超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
朝を迎えたインタースカイでは、夜が明けていることに気づいたノワールがのっそりとベッドから身体を起こしていた。少し寝過ぎたかもしれない。寝心地が良くてもう一度この温もりに身を任せてしまおうかと思ったが、顔を横に振って眠気を飛ばす。隣のベッドではネプテューヌとネプギアが寝ている。そんな二人を起こさないようにノワールは洗面台で顔を洗い、残っていた眠気を吹き飛ばした。羽織っていたガウンも脱ぎ捨て、備え付けの洗濯機に入れて乾燥させたクリアドレスに身を包むと髪を結ぶ。身だしなみを整えてから、もう一度確認する。
「うん。オッケー」
それから二人を起こすと、ネプギアはすぐに身体を起こす。しかしネプテューヌはまだ毛布にしがみついて離れなかった。
「う~ん、もうちょっとでいいから寝かせてぇ……」
「ダメよダメダメ。はい起きるったら起きる」
「うぇー……もぞもぞ……」
今日はバルド・ギアと面会してゲイムギョウ界に帰らせてもらえるように説得しなければならないのだ。こんな朝から前途多難なスタートは幸先不安になる。
「まったくもう……こうなったら」
ノワールはエヌラスがやったように毛布を掴んで、一気に巻き上げた。しがみついていたネプテューヌが驚いて手を離し、空中で一回転、二回転――ぼふっとベッドに沈み込む。
「エヌラスみたいに上手くいかないものね……どうやったのかしらアレ……」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「ふぇぇ、ネプギアだけが私の癒やしだよぉ……」
「起きないネプテューヌが悪いんでしょ。ほら起きるったら起きる」
そして朝食を摂るが、やはり味気ないものだった。
朝のインタースカイは機械の駆動音と先日の被害を修復する重機の音だけが響いていた。車も通らなければ人ともすれ違うことのないこの国は、機械が移動することを前提としているせいか移動するだけでも一苦労する。
「あーあ、トライデントの背中に乗ってたらひとっ飛びなんだろうなー」
「あの人達、乗り物じゃないんだから怒られると思うけど」
「でも、機械人類って言ってましたね。どういうプログラム組んだらああなるのか、私、気になります!」
「ネプギアは機械好きだからねぇ」
「ん? ねぇちょっと二人共。あれって……」
「どしたの、ノワール?」
ノワールが立ち止まり、指し示した先には――。
インタースカイの中央にそびえ立つタワーに到着して、三人が降りた。どうして気づかなかったのだろう。普通はタクシーという便利な物がある。
ノワールが見つけたのは輸送用フォートクラブだった。元は貨物運搬等に運用される機種ではあるが、それを改良して車と同じく人間を背中に乗せて脚部の車輪を展開して高速移動するというもの。目的地までのナビゲーションもついており、それに合わせて移動速度も変えられる。勿論、武装は完全に取り外されており、前脚――もといハサミの部分は高速移動用に大型のフロントタイヤを内蔵している。
三人を無事に目的地に届けた輸送用フォートクラブの口に支払いのフリーパスを差し込み、間もなく吐き出された。その背中を見送って、ネプギアが目を輝かせる。
「いいなぁ、ああいうの。私もプラネテューヌに欲しいなぁ」
「いや、流石にちょっと物騒だわ……」
「あの直線的で無骨なフォルムからは想像もつかない静かなアクチュエーターに、看板や信号の判断。それに指示速度厳守で背中の乗り心地もよかったな~……お姉ちゃん、あのカニさんプラネテューヌに持って帰れないかな?」
「いや、それは無理だと思うなぁ。大体あんなおっきいのが道路とか歩けるのって、ここがちょっと特殊だからだと思うんだよね。私はどちらかって言うと昨日みたいにトライデントの背中にしがみついている方が好みだな~!」
「そっかぁ~……残念」
ガックリと落ち込むネプギアを慰めて、ノワールは改めてタワーへ入る。自動ドアが開いて昨日と同じように受付のロボットに声を掛けた。すると《少々お待ちください》と一言挟み、沈黙。
