超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
背中合わせの状態からジリオスを振り下ろす。右腕部の損傷を補って余りある完璧な一刀。セインですらそれを自負していた。だが、受け止めたのは鞘を握りしめたままのエヌラスの左拳。
バックリと拳を切り裂き、刃が掌を裂いている。肉の焼ける音と共に傷口が塞がりつつあった。ジリオスのスイッチを入れるも、エヌラスは焼け焦げる左腕を一瞥するだけだ。引き抜こうにも微動だにしない。エヌラスが右手でジリオスをへし折り、次いでセインをアクセル・ストライクで蹴り飛ばした。
まゆ一つ動かさず、刀身をくわえるとそのまま力任せに引き抜く。血だらけの左手は、やはりすぐに再生していた。
《セイン!》
《大丈夫だ!》
胴体損傷。全身の稼働率が落ちているがまだ戦闘は続行できる。しかし、刀身がへし折られたジリオスを見て、唸った。予想はしていたが、まさかこうも相手にされないともなると守護女神でも苦戦するだろう。
《借りるぞ、レオルド》
折れたジリオスを捨て置いて、セインはレオルドの手から離れたグレートソードを構える。基本の構えは部隊共通だ。装備重量の都合でマウントしていた突撃銃もグレネードランチャーも廃棄する。再度突撃して剣を打ち合わせる二人に、レオルドは自分の損傷箇所をチェックした。
幅広のグレートソードの刀身を盾に、背中から体当たりする。同時に攻撃を防ぎながら切り上げて、距離を離すエヌラスに追撃するセイン――防戦一方となったエヌラスに、一見追い込んでいるように思われた。だが、それは違う。
エヌラスの左手はゆるく開いたまま、宙を掴んでいる。それが何を意味しているか。セインが知る由もないのは仕方のないことではあるが、しかしレオルドは一度見ている。
セインがグレートソードを振るい、担ぎあげた。持ち上げて振り下ろそうとする姿に無防備に一歩踏み込んだ。自殺行為でしかないが、血塗られた左手がセインを頭部を掴んだ次の瞬間――全身の駆動回路がパンクした。生身であれば神経を直接焼かれたような感覚に、セインが全身から黒煙を上げて膝をつく。
“紫電”鬼哭掌。生体電流を練り上げた電磁パルス。生身の人間には効果が薄いものの、とかく機械相手には絶大な効果を発揮する。
《――――、――ああ。まったく……》
うっすらと発光しているエヌラスの手を見つめて、セインは呟いた。
《流石だソウル・ブラザー。やはりケモミミの同志だけはある》
「…………」
パチ、パリと静電気を鳴らしながらエヌラスは右手の倭刀に紫電を纏わせている。焼き切れた駆動系統で、腕を軋ませながら取り出したのは一枚のメモと薬品。
《ケモミミ、女神は……拝めなかったが、それでも――受け取って、くれ……こんなバカげた事件ではあるが――くだらない俺の夢泡沫ではあるが……》
異端者として組織を追放されかけた自分が、唯一みんなと共に成すことが出来た任務なんだ。
《お前になら託せる……》
「……」
何も言わず、エヌラスはケモナールを受け取り、調合配分などが記載されたメモに目を通す。
《エヌラス》
「うるせぇ」
有無を言わさず一蹴されたが、セインは続けた。
《お前は、機械の身体なんかじゃないのだから――たまには休め》
「……うる、せぇ。テメェに、俺の何が分かる」
《分かるさ。たった一つだけ……》
くっそくだらないことだが。
――こんな出会い方で、こんな立場でなければきっと、一緒に騒いでいただろう。
《俺みたいな馬鹿げた
「――――……、言ってろブリキ野郎……」
エヌラスが倭刀を振り上げた矢先に、上空から声が聞こえてくる。今は誰よりも聞きたくなかった、見たくもない、会いたくなかった守護女神の声が。
「エヌラスッ!」
「…………」
プラネテューヌの女神が。パープルハート、アイリスハートの二人は周囲の被害を見て、言葉を失っていた。
「まるで巨人に喰われたみたいな被害ねぇ。誰が責任取るつもりかしら」
