超次元ゲイムネプテューヌZ-血と硝煙と鋼と荒唐無稽- 作:アメリカ兎
「その点で言えば――あの仮面を付けた邪神だけは異例と言っていい。実に狡猾で、実に用意周到で、まったくもって諦めが悪いものだ。エヌラスに殺されかけたのは一度や二度ではないというに」
「……仮面の邪神は何者なの。貴方なら正体を知っているんじゃないの」
「知らんさ。そして知っていたとしても、お前たちが覚えることはない。此処は夢の中だ。目が覚めれば忘れてるだろう」
本当に知らないのだろうか? 疑うような視線を振り払うように、セロンは片手を振った。
「正直な話な、お前たちを此処に呼んだ理由としては。私は怒っているんだ、これでも。だがどうすることも出来ないから、こうして眠っているお前たちに夢を見せている」
「怒っているのなら、わたし達だって同じよ!」
「守護女神の怒りなどかわいいものだ」
「アンタからの世辞なんて、全っ然嬉しくないけどね」
「エヌラスに比べればな。大魔導師でもそこまではしなかったぞ……お前たちは、超次元を壊されたいのか?」
「なっ――」
「何を言っているんですか!? わたし達がそんなことするわけが」
「なら、あの男をいじめるのは止めろ。とっくに限界を迎えている」
「どの口が言うのよ」
「この口だと言えば満足か」
ピクリと口端を引きつらせるアイリスハートに、他の三人が寒気に身体を震わせる。
「なぜ、エヌラスは壊次元を離れたと思っている」
「……?」
「そこに、偶々、お前たちがいたからだ。夢だと思っている、悪い夢だとな」
「えっ……?」
「だがその安らぎに、温かさからは逃れられないのがアイツの弱いところだ。そんなはずはないと頭で理解しているが――足が動かないのだろう。そんな暇などないのにな。だから、目を覚まさせてやれ。夢なんかじゃないと。さもなければ、そちらの世界が……」
セロンが指を鳴らす。スクリーンのように映し出されるのは、いつかの塔争の記録――歴史の一端。
「こうなるぞ。あいつの手によってな」
――全てが滅んでいた。アダルトゲイムギョウ界の全てが、紅蓮に包まれている。
ユノスダスも、インタースカイも、九龍アマルガムも、アゴウも。何もかも焼き尽くされていた、焼滅していた。真紅の世界。黄昏時、逢魔が時のアダルトゲイムギョウ界は、キンジ塔の出現を待たずに全てが戦禍に呑まれている。
紅蓮の劫火によって照らされるのは、鮮血に濡れた機械仕掛けの神様――鋼の巨神。
天高く吠える鋼の咆哮。
機神の右腕ではなく、いつもとは逆だ。
“右腕だけがない”機械仕掛けの神様は、泣いていた。血の涙を流している。口を大きく開けて叫んでいる。狂ったように吼えていた。
胸部のコックピットハッチに立っているのは、エヌラスだ。血の涙を流している。口を閉じることを忘れて、抱腹絶倒していた。心の底から、笑っていた。どうすることも出来なくなって笑っていた。――嘲笑っていた。その手に持っているのは、ユウコの首だった。そこから下は無い。生首の髪を持って、前髪をかき上げながら狂ったように笑っている。涙を流すほど。
機神が吠える。魔人が笑う。己の宿命を、自ら選んだ路の滑稽さに。
「あいつは、ただ一度だけ塔争を半日で終わらせた。全身全霊――いや、全力全壊と言った方がいいな。それは流石に俺も予想外過ぎて危うく壊次元が消滅するところだった」
「…………」
四人が口を手で抑えて、映像が途切れた。重い沈黙。静寂にセロンは、初めて感情を滲ませた声色で告げた。
「ああなりたくなければ、これ以上はやめろ。これ以上、あの男を追い込むな。目を覚まさせてやれ。悪い夢からな」
「……どうやって?」
「それはお前たちが選ぶことだ。正直、今あいつに倒れられると私が困る。いい線まで言っているのだからな。ここで終わらせては興醒めも良い所だ。代理などいないのだから」
「――――っ」
「それとも何か。お前たちはまだエヌラスに選ばせるつもりか? 大切なモノとどうでもいいものの区別すら付かないあの男に、まだ取りこぼさせる気か。失うべきものと守るべきものを。あの男に与えられた選択肢など無い。ただ邪神を殺す為だけに魂すら捧げた男の末路が見たいのかお前たちは」