《すいません、お待たせしました。あちらのエレベーターにお乗りください》
そして、開いたエレベーターに三人が乗り込み、ボタンを押そうとして、そもそもそんなものが存在しないことに目を白黒させる。すると独りでにドアが閉まり、動き始めた。
「わ、びっくりした!」
「これ、多分上の階に向かってるんですよね?」
「恐らくね。これがバルド・ギアの罠でないことを祈るわ」
――どれほどの時間が経過しただろう。十分か、二十分。ようやく止まったエレベーターのドアが開く。
三人が予想していた通り、タワーの最上階と思わしき広間に恐る恐る足を踏み入れた。ガラス張りの殺風景な場所からは空と海の境界がハッキリと見える。
「うわぁ、高所恐怖症の人には辛そうな場所」
「それ私達が普段仕事してる教会でも同じじゃない?」
「でも、誰もいませんね……」
自分達を出迎えてくれるはずのバルド・ギアの姿が見当たらない。室内を見渡して、インタースカイを一望できる場所から見下ろす。
汚れ一つ無い白い街並は、まるでよく出来たジオラマのようだ。そこに人の営みはない。だが、それでも人々を迎え入れて生活できるだけの材料が揃っている。まるで戦争の被害から逃れるシェルターのようなドームに覆われて。ここはきっと巨大な殺菌室なのだ。選ばれた人間だけがここで生活することを許可される。
静かな最上階に、いつか聞いた風切り音が響いてきた。それは紛れも無くバルド・ギアの飛行ユニットによる轟音であり、それがどこから来るのかわからず三人は互いに背を預ける形で武器を手にする。
よもや、奇襲。この階ごと崩落させるつもりならば変身のできない三人は間違いなく即死するしかない。構える三人に上空から不意に流れこむ風が吹いた。それに驚いて上を見ると、天井が開いていく。そこにはバルド・ギアが飛んでいた。徐々に速度を緩めて着地する。
《お待たせしました。動作チェックの一環として飛行テストをしていたのですが――どうかしましたか》
「あ、いえ……」
《そちらから仕掛けるというのであれば、こちらも相応の対応をさせていただきますが》
言われてから気づいた三人は慌てて武器を戻し、それを確認してからバルド・ギアも飛行ユニットを転送した。すっかり破損したはずの胴体と左腕は新品同然に交換されており、時折その動作を確かめるように指を開く。
《私に客人、ということでしたが……なるほど、あなた方でしたか。エヌラスと一緒にいた》
「は、はい」
《……ということは、もしや私を討つために?》
「違うよー。私達別な世界の住人で、エヌラスからここなら元の世界に帰る方法があるって言われたんだ」
《別な世界の住人? エヌラスから? ……詳しくお聞かせください。ああ、立ち話も辛いでしょう。今用意します》
何もしていないはずなのに、バルド・ギアのレドームが一瞬だけ稼働した。すると、室内に白い丸テーブルと椅子が三つ現れる。その上にはティーセットが置いてあった。驚いている三人に座るように促し、自らも宙に腰掛ける。
「アナタのそれ、呼び出せるのは武器だけじゃないのね……驚いたわ」
《特殊なものでして説明は省かせていただきますが、何か他に必要なものはありますか?》
「じゃあ、お言葉に甘えて。私ープリン食べたいなー!」
「ちょっとネプテューヌ?」
「いいじゃん。せっかくだし」
《ええ。いいでしょう》
そして、テーブルの上に新しく用意されたプリンを見てネプテューヌが喜んだのも束の間、味気ないものを想像したのかスプーンを手にして止まった。だが、折角の厚意を無下に扱うのも気が引ける。お腹に入ればプリンはプリン、意を決して口に入れたネプテューヌが驚愕に目を見開いた。
「おいひぃ!」
《気に入っていただけたなら結構です》
「あの、これってどうやって出してるんですか?」
素朴な疑問を口にしたネプギアに、バルド・ギアは無言で頷く。
《この国、インタースカイにある物は自在に呼び出すことが可能です。私にとってはこの国そのものが武器であると言ってもいいでしょう》
「えっ?」
《データベースから必要な情報を引き出し、一定範囲内に転送する機能ですので、そのプリンもインタースカイ内で調合されたプリンです。安心して食べてください。品質も保証しますよ》
