超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「エヌラス、大丈夫? 泣きそうな顔してるけど」
「ダメかもしんない。ものすごい久しぶりに俺の心が折れそう……」
「どうして?」
「もう、なんか、言葉にならないくらいにもうダメだ。なんで俺こんなことしてんだろう……」
手にしていた薬品と溶液を地面に叩きつけて、全てを台無しにしてしまいそうになる。その暴挙が、脳裏を掠めたアイエフの顔で紙一重で留まった。
なにがケモナールだ。なにがケモミミだ。なにが、なにが! なにが――!!
ケモミミ女神だ! そんなもの! 俺だって見てみたいわッ! エヌラスが心中で絶叫した。あらん限りの声で叫ぶ。だが、それが今、許されない。自分にはその“犠牲者”となるネプテューヌやネプギア。アイエフだけでなくミリオンアーサー。そして、ユウコ。
女神信仰の狂信者集団、ハァドライン。それに遅れを取ったとあってはプラネテューヌのみならず、他の国のハァドラインが黙っていない。そうなれば超次元は混乱状態になるだろう。
「ッ――――」
九龍アマルガムでは人々が悲鳴と共に逃げ出していた。ネプテューヌの手を引いて、適当な店の玄関に退避すると人々は我先にと前を走る女性や子供、老人を押し退ける。エヌラスは顔を覆った。自分はこんな世界に生きる人々を、この国をどうして救おうとさえ思ったのか。
諦めてしまえば、何もかも楽になる。こんな気苦労も、邪神との戦いも。自分がこれ以上傷つく理由も、これ以上誰かが、何かが傷つく理由もなくなる。それでも。だが、しかしだ――。
――世界を変革した代償に、自分は次元神セロンと“契約”したのだ。
アダルトゲイムギョウ界から「塔争」という概念を消す。それと引き換えに自分はセロンが開いた門の向こう。多次元宇宙に存在する次元神の敵と戦い続けるのだと。それだけは“リセット”も“コンティニュー”も関係なしに繰り返された。
『エヌラス。お前が邪神と戦い続ける限り、この箱庭の世界で塔争が起きることはない。それは保証する。だが、その結末はお前が選んだものだ。それだけは忘れるな。どんな残酷な真実であろうと、どれだけ無残な最期を迎えても。それはお前の“選択”なのだからな』
自分は何を信じて来たのだろう。何を信じて、救われてきたのだろうか。分からない。自分が今まで邪神退治に費やしてきた歳月で失ったものは計り知れない。数えきれない。得たものは虚無感の勝利と、変わらない箱庭の世界。次元神の掌の上。
エヌラスはネプテューヌを庇うように歩道から遠ざけていた。時折、心ない人の手が背中を殴打しているのがわかったのだろう。ネプテューヌが心配そうに見上げていた。
「……怖い顔してるよ?」
「生まれつきだ」
「どうして怒ってるの?」
「――……」
嗚呼、そうだ。本当に救いたくて、守りたくて必死になってきたのは九龍アマルガムの人々の為ではない。履き違えてはならない。自分が本当に助けたいのは――。
「ネプテューヌ……ごめんな……もう、無理だ。限界だ……!」
「えっ」
「もう我慢の限界なんだ」
「ど、どうしちゃったの突然。何の話?」
「――テメェら、退きやがれぇぇぇぇっ!!!」
変神――そして、直後。両手に顕現する真紅の自動式拳銃。白銀の回転式拳銃。宙を舞う偃月刀。全てが殺到した。轢殺していく。
新たに現れた脅威を前にして人々は今度こそ恐慌状態に陥った。カオス極まる光景に警察も、人狼局も出動要請が頼みもしない旺盛なサービス精神で回線がパンク寸前となっていた。
「――エヌラス……」
「ああ、もう面倒クセェんだよ! なんなんだよ、クソが! 胸糞悪ィ、吐き気がしやがる! どいつもこいつもあいつも、お前も! お前も! お前もォッ!! 人の気なんて知らねぇで好き放題やりやがってよぉ!! ええ、愉しそうだなテメェ等ぁ!!」
二挺拳銃、加えて一刀。ビル群をなぎ払う巨大なドラム缶破壊ロボこと天災ジェノサイダーを睨み上げる。レトロな顔面がエヌラス=ブラッドソウルを睨みつけ――そして拡声機から悲鳴が上がった。
《の、の、ノォォォォォォウ!? なぜにワガハイの前に幾度と無く現れるであるか大魔導師の知人にして三日戦争の諸悪の根源!》
「うっせぇバーカ!」
《バカ!? ホワイイズミー、バカ!? この大天さ――!》
「天変地異の間違いだこの《自主規制》が!!」
二挺拳銃が光とともに混ざり合い、融け合う。ブラッドソウルの右手には杖とも砲ともつかぬ物体が出来上がっていた。
「四の五の言わずに、ガタガタ言わずとっとと消し飛びやがれぇ!! “螺旋砲塔”神獣形態!!」
《さよならグッバイ青春、淡き夢のプレリューーーード!!!》
