手はこんなのでも、旧神を名乗る男。それだけではなく持ちうる知識も術式もこの次元には存在しない。その話を聞くのは偏屈な老人として知られるアーウィルにとって貴重な暇潰しだった。
ネプテューヌはと言うと、丈の短いパーカーから覗く太ももを意に介さず屈みこんだりしてアーウィルの集めた骨董品を眺めている。
「……それで? あの嬢ちゃんは一体なんなんじゃ」
「あー、神性植物にとっ捕まって触手だらけになってのを助けたらついてきた」
「で、見捨てるわけにもいかず面倒見とるわけか? 相変わらずだのう。魔術回路の調子はどうなんだ、ん?」
「知ってて聞いてんだろうなクソジジイ! 右腕だけは絶不調だよ!」
右腕の魔術回路ばかりはアーウィルの腕を持ってしても不可能と診断された。生の神経と魔術回路を融合させたことにより、その二つをそれぞれ切り離して再生するというのが出来ない状態となっている。癒着というよりは融合に近い。そのせいで銀鍵守護器官から生成される魔力量も自然と増え、悪循環。
ドラッグシガーの原案もアーウィルによるものだ。
「それで。あのドギツイ薬はまだ服用しとるのか」
「当たり前だろうが。手放せるわけねぇだろ、便利なんだから」
「ワシとしては、それを致死量どころか常用しているお主の身体も精神も健康体なのが不思議なんだがの……」
そのために作った癖によくもまぁいけしゃあしゃあと言える。銀鍵守護器官が摂取したものを自らの燃料にするという性質から、逆に銀鍵守護器官が消化不良を起こす物を取り込むという試みから始まったそれは、やはり常人にすれば並の劇薬ではない。命を落としかねない代物を煮詰めて煮込んで凝縮したようなものを、四次元空間シガレットケースに収納しているエヌラスに気がしれない。人が人なら、それこそ精神疾患を患っていると言われてもおかしくなかった。だがそれであっても健康体を保っている。
アーウィルはリストに時折視線を落としながらエヌラスと言葉を交わしていた。
「大魔導師が戻ってきたらしいのぅ。家から出ずともこの騒ぎだ。何を考えているか分からん御方じゃな」
「暇潰しのことしか考えてねーと思うぞ、あの人」
「違いない」
むしろそれだけだろう。アーウィルが薬剤の調合と溶液の調達をしていると、ネプテューヌが小さなバッテリーのようなものを持ちだして首を傾げていた。
「ねぇねぇお爺ちゃん。これなに?」
「それは魔術回路を励起させる魔力発電機じゃよ。その電極を刺してな、強制的に魔術回路を喚び起こす物だが、そんな物とっくに埃被って置物だわい」
「へー、そうなんだ。わたしにも魔術回路ってあるのかな?」
「刺激が強いもんで、嬢ちゃんには勧めんぞ。そこの小僧ならともかくな」
「うっせ。そんなの使われてたまるか」
素肌に麻酔なしで電極を刺した挙句魔力電流を流された日には絶叫ものだ。ちなみにエヌラスはすでに経験済みである。ぶっちゃけ声を押し殺すので精一杯だった。何度やっても慣れない激痛は痛覚遮断など無視して体内から直接悲鳴を上げる。
「そもそもワシはその施術で金を稼いでおったのだがな、それを非人道的だの前時代的だのと難癖をつけられて」
「昔話はいいっつーの。出来たのか?」
「つれんのぅ。若いオナゴと話す暇くらいこの爺めにくれてもええじゃろう。どうせお主の女でもあるまい」
「どうでもいいだろうがそんなことは。こっちは急ぎなんだ」
「ふん。ほれで? まさかタダ働きとは言うまい」
「わかってるっつうの。ほらよ」
面倒そうにエヌラスがアーウィルに投げたのは、例のごとくケモナールの残りカスの入った小瓶だった。
「これっぽっちしかないのか?」
「今の手持ちはそんぐらいだ。別次元の薬物、それで勘弁してくれ」
「ツケとくぞ。用が済んだら帰れ」
「へいへい。そうさせてもらうさ、この偏屈クソジジイ」
「あんまり老人をイジメんでくれ。孤独死したら遺言に貴様の名前をありったけ赤文字で書いとくぞ」
「呪う気かテメェ!」
エヌラスはネプテューヌの手を掴むと、半ば強引にアーウィルの店を後にする。