「知るか」
取り付く島もないほど突き放した言葉に、パープルハートは言葉を詰まらせる。だが、その背中を軽く押してくれたのはアイリスハートだった。目を合わせて、頷く。
エヌラスは背中を向けたまま、決して振り向こうとしなかった。解いたネクタイを締めながらドラッグシガーを取り出している。
「何しに来た」
「……今更謝っても、遅すぎるのは分かってるわ」
「いーすんから、プラネテューヌで指名手配になるって聞いたわよ? ねぷちゃんにお灸を据えるだなんて理由でぇ」
「取り消してくれ、なんて願いは聞かねぇよ」
「ま、それならこっちから貴方に会いに行くだけなんだけどねぇ」
「ふざけろ」
「…………なんですって?」
「今はお前らの顔なんて見たくないって言ってんだ」
食ってかかろうとするアイリスハートを、パープルハートが手で制した。
「頭に来てるのもわかってるつもりよ。本気で怒ってるのも、わたしのせいでしょ」
「だったら尚更何しに来た、バカかテメェは。殴ってくださいって言ってるようなもんだ」
「なら、気が済むまでそうすればいいわ」
ドラッグシガーを携帯灰皿に落とし込んで、エヌラスは鼻で笑う。
「本気で言ってんのか?」
「ええ。わたしは逃げたりしない、隠れもしないわ。ぷるるんは手を出さないで」
「そういうわけにはいかないわよぉ。だってそんなのしたらねぷちゃん、死んじゃうわよ?」
「大丈夫よ」
「――あれでも?」
「え?」
アイリスハートが顎で示した先に立っているエヌラスは、いつの間にか右肩に野太刀を担いでいた。
「“超電磁”抜刀術零式」
――目が、笑っていない。殺す目をしていた。本気で殺気を放っている。
背中に刀身の背がくっつくほど振り上げた野太刀が紫電を奔らせた。
「“
「…………」
パープルハートは、気楽だった。覚悟もしていた。だが、見誤っていた。
エヌラスが、たかがケモナールだけでココまで怒るとは思っていなかったからだ。確かに本気で怒らせた。だが、ケモミミが生える。そんな可愛い事件でどうしてこんなにも――。
「ねぷちゃんッ!!」
「――!」
アイリスハートの蛇腹剣が、パープルハートの太刀が振り下ろされる雷刃を防いだ。だが、閃光の中に呑まれた。
「っ――~~!」
ほんの一瞬ではあったが、気を失っていたパープルハートが頭を振って周囲を見渡す。沿岸部から吹き飛ばされて、自分が森の中で仰向けに倒れているのが分かった。アイリスハートも少し離れているが、無事なようだ。安堵するのも束の間、背筋が凍り付きそうな殺意が再び心臓を射抜く。首だけを起こしてその方角に見やれば、五芒星のシェアクリスタルを手にしているエヌラスが見えた。
変神。から間髪入れずに両手の中で渦巻く爆炎と暴風。混ざり融け合うソレに、パープルハートが身体を起こした。
螺旋砲塔が放たれて、32式エクスブレイドを盾にするがすぐさま太刀を構える。威力を削ぐことは出来たが、完全に相殺するには至らずパープルハートが後退った。
「たかが“この程度”でテメェはくたばらねぇよなぁ、ええ! 主人公だもんなぁ!」
「……エヌ、ラス――?」
「死ぬわけねぇよなぁ! そりゃあそうだ! 死んでもいいその他大勢モブの皆様と違って女神様だもんなぁ!」
ブラッドソウルは肩を揺らしながら大股でパープルハートと距離を詰めていく。そのままノーモーションのアクセル・ストライクが、吹き飛ばした。
それを追おうとするブラッドソウルの足首を、アイリスハートが掴む。
「なに、考えてるのよ……そんなにしたら、ねぷちゃんが……壊れちゃうわよ……」
「……ならお前は、俺が壊れてないとでも思ってんのか?」
「――――」
「余計な心配するなよ。俺なんかよりよっぽど丈夫だからな、アイツは」
その優しい声色が、アイリスハートの手を振り解く。
「……なぁ、ネプテューヌ」
仰向けに倒れたまま、身体が痺れて動けないパープルハートにブラッドソウルの足が乗せられた。軽く力を込めると苦しそうに呻く。
