超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
教会ではネプギアが落ち込んでいた。怒られたというのもあるが、あそこまで怒り心頭な姿は初めて見る。今まであんな風に怒ることなんてなかったのに。
「はぁ……」
「なーんでアイツあんなに怒ってるかなー」
ユウコは用意したお茶を片付けながらぶつくさと呟き、首を傾げていた。
「でも、わたしのせいで……わたしがトライアドのロボットを止められなかったから」
「それはそれ。これはこれ。別にギアちゃんがどうこうってわけじゃないよ」
「ユウコさん……」
「ま、それにあのバカが武力行使で大暴れー。なんてするからには当然何かしら考えてるわけ」
「そうね。エヌラスって、序列的には守護女神より上なんでしょ?」
「はい」
「そんなのが暴れた日には、守護女神同士の衝突よりヤバイんじゃないのかしら」
「……そうですけど。そうですけれども、さすがに今回はお姉ちゃんもやり過ぎだと思います。エヌラスさんがあんなに頑張ってるのに自分から飲むなんて」
「それについてはアーサーが元凶ね」
街で試供品を配っていたのが広報の美少女達だったからといって何の警戒もせずに目を輝かせながら貰ってきたのがそもそもの元凶。
『せっかく美少女が街で健気に配っていたのだ、貰わないと可哀想だとは思わないか?』
「……なぁにが、これも王の仕事の一環! なのよあのバカーサー! 聞いてんのちょっと! さっきっからコソコソ隠れてないで出てきなさいよ!」
「う、うぅ……そんなに怒らなくてもいいではないかぁ……」
そこには、ネコ科のケモミミを生やしたミリオンアーサーが壁からチーカマ達をのぞき見ていた。細長い尻尾もゆらゆら揺れている。後から遅れてネプテューヌまで出てきた。
もふもふの犬耳に、末広がりなふさふさの尻尾を垂らしている。それにくらりとネプギアが悩殺されかけるが、踏み止まった。
「お姉ちゃんっ!」
「ねぷっ!? ネ、ネプギアもしかして本気で怒ってる……?」
「わたしよりもエヌラスさんの方が怒ってるんだから! もー、九龍アマルガムにまで行って薬の調合までしてくれたのに、どーしてそういうことしちゃうの!?」
「だってケモミミ生えるだけだよ? それに、これって元々ゲイムギョウ界にある物で作られたんでしょ? それならこっちでどうにか出来るじゃん。九龍アマルガムにまで戻らなくても治せるはずじゃないかな」
「……そうだけど」
超次元での勝手がまだ分かっていないエヌラスが、自分なりに手早く治療できる方法を探した結果、その最適解が九龍アマルガムだったというだけ。好きにした苦労だ。そうなのだが――ネプテューヌは理解していない。ネプギアも。誰一人として。
平和な超次元での二年間――エヌラスが戦い続けている“今回”の邪神退治の歳月にして、十年。――本当に、それだけだろうか?
本当に十年もの間、邪神退治をしていただけであんなにも疲弊するものなのか?
「エヌラスさんが帰ってきたら、ちゃんと謝ってね」
「はーい。その時はー、わたしのケモミミもふもふな姿で癒やしちゃうんだから」
「皆さんお揃いのようですね」
「イストワール様?」
「あ、いーすん。どうしたの?」
脳天気なネプテューヌにちらりと視線を向けてから、イストワールは真剣な表情で教会に寄せられた通報の内容を宣告する。
「つい先程、モンスターの大量発生が確認され、特定箇所へ異常なまでに集まっているとの通報を受けました。場所はラステイション、ルウィー国境でもあり、プラネテューヌの境目でもあります。既にノワールさん、ブランさんはこの事態の収束に動いています。ネプギアさん、お願いできますか?」
「はい!」
「あれ、わたしは?」
「ネプテューヌさんは待機していてください。そんな格好で出歩いては彼らの思う壺ですから」
「でもエヌラスが中和剤持ってくるって」
「それならわたしが飲んじゃったわよ」
「えーっ!? なんでアイちゃんが!?」
「当然でしょうが! 元々わたしの為にエヌラスが中和剤調合しに言ったんだから! アンタ、まさかとは思うけれどそれをあてにしてたんじゃないでしょうね!?」
「……ナンノコトカナー」
「あっきれた!」
床を強く踏んだ瞬間、アイエフのきつね耳と尻尾が突然「ポロリ」と落ちた。
「うひゃあ!? びっくりした、治るとは聞いてたけどまさかこんな風に治るなんて思ってなかったわ……でも、これならやっと外を出歩けそうね。イストワール様、わたしも行きます」
「はい。お願いします、アイエフさん。……それと、ネプテューヌさん」
「ん? どうしたのいーすん」
告げるべきか、伝えるべきか一瞬だけ悩んだが、イストワールは隠しても仕方がないと思い意を決してエヌラスからの要望を伝える。
「残念ながら、今回の件が片付き次第エヌラスさんはプラネテューヌで指名手配させていただきます」
「――――――え?」
「仮にも国境警備隊。彼らはプラネテューヌの為に尽力してくれました。ささやかながら、それが己の私利私欲の為であっても、モンスター退治を一手に引き受けて国民たちの悩みを解消してくれたのですよ? ハァドラインと言えど、それは外部からの印象です。確かに彼らは犯罪組織に近い集団なのでしょう。ですがそれ以上に、今のB2AMはプラネテューヌ国境警備隊です。ネプギアさんなら聞いているのではないのですか? エヌラスさんが何をしにいくか」
「ぁ……」
潰してくる――それはつまり、プラネテューヌに牙を剥くということ。顔面蒼白となったネプテューヌとネプギアが硬直する。