今まで感情的になることなどなかったセロンが、まくし立てるように語気を荒げる。それだけでもパープルハート達の足が震えた。手にした武器を力強く握りしめても、背中が寒い。
「アイツに選択肢を与えるな。世界が滅ぶだけだ」
「なら……だったら、どうしたらいいのよ」
「それを考えるのがお前たちの頭だろう? 俺が知るか」
「あ、ちょっとエヌラスさんっぽいです今の」
「そうか? 感化されたかな……まぁ、どうでもいいことか」
セロンは読みかけていた本を広げて読書を再開する。
「俺からは以上だ。せいぜい楽しませてくれ」
「……さっきから貴方は何を読んでいるの?」
「知り合いの這いよるカオスを名乗る少女からの差し入れだ。陳腐でチープな恋物語で、ありきたりな役者によるありきたりな舞台ではあるが、中々どうして楽しませてくれる」
「あなた、恋愛に興味あったの?」
「俺はただ“結末”に興味があるだけだ。どんな継ぎ接ぎでも良い、どんな文体でも、前後不覚な物語でもいい。俺は、俺の知らない物語の俺の知らない結末が見たいだけだ」
「……」
「つまらんものだ。俺の知っている結末など、全て無くなるのだからな。真新しさなど何処にもない。全ては既知であるがゆえに、俺はエヌラスに期待している。ただそれだけのことだ」
この次元神は、やはり何処か人間臭い。以前出会った時よりも、ずっと。心動かされているのだろう、エヌラスに。掌の上で躍らされるのは癪だが……言ってはなんだが殺意が芽生えるほど嫌なのだが。それでも、それ以上にエヌラスが大事なのだから。
「どうでもいいことなのだがな?」
『?』
唐突に、セロンが本から目を逸らさずに片手を掲げる。指を鳴らすサインを示したまま。
「どうして真実は残酷なのだと思う」
「どうしてって……」
「答えは簡単だ。真実は、誰の味方でもないからだ。全てにおいて平等かつ公平であり、そこには人の感情も都合も運命も関係がない。故に、俺は真実を告げた」
ハッとしたブラックハートが手を伸ばして駆け出していた。そうだ、忘れていた!
“此処が何処”で“自分たちが今どうなっているのか”を!
「――“おはよう”の時間だ、女神諸君?」
「――――――!!」
ノワールは、跳ね起きた。胸の激しい動悸が収まらない。全身汗だくになって、喉が乾いている。声にならない声で飛び起きるという類稀な経験をしながら。
「――――ぁ…………れ?」
言いようのない不安が、言い知れない不快感が胸に残っていた。物凄く嫌な思いがする夢を見ていた気がする。だが、所詮夢なんてものは夢でしか無い。起きてしまえば朝の光で露と消えるほどの儚い存在でしかなかった。ノワールは目覚まし時計を確認する。時刻はセットした五分前、本日は生憎の曇天模様。まるで今の自分がモヤモヤしているのと同じ空。分厚く覆われた今日の天気予報は、曇りのち雨らしい。
それでも女神のお仕事は通常営業。憂鬱になるくらい、ラステイションはいつもの調子で守護女神を待っている。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ユニ。おはよう」
「今日は雨だって」
「そうね。お昼すぎから雨が降るみたいだから、早いうちにやることやっておきましょ。午後からは執務室に篭もる予定だから、そっちのサポートもお願いね」
「うん、わかった」
「えーっと……後は……」
後は……なんだ? 何かものすごく大事なことを忘れているような気がする。まったく思い出せないけれど、どうしてか引っかかる。思い出さなきゃいけないことがあるはずなのに、何だっただろうか? 今、一番思い出さなきゃいけないはずなのに――。
「……お姉ちゃん、大丈夫? 顔色、悪いよ?」
「えっ? そうかしら。ちょっと考え事してただけよ。さ、早く支度しなさいユニ」
「うん!」
大事な妹の手前、心配かけさせるようなことは避けておく。
「今日もラステイションの守護女神として張り切っていくわよ!」