「なんてデタラメな機能搭載してるのよ……」
《お恥ずかしながら、唯一の取り柄とも言うべき性能はこれだけです》
「十分すぎるわよ。……美味しいわね、この紅茶」
《気に入っていただけたようで何より》
この等身大のロボット一台にこれだけの情報量を詰め込んだ技術力は目を見張る。だが、それでもふとした疑問が出てきた。
「どうしてこの国には機械しかいないんですか?」
「それね、私も気になったのよ。人間が十分生活できるのに、どうして街の中はロボットしかいないの?」
《……この国は、元々は彼女のために作られた国でした。“ステラ”。彼女達に挨拶を》
ホログラム投影された少女はネプギア達とそれほど年は離れていない。淡い水色の髪に、ワンピースを着た少女は一礼すると無言でバルド・ギアの側に控える。
《ここが電脳国家たる由縁でもあります。この国の無人化はほぼ九割完了しています。彼ら、或いは彼女達が生活しているのは、電脳空間――仮想現実、とでも言えばいいでしょうか。インタースカイを基本とした電子世界で生活を営んでいます》
「じゃあ、このプリンってもしかして」
《彼女の手作りです。とはいえ、データ化された情報を元に私が用意したものですが》
「街にいるロボットは、そのメンテナンスの為に用意されているってことですか?」
《察しがいいですね。その通りです》
ドームは悪天候などから守るため。そして用意されている食材は、仮想現実とはいえ生活している国民の為に用意されている。入出荷のデータとして扱えば“そちら側”にも影響するらしい。
この国は巨大な箱庭であり楽園だ。
「この国の無人化が九割完了してるって言ってたけど……最後の一割は?」
《今、あなた方の前にいる私がこの国の最後の人間、ということになります。とはいえ機械の身体ですがね》
「でも、どうしてステラちゃんの為に建てられた国なの?」
《……とある事件によって、彼女は電子世界から現実に戻ってこれなくなりました。それを見かねて私がインタースカイを建設したのです。勿論、その事件の被害者は彼女だけではありません》
「もしかしてそれって、武器の転送アプリケーションのことでしょうか?」
《何故それを?》
「エヌラスさんから聞きました」
「あと、エロアプリで一山当ててるって聞いたけどそっちの話は本当なの!?」
「このタイミングでそれ聞いちゃうんだ!?」
《あの頃の私は……そう、どうかしていたんでしょうね……》
「否定しないんだ!?」
ホログラムのステラがバルド・ギアを必死に叩こうとしているがスカスカと身体が透ける。
《あちら側の世界であれば年老いることもありません》
「それより、私達は元の世界に帰ることができるの?」
《問題はないでしょう。そちら側の世界と連絡出来るものがあれば……》
「あの、私のこれじゃダメでしょうか?」
ネプギアの見せるNギアを受け取り、バルド・ギアが観察していた。
「規格が合わなくて通信機能が使えなかったんですけど」
《はい、問題ありません。多少改良の手を加えることになりますが、よろしいでしょうか》
「どれくらい掛かりそうなの?」
《改良自体はそれほどではありません。しかし、そちらの世界と連絡がつくかどうかでしょう》
「それならきっといーすんが何とかしてくれるよー! 今頃私達がいなくなって慌ててるだろうし! 必死に連絡とろうとしてるんじゃないかな?」
「本気で一回怒られた方がいいわよ……」
《その、いーすん、という方の苦労が目に浮かびます》
「あれ!? 私責められてる!? あ、そうだバルド・ギア。もう一つ聞きたいんだけどさ、このアダルトゲイムギョウ界が戦争している理由なんだけど、どうして? 今この世界って崩壊に向かってる真っ最中なんだよね?」
《ええ》
さもそれが当たり前のように頷いた。
「どうして戦争なんか起きたのか、教えてもらえない?」
《どうしても何も……今、この世界が崩壊していくのも、戦争になったのも。すべてはエヌラスの所為ですが――まさか、何も聞かされていないのですか?》
『………………え?』
《その発端となった次元連結装置の開発は確かに私がしたことですが、それを破壊したのもあの男――戦禍の破壊神たるエヌラスです》