「俺はどうすりゃよかったんだ」
「…………っ」
「俺は、どうすればよかったんだ」
「……」
「俺が一体、何をどうしていたらお前のそのバカな真似を止められたんだ」
パープルハートは答えない。顔の横に靴底を踏みつけて顔を近づける。潤んだ瞳で見上げて目には、泣きも笑いもしない、怒りを通り越して呆れ果て、無表情のブラッドソウルがただいつもより冷たい声を浴びせていた。
「俺はもう、沢山だ。散々だ。夢なら醒めてくれ。なんだよこれ。なんなんだよこれ」
「ッ――」
「俺はもう疲れた。やってられっか……」
ケモミミを掴み、引きちぎらんばかりに力を込める。それにパープルハートの顔が苦悶で歪むが、ブラッドソウルは手を離さない。
「……やってらんねぇよ、もう」
「…………?」
「俺はあと何回ソラを殺せばいい」
頭を鷲掴みにして、地面に叩きつける。
「俺はあと何回アルシュベイトを殺せばいい。俺はあと何回ドラグレイスを殺せばいい。俺は、あと何回大魔導師を殺せばいい。俺はあと何回ムルフェストを殺せばいい。俺はあと何回クロックサイコを殺せばいい? 俺はあと何回、ユウコを殺さなきゃならないんだ? いつまでやらなきゃならないんだよそんなクソッタレな塔争。もうウンザリだやってられっか馬鹿馬鹿しくてやってらんねぇよ! 飽きたんだよ、同じツラ殺し続けて!! 毎回毎回毎回毎回、毎度毎度毎度毎度! テメェら何回同じ殺され方をすりゃあ気が済むんだよ、バカか! バカなのか! ああ知るわけねぇもんな俺のことなんてスッパリ忘れてんだからぁよォ!!」
「あっ――クぅッ……!」
苦痛に呻くパープルハートの頭をまだブラッドソウルは繰り返し叩きつけていた。
「人のツラ見るたびに「初めまして」じゃねぇんだよッ!!! 聞き飽きてんだよ! テメェの知らねぇことまで知ってんだ!! なのにどうして毎回同じこと言えば気が済むんだよ、テメェらアレか!? ゲームのロールプレイに付き物の同じ言葉しか喋れねぇのか! クソゲー以外の何でもねぇな、ハッハッハ!! なにがおかしいって何もかもだよ、笑うしかねぇだろ。どうにかなりそうだ! どうにかなっちまってんのはもうとっくの昔っからか! ハハハ! 笑うしかねぇよな! 笑っちまうよな、俺だけ覚えてんだから! アイツら周回プレイの度に全部忘れて笑ってんだからこっちまでつられて笑っちまうよ! 人生終わるまでロールプレイの手駒とか笑わないでいられねぇよなぁ、アッハッハッハッハッハ!!」
とっくに、壊れていた――もうとっくに、エヌラスの心は限界を越えていた。
「アイツ等全員殺し終わればセロンの野郎が毎回「どうする?」なんて聞いてきやがるもんだから「コンティニュー」するしかねぇだろ、アイツも大概バカだよな! それ以外にアイツ等助ける方法なんてねぇのに、キンジ塔に全員で行ってもあの野郎扉開けねぇくせに毎回涼しい顔してやがんだぜ!? 信じられるか、人に全部殺させておきながら知らんぷりで本読みながら聞いてきやがらぁ! だから俺は他に無いか聞いてやったよ! 塔争の概念を消してやってもいいが俺の頼みを聞けなんて言われたら、聞くしかねぇだろうがぁ!」
笑っていた。泣いていた。怒っていた。意識を手放しそうになるのを懸命に繋ぎながらパープルハートは歯を食いしばって堪える。
「そっから先は邪神殺すだけの毎日だ。退屈しなかった。すげぇ楽しかった。だってそうだろ。殺していい相手がゴロゴロ出てくるんだから。毎日毎日飽きもせず殺し合いしてた。飯を食うのも寝るのも忘れて殺してりゃあ人としての生活なんてどうでもよくなってなぁ! 金も宿も仕事もいらねぇ、ただ戦うだけでいい! 俺にとっての天職ってわけだ!」
「……?」
犬歯が覗くほど笑っているのに。こんなにも楽しそうに笑っているのに、頬を濡らす熱いものは何だろう。パープルハートが霞む視界に焦点を合わせると、ブラッドソウルは、やはり笑っていた。赤い涙を流して、笑っている――泣くことすら出来なくなって。