「いくらハァドラインと言っても国民からの印象もあります。そして、エヌラスさんと言えども今回の一件で国境警備隊の本部を壊滅させるとあっては無視できません」
「で、でも指名手配なんてやり過ぎじゃ……」
「これはエヌラスさんからの要望でもあるんですよ。しばらくはプラネテューヌに近づくことが出来ないように、と」
「そんな――!?」
「どうしてこんなことになっているかは、お分かりですね?」
思った以上に大事になっている。
「“たかがケモミミ”と、ひとりだけ笑わなかったのは誰ですか」
エヌラスだ。その犠牲者となったのがアイエフ。それを行ったのはハァドライン『B2AM』に所属する特務班トライアド。女神信仰の狂信者。
「その前に現れた邪神退治でも彼は自らの責務を全うしようとしていましたよね。皆さんの手を借りようとせずに。結果として、プラネテューヌの国民を不安に陥れてしまいましたが」
「……」
苦虫を噛んだような表情でアーサーは視線を逸らした。
「エヌラスさんがどれだけ戦ってきたかは共に戦ったネプテューヌさん達が一番良く知っているのではないですか?」
ネプギアは聞いている。あれからずっとやり直し続けていると。それでもまだハッピーエンドには手が届かなくて、戦い続けている。塔争という概念すら捻じ曲げて……。時々見せていた苦悩の表情。休む暇もなく、連絡する余裕もなく邪神退治に費やした歳月にユウコが目を伏せた。
アダルトゲイムギョウ界の均衡を守る一方で、知ってしまった平和なゲイムギョウ界。そこで生きるかつて共に戦った女神達の姿を見れば――エヌラスがどうするかなんて分かっていたのに。誰よりもキレやすくて、怒りっぽくて、そのくせ自分のことにはひたすら無頓着で、どうでもよさそうに。他人に命を費やすのが当然で当たり前で破滅的な思考の持ち主。
そんなエヌラスが今の自分達の平和を知ったらどうするか。考えなくても分かる。
自分がぶっ壊れると知っていながら、守るに決まっている。騎士甲冑の邪神という実害を見れば尚更だ。
「……と、止めに行かなきゃ!」
「もう無駄です、ネプギアさん」
「どうしてですかっ!?」
「モンスターの大量発生より少し前に……B2AMの本部が強襲されたことも確認済みです。既に過半数の機能が停止、後は時間の問題でしょうね。ですのでネプギアさんは、モンスター達の撃破だけを考えてください」
「いーすんは、それでいいの……?」
「元々、彼は絶望の魔人。守護女神達と敵対関係です。仲良くするな、とは言いません。しかしだからこそ疑問なのです――なぜ、魔人である彼が邪神と戦わなければならないのか。旧神という肩書にしても妙な話です」
次元神セロンに勝利して、得た称号。壊次元を“リセット”したことによってエヌラスはそうなった。トランジスターに願えば、自らが魔人であるという概念すら消すことが出来るのにエヌラスはそうしなかった。
「何故、彼は魔人であり続けているのですか?」
「……それ、は……」
脳裏を掠める、鈴のような笑い声。赤い少女。鮮血のドレスを纏った、ただ一人の妹――ヌルズ。
エヌラスは“何一つ諦めない”と言っていた。その果てのない“
絶望の中に取り残してきた、ただ一人の妹がいると。自らが殺した妹の存在を。それすら救おうとしている。だからこそ、許せないのだ。
誰か、ひとりでも欠けることを。その全てを、救うまで。自らが救われぬままであっても。
「なんで教えてくれなかったのさ!」
「私も先ほど聞いたばかりです。エヌラスさんの指名手配の件は、頃合いを見て報道します。プラネテューヌの国政を指揮しているのは私ですから、異論はありませんね」
「異議ありッ!! 待ったッ!!」
「ではどうされますか、ネプテューヌさん。ケモミミ生やしているのに女神化して、飛び出しますか? 私がこんなに怒っているのは、エヌラスさんに同情しているからですよ。本来ならば、プラネテューヌの守護女神であるネプテューヌさんがやらなくてはならないことです。それなのに……それはなんですか?」
もふ。
「そんな風に、B2AMの馬鹿騒ぎに乗っかっていてはエヌラスさんが呆れるのも無理はありません!」
「……う、うぅぅ…………」
目尻に涙を溜めて、ネプテューヌが唸る。後悔後先に立たず。
「ただでさえ女神の転換期さえ迫っているのに……これでは……」
「と、とにかくわたしはモンスター退治に向かいます! お姉ちゃん、行ってくるね! アイエフさん、急ぎましょう!」
「ええそうね。今は行動よ、アイツら見かけたら片っ端から鉄屑にしてやるんだから!」
ネプギアとアイエフが教会を飛び出し、アーサーもまた、バツが悪そうにしていた。
「どう責任取るのよ、アーサー」
「う、うぅむ……まさかわたしの軽率な行動でここまでになるとは思わなかった」
「はぁ。王のUTSUWAが聞いて呆れるわね。おとなしくしてなさ――」
「いいや! わたしは征く!」
「正気なの? ケモミミ生やしたままで」
「裸の王様よりは遥かに良い!」
「そりゃそうね。わたし達は幸い、知名度が低いし、ケモミミくらい生やしててもコスプレ程度にしか思われないだろうから」
「よろしいのですか、ミリアサさん」
「うむ。元はと言えばわたしがケモナールの試供品を貰ってきてしまったのが原因だ。ネプテューヌがそれでは、わたしが出るしかないだろう。責任は取らせてもらう」
「では、ミリアサさんもネプギアさんの援護をお願いします。相当規模のモンスターが集まっているようですからね」
「任せてくれ!」
そうして、アーサーもチーカマと共に教会を後にする。