天災ジェノサイダー君の顔面が消し飛ぶ。そして、ブラッドソウルが飛び立つと右肩には長大な野太刀が担ぎあげられる。紫電と共に振り下ろされた超電磁抜刀術・零式が街の一区画をクレーターへと変貌させた。
――その様子を教会をマッハで後にしてエヌラスを探していたスピカとカルネが目撃し、頭を抱える。
「あぁ!? あの辺りは来週予約していたクレープ屋さんが!?」
「あー!? 確かあの辺の区画は私が楽しみにしているケーキ屋さんが!!」
「あのブサイクロボット……ゼッテェ許さねぇ!!」
容姿端麗なスピカの口から、その容姿から想像もつかない暴言が飛び出した。ビル群の屋上を飛び跳ねながら移動を続けていた二人の前に、野生の魔導生命体が騒動から逃げ出そうと現れる。それが彼ら、或いは彼女たちの不運だった。機嫌を損ねたスピカの危険性は、妹分のカルネが一番知っている。だからさりげなく速度を落として先を譲った。
「邪魔ぁすんじゃねぇよぉ!」
カフスを外し、袖を捲くる。パキン、と小さな留め具が外れる音。
スピカの両前腕部が“展開”した。飛び出すのは無数の鋼線。極細の鋼糸はスピカの動力源と直結している。その全てが縦横無尽に飛びかかる哀れな獲物達を容赦なく細切れにして、速度を落とすことなく突破した。血飛沫一つ、シミひとつ服に作らず突破するなり鋼線を巻き取って腕部に格納する。
「何してんだ愚妹! とっとと行くぞこらぁ!」
「ハァイハイ、今行きますのー!」
こういう時は怒りが治まるのを静かに待つのが一番だ。カルネは自分の獲物まで取られた怒りをそこそこにして腹の中に抑えこむ。
当然ながら、その騒ぎは知人を訪れていた大魔導師の耳にも届いていた。深い溜息を漏らす。
「いやはやまったく忙しいな」
「貴方が来ると、すぐにコレですからね」
「いつもの騒ぎなら無視する所ではあるが、あの男だからな。オレがいかなければなるまい」
「今日はお忙しいところ、わざわざご足労頂きありがとうございます。大魔導師」
「世辞のつもりだろうがオレには嫌味でしかない」
「それでも、礼儀は弁えさせていただきますよ」
「一応の感謝は述べておく。それではな」
――そして。大魔導師とスピカ、カルネの三人が同時に現場に到着して見たのは、変神した状態のエヌラス。ブラッドソウルだった。犯罪国家、九龍アマルガムにおいて『血の化物』とさえ呼ばれ、畏怖される怪物そのもの。
「大魔導師――」
「なんの騒ぎかと思えば、コレか……どう説明する。スピカ、カルネ?」
「どう、と申し上げられましても困りますわ」
「とりあえず、めっちゃ生存本能が危機感マックスバリュー」
「まぁいいか。おい、ブラッドソウル!」
「あ”ぁ”!?」
激情に身を任せて、棲家を荒された魔導生命体達が束になってブラッドソウルの足元で絶命している。頭部を掴まれていた人型生命体が頭蓋骨を握り潰されてゴミ箱に叩きつけられていた。ネプテューヌはと言うと、返り血を浴びてその場にへたり込んでいる。
「スピカ、カルネ。ネプテューヌを頼んだ」
「かしこまりました」
「大魔導師、いいんですか?」
「ん、なにがだ? オレは今ものすごく楽しみだぞ?」
「うわー、屈託のない笑み超コエー」
普段から眠そうで気だるげでやる気のない表情から一転して、大魔導師は活き活きとした表情で二人に微笑みかけていた。
「災害レベルを最高位に引き上げて退避。今度は三日で済ませないレベルで“遊んで”やる」
「旧神と遊ぶって洒落になんねーこの人ー」
「まぁ九龍アマルガム国王ですからねー。ネプテューヌ様、大丈夫ですか?」
満面の笑みを浮かべながらブラッドソウルの偃月刀を同じく偃月刀で受け止める。鈍重な金属音が唸りを上げて暴風を巻き起こしていた。それをヒョイヒョイと避けながら二人が涙目のネプテューヌに屈みこむ。
「……エヌラス、どうしちゃったの?」
「まぁ、なんと言いますか」
「エヌラス様は九龍アマルガムだと情緒不安定なの。だから気にしないでね」
「でも、でもわたしの目の前で人が――」
「失礼致します」
スピカの中指、その先端から小さな針が伸びると、それを首筋に突き刺す。
「ぁッ……――」
チクリとした痛みにネプテューヌが身体を竦ませた直後、意識を失った。その身体を担いで、二人は目配せする。
「ありがとう、ポンコツジャンク破壊ロボ。私の首が繋がりました。二人が情事に持ち込んでいたらどうしようかと漏らす一歩手前でしたふふふ超怖かった……」
「帰ろうスピカ! 今すぐ!」
「はいそうですね!」
「シャイニング・インッパクトォォォォッ!」
「ゼロ・ドライブ!」
逃げ出す二人の後ろでは既に筆舌に尽くし難い魔術の応酬が始